建築家・山川睦×福祉施設職員・佐藤
拓道が語る〜全国の福祉施設に視聴環
境を届ける THEATRE for ALL「劇場を
つくるラボ」プロジェクト

~「新しい価値」を社会実装する。 “表現”の未来をつくる。~ これはチェルフィッチュなどの公演制作を手がけるprecogが掲げるミッション。このミッションのもとprecogでは近年、福祉とアートをつなぐ取り組みも積極展開している。2020年は日本語字幕、音声ガイド、手話通訳、多言語翻訳などに対応した演劇、ダンス、映画などの動画を配信するオンライン劇場「THEATRE for ALL」をスタートさせ、発展的な取り組みとして「劇場をつくるラボ」を実施している。スマートフォンやタブレット、パソコンなどの電子機器などを組み合わせたセット+クリエイターらによるサポートを「劇場」と位置づけ、新たな舞台芸術との出会いを提供するのだ。そのクラウドファンディングが最終段階に突入 ! 建築家でもあるTHETRE for ALL事務局の山川陸氏、奈良の障害者福祉施設「たんぽぽの家アートセンターHANA」の佐藤拓道氏に話を聞いた。
――まずはそれぞれの紹介からお願いしてもいいでしょうか。
山川 普段は建築や舞台など、空間設計を主に手がけていますが、広い意味での場のデザインとしてコミュニティデザインにも取り組んでいます。THEATRE for ALLはいくつか部門がありますが、私は障がいのある当事者の方、支援団体の方にリサーチしたり、THEATRE for ALLに興味のある方とどうやってつながるか、さまざまな人とコミュニティをどうつくっていくかなどを考えています。
佐藤 社会福祉法人わたぼうしの会、たんぽぽの家アートセンターHANAの副施設長として、障がいのある人たちの日中活動をしています。俳優としてチェルフィッチュ、マームとジプシーなどに参加させてもらっていることもあり、施設では演劇のプログラムを担当しています。昨年、THEATER for ALLで僕らがつくった舞台『僕がうまれた日』の映像を配信していただいた縁から、「劇場をつくるラボ」に関わらせていただくことになりました。
山川 僕は新聞家という演劇カンパニーに携わったことがあるのですが、新聞家ではたとえば上演時間15分に対し、開場までの時間に何かをしてもらったり、終演後1時間くらい意見交換会をしたり、公演の時間と空間全体をすべてデザインしていました。上演を通じて何が伝わったのか、何が伝わらなかったかなどを議論するなど、そこで起こるコミュニケーションがすごく面白かったんです。障がいの有無に関わらずいろいろな人と対話することを目指すTHEATER for ALLのプロジェクトに関わるのは、こうした舞台芸術の経験が根っこにあります。
山川睦
――「全国の福祉施設に視聴環境を」というプロジェクトが動き始めた流れから教えていただけますか?
山川 リサーチを通して、バリアフリーやアクセシビリティを考えると、目の見えない方に向けた音声ガイド、耳の聞こえない方に向けた手話や字幕などは技術としてある程度確立されているものの、知的障がいや精神障がいのある方と作品を結ぶアクセシビリティはかなり置き去りにされているとわかりました。そうした皆さんに舞台作品を届けるにはどうすればいいかが問いとして挙がってきたんです。またオンライン配信にしたとは言え、それらをだれもがすぐに見られるわけではありません。そもそもパソコンを使わない人もいる。またスマホで映像を見ている人でも、そのコンテンポラリーダンスをスマホで見て面白いのだろうかと疑問に思う部分もあります。THEATER for ALLはオンラインの配信事業ですが、画面の手前も考えていくと作品ともっと面白い出会い方ができるはずと考え「劇場をつくるラボ」がスタートしました。
佐藤 たんぽぽの家では「わたぼうし音楽祭」での音楽活動をはじめ、ダンスや演劇にも取り組んできました。ほかの福祉施設でもパフォーマンスの可能性を感じ、取り入れる所が増えていると思います。しかし、その見せ方について、僕も含め、悩むことも多いのでは ? と思います。山川さんもおっしゃいましたけど、障がいのある方と作品をつくるとき、その表現が観客にどう見えるのか、丁寧に伝えながらつくる必要があります。パフォーマンスにはいろいろな形があるので、見る側も見せる側も楽しめるようにしたいなと思いました。
佐藤拓道
――THEATER for ALLの提案する「劇場」について教えてください。
山川 実際の劇場は舞台と客席がありますが、舞台に該当するものが画面だとすると、どういう機材でどういうふうに音が聞こえてきて、それをどういう状態で見るのかという関係が客席だと思うんです。「劇場をつくるラボ」では暮らしの空間の中で作品に没入したり、出会ったことのない作品を見る体験全体を劇場と呼び直しています。同時に鑑賞時に使うタブレット、ネックスピーカーなど機材のセットも、床にプロジェクターで投影した作品を眺める方法も劇場です。これが最適と言うのではなく、まず皆さんがしっくりするものを選べるよう、いろんな選択肢を提案したいのです。
佐藤 たんぽぽの家では「個人(ブース)で見る」「床に投影して見る」「複数人で見る」という3つを用意していただき、お昼休みを利用して2週間のトライアルをしていただきました。日ごろからタブレットは多くの人が使っていたので気軽に見るかなと思っていたら、やはり使い慣れないデバイスにアクセスするにはそれなりにハードルがあるんですね。新しいものとの出会いの仕掛けをどうつくるか山川さんとも相談し、床に投影する作品も、線描で見やすいアニメーションにすると何人も近寄って見るような様子もありました。僕ら自身も新しいものを取り入れるときにそのまま、ぽんと渡してしまいがちで、準備段階から一緒にみんなが関わることで、もっと受け入れやすくなるし、導入の仕方を工夫する必要があると思いました。
――今後の展開について教えてください。
山川 施設ごと、建物やメンバーの顔触れも違うので、視聴環境をつくるための機材のセットと空間づくりのアイデアをアーティストやクリエイターのサポートとともにパッケージとして届けるのが目標です。今までアートに関わったことがない施設、新しいものに出会いたいという施設にも導入していただけるようにしていきたいです。たんぽぽの家さんとは一緒にリサーチし、アイデアを出し、試してフィードバックをしてということをやらせてもらいました。クラウドファンディング後は、福島県・はじまりの美術館、東京都・愛成会、岡山県・ぬかつくるとこ、滋賀県・やまなみ工房の4つのパートナー施設を回りながら、トライアルを繰り返しながらパッケージを発展していきます。
佐藤 一般的に考えたら障がいのある人が劇場に行く場合、電車に乗らないといけないなどハードルがあったり、行ったとしてもやっていることがよくわからないとなったりしがちです。でも「劇場をつくるラボ」で、僕たちがつくった作品をみんなで見る機会があったんですけど、たとえば字幕一つあるだけで集中力がまったく違うんです。空間を工夫したり、抱くタイプのスピーカーを抱えて見るだけでも集中度が違うので、ハードルを超えてでももっと見たいという欲求が高まったり、新たな世界にみんな行きたいと思えるきっかけになるのではないかと思います。歌舞伎には音声ガイドはありますが、普通の芝居でも導入されればいいなあと。それも表現方法の一つとして、新たなものが出てくれば、面白いのではないかと思います。
撮影:衣笠名津美
撮影:衣笠名津美
撮影:衣笠名津美
山川 これできました、これでOKですとスムーズには行かないのが、福祉の現場や芸術の共通の悩みです。「やってからわかる」を何回も繰り返さないと、たどり着けない領域がある。だからこそいろんな人と言葉を交わしていきたいし、そうやってアイデアを発展させて、世の中に届ける糧にしたいんです。劇場や美術館に行くのにハードルを感じている施設の方々、アーティストと何かやることが難しいと考えている方々にとっても、ちょっとしたアイデアを試すことで普段と違う体験ができる可能性があることを知っていただきたいですね。今回クラウドファンディングで「劇場をつくるラボ」を続けることで、施設に限らず、だれにとっても暮らしの周りに同様の可能性があることも合わせて伝えていきたいです。
取材・文:いまいこういち

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