70歳となったイッセー尾形が『イッセ
ー尾形の妄ソー劇場 その5』と、一
人芝居の今を語る~「『えいっ!』と
うっちゃる力を、僕は信じています」

今年(2022年)2月に70歳の誕生日を迎えたばかりの、一人芝居の名手・イッセー尾形。10年前に一度活動を休止した後、2015年から名作文学をベースにした「文豪シリーズ」を続けていたが、昨年大阪の[近鉄アート館]で、突如完全オリジナルの新作を発表し、ファンを驚かせた。今回の大阪公演は、半年をかけて全国で上演してきたこの作品の、凱旋公演のような意味合いがある。公演のチラシで「70歳から絵は始まる」という葛飾北斎の言葉を上げて、まだまだ一人芝居を続ける決意を語った尾形が、大阪で会見を行った。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。
ここ最近は、夏目漱石や太宰治などの作品に登場する、味のある脇役たちからインスピレーションを得た一人芝居を発表してきた。2020年春にも、同じシリーズの新作を予定していたが、新型コロナウイルス蔓延のため延期に。2021年秋にその公演が実現した時、当然準備済みの作品を上演するものと思われていたが、予想に反して作品を総入れ替え。今現在のコロナ禍で、たくましく生きる庶民たちを描くという、まさに往年のスタイルに立ち返った舞台を見せてくれた。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。
「もともと現代人を演じるのが、自分の本分。でも現代はみんなスマフォばっかり見ていて、その中にあるモノを(活動休止した)当時はつかめなかったんです。僕が勝手に『庶民の力』って呼んでいるものと、再びめぐり合うために、文豪の作品のカヴァーをしていました。一回パチンコみたいにグーッと(過去に)後戻りして、その力で現代に帰ってこよう、と。だけどコロナと直面する事態になって『文豪をやってるどころじゃない。現代を扱わないといけない』と思って、戻ってきました。
クラスターとかの新しい言葉や、距離とか責任とかの新しい規則に、自分たちを合わさなきゃいけないというのが、僕のコロナに対する印象。僕たち庶民は従順なので、それに合わせようとするけれど、合わせきれなかったりするんです。クラスターとか何とかって、本当にわかってんのか? って(笑)。その底流にある意識を想像して、何とか拾って作品にして、それを笑うことで相対化したいんです。以前とは180度違う現実に直面している、現代人の姿をね」。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。
この現代人シリーズの再開に際して「やるならこの場所しかなかった」と言うのが、大阪の常打ち小屋となっている[近鉄アート館]。「妄ソー劇場」開始以来、もっぱら新作をおろす場所となっていたので、すでに完成した作品を上演するのは、意外と珍しい機会となる。
「アート館は僕にとって長年の実験場で『こんなものが生まれ落ちました。みなさん立ち会ってください』と披露する場所。この時代、こんな意識をみんな奥底に持っているんだろう……と想像して、作品にする。それが合っていれば大笑いになるし、合わなければシーンとなる(笑)。でも、それが平気なのがアート館なんです。そこに何か深い物言いがあるんだろうという、バックボーンを感じさせる空間なので。
そうやってアート館で生まれて、東京や京都などで上演して育ったネタを、今回は観てほしい。鮭がこんなに大きくなって帰ってきましたよ、と(笑)。なおかつそれにプラスして『今年はこういう新しい子どもが生まれました』という新作を、日替わりでやります。アート館の公演が、そういう大きな循環作用になっていけばいいかなと思いますね」。
イッセー尾形。
昨年発表したネタは、新宿で母親と待ち合わせをするロリータファッションの少女から、答弁中も本音が隠せないでいる政治家まで、まさに年代も性別もバラバラな、6人の現代人たちの物語。さらに文豪シリーズから生まれた、連続ドラマ風の立体紙芝居『雪子の冒険』も、ラインアップに入っている。
「たとえば、時代やファッションがどんな風になろうと、母娘の関係はそうそう変化するもんじゃない。大きく変化するものと、大きく変化しないものの対比……ここまでは変わるけど、ここからは変わらないというのをハッキリさせるのが、私の好みのようです。一方、自転車で高速道路を走る親父は、批判される側の弁明と言いますか。叩かれる人も何かしら世の中とつながっているし、つながりたい願望があるんじゃないか? ということをすくい取りたいなあ、と。
『雪子の冒険』は、どこにでも飛んでいきたい! という、僕の深い欲望の現れ。もともとは川端康成(『浅草紅団』)のカヴァーで作ったけど、だんだん自分の中で育ってきて、何か得体のしれない、サーカスみたいなものになってきていますね。新作の中には、雪子ちゃんの話もあるので、『雪子の冒険』を2本上演する回もあります(笑)」。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。
ちなみにその他の新作は「ストーカーの嫌疑をかけられた高校生」「詐欺防止の留守番電話のクレームに対応する職員」「失恋などの暗い歌専門の歌手」などを予定。直喩にせよ暗喩にせよ、コロナに翻弄される庶民を描いた旧作に対して、新作は「そのもう一歩先をやりたい」と意気込む。
「コロナに入り込んでしまったみんなの共通意識を、どっかにうっちゃるようなことをしたい。いつの時代も僕たちは何かに攻め込まれてきたけれど、その都度いろんなアイディアで乗り切ってるし、うっちゃる力が備わっているんですね。攻め込まれた時に『えいっ!』とうっちゃる。その人間の力を、僕は信じているような気がします。
追い込まれないと面白くないんですよ、人間は(笑)。追い込まれてナンボだと、いつも思っています。だからとにかく、その(コロナで起こる)体験自体を笑ってしまいたい。僕もお客さんも。そうすることで一つ意識が大きくなるし、人間は最後の最後に、たくましくおおらかに笑って受け止めるものだと信じたいです」。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。
さらに一人芝居は、今現代に求められる「想像力」を学び直す機会になるとも言う。
「今はまさに、いろんなことが現象として現れる時代。スマフォやTVを見れば情報が全部出てくるから、みんな想像をする暇がないんじゃないかと。昔はボケーッと街を歩いたり、窓の外の風景を眺めたりして、想像をする時間があったけど、それが今はなくなっちゃったんですね。だから自分の一人芝居の時ぐらいは、スマフォを忘れて想像をしてほしい。
一人芝居って、想像力のお芝居だと思うんですよ。AとBが言い争うにしても、Aしか出てこないから、この(Bという)人はどんな人だろう? と、観ている人が想像しなきゃいけないんです。 一人芝居は、想像の力のネットワークで成り立ってる。今は人間が想像に出会い直す時代だと思うけど、一人芝居はそれを学ぶのに、本当にうってつけだと思います」。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。
そしてフリーになってからの10年間を振り返るとともに、70代に向けての抱負について、このように語ってくれた。
「ゼロから立ち上げて、いろんな人に直で出会うことで、自分のいる場所が広がっていく10年でした。何もない舞台に一人が出てくるという、それだけが頼りの一人芝居を、これからもやろうと思った時に、ちょっとずつ『ここでやってみませんか?』という人が現れたから、やってこれた。となると『じゃあ、この場所で何をやろうか?』という感じで、場所や人が先にあって、ネタがあるということを、大きく自覚するようになりましたね。
そうなるともう『めったに観られない作品』とか『チケットが取れない舞台』みたいな形容詞は、まったくいらないと思うようになりました。ただそのネタがあるだけ。そういう気持ちがあるのが、昔とはうんと違う所かな。ますます偏屈になっています(笑)。
70歳というと、もう(やれるのは)あと10年だと思うんですよ。だからやり残さないようにやろうと、すっごく覚悟しています。『このネタで舞台に出ていいのか?』という問いかけは、強く大きくなっていますね。だからと言って、でかいことをドーン! とやろうというのも、無理だなってこともわかって(笑)。これからも昔ながらの方法で、ネタを作るしかないんだなと思っています」。
『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より、大作となりつつある『雪子の冒険』。
現代の庶民をとらえる眼力を鍛え直すために、近代の庶民の姿を想像し続けたイッセー尾形。6年間の武者修行を経て、ついに現代に戻ってきた彼が描き出すのは、一見エキセントリックだけど、自分の周りの人々や、あるいは自分自身とも、フッと重なって見えてしまうような“一庶民”の姿だ。
昨年その誕生に立ち会った人も、半年間の地方行脚を経てたくましくなったネタの数々を確認しに。そしてまだ観たことがない人は、もしかしたらあと10年しか観られないかもしれない名人芸を、ぜひ体験しに行ってほしい。
イッセー尾形。
取材・文=吉永美和子

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