新派のリズム、情緒が詰まったお洒落
で見事な作品~新橋演舞場「花柳章太
郎 追悼『十月新派特別公演』」会見
レポート

『花柳章太郎 追悼「十月新派特別公演」』が、2021年10月2日(土)~25日(月)まで新橋演舞場で上演される。劇団新派は、明治21年に誕生して以来、幾多の名優を輩出してきた。そのひとり、大正から昭和にかけて活躍した花柳章太郎の名前を掲げた公演だ。演目は、『小梅と一重(ひとえ)』と『太夫(こったい)さん』の2本立て。出演は、劇団新派より水谷八重子、波乃久里子、喜多村緑郎、河合雪之丞。そして藤山直美、田村亮もゲスト出演する。
9月9日(木)に取材会が行われ、水谷、波乃、喜多村、河合が出席した。公演に向けた意気込み、花柳章太郎の思いが語られた。
⬛︎1年8か月ぶりの本興行
水谷「新橋演舞場の舞台の上からコロナに追い出され、1年8か月ぶり。やっと演舞場へ戻ることができるようです。コロナが終わったわけではありませんので、安心はできません。そのような中でもほんの瞬間、コロナを忘れていただける舞台をお見せできれば。そして、花柳先生に『いい子だね』と言っていただけるような芝居ができれば」と思いを語った。
水谷八重子。昭和30年に水谷良重の名で初舞台。父は歌舞伎俳優の十四世守田勘弥、母は新派の名優、初代水谷八重子。
波乃は、「こんなにうれしいことはありません。お客様は命がけでお越しいただきます。私たちも命がけで舞台に立たせていただきます」と力強く語る。喜多村は、新型コロナウイルスに感染した方、亡くなられた方へのお見舞いを言葉に乗せた上で、「本拠地、新橋演舞場に帰ってまいります。花柳先生、そして先人に深く深く感謝します。歌舞伎の様式美と新派のリアルな演技が重なる、本当にお洒落で見事な作品。たくさんの方にとは言えない状況ですが、たくさんの方に観ていただきたい」と述べた。そして河合は、「花柳先生は映像からでも伝わってくる、素晴らしい女方さんであり、大尊敬している先輩です。追悼公演で新橋演舞場の舞台に立たせていただけることは、本当にありがたく身の引き締まる思い。命がけで舞台を勤めます」と語った。
「花柳章太郎 追悼『十月新派特別公演』」チラシ
新派の本興行は、2020年2月の新橋演舞場での『八墓村』以来、1年8か月ぶりとなる。水谷は「意気込みと言われましても、意気込みなんてありません。怖いばかりです。演舞場の舞台に立たせていただくことを、想像できないくらい離れていました。嬉しいのか悲しいのか。怖いのか恐ろしいのか。色々な気持ちです」と思いを語り、「いつもは上手く答えられる私なのですが……これもコロナのせいだと思ってください」と笑顔を見せ、一同の笑いを誘った。
■波乃と藤山の『太夫さん』
『太夫さん』は、北條秀司が花柳のために書きおろし、昭和30年に初演された作品。花柳が勤めた老舗妓楼の女将・おえいを、波乃が勤める。
波乃「おえいさんの役は、花柳先生よりも私の方が、回数多くやっています。でも今、花柳先生のおえいさんの写真をみて、回数ではないということがハッキリと分かり、愕然としました。写真の花柳先生は、そこに座っているだけで、おえいさんなんですね。私は、もういっぺん写真をみて(自身の役を)作り直さなくてはと思いました」
波乃久里子。昭和25年初舞台、昭和37年、初代水谷八重子に憧れ新派に入団。父は歌舞伎役者の十七世中村勘三郎、弟は十八世中村勘三郎。
おえいは身売りの娘、きみ子を引き取る。今回、きみ子役を勤めるのが藤山だ。波乃のおえいと藤山のきみ子という配役は、本公演で6回目。
波乃「私は直美さんと会うたび、またこの作品をやりましょうとお話してきました。直美さんとは姉妹同然、阿吽の呼吸でできる気がします。花柳先生のすごさを頭に入れ、直美さんと舞台を作ってまいります」
波乃が振り返るのは、直美の父、昭和の喜劇王・藤山寛美と食事した時の言葉だ。
波乃「ある方が『これから良い女優は出てくるかしら』と尋ねたところ、寛美先生が『ちょっと10年待っておくんなはれ。必ず大女優が出まっせ』とお答えになったんです。誰とはおっしゃいませんでしたが、その10年後、たしかにお出になりました。直美さんのことだったのだなと分かりました。今、直美さんはトップの女優でしょう。そして新派を愛してくださっています。そんな方と一緒にやれることはありがたく、嬉しいことです」
■『小梅と一重』は実際の事件がモデル
『小梅と一重』は大正8年に初演され、昭和28年に花柳の小梅で上演されている『假名屋小梅』の一幕。 今回は、水谷の一重と、雪之丞の小梅が、女優と女方で競演する。
水谷「雪之丞さんとは、『華岡青洲の妻』の時、妻とお義母さんという役どころで丁々発止とやらせていただきました。しかし今度は、暴れ馬のような小梅です。この方はものすごい声量をお持ちですから、それに負けないよう一重を勤めます。2時間を超える長い作品の中の、短い、大変に難しい一場です。でもそこに賭けています。通して全体を観てみたいと思っていただけたら、ヤッター! というもの。新派のエッセンスを感じていただけたらと願っています」
喜多村は、大名題を目指す門閥外の役者、澤村銀之助を勤める。
喜多村「門閥外からという設定は、歌舞伎時代の自分とオーバーラップする部分があります。ありがたいと思いました。歌舞伎の様式美からくる新派のリズム、新派の情緒など、新派の魅力が詰まった作品です。もともと銀之助は女方の設定でしたが、私は見た目が大きい(身長183㎝)ので、今回は、はんなりとした二枚目の立役に設定を変えていただきました。大立者を目指す若い青年の俳優を必死に勤めたいと思います」
喜多村緑郎。三代目市川猿之助門下、市川段四郎、のち月乃助の名で歌舞伎の立役として活躍。2016年、新派へ。
そんな銀之助を出世させようとするのが、新橋でも一枚看板の芸者・假名屋小梅だ。
河合「小梅を勤めさせていただきます。当時、花井お梅という方が起こした実際の殺人事件をモデルに、作られたお話です。同じお梅がモデルでも、『明治一代女』のお梅は、控え目な性格です。今回の小梅は、お酒に飲まれて大暴れして文句を言って……と、非常に気の短い女性として書かれています。実在したお梅さんを調べますと、気の短い乱暴な方だったそうです。今回の小梅は、実在の人物に近いのかもしれませんね。そのことも頭に入れ、八重子さんの胸をお借りし、小梅が悔し涙を流す気持ちをうまく表現できますよう、お稽古に励みます」
河合雪之丞。三代目市川猿之助(現・猿翁)門下、市川春猿の名で歌舞伎の女方として活躍。2017年、新派へ。
■「お釈迦様と呼びなさい」花柳章太郎を懐かしむ
花柳は1965(昭和40)年1月4日まで舞台に立ち、6日に他界した。水谷は「最後の舞台をよく覚えています」と振り返る。
水谷「昭和40年1月、私はその月のお芝居に、まるで役がなかったんです。花柳先生が『お正月に良重(現・八重子)が出ていないのはかわいそうだよ』と言ってくださり、川口松太郎先生が『寒菊寒牡丹』の中に、ラシャメンのお新という役を作ってくださいました。私が『ラシャメンなんて分からない』とゴネたところ、花柳先生が『おじちゃんが全部みてあげるよ』とおっしゃってくださり、自前の半襟もお持ちくださいました」
花柳の優しさとともに、小道具の時計の位置が異なっていたことを厳しく叱責していた一面や、芸者役で襟を抜いたうなじが、「何てキレイなんだろう。女の襟足にこんな風に色気があるのか、と。1枚の写真のように目に焼き付いている」ことなどを語った。
波乃は、花柳が亡くなる4年前に新派に入団。「花柳先生を好きでもきらいでもなかった」と明かす。
波乃「“父(十七世勘三郎)のお友達”として見ていたんです。バチ当たりなことをしましたね。私は、初代の水谷八重子先生が好きでしたから、八重子先生を『マリア様』と呼んで、いつもついて歩いていたんです。ある時、花柳先生に奈落に呼ばれました。そして『八重子さんをマリア様と呼ぶなら、私はお釈迦さまと呼びなさい。お腹の中でどう思っていようとも、私のことも好きだという顔をして歩いておくれ』と。なぜ? と思いましたが、当時100人を超える一座の中に、派閥を作りたくなかったのでしょうね。そして、お釈迦様だなんておっしゃる可愛らしい方でしたね。あとから映像を多く拝見し、花柳先生の芝居のすごさ、深さに気づきました」
■緑郎と雪之丞、新派への思い
歌舞伎界から新派に活躍の場を移し、喜多村は5年目、河合は4年目となる。
緑郎「レパートリーの多さに、あらためて驚かされます。やりたい作品がたくさんある、演劇の宝庫。そしてスペシャリストの集まりだとも感じます。新派の座員の持つ力、演出部、音楽、そのすべてが一級品。多くの方にご覧いただき、今よりももっと、公演ができるようになるといいなと。その思いで今も精進しています」
雪之丞「歌舞伎と新派で女方は違うのか、とよく聞かれます。基本的には、女方芸で勤めるほかないと考えています。その中でも新派には、リアルな部分もあり現代劇もあります。八重子さん、久里子さんに教えをこいながら試行錯誤しております。女方として女優さんと並び、それをお客様に、いかに違和感なくみていただくか。大きな課題です」
「言い忘れていました、『こったい』さんにも出させていただきます!」と緑郎と雪之丞。
2人は『小梅と一重』だけでなく、『太夫さん』にも出演する予定。会見は、水谷が「新派のサウンド、リズムを感じに、ぜひいらしてください。江戸前だけでなく、京都のはんなりとした、そのくせ現代的な『太夫さん』という今はない存在に、お心を揺さぶり下さい。PCR検査を済ませ、きれいにしてお待ちしております」と呼びかけ締めくくった。『花柳章太郎 追悼「十月新派特別公演」』は、新橋演舞場にて10月2日(土)から25日(月)までの公演。
取材・文・撮影=塚田史香

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