うわさの串田和美版『兵士の物語』が
東京などに進出~作品世界を支える二
人の楽師、郷古廉(Vn)&谷口拓史(
Cb)に聞く

『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』の作曲家リチャード・ロジャースと作詞家ロレンツ・ハートが出会って100年。プッチーニの三部作『外套』『修道女アンジェリカ』『ジャンニ・スキッキ』初演から100年。そんな関係の仕事にたまたま関わった。日本では松下幸之助が松下電器器具製作所を創立し、「浜辺の歌」「新金色夜叉」「宵待草」などの音楽が流行した1918年。そして、これから紹介するストラヴィンスキーの『兵士の物語』が誕生したのもこの年だ。音楽に語りと演劇、バレエを融合させた傑作を、まつもと市民芸術館では、サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)との共同制作で、2011・2012年にロラン・レヴィが、2013・2014年に芸術監督・串田和美が演出し、公演は連日大盛況だった。その串田版『兵士の物語』が4年ぶりに復活、初めて東京など松本を飛び出て公演する。楽団メンバーとして全公演に出演しているコントラバス(Cb)の谷口拓史、3回の出演を果たしているヴァイオリニスト(Vn)の郷古廉に話を聞いた。二人はこの『兵士の物語』を語るのに欠かせない存在だ。
『兵士の物語』 (2014/撮影:山田毅)

【ストーリー】
休暇を得た兵士が歩いて故郷を目指している。兵士が肩に背負った袋からヴァイオリンを取り出して弾き始めると、老人に化けた悪魔が現れ、字が読めない彼を丸めこんで「金のなる」本とヴァイオリンを交換させる。その本には未来の相場情報が書かれていた。悪魔は3日間だけ本の読み方を教える代わりにヴァイオリンの弾き方を教えてもらいたいと申し出る。悪魔の家から故郷にたどり着いた兵士だったが、どこか村の様子がおかしい。村人たちには幽霊扱いされるし、婚約者には夫と子供がいるのだ。悪魔の言った「3日」が実は3年だったのだ。自らを責めた兵士は、商人として再出発し大成功するが心は満たされない。昔を懐かしく思い、あてどない旅に出た彼はとある王女と出会う……。

ストラヴィンスキーが宿る超絶ヴァイオリニスト
−−まつもと市民芸術館での『兵士の物語』が久しぶりに帰ってきます。音楽面では欠かせないお二人にぜひお話をうかがいたかったんです。
谷口 僕は作品に取り組めるのもうれしいんですけど、プレイヤーとしては廉(すなお)とまた一緒にやれるのが楽しみ。強烈にストラヴィンスキーが宿る男なので。
郷古 その言い方、なんか嫌だなあ(笑)。
谷口 なんで? 宿りまくってるじゃん。
郷古 『兵士の物語』は谷口さん無しでは想像できないんですよ。弦楽器は二人だけじゃないですか。ここの連携は作品においてとても大事なんです。友人としても信頼しているし、音楽をやる上でも重要に作用すると思います。
『兵士の物語』 (2014/撮影:山田毅)
——もうだいぶ前ですが、松本で『兵士の物語』をやるという話が来たときはいかがでしたか?
郷古 僕はこの作品を知らなかったんですよ。勉強不足だったのもあるし、若くてまだいろんな作品を知らなかったこともあるけど。最初に小澤征爾さんから暗譜でやるように言われたんです。楽譜が届いたとき「暗譜は無理だろ」と思ったのを強烈に覚えていますね。縦(よ)しんばみんなで暗譜しても何かあったら終わるなって。
谷口 これを指揮者なしで暗譜でやるというのは要求が高すぎる。八分音符一個ずれただけでバラバラになりますから。それくらい精密に書かれている。
郷古 そうだね。と同時にストラヴィンスキーはこんな曲を書いているんだという驚きがありました。編成の面白さと、僕が立ち入ったことのない領域の音楽だった。でも稽古が始まってからはすごく面白くて。基本的に僕はソロでやっているので、みんなで一緒に作り上げる、しかも同じような年代……じゃなかったかもしれないけど(笑)、音楽をやろうという気持ちが若い人たちとの共同作業は一番楽しかった。
谷口 僕は以前にも演奏したことがあったんですけど、松本でやったときに、廉のヴァイオリンを聞いた瞬間それまでやってきたものとは違う曲というか、こんな曲だったのかと驚きました。それくらい郷古廉は特別なヴァイオリン弾きなんです。最初に出会ったとき、彼は17歳だったんですけど、まあとんでもなかったんですよ。
郷古 そんなことないでしょう(笑)。
谷口 彼は僕より11歳下なんですけど、いつも怒られていましたから。
谷口拓史
——ストラヴィンスキーの曲の魅力をもう少し聞かせてください。
谷口 まず『兵士の物語』は物語的にもヴァイオリンがキーワード。だからストラヴィンスキーもヴァイオリンに関してはものすごく繊細に、音楽的にもど真ん中に据えて書いている。だから当然ヴァイオリンがリードするんですけど、廉が違う演奏をすると周りも引っ張られて違う演奏になるんです。
郷古 ストラヴィンスキーを弾くときに僕が第一に考えるのは、楽譜に忠実にということですね。でもバッハとかモーツァルト、ベートーヴェンを弾くときの忠実にというのとは意味が違うんです。というのは、ストラヴィンスキーは作曲家というよりも職人的だから。たとえば『兵士の物語』でもタンゴ、ワルツ、ラグタイムとか出てくるけれど、そのものではない別のもの。そういう皮肉っぽいところがある。そういう意味では、ストラヴィンスキーの中でも『兵士の物語』はかなり高度な技法で作られていると僕は思ってます。
『兵士の物語』 (2014/撮影:山田毅)
谷口 これを書いたときのストラヴィンスキーは原始主義といって革新的なものを提示しようとしていたんです。その後、彼は新古典主義へと思考が変わって、モーツァルトやハイドン、ベートーヴェンのころの音楽に戻そうとしたり、自分でもそういうものを書いたり。そして楽器の特性を生かしとにかく緻密に計算している。そう書いてあったら確かにそのように演奏できるし、無理がないんですよ。それも職人だなあと思わせるところ。
郷古 たとえればスイスの時計職人みたいな。本当に微細な歯車が回り回って最後の大きな針を動かしているみたいなところがある。それぐらいの精密な音楽ですね。先ほども話したように小澤さんが最初に暗譜で演奏しろとおっしゃったのは、それくらい深く楽譜を読めということだったのだと思うんですよ。今思い出したんですけど、ストラヴィンスキーは幼かったころ、見知らぬ老人と道端で出会った。老人は脇の下に手を入れて、ぷかぷか音を出して民謡みたいなものを歌ったんだけど、それをストラヴィンスキーがバカに気に入ったと。僕はストラヴィンスキーの音楽の原点はそこにあると思います。民謡って拍子がないじゃないですか。それは音楽じゃなくて言葉が優先されて生まれているから。もしかしたらストラヴィンスキーの変拍子は言葉優先、リズム優先の音楽から生まれたのかもしれない。そしてコントラバスはこの脇で出す音なんですよ。上でいろいろ動いていても、ベースに一定のリズムがある。それがまたロシア的なんです。
谷口 いわゆる、ザ・共産主義って感じ?
郷古 そういう解釈もできるけど、ロシアの音楽を弾くときに、同じリズム、同じものを繰り返すときの意味をどう考えたらいいかみたいな話で、僕の先生は、機関車に石炭をくべる行為だと言ってました。行為自体にはまったく発展性はないけれど、そこに溜まっていく石炭がある状態を想像すればいいと言われてなるほどなあって。ストラヴィンスキーもそういう性格は非常にありますよね。彼がさらに面白いのは、フランス風だったり、イタリア風だったり、晩年はアメリカに行きましたけど、いろんなフレーバーがある。それが彼をカメレオンと呼ばれる作曲家に仕立て上げている要因だと思うんです。
『兵士の物語』 (2014/撮影:山田毅)
串田さんは「思いつき」を大事にする演出家
——ところで串田さんという演出家はいかがですか?
郷古 僕は串田さんの作品をさほど見てるわけじゃないけど、『兵士の物語』にかかわっている串田さんは面白い。思いつきを大事にする方で、しかもその思いつきがクール。センスがある。それに振り回される人もいるかもしれないけど(笑)。
谷口 それはあるね、ひらめきの達人。あとやっぱり要求が非常に高くておっかなかったなあ。僕の中では、若いころの豊臣秀吉のようなイメージなんですよ。
郷古 出た! 戦国武将。
谷口 みんなで面白いことやろうぜ、みたいな。革新的でもあるけれど、どこかで信長のクールさも持っている。
郷古 発想がジャズなんですよね。クラシックじゃない。思いつきと言いましたけど、ジャズもインプロヴィゼーション、即興でしょ。だけど、そこに絶対センスがないと続いていかないし、もちろん基本的なコードもわかっていないといけない。そこを感覚的に押さえているんですよ。僕らとしては、そういう彼の感覚に時々は齟齬を感じるんですけど、それはそれで噛み合わない感じが逆に面白いんですよ。
——では最後に楽しみにしていることを教えてください。
郷古 今回は4年ぶりじゃないですか。楽団のメンバーも全然違うので、音楽的なところがどうなるかがまず楽しみ。全体で言えば、役者陣は変わってないので、変わってないからこその変化が楽しみですね。幹二さんあそこをどういう感じでやるのかなあとか。いまの、駄じゃれじゃないよ。
谷口 大丈夫、まったくわからなかった(笑)。
郷古 こういうふうに音楽がものすごくシリアスで、演劇と絡める作品はあまりないと思うんです。もちろんオペラは別にして、すごく貴重だと思うし、まだまだやりがいがある作品です。どう演出するのかもいくらでもやり方がある。
谷口 今回、ミュージシャンをどうするかというときに、廉にも相談したんですけど、僕を信頼して一任してくれたので、メンバーのほとんどは僕が紹介した形になりました。結果、全員が男性になって、男臭さみたいなものが出てくるかもしれないし、そういうのは楽しみですね。新しいメンバーととことん話し合って、新たな『兵士の物語』を作ることができたらと思います。
※テレビ朝日系「題名のない音楽会」の9月1日(土)10:00放送分(「天才による前代未聞の音楽会」)に『兵士の物語』の楽師メンバーが出演します。※地域によっては放送日が異なります。

《郷古廉》1993年生まれ。2007年12月のデビュー以来、新日本フィル、読売日響、東響、東京フィル、日本フィル、大阪フィル、名古屋フィル、仙台フィル、札響、アンサンブル金沢等を含む各地のオーケストラと共演。共演指揮者はゲルハルト・ボッセ、秋山和慶、井上道義、尾高忠明、小泉和裕、上岡敏之、下野竜也、山田和樹、川瀬賢太郎ら。《東京・春・音楽祭》、《ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン》にも招かれている。またリサイタルにも力を入れており、2017年より3年かけてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲を演奏するシリーズにも取り組んでいる。2006年第11回ユーディ・メニューイン青少年国際ヴァイオリンコンクールジュニア部門第1位(史上最年少優勝)。2013年8月ティボール・ヴァルガ シオン国際ヴァイオリン・コンクール優勝、聴衆賞・現代曲賞を受賞。現在、国内外で最も注目されている若手ヴァイオリニスト。

《谷口拓史》洗足学園音楽大学を首席で卒業し、同大学大学院を修了。同大学卒業演奏会、第75回読売新人演奏会に出演。これまでに山本修、吉田秀、高山智仁、菅野明彦、藤澤光雄、ミヒャエル・ブラデラーの各氏に師事。小澤征爾音楽塾プロジェクトVIII、サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)、別府アルゲリッチ音楽祭をはじめ、サイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管弦楽団、紀尾井シンフォニエッタ東京の定期演奏会等に出演。2011年9月より2014年7月まで兵庫芸術文化センター管弦楽団Co-Principal奏者を務め、2018年7月より岡山フィルハーモニック管弦楽団首席コントラバス奏者に就任。東京ジュニアオーケストラソサエティ、東京大学音楽部管弦楽団の講師を務めるなど、拠点を関東に置きながら国内各地で精力的に活動をしている。
取材・文:いまいこういち

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