聖地転変 ~あのとき『らき☆すた』
と鷲宮と埼玉県に起こったこと~ V
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実在する場所がアニメの舞台になり、そこにアニメファンが訪れる。そしてアニメの舞台になった場所、地域がアニメファンを迎え入れることで、地域が活性化されるということが当たり前になってきている。そんなアニメファンがアニメの舞台になった場所を訪れることを「聖地巡礼」と呼ぶ。

聖地巡礼プロデューサー・柿崎俊道氏によるアニメファンとアニメの“聖地”になった地域との関わり方を問うコラム連載の第四回。アニメファンの想い、“聖地”となった地域の人々の想いに直に触れたきた柿崎氏が語る、聖地巡礼の走りとも言える『らき☆すた』と鷲宮の姿とは?
9月第1日曜日のバーベキュー
久喜市商工会鷲宮支所(旧鷲宮商工会)の会場に着く前から、すでに豪雨だった。
その日は2018年9月2日(日曜日)。つまり、9月の第1日曜日。例年なら土師祭が行われていたはずの日だ。
水煙が立ち上るほどの雨の勢いのなか、男たちが片手にトングを持っている。もう一方の手には傘を差している。久喜市商工会鷲宮支所には大小6つほどのテントが立てられ、そのうちのひとつから雨音に混じってアニソンが聞こえてくる。
側溝で使われるU型のコンクリートブロックの底に炭を敷き詰め、金網を乗せるた即席のバーベキューコンロが一列に並んでいた。
雨は強い。トングと傘を持った集団が、網の上に牛肉、豚肉、鶏肉を次々と乗せる。
『わしのみや地区懇親会「らっきー☆BBQ」』のはじまりである。
鷲宮総合支所前交差点の赤信号で止まったクルマのドライバーが珍奇なものを見たような表情を浮かべ、通り過ぎた。
全国的に豪雨に襲われる中、埼玉県久喜市鷲宮も例外ではなかった。この日、主催した久喜市商工会鷲宮支所はコミュニティ広場でのバーベキュー大会を予定していた。このコミュニティ広場は過去には土師祭「MISSコンテスト」の会場でもあった。連載でも紹介したように女装コスプレイヤーによるコンテストだ。他にも2010年の「鷲宮町卒業式」やオタク運動会「萌輪ぴっく」など、鷲宮に集まる『らき☆すた』ファンと地元住民の交流の場として使用された思い出深い場所である。
だが、この日は天候不順のため、コミュニティ広場の使用は中止。代わりに支所の駐車場にて開催することになった。その知らせを受け取ったとき、意味がわからなかった。ぬかるんだ芝生からアスファルトへの変更である。結局、雨に濡れることには変わらない。その変更に意味はあるのか。バーベキューと雨は、まさに水と油。雨が降る中で開催するようなイベントではない。何かしらのイベントがしたいならバーベキューを中止にして、支所の2階でまったり飲み会でも開けばいいのではないか。
一方で、11年に渡る鷲宮とらき☆すたファンを思い浮かべると納得もできた。彼らにはイベントをやめるという発想はそもそもないのだ。何もせず土師祭がなくなるのを傍観はできない。『わしのみや地区懇親会「らっきー☆BBQ」』は土師祭中止への、ささやかな意思表示のように感じられた。トングと傘を器用に使い、肉を焼きながら風雨を避ける姿には、何が何でもバーベキューをするぞ、という気迫がこめられていた。
じっくりと肉を焼く。肉の焼ける匂いが漂う頃には、小皿に注がれた焼肉のタレは雨水ですっかり薄くなっていた。
「……これが鷲宮だよなぁ」
誰かの呟きに笑いが弾ける。
どんなトラブル、困難も楽しみに変えてしまう。11年続く『らき☆すた』ファンと鷲宮の変わらぬ姿がここにある。
2008年の埼玉県
僕が埼玉県庁の行う会議に呼ばれるようになったのは2008年頃からだと思う。記憶が判然しない。アニメにずいぶん力を入れた自治体がいるもんだ、と薄ぼんやりに思うくらいだった。会議や講演に参加し、問われるがままにアニメ産業の説明をした。
呼ばれた理由はわかっている。書籍『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所巡り』の著者だからだ。2005年に発売したこの本はアニメ聖地巡礼をまとめた国内最初の商業出版による本だという評価を得ている。
書籍『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所巡り』の取材は主に2004年初夏から秋にかけて行われた。アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』が放送される前だし、『らき☆すた』に至っては原作漫画の連載がはじまって半年ほどの時期だ。そのように言えば、聖地巡礼を楽しんでいるアニメファンには、当時の状況がわかってもらえるだろうか。
僕は12ヶ所の聖地の取材をした。取材中、アニメファンに会うことは一度もなかった。住人に話を聞いても、怪訝な顔をされるだけだった。わずかに見ることのできるアニメファンの痕跡はアニメ『天地無用!』に登場する柾木神社の舞台となった太老神社(岡山県)に置かれた美術設定の資料と、マンガ『朝霧の巫女』の舞台となった広島県三好市の各スポットに設置されたお手製のスタンプラリーだったことを憶えている。編集者とふたり、言葉少なに各所を巡った。
そして、発売された書籍『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所巡り』はほとんど売れなかった。発行部数は8,000部。今の出版界の状況からすればずいぶん多い部数に思えるが、14年前の当時は控えめな数字のように感じていた。そして売れなかった。
2008年、埼玉県に呼ばれた頃の僕はどこか他人事のように感じていた。『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所巡り』の発売から3年も経っていた。僕の中では聖地巡礼は終わったことであり、さほど興味を抱く対象ではなかった。
当時の僕はアニメ制作現場の取材に力を入れていた。とくにスタジオジブリの協力を得た書籍「Works of ゲド戦記」の制作を終え、ちょっとした達成感に浸っていた。映画『ゲド戦記』の作り方に特化した内容だ。監督の意思がどのように作画、美術、CG、撮影、プログラムといったプロダクション部分に届くのか、ということのみに注力した。1カットにおけるひとつひとつの作業を丁寧に追いかけた。アニメ誌やCG誌で培ってきた経験をどこまで活かせるのか、という挑戦でもあった。
だから、埼玉県の自治体や商店街の熱意が奇異に思えていた。こうして県庁まで乗り出している。今までアニメに興味がなかったであろう人たちが、どうして前のめりになっているのか。アニメ制作の内情を知らずに、アニメビジネスができるのか(その疑問は聖地巡礼プロデューサーを名乗っている今でも抱いている)。
彼らには大きな理由があった。アニメ『らき☆すた』と鷲宮の盛り上がりを受けて埼玉県が大きく変わろうとしていた。その渦中にいながら、当時の僕はその変化の波にまったく気づいていなかったのである。

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