シンセ番長・齋藤久師が送る愛と狂気
の大人気コラム・第六十沼 『恐怖の
椅子沼!』

「welcome to THE沼!」
沼。
皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?
私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。
一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、その世界にどっぷりと溺れることを
「沼」
という言葉で比喩される。
底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。
これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。
毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。
第六十沼(ろくじゅっしょう) 『恐怖の椅子沼!』
人間と椅子の関係を考えた事があるだとうか。
職場や自宅など、個々のライフスタイルにもよるだろうが、人間が日常生活の中でとる最も多い態勢は『寝る』『立つ』『座る』という3つのカテゴリーに分けられる。
稀に逆立ちして暮らしている人もいるかもしれない。
いや、いないだろう。
私がこの中で最も注目する姿勢が『座る』だ。
座るといえば「椅子」。つまり人が腰掛けるものを想像するだろう。
椅子には形、素材、大きさなど用途によって様々な種類のものが用意されている。
また、その機能美からとても素晴らしいデザインの椅子が、ただの「腰掛」という道具から飛び出し、「芸術的な家具」としての存在も大きい。
つまり、お部屋のオブジェ、装飾品として用いられる事がある。
また、椅子は座る人の地位、つまりステイタスを表すものとしても使われる。
会社では役職により、いわゆる「社長」が座る椅子は物々しいほど重厚感のあるものが用いられる事がしばしばあるし、王様などが用いる椅子は玉座といわれ、「家具」としての椅子よりも、権威の象徴として贅を尽くした装飾が施されたものが多い。
横浜のあるクラブで故プリンス専用の椅子が用意されていたのだが、私が出演する日、リハーサルで何気なくその紫色のプリンス様専用椅子に座って、オーナーからこっぴどく怒鳴られて喧嘩し、ライブをしないで帰ってきた事もあった。
そしてある日、テレビ朝日の番組「渡辺篤史の建もの探訪」を観ていると、家のオーナーがコルビジェのLC2を新築に合わせて購入したという。
そしてそのオーナーが「でも、子供が小さいから、すぐに傷をつけて困る」と言った瞬間、司会の渡辺篤史さんが鬼の形相に豹変した。
「ゴラァアアア!その傷こそがこの家の歴史であり、思い出の証なんじゃ!そんな小せえことを気にしてんじゃねえぞコラ!」
ととてもテレビ放送とは思えないほどの剣幕でオーナーを罵倒する場面を観て腹を抱えて笑うと同時に、「あ、私も子供たちに同じように怒ってるわ」とも思い反省した。
こうしてあらためて「椅子」というものにフォーカスを当てると、とても奥深い沼を感じざるを得ない。
無類の家具好きである私が、この椅子というモノに対して異常に執着するのは自分としてはごくごく自然な流れである。
20世紀最大の発明の一つであるEAMESがプライウッド技術の集大成として開発したラウンジチェアー、そしてコルビジェのソファー、「2001年宇宙の旅」にも使用されたオリビエムルグの真っ赤なジンチェアーなど、座るのが勿体無いほどの芸術的なフォルムを有する。
中でもEAMESのラウンジチェアーやLCソファーは私も所有している。
これらのソファーに座る事で、心が豊かになるのだ。偉くないからこそ、偉くなった気分を味わえる。
中学生の時、パンクに憧れてドクターマーチンが買えず、安全靴を履いた時に、物凄く強くなった錯覚に陥った。
ブルースリーの映画を観終わった後、自分がブルースリーになったような感覚を味わった事はだれにでもあるだろう。
椅子は乗り物にも必ずといって良いほど搭載されている。
例えば電車や飛行機、そして車。
そう考えると、飛行機ならばファーストクラスシート、電車ならばグリーン車のシートはエコノミークラスの椅子とは比べものにならないほどの快適さを誇る。
もちろん、私の車のシートも純正のシートからRECAROシートに交換してある。
これは見栄とかステイタスという意味では無く、ただ単に「快適さ」を選んだ結果だ。
もちろん、多少のお金はかかる。しかし、そのお金に買えられない価値があるのだ。
特に長時間座った場合に疲労の軽減から、集中力の持続時間に大幅な差が出る。
つまり、結果的には「安い」のだ。
これは自宅やスタジオでの音楽制作の仕事にも言えることだ。
私は1994年にDon ChadwickやBill Stumpfがデザインし、ハーマンミラー社から発売された「アーロンチェア」を発売と同時に購入した。
それまでのビジネスチェアーといえば、いわゆるネズミ色のこんな感じの昭和感漂うモノが多い中、名門ハーマンミラーから発売されたアーロンチェアーは比べ物にならないほどのスペックとデザイン、そしてビジネスチェアとしては腰が抜けるほど高価であった。
アーロンチェアーは人間工学に基づいて作られ、ペリクルと呼ばれるNASAがスペースシャトルの素材としても使用している網目の繊維で出来ている。柔軟性のある座席部分は通気性がとてもよく、長時間座っての作業にも負担が軽減されるだけで無く、特にほぼ毎日転んで腰を悪くしていた私にとっては背もたれに用意されたランバーサポートが腰痛を軽減させてくれた。
その機能美はニューヨーク近代美術館に「永久コレクション」として所蔵されているほどだ。
私はハーマンミラーの営業マンでもないのに、いったい今まで何十人の人たちにアーロンチェアーを購入させた事か。
もちろん、ウチの奥さんもメッシュの色の違うアーロンチェアーを使用している。
ある日、楽器メーカーのある男が「久師さん、、、ギックリ腰になっちゃって、、、。椅子に座れないから立って事務仕事をしているんですよ」というので早速アーロンチェアーを勧めた。
しかし、、、彼はケチってアーロンチェアーのパチモノ。マーロンチェア的なモノを買ってしまったのだ。
案の定電話がかかってきた。
「久師さん!大変です!椅子がバキっと後方に折れてひっくり返って頭を撃打し、腰痛も悪化しました!」
あたりまえだ。
すこしくらい高くても、信頼のおけるものを買わなくてはいけない。
その証拠にウチのアーロンチェアーは30年近くたっても、全く壊れていない。
と、ここまで偉そうに語ってきたわけだが、実を言うと今この原稿を正座して執筆している。。。
まるで昭和の文豪か漫画家のようだ。
そして、音楽制作もそうだ。
気がつくと床に正座して作業している。
しかも、自宅スタジオだけでは無く、外部のスタジオの時も正座して作業をしてしまうのだ。
いや、もちろん、最初はアーロンチェアに座って制作し始める。
しかし、ハードウェアーを多用する私は、一つのデスク(かなり大きめ)では足りず、どんどん機材を床に置き始めて、最終的にはきちんと正座して作業している。
これは先日何気なく妻が撮影した写真だ。
自分では無意識のウチに正座しているのだ。
しかも過集中脳なので、足が痺れて立てないことにも気づかないで何時間もこの態勢で作業している。
特に外部スタジオの時は酷い。アシスタントが全て身の周りを世話してくれるので、私はこの態勢で10時間くらい動かないのだ。
覚えておいてほしい。このスタイルを「地ベタリアン」という事を。
自分への言い訳としては「お行儀が良い」という事にしている。
言い訳かもしれないけれど、これには大きな理由も存在する。
それは日本の国土の小ささ、そして家屋の作り方に問題がある。
広大な土地を有す国アメリカのファニチャーが日本の家屋のサイズに収まるわけがないのだ。
そんな親の影響か、ウチの次男坊のタブレットの見方がおかしい。
せっかく立派な机とストッケの椅子があるにも関わらず、この態勢が1番落ち着くようだ。
しかし、海外勢にも特殊な人々が存在する。
これは、ある中腰マンの写真だ。座るでも無く、立つでも無く、とても辛そうな態勢を保っている。まるで宇宙人のようだ。Jeff Millsという天才DJだ。宙ベタリアンという事にしておこう。
また、ある時 私のアー写をAphexTwinにパクられた事があった。これがその時の写真だ。
私がRolandの機材に囲まれあぐらをかいているのに対し、リチャードはKORGにかこまれてあぐらをかいている。
まあつまりだ。ひとそれぞれ好きなような姿勢でいれば良い。
もしかしたら、椅子なんていらないのかもしれないね。

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