セルフプロデュース時代に提示された
ネオ・オーディションの価値

セルフプロデュースが当たり前の時代に
、“オーディション”って必要? 新た
な価値を提示した『Feat.ソニーミュー
ジックオーディション』その仕掛け人は
、宇多田ヒカルなどのプロモーションす
べてを手がける人物だった

ソニーミュージックグループが設立50周年を迎え、オウンドメディア「Cocotame(ココタメ)」のローンチやアクセラレーションプログラム「ENTX(エンタエックス)」の始動など大きな動きを見せたが、それに加え、ソニーミュージックのグループ会社であり日本のメジャーレーベルのひとつ、ソニー・ミュージックレーベルズが手掛けたのが全く新しい発想のプロジェクト『Feat.ソニーミュージックオーディション』だ。

『Feat.ソニーミュージックオーディシ
ョン』とは

そもそも『Feat.ソニーミュージックオーディション』とは何か。端的に特徴を述べると

・ソニーミュージックが独自にアルゴリズムを開発 ・アルゴリズムに基づいてSNSなどから“音楽トレンドランキング”を算出 ・すなわちリスナーが審査員となる ・優勝賞金は300万円、しかしソニーミュージックからのデビューが最終目標ではない ・ファイナリストは最終審査までにセルフプロデュースでプロモーション活動を行う ・活動期間の資金面・インフラ・人的なリソースはソニーミュージックがサポートする

ファイナリストには、YouTubeやTikTokなどで話題のポップクリエイターあさぎーにょ、Upliveの人気ライバー・葉山柚子、いらすとやのイラストを用いて社会風刺をポップに歌う夜中出社集団、宅録ニートのSUKISHA、RO JACKで2017年に優勝したロックバンド・ドアノブロックが選出。全くジャンルの異なる5組が個性豊かな活動を繰り広げる様子は、MUSIC ON! TVやGYAO!で放送され、これまでに音楽レーベルが主催したオーディションとは一線を画したものだった。


オーディションを終えて、開催の狙いとオーディションを通して見えてきたことについて、主宰の梶望氏にインタビューをお願いした。ファイナル審査のレポートを一読いただき、インタビューをご覧ください。

Photography_Arata Kato
Text&Edit_Yukari Yamada


セルフプロデュースできるアーティスト
がいる時代において、オーディションの
あり方とは。

――オーディションのお話をお伺いする前に、まず梶さんは宇多田ヒカルさんの宣伝プロデューサーでもあるんですよね?

梶 : はい、音楽の制作面においては別の担当者がいるんですが、僕は音楽制作以外のことほぼすべてに関わってます。ミュージックビデオの制作、メディアプロモーションから、お店での展開、イベントや楽屋のケータリングまで。何でもやってきたので、去年一緒にソニーミュージックへ移籍して来ました(笑)。
――今年で宇多田さんは20周年ですが、これだけ一緒にいるともはや家族みたいな感覚ですよね。

梶 : もしかすると自分の親よりも期間的には一緒に過ごしてきたかもしれませんね。みんなファミリーみたいな感じで。

――チームとして一つになって。

梶 : そうですね。もともと彼女自身がすごく芯がしっかりしていて、セルフプロデュースしているんです。ビジョンがはっきりしているから、彼女がやりたいことをどれだけ実現できる環境を提供できるかが、僕らの腕の見せどころなんですよ。自分のことをちゃんと理解してくれて、それに対してなるべく近い解をもってる人達をそばに置いておくというのは、宇多田ヒカルだけじゃなく、周辺のスタッフが長年変わらないアーティストはみなさん同じだと思います。

――『Feat.ソニーミュージックオーディション』のファイナリストの方たちも、セルフプロデュースがうまい方たちでしたよね。今回、なぜこういったオーディションを作ることになったんですか?

梶 : ソニーミュージックグループが創立50周年にあたって新しいことを始めようということで、「ソニーミュージックらしい新しいオーディションを作ってくれ」と。お話をいただいたとき、僕は入社半年くらいだったので、ソニーミュージックらしさなんてまだまだ分からないというか、分かっていたとしても先入観しかないというか。

――外から見たイメージというか。

梶 : そう、内側はまだこれから知るところで。だからこそ新しいことができると思っていて、その1つが『Feat.ソニーミュージックオーディション』だったんです。僕の考えた新しさは「審査する人がレーベルじゃない」というところ。審査する側、審査される側のヒエラルキーを変えました。なぜかというと、セルフプロデュースできる人たちって、ある程度は全部自分でできちゃうじゃないですか。

――そうですね。

梶 : それがきちんと広がるかどうかは別として、ある程度のお金とテクノロジーとノウハウと人脈があれば、それなりにできちゃうんですよね。今売れているSuchmos(サチモス)とか、SEKAI NO OWARI(セカイノオワリ)とかは自分のやりたいことや、自分の見せ方がはっきりしている。昔はそういうことも含めてプロデュースしてあげるのがレーベルの仕事だったんですけど、時代も変わってきて、レーベルの立ち位置も変わっていくだろうなというのは、自分も現場をやっていて日々感じているんです。

もちろん今までのレーベルの良いところも残っていくとは思うんですけど、レーベルを必要としない人も出てくるかもしれない。だから、今のオーディションに魅力を感じている人が少なくなっているんですよね。昔はデビューすることが夢だったのに、別にレーベルの力を借りなくても個人で全世界に配信できちゃう。だからCDを出したり、配信したりすることだけがアーティストのゴールじゃなくなってきているんですよね。
――なるほど。

梶 : 誤解を恐れずに言うと、僕はメジャーとインディーズどちらでやるかというよりも、今はどの人と一緒にやるかのほうが大事だと思っていて。例えばメジャーレーベルに所属していても、傍目に見ているとレーベルの担当者とアーティストがばっちりと噛み合ってないこともあるわけですよ。誰とは言えませんけど(笑)。昔はそこまで噛み合っていなくても、話題のドラマのタイアップの話を1つ決めてきたらそれでヒットできちゃって、みんな仲良くなってバンザイ! みたいな、とってもいい時代があったんですよ(笑)。

――力技でみんなが幸せになれた時代だったんですね。

梶 : そういう風に結果が説得力を生んで、プロジェクトがうまくいくことも何度かあって。もちろん全部がそうじゃないんですけどね(笑)。でも、今はそういうヒットはかなり少なくなくなりました。米津玄師の『Lemon』やあいみょんの『今夜このまま』もそうですけど、それまでのストーリーがあったうえでタイアップにつながって、大ヒットした。これだけ多様化が進んでくると、“みんなと一緒”というよりもむしろ“自分らしさ”みたいなことのほうが大事になってくるんです。
米津玄師『Lemon』
あいみょん『今夜このまま』

梶 : 逆に言えば、今までだったらマイノリティやオルタナティブのくくりに入れられていたものが、陽の目を浴びるチャンスが広がっているような気もする。昔のように老若男女が歌えるヒットソングはなかなか生みづらい時代になってきているけど、誰か一人にものすごく深く突き刺されば、すごい広がりを作るかもしれない。最初は極めて小さなコミュニティかもしれないけど、そこでちゃんと経済圏を作ることができるようなヒットが、きっとこれから生まれてくるんじゃないかな。そういうヒットを生みやすい土壌がどんどんできているというか。

これからの時代、インプレッションの幅は関係ないと思っていて。もう、1万の薄っぺらいインプレッションよりも、100のものすごく深いインプレッションのほうが価値を持つと思うんです。だとすればオーディションも、自分らしさを持っていて、今は小さいかもしれないけど、深いインプレッションを生むことができるアーティストをどこまで我々のお手伝いで広げていけるか? それが多分今後レーベルの持つべき役割の一つのような気がします。それを今のレーベルができるのかを実験するためのオーディションでもありました。

――なるほど。

梶 : だから、全然違うジャンルの人たちをファイナリストに残して、立ち位置も違えばファンとの交わり方も違う人たちを同じ条件でヨーイドン!で走らせて。ただ「自分が何をしたい」というビジョンはみんなそれぞれ明確に持っているから、セルフプロデュース力のポテンシャルが高い人たちを集めてみたら何か面白いことができるんじゃないか? と思って。

レーベルの未来と、アーティストの未来

――『Feat.ソニーミュージックオーディション』を行なってみて、気づいたことはありましたか?

梶 : もう、毎週が発見でしたね。あるアーティストがこうやったらこういうことになりましたという結果の一つ一つが勉強になりました。オールドスクールなアプローチをする人もいるし、先鋭的なアプローチをする人もいて、それぞれの良し悪しや、今は何が通用するのかみたいなところも含めて見えてくるんです。おぼろげだけど、こういうことをやると世の中の人はこういう風に動くんだ、みたいな。まあ世の中といってもまだその一部のコアなところではあるんですけど、さっき言ったインプレッションをどうやったら深めることができるのかといったことは、彼らの動きによってすごく学ばせてもらいました。

――これまでのレーベルの宣伝方法は「一気に大きく広める」でしたもんね。

梶 : そうそう。彼らはマスに対してではなくて、個人にどれだけ深く突き刺さっていくかをすごく考えていくので、まずは仲間ごとにして、それが世の中ごとになっていくストーリーが見えてくるんですよ。今までとまったく違う世の中の動きを知ることができたという意味では、僕らのほうが学ばせてもらったんじゃないかと思いますね。

――業界的にも、とても実りあるプロジェクトだったんですね。

梶 : はい、だからやっていて面白かったですね。それぞれのアーティストを比較するからこそわかる面白さみたいなものもあって。僕も含めてですけど、これを見てレーベル側の人間が何を感じるかがすごく大事な気がしました。

――レーベル側の動きに対しての問いかけでもあり、セルフプロデュースをしていくアーティスト側へのやり方を見せる場でもあり。2つの意味を持ったプロジェクトだったと。

梶 : そうなんです。レーベルも未来を考えなきゃいけないし、アーティストも未来を考える中で、みんなで未来を考えていこうという場にしたかったんです。

梶氏による総評。順位の変動から何が分
かる?

――ファイナル審査に参加させていただいたんですけど、実際にパフォーマンスをしても、事前のランキングに大どんでん返しは起こらなかったじゃないですか。それが今回のプロジェクトのすべてを物語っている気がしました。パフォーマンスよりも、やりたいことの面白さや、それがどれだけオーディエンスに伝わっているかが評価なんだという印象でした。

〈ファイナル審査の前後での音楽トレンドランキング〉 1位 あさぎーにょ  → 1位 あさぎーにょ 2位 夜中出社集団  → 2位 葉山柚子 3位 葉山柚子    → 3位 夜中出社集団 4位 SUKISHA → 4位 SUKISHA 5位 ドアノブロック → 5位 ドアノブロック (6位 KID CROW)

梶 : そうですね。ただ、実はポイント的には3グループぐらいに分かれていて、あさぎーにょはダントツだったんですよ。ファイナル審査で入れ替わったのが夜中出社集団と葉山柚子で、実はここが競っていたんですよね。SUKISHAとドアノブロックもランキングではずっと競っていた。実はその3つのグループの比較がおもしろいんですよ。まずSUKISHAやドアノブロックに関して言うと、従来のオーディションだったら優勝していたかもしれません。レーベルの人たちのあいだで音楽的には一番評価が高かったのはSUKISHAだったし、ドアノブロックのやり方も実は一見ベタな感じでありながらも、レコード会社が一番得意としているところだったりもして。ただ、単純にノイズを起こすだけでは、深いインプレッションには結びつかないんじゃないかということが考察できました。
SUKISHA『4分半のマジック(4 and half minutes Magic)』
制作・演奏・録音すべて自ら行う。働く時間も惜しんで作られた音楽のセンスはファイナリストの中でも抜きん出ていた
ドアノブロック『プラスチック隕石』
大手広告や映像などを手がけるデザインスタジオのれもんらいふとともにYoutubeとIGTVの2フォーマットでMVを作成。
コズミックな楽曲にちなんでエキストラのエイリアンを募り、コンドームを配布するという前代未聞なパフォーマンスも

――なるほど……。

梶 : 夜中出社集団と葉山柚子に関して言うと、夜中出社集団はもともとブルーフラミンゴというグループ名で応募してきたんですが、受かった途端に「夜中出社集団」とコンセプトからすべて変えてしまって、イラストを使って戦略的なバズを作り、それに自分たちの音楽を乗せて広めていったんです。彼らの0から1を作り出していく方法は僕らにとってもすごく面白くて。こういう戦略って、レコード会社の人たちにはなかなかできないこまめな動きだなって思ったんですよね。ただやっぱり期間が短いから、エンゲージメントを深めきることができなくて。
夜中出社集団『万歳!働き方改革!』
見覚えのあるいらすとやのイラストを使ったMVで社会風刺をポップに歌う。多くの親しみと共感を獲得した

――広げ方としては良かったけれど。

梶 : そうなんです。広げ方としては正しかったんだけど、ファンとのエンゲージメントの壁にぶつかった。そういう意味では、長年ライブをやっているドアノブロックのほうがエンゲージメントは作れていたんです。夜中出社集団はライブが主体のグループではないので、そこが難しかった。その逆を行くのが葉山柚子なんです。

――たしかに真逆ですよね! おもしろいなあ。

梶 : 彼女はファンとのエンゲージメントがすごく深いんですよね。ライバーとして毎日毎日ライブをやることによって、独自の経済圏を作れているんですよ。僕らが実態経済を作っているとすれば、彼女はビットコインの世界でヒットを作っているみたいな感じですかね。パフォーマーとして未熟なところはあるけれど、僕らが担当している完成された新人アーティストよりも実は彼女は稼いでいる。それをビジネスの視点で見たときに、そこに対してその新人担当のレーベルマンは何を思うのか。負けてるの悔しくない? ってことなんですよね。
全国各地をまわり、自らファンに会いに行く弾き語りライブを敢行。活動はもちろんUpliveなどで43万人以上のフォロワーに配信された

――そうですよね。一つのマーケットを自ら確立しているわけですから。

梶 : それで、トップを走り続けたあさぎーにょは、セルフプロデュース能力が他のアーティストと比べてすこぶる高いのと、周りのスタッフも含めてちゃんとチームができていて、ものすごい短期間に曲も映像も作って公開できる。それはもうレーベルじゃありえないほどの短期間で(笑)。あとは何より、ソーシャルを一番理解していました。Tik TokもInstagramもYouTubeも、それぞれの一番正しい使い方をしているんですよ。ソーシャルを使って、その先にいるユーザーを見て、その先に自分をチューニングさせて届けることができていて。しかも、自分らしさをちゃんと出している。そのうえでちゃんとオフラインでも行動することができるから、シリアルのリアル店舗を出したりして、ファンとのエンゲージメントを高めていった。彼女はライブはやらないけど、やり方がとても上手でずば抜けていましたよね。
あさぎーにょ『寝間着に見えない⁉︎めっかわ パジャマコーデ!!!!!!!』
あさぎーにょは新曲に合わせてパジャマを制作。このパジャマには楽曲が聴けるQRコードと撮りおろしのカタログがついており、MVも制作したため音楽・写真・デザイン・ファッション・映像すべてを総合させたクリエイティブを展開した。
シリアルポップのショップもオープン。こちらにもQRコードが隠されている

――アイデアと総合力に長けていました。

梶 : そうなんですよ。というのも、彼女自身が別に音楽で飯を食っていこうと思っていない。興味はもっと広いところにあって、音楽はその手段のうちのひとつなんです。でも、もうそういう時代なのかなとも思いましたし、どんどん世の中がクラウド化していくのだとすればあらゆるものに音楽は付いてくるだろうし。音楽がCDじゃなければ聴けないとか、ラジオじゃなければ聴けないとか、そういう既成概念自体がもしかしたら古いのかもしれないですね。

――オーディションでも服に付けられたQRコードから音楽が聴けるという説明がありましたが、感覚が最先端すぎて、最初はどういうことか理解ができなかったです(笑)。

梶 : あさぎーにょというプロデューサーによる空間演出ですよね。その一つはファッションだったり、空間だったり、あるいは音楽なのかもしれないという。今、どんどんいろんなプラットフォームやSNSができていますけど、流行っているからみんな使わなきゃいけないというのは間違いで、それは単なる手段の一つであって、自分が伝えたいものや伝えたい先がちゃんと見えていればそれを繋げればいいだけの話だから、そのために何を使うかを考えればいいだけなんです。それができた人間がこれからの宣伝のコミュニケーションを作っていくんだと僕は常々思っています。今回、一番それをちゃんと正しく実践したのは、あさぎーにょだった。

――なるほど。

梶 : しかもその実行スピードがもう……レーベルではほぼ不可能な速さだから(笑)。レーベルではいろんなレイヤーで担当が決まっているわけじゃないですか。確認したり、交渉したりしなきゃいけなかったり。一人でやっているとそういうことを全部自分で判断できるから、そりゃあ早いですよね。やっぱりその小回りの効き方も大事だなと思いました。それも深いインプレッションを生むから。
セルフプロデュース時代に提示されたネオ・オーディションの価値はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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