原田美枝子、ショーン・ホームズ演出
の『桜の園』ラネーフスカヤ役に挑む
心境を語る

『セールスマンの死』(2022)の演出で日本の観客を驚かせたイギリスの演出家ショーン・ホームズの次回作は、アントン・チェーホフが時代の転換期に書き上げた『桜の園』に決定。豪華キャストの共演も楽しみなこの舞台で、女主人ラネーフスカヤ役を演じる原田美枝子に話を聞いた。
ーー作品の魅力について教えてください。
私、チェーホフの作品が好きなんですね。昔、蜷川幸雄さんの演出で『かもめ』と『三人姉妹』に出演しました。それ以前に、蜷川さんとは「リア王」でご一緒しました。シェイクスピア作品に登場する女性は、強くて怖い、男をダメにしていくような悪役的な女の人が多いんです。私は、強い女性も面白いですが、もう少しナイーブな役の作り方のほうが好きだなと思っていました。
それで、ちょうど40歳になるころチェーホフの『かもめ』のアルカージナ役をやらせていただきました。実際にお芝居をしてみると、セリフのよさがわかってきて、どんどん奥に入っていける感じがして、すごくおもしろかったんです。その次に『三人姉妹』のマーシャ役をやらせてもらいました。ロシアのある家族の三人姉妹に起こるいろいろな出来事を描いている作品ですが、自分たちは今いろいろ大変だけれど後の時代の人たちはどう生きているだろう、後の時代の人たちはもっと簡単にこの問題を乗り越えていくかもしれない、そんなセリフがあって、すごく好きだったんです。作品が書かれた時から120年経って、過去の時代の人たちの大変さを果たして今、乗り越えているんだろうか、私たちはちゃんとその人たちの未来になれているんだろうかと思ったり。過去の時代の人たちに対して、一生懸命生きてくれたからこそ今私たちがいるんですねって、そんな思いになる。そんな素敵なセリフがあちこちちりばめられている魅力があるんです。
歴史を振り返れば、日本も75年以上前に第二次世界大戦があり、その後バブル崩壊やコロナ禍もありました。それ以前には、関東大震災や第一次世界大戦。どの国でも、絶対に幸せな完璧な時代なんてない。価値が逆転することもある。そんな中でも一生懸命生きていこうとする人たちの話を『桜の園』は描いている。ロシアという国を越えて、時間や空間や人種を限定することなく、人が困難に直面したときにどうやって生きて行くか、そんなことが描かれていると思うし、そういう舞台にしなきゃつまらないと思うんです。
ーー今回演じられるリュボーフィ・ラネーフスカヤについてはいかがですか。
お金の心配をしないで生きていける貴族っていいなと思って、そこは憧れですね。彼女は、うちにお金がないなら向こうの大叔母さんの家から持ってきましょうと言ってしまう。そんな発想がね(笑)。しかも、お金がないのにチップをたくさん渡しちゃったり、浮浪者が来てお金をくれと言われたら全部あげちゃったり。お母さんそんなことしたらだめじゃないと言われるのに、しょうがないじゃない、かわいそうだからと。そういうチャーミングなところがある。彼女だけじゃなくそれぞれのキャラクターがすごくおもしろくて。ひとつの場面でいろんな人が勝手なことをしゃべっているように見えるのに、その中にキラッと光る言葉があったり、その人が感じていることがちらっと出てきたりするんです。観てくださる方もそんな素敵な言葉を拾ってほしいと思いますね。無駄なことをしゃべっているように思えるセリフにもその人の生き方がちゃんと表れて、ヒントがあったり、すごく哲学的なことを言っていたり、そういう一人ひとりの声が描かれているのが素敵なんですよね。今回、日本語訳もすごく生き生きしている台本なんです。
ーー「実際に芝居してみるとどんどん奥に入っていける感じ」とは?
最初は表面しか見えていないのが、稽古をやって作っていくうちにその世界にどんどん入って行ける。すごく奥が深い、奥行きのある脚本なんだと思うんです。奥が深くて、一カ月稽古して何回上演してもその世界の奥に違う扉が開いていく、そんなおもしろさがチェーホフにはありますね。俳優の仕事は、役の内側、その人物の中へとダイビングしていくようなことなんです。内側から人物にふれて、一つひとつのセリフを発していくうちに、そこに何か意味や深い感情があったということが見えてくる。チェーホフは、人のおかしみ、一生懸命やっていてもうまく行かないこととか、人間について、そして国や文化について、すごく深く考えていたと思いますね。
ーー演出のショーン・ホームズさんとは初顔合わせになります。
すごくパワフルですごく繊細で、それでいて明るい方です。もちろん通訳の方を通してですが、普通に話ができる方なのがすごくうれしいです。私のことも知らないだろうし、私も彼の演出作品を観ていないけれども、じゃあ仕事しましょうかと言ったときに、これはこうでねと普通に言える感覚があったのがすごく楽しくて。段田安則さんが昨年、ショーンさんが演出された『セールスマンの死』で読売演劇大賞の最優秀男優賞を受賞されたと聞いて、それもすごいなと。段田さんはベテランで、すごく上手い人じゃないですか。その彼をさらにいいところに持っていけたということは、すごい力だなあと私は思います。どんな感じの舞台になるのか、演出プランをちょっと聞いたんですけど、それもまたおもしろそうで。オーソドックスなドラマというより、ちょっと現代アート的な切り口なんです。私たち日本人のキャストがいて、イギリス人の彼がいて、ロシアの作品をやるっていうことで、どんな相乗効果が生まれるのか、楽しみですね。
ーー海外の方の演出を受けることについてはいかがですか。
昔から憧れていたんですが、2016年にベルギーのギー・カシアスさんの演出で、川端康成の小説をオペラにした『眠れる美女~House of the Sleeping Beauties~』に出演して、すごくおもしろかったんです。歌手の方とダンサーの方がいて、私と長塚京三さんが役者として参加しました。そのとき、少しセリフを現代風に変えてあるところもあったけれど、日本語のニュアンスなんかがすごく素敵だったんです。これは、外国の方にはわからないだろうと(笑)。あとは、映画やドラマで何本か、海外の方との仕事を経験しましたけれど、わかりあっていくのはなかなか難しいなと思っていたところ、ショーンさんにお会いして、今回は行けるかも、と思いました。
ーーチェーホフはこの作品を喜劇ととらえていたとか。
喜劇とか悲劇とかって、観ている人が決めればいいのかなと思います。だって、私たち、人生を一生懸命生きてるけど、傍から見れば「何やってんだよ」ということが、いっぱいあるじゃないですか。自分自身はすごい真剣に悩んでああでもないこうでもないと言っているのに、傍から見ればおかしなことにこだわっていたり。リュボーフィもパリからロシアに帰ってくるお金がないと娘が心配しているのに、チップをみんなにあげてしまう。そのあたりの描き方に、チェーホフの人間に対する愛情を感じるんですよね。貧しい農家の家に生まれたロパーヒンが、実業家として成功して、桜の園の人々と立場が逆転した、その彼が一生懸命解決策を言い続けているのに、誰も話を聞かなかったり。そんな彼も一生懸命生きていると思います。『三人姉妹』でも、「生きて行きましょうよ」というセリフを言いながら、何かすごくいいなと思いました。私は私の人生を生きなきゃいけないし、隣にいる人もその人の人生を生きなきゃいけない。今回、脚本を読んですごく素敵だなと思ったのは、村井國夫さんが演じる老召使フィールスの存在ですね。「人生が俺を素通りしてった」というセリフが素敵です。長年家を見守ってきて、その土地を、その歴史を愛していて、一番全部が見えている。彼がかつては人の着るものの世話から料理の順番まで全てを取り仕切っていた、ということから、かつての優雅な生活もわかってくるんです。
ーー舞台公演を乗り切る体力作りについてはいかがですか。
最近はよく歩くようにしていますね。それと、乗馬ですね。40代後半で始めて、それからずっと続けているんですけれど、体幹でバランスを取るので、20分くらいしか乗らなくても汗をかいてへとへとになるんですよ。動物と会うと、言葉を使わなくていいんですよね。それも何かほぐれますね。あとは、舞台に出演するの俳優さんは、自分がいなかったら芝居の幕が上がらないという気の張りがあるかなと思いますね。私は芸歴が長いですけど、舞台は全部で十本くらいしかやったことがないんです。好きは好きなんですが、苦手なところがあって。
ーーとおっしゃりながら、今回舞台に立たれるわけで、その楽しみとは?
矛盾してますよね。やってみて、後で後悔するんですよ。初日終わったときでしょうか。映画とかドラマは一カ月二カ月リハーサルしたとしても、本番の演技は一回でいいじゃないですか。舞台は一回やってすごくよかったとしても、はい次の公演となるし、昼公演が終わっても夜もあるなとか。役をつかむまでとか、作っていく過程はすごく好きなんですけどね。楽しむ秘訣、知りたいです(笑)。でも、今回のメンバーで稽古を続けて、責任感とかバランスとか、いろいろなところで闘っていって、きっと楽しい舞台になると思います。
ーー共演陣についてはいかがですか。
八嶋智人さんと安藤玉恵さんとはドラマで共演しました。成河さんとは、うちの二人の娘たちが共演させていただいて、すごく面倒を見てくださったそうです。村井さんとは、『三人姉妹』で恋人役を演じたんです。それ以来ですから、本当に20何年ぶりの共演です。このカンパニーで、おもしろい舞台になるように、がんばります。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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