團十郎が『鎌倉八幡宮静の法楽舞』の
ファンタジーと『め組の喧嘩』の江戸
の華で歌舞伎座を魅了、中車が『菊宴
月白浪』で大奮闘!~『七月大歌舞伎
』観劇レポート

2023年7月3日(月)、歌舞伎座で『七月大歌舞伎』が開幕した。昼の部は午前11時、夜の部は午後4時開演となる。各部の模様をレポートする。
■昼の部 11時開演
三代猿之助四十八撰の内『通し狂言 菊宴月白浪(きくのえんつきのしらなみ)』
昼の部は『仮名手本忠臣蔵(以下、忠臣蔵)』の後日譚を、大胆な設定と演出でみせる『菊宴月白浪』。
塩谷家の家臣たちが、主君の仇・高野師直を討ち、すでに世を去ったあとを描いている。鶴屋南北の作。主人公は、斧定九郎。『忠臣蔵』では、カッコいいのに、あっという間に物語から退場することでお馴染みのキャラクターだ。本作においては、全編を通して大活躍する。
幕が開くと、そこは四十七士の墓石が並ぶお寺……ではあるが、さっそく『忠臣蔵』らしい口上が入る。口上人形の元気な声に心が華やぐ。声の主は市川團子。劇中では台詞、美術、演出、人物関係……いたるところに『忠臣蔵』が散りばめられ、登場人物の役名は「塩冶判官」を「塩谷判官」、「高師直」を「高野師直」などあえて細かくずらされている。
昼の部『菊宴月白浪』斧定九郎=市川中車 /(c)松竹
判官の弟・塩谷縫之助(中村種之助)と、師直の養子・高野師泰(市川青虎)は、それぞれ家の宝をおさめることで、お家再興の許しを得ることになった。宝改めを取り仕切るのは、市川門之助の石堂数馬之助。しかし高野一派の悪だくみによって、塩谷家はまたもやピンチを迎える。そこへ斧定九郎(市川中車)がやってくる。定九郎の父親は、塩谷家の家老・斧九郎兵衛(浅野和之)。塩谷家に仕えていながら敵討ちに参加しなかったことで、今や「不義士」と呼ばれていた。斧家の汚名を返上すべく、定九郎は縫之助に代わって切腹を申し出るが……。
縫之助と師泰、どちらも白塗りの顔に裃姿が美しかった。けれども第一声の声色や台詞回しから、個性の違いがくっきりと伝わる。種之助の縫之助と市川男寅の腰元浮橋は、平成生まれのペアにして古風な若々しさと愛らしさ。定九郎が切腹の仕度をする場面では、九郎兵衛や毛利小源太(中村福之助)たちが、思いがけないわちゃわちゃをはじめる。下座音楽も調子をあわせ、客席を大いに笑わせた。福之助は若手の域を脱する華と安定感。わちゃわちゃが一段落したところで師泰が、場の空気を義太夫の世界に引き戻すパワープレイを披露。九郎兵衛から明かされる真実、定九郎の決意。定九郎の見得には、形ばかりではない、解像度の高い写実的な悲しみが滲みだしていた。
本作は、32年ぶりの上演となる。中車は父・市川猿翁が勤めた役に挑んでいる。ケレンとパロディの連続の中でも、ぶれのない定九郎を立ち上げて作品の芯となる。妻・加古川役を勤めるのは、32年前に引き続き市川笑也。親子二代の定九郎を支える。第二幕の幕切れには、澤瀉屋ならではの世界観で舞台を彩った。
昼の部『菊宴月白浪』(宙乗り)斧定九郎=市川中車 /(c)松竹
また、金笄(かんざし)のおかるは中村壱太郎。色気とピュアさの配合は唯一無二。「おかる」の名前にふさわしい個性を発揮しつつ、女伊達として、市川猿弥の仏権兵衛と対峙する。ふたりの掛け合いが、芝居のムードを締めていた。市川笑三郎の一文字屋お六は、絶妙なタイミングで登場し、狂言回しのように観客と作品の橋渡しとなる。与五郎役の中村歌之助は、等身大の若々しさを新たなカラーで開花させ、ドラマに大きなうねりを引き起こした。クライマックスには、注目の大凧の宙乗り。中車にとって初めての宙乗りとなる。劇場空間をいっぱいに使った両宙乗りの、往路は祝祭的なムードに溢れ、舞台も客席もひとつになって見送った。復路は中車が盛り上げた。芝居が本舞台に戻ってからも、場内の熱が冷めることはなかった。歌舞伎らしい大詰でありつつ、現代のお客さんの心をはなさないテンポ感で、あっという間に幕切れへ。弾けるような熱く明るい拍手で、昼の部が結ばれた。
■夜の部 16時開演
『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』
矢口の渡しは、東京都大田区を流れる多摩川の河口付近に、昭和の中頃まで実在した渡し場のこと。いまも駅名に名前が残っている。そこは南北朝時代に、新田義興が落命した場所でもある。
幕が開くと、そこは矢口の渡しの船頭・頓兵衛(とんべえ)の家。頓兵衛(市川男女蔵)は、お金ほしさに舟に細工をして、義興を亡き者にする手伝いをした。今は報奨金で建てたきれいな家で、娘のお舟と暮している。そこへ一晩の宿を頼みにくるのが、新田義峯(市川九團次)。義峯は、義興の弟。そこが兄の仇の家とは知らず戸を叩き、お舟に一目惚れされる……。
夜の部『神霊矢口渡』(左より)娘お舟=中村児太郎、渡し守頓兵衛=市川男女蔵 /(c)松竹
花道に現れた義峯は、横顔が端正で美しく憂いを帯びていた。お舟が秒速で恋に落ちるのも、仕方ない佇まい。ともに旅をする恋人の傾城うてなは、大谷廣松。
児太郎のお舟は、暖簾から顔をのぞかせた瞬間から、観客の心を和ませるふんわりした愛らしさ。義峯に一目惚れしてからのお舟は、まさに恋は盲目。かなり強引に迫るが憎めないどころか、とんちんかんな掛け合いに思わず笑顔にさせられ、一生懸命さにはエールをおくりたくなった。ラブコメディのようにはじまったお芝居だが、次第に雲行きが変わっていく。六蔵は緊迫した状況を程よく緊迫させない、明るさと可笑しみのある下男。それに対し頓兵衛は、豪奢などてらに凄みのきいた目つき。不穏な太鼓の音とともに茂みから現れた時は、思わず息をのんだ。
夜の部『神霊矢口渡』(左より)娘お舟=中村児太郎、渡し守頓兵衛=市川男女蔵 /(c)松竹
舞台がダイナミックに転換し、後景が海に変わる。お舟は重傷を負いながらも、義峯を助けるべく櫓の太鼓を叩く。児太郎の全身を使った見得は、凄惨な場面をドラマチックに立ち上げた。歌舞伎の型でなければ不謹慎なほどに美しかった。幕が引かれる寸前、息も絶え絶えのお舟に、哀れよりも希望と力を感じる瞬間があった。義峯を逃がせたことへの安堵だろうか。あるいは義峯との来世の約束を信じての希望かもしれない。自分の運命を自分で決めたお舟の太鼓は鳴り続け、それを鼓舞するように拍手が響いていた。
『神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)』
通称『め組の喧嘩』。江戸っ子たちにとって、鳶の者も力士もスターのような存在だった。そんな両者のプライドを賭けた、命がけの喧嘩を描く物語。市川團十郎が、め組の頭、辰五郎を勤める。辰五郎女房に中村雀右衛門、力士の四ツ車大八に市川右團次、町の顔役で辰五郎夫婦の仲人・焚出し喜三郎に中村又五郎、尾花屋女房おくらに中村魁春。
夜の部『神明恵和合取組』(左より)女房お仲=中村雀右衛門、め組辰五郎=市川團十郎 /(c)松竹
話のはじまりは、品川の遊郭。侍が、贔屓の四ツ車を招き、宴席を開いていた。騒ぎすぎた勢いで、四ツ車の弟子が障子を倒してしまう。すると隣の座敷から、め組の鳶・藤松(市川九團次)が乗り込んできた。あっという間に喧嘩が勃発。ここへ辰五郎が割って入る。辰五郎が、怒りを堪えて侍に詫びたにも関わらず、侍は力士を持ち上げ、鳶を馬鹿にした言葉をかける。これが遺恨となり……。
團十郎の辰五郎は、似た格好の鳶がどれだけいても紛れることのない華やかさと、熱くて鋭利なエネルギーを放つ。遊郭では侍に頭を下げつつも、本心では納得していないことが滲んでいた。場面に緊張感を持たせ、闇討ちを仕掛けるのも自然な流れ、と感じさせる。右團次の四ツ車は、その場の空気がどれだけ荒れようとも動じない品と、大きな存在感があった。
夜の部『神明恵和合取組』(左より)め組辰五郎=市川團十郎、四ツ車大八=市川右團次 /(c)松竹
鳶と角力の一触即発の事態が続く裏では、辰五郎親子の情愛も。そして大詰は、舞台いっぱいに鳶たちが集まる。一番若手の鳶の者は、新之助だ。ここまでのドラマで、それぞれの個性を光らせていた鳶の一人ひとりが、揃いの「め組」の火消の装束に身を包み、声を上げ、杓子で水盃を交わし、歌舞伎座を揺らす勢いで駆け出していき、力士との喧嘩の場へなだれ込む。アクロバティックな見せ場もあり、ユーモアとテンポで喧嘩は続き、幕切れは2つの力が正面からぶつかり合う。これを喜三郎がおさめ、めまいがするようなカタルシスのうちに幕となった。
九世市川團十郎歿後​百二十年『新歌舞伎十八番の内 鎌倉八幡宮静の法楽舞(かまくらはちまんぐうしずかのほうらくまい)』
2018年1月に團十郎が新たなアイデアと構成で復活させた舞踊劇。「九世市川團十郎没後百二十年」と冠し、2度目の上演となる。
暗転した舞台の両サイドで、演奏家たち。わずかな灯りを手がかりに、正面の紗幕越しに人のシルエットが確認できる。暗闇に目が慣れたのか照明が変わったのか。判別がつかないほど繊細なライティングの中、中央にゆっくりと老女(團十郎)が現れ、舞いはじめる。物の怪(児太郎、九團次)もそれに続く。
夜の部『鎌倉八幡宮静の法楽舞』(左より)町娘=市川ぼたん、三途川の船頭=市川團十郎、若船頭=市川新之助 /(c)松竹
幻想的なオープニングののち、提灯の物の怪(市川新之助)が、ぱあっと空気を変えた。狐の白蔵主(團十郎)、三ツ目(市川ぼたん)、油坊主(團十郎)、三途の川の船頭(團十郎)に、町娘(ぼたん)と若船頭(新之助)も登場。さらに老女は、静御前(團十郎)となって法楽舞を舞い納める。義経の幻影(團十郎)も現れ、最後は静が化生(團十郎)の姿に。
物の怪につぐ物の怪の後、團十郎の船頭は、さすがの二枚目ぶりに客席の拍手も一際大きく聞こえた。ぼたんと新之助は、目を奪われるほどに丁寧な踊りを見せる。押戻しも鮮やかで観客を大いに喜ばせた。
夜の部『鎌倉八幡宮静の法楽舞』(左より)五郎姉二宮姫=市川ぼたん、化生=市川團十郎、竹抜五郎=市川新之助 /(c)松竹
音楽は、常磐津、清元、竹本、長唄囃子、そして成田屋と縁の深い河東節。それぞれの演奏が幾重にも折り重なる。全パートの三味線がひとつの旋律をユニゾンで奏でた時は、音が押し寄せてくるようだった。聴くというより体験に近い感動を覚えた。贅沢な和の音楽の演奏は、幕切れまで舞台をめくるめく彩った。九世團十郎の舞踊に着想を得た、様々な要素が詰め込まれた一幕だった。
歌舞伎座新開場十周年『七月大歌舞伎』は、28日(金)まで。昼夜ともに、たくさんの俳優たちの熱量が歌舞伎座をいっぱいにする、熱い公演となっていた。
取材・文=塚田史香

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