[タニノクロウ×稲田美智子]庭劇団
ペニノの新作『蛸入道 忘却ノ儀』は
劇団の一つの区切りとして「自分たち
だけの劇場をつくる」

舞台美術に格別の思いを持った劇作家・演出家が時折いる。俳優の串田和美などは自らプランを絵にするし、離風霊船の大橋泰彦や桟敷童子の東憲司などは自分の戯曲に合わせた仕掛けを劇団員総出で実現したりする。ペニノのタニノクロウもその類の人間だが、どちらかといえば空間そのもの、舞台美術そのものに思いを寄せるタイプだ。つまりフェチ。「お客さんはどういうものを見たら喜んでくれるのか、びっくりしてもらえるか、モノをつくることはそこから始まる。僕らが経済的に常に危機なのはそれが理由で、極端に言えばチケット代の半分は美術だと思う」と前のインタビューでも語っていた。そして6月21日に開幕となる久しぶりの新作『蛸入道 忘却ノ儀』でもまた新たな試みに挑戦する。
森下スタジオに空間いっぱいのお寺?!が出現
突然ですが、庭劇団ペニノは寺を建てたいと考えています。
舞台美術をつくる、というよりも、寺を建てる。
劇場かと思って入ったら、「え! 寺?!」。
劇場ということを忘れてしまう、そのまま丸々入り込める寺がある。
観客参加型というより、一体・没入型。
精緻な異世界に、全身で入り込んでいく。
そんな新しい演劇体験を生み出したいと思っています。
クラウドファンディングのページに、そんな文章が踊った。庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』稽古場を訪ねたときは、「寺」の立て込みを終えたころ。森下スタジオの一番大きなCスタジオいっぱいに舞台美術が広がっていた。クラウドファンディングの言葉そのまんまなのが申し訳ない。なんだか観光でお寺にやってきたような感覚だ。
スタジオの入り口をくぐった瞬間に静けさが降ってくるようでもあり、凛と背筋を伸ばさなければいけない気持ちになった。四方の壁に沿って廊下が走り、空間の中心には四阿のようなものがある。
取材に協力してくれたのはタニノと、舞台美術担当の稲田美智子。「装置の打ち合わせをしているように」などと写真のための絵づくりをお願いすると、ホントの打ち合わせになってしまう。タニノの舞台美術へのこだわりゆえだ。気づいたことは、気づいたときに解決する、大事なことである(笑)。
登場人物に見えるものだけを細かく台本に書くタニノ。それを客席からの視点も含めて舞台美術に変換する稲田
『地獄谷温泉 無明ノ宿』 撮影:杉能信介
タニノ 稲田さんと出会ったきっかけは、僕がかつて渋谷の自宅マンションを改装してつくった「はこぶね」で上演した『苛々する大人の絵本』を、2009年にドイツにもっていったことです。その空間は僕が好き勝手につくったものなので、それを再現するにはプロに任せるしかないということになり、紹介していただいたのが稲田さんでした。
稲田 私は学生時代に早稲田の舞台美術研究会に所属していたんです。専攻は美術史学科でしたが、入学式でたまたま隣り合わせた女の子が演劇志望で、一緒に見学に行ったんです。それまで演劇を見たこともなければ、そういう仕事があることも知らなかった。美術を個人的には続けたいと思っていたので惹かれたんでしょうね。実は私、ペニノをいくつか見ていて、『黒いOL』のときに仕込みを手伝っているんです。
タニノ え、うそー? 
稲田 今明かす真実(笑)。いわばファンで、かかわれたらいいなあとは思っていたんです。タニノさんの世界観がすごく面白いし、共感できるところがあって。
タニノ 『黒いOL』は、やったこともないのに野外劇に挑戦したんです。間口が7メートルなのに、奥行きが40メートル以上あるテントを立てた。そこに美術を飾って、いわば洞窟みたいなものをつくりました。お客さんはオペラグラスで見ていた(苦笑)。
稲田 こんなことをする人たちがいるんだなって思いました。
タニノ 台風が来たりで、野外劇は懲りましたけどね。僕は舞台美術が好きでかなりこだわるんですけど、舞台美術家の方とアイデアを出し合い、劇世界にまつわることをディスカッションするのはすごく難しい。共通言語を持つ作業にすごく時間がかかる。でも稲田さんとは『地獄谷温泉 無明ノ宿』のときに、感覚がすごくフィットしてきたと実感したんです。それは付き合いが長くなったのもあるけれど、僕の中で作家と演出家を分けるようになったというのが大きいかもしれません。
稲田 タニノさんはビジュアル・イメージが強いんですよね。私がお付き合いのある中でも群を抜いている。しばらくは私のアイデアを出しながら、タニノさんの中で合致していくものを取り入れていくというやり方でした。つまり具現化する仕事に近かった。でも『地獄谷温泉 無明ノ宿』は完全に新作だったから、入り込む余地があったんです。
タニノ 稲田さんをすごいと思うのは、僕の台本の書き方として、登場人物になったつもりで、その立場から見えるものを書くんです。だから登場人物それぞれが見ているものしか把握できてないんですよ。それでいて、とても細かい。でもそれを客席から見た場合のことも含めてちゃんと変換してくれる。その作業と僕の思いとをうまく組み合わせてくださっていると感じているんですよ。そこにすごく信頼がある。
主宰のタニノクロウ
『蛸入道 忘却ノ儀』はペニノにとって一つの区切り
『蛸入道 忘却ノ儀』は、劇団の公演としては『地獄谷温泉 無明ノ宿』以来となる新作。これがペニノにとっては、なにやら一つのピリオドになるらしい。そんな思いが作品は舞台美術の根本にあるらしい。
タニノ もともとは極めて直感的な話でした。僕らは旗揚げから18年になりますが、1本作品をつくるとだいたい3年くらい空く。『蛸入道 忘却ノ儀』のあと、次の2、3年で自分自身がずいぶん変わるような気がする。もちろん時代も環境も、世の中の雰囲気も変わるだろうし、そのときにおそらく一つの終わりがくると思うんです。そう考えると、この作品が我々にとっての一つの終わりだろうと。わかりやすく言えば前期の終わり、ある区切りになるだろうと思うんです。だから我々がやってきたことの弔いの儀式、お葬式のような作品にしたかった。今までやってきたもの、大事なものをすべて燃やし尽くすような芝居にしたいと思います。そして僕はここ数年興味を持っていることがあって。一つは『地獄谷温泉 無明ノ宿』のころから気になっているんですけど、仏教、釈迦が何を考えていたのかということ。もう一つは、量子物理学ですね。それらの要素をつなぐアイデアがこの作品の軸になると思います。それがどう表現されるかはすべてこれからです。ですから稲田さんには、何かある種の終わりにふさわしい場をつくってほしいという思いを伝えました。
——そういう思いにいたった理由をもう少し深堀したいです。
はこにわでの『苛々する大人の絵本』 撮影:杉能信介
タニノ 「はこぶね」というスペースを持っていたときは、あれは僕の家だし、劇場じゃないし、どんな表現をしようと、なんて言われようとなんとも思わなかった。何も気にせずにつくっていたんです。その「はこぶね」がなくなってからいろんな思いがあって、回転する舞台を「はこぶね」として見立てたり、昔のマンションを持ってきたものととらえていました。けれども、もう今回はもっと先に行きたかった。『蛸入道 忘却ノ儀』の舞台美術は、劇場の中に劇場をつくっているんですよね。この公演のためだけの、自分たちだけの劇場をつくったという思いがある。このことが作品の内容ともつながっている。
ここから、あまり物事に執着しないのかと思えたタニノが、舞台美術に対する思いを長く長く語っていく。稲田が話している最中にも「そうなんだよね」と言葉尻を奪って自分の思いを語り始める。楽日に撤収が始まり「寂しいね」という会話をするとはたまに聞くが、ここまでの強い思いは聞いたことがない。舞台美術フェチのなんたるかがうかがえる。
タニノ 「ジャポニズム2018」で9月にフランス公演をやったあと『地獄谷温泉 無明ノ宿』の舞台装置は老朽化で燃やされるんです。とても悲しい。でもそれは我々の問題で、お客さんには大して意味のないことかもしれない。お客さんとあのセットは離れていたから。だったら今回は舞台美術とお客さんがもっと密接につながれるような形にしたり、つながることに意味のある作品にしたかった。それで劇場をつくって、お客さんの痕跡を公演が繰り返されるたびに蓄積していって、3年後か、5年後か、10年後かわからないけれども、舞台美術の命が途絶えたときに一緒に思い出したり、悲しめるものにしたかった。舞台美術って基本的になくなるじゃないですか。あまりにも残酷だと思うんですね。お客さんと離れているのもかわいそう。なんか自分の家のように感じる悲しさを舞台美術にもってもらいたいなと思ったんです。
稲田 う〜ん……まあ悲しいなのかなあ(笑)。
タニノ ものによってはリサイクルされたりするけど……。
稲田 ペニノの場合は長く使うことを考えてつくるし、作品も長い期間をかけてつくり、公演回数を重ねれば確かに愛着がわきますよね。もちろんすべてのセットに愛着はあるわけですが、ペニノの場合はそれが色濃いかもしれません。
タニノ 本来は劇場入りして限られた時間で音や明かりのチェックをやらなきゃいけない。けれど今回も一カ月半前に舞台美術を建てることができた。ここから俺も稲田さんも音やあかり、匂いみたいなもの、風の向き、そのときにあるものを取り込んでいく作業が始まるんですよね。
稲田 とても贅沢な、いい時間ですよね。そういうつくり方は日本ではないじゃないですか。
タニノ 海外でも珍しいんじゃないですか? 一ヶ月半前に舞台美術をつくって、そこで稽古するのって。 
——舞台美術を「劇場」とおっしゃったけど、これから座禅でも組もうかと思えるような不思議な空間ですよね。
稲田 そうですよね。そういうふうに今回はならないといけないと思うんです。お客さんがお寺の中にいるんじゃないかと錯覚するような場所、ペニノの世界の中のお寺に来たんだと感じるようになればうれしい。
タニノ 世界観を邪魔する要素がなにもなくて、たどり着いたら自然とそうなるというか。今回のセットなら入ってきた瞬間になんかピシッとしなきゃと思う人もいるだろうし。
稲田 もしかしたら舞台美術をつくっているんですけど、感覚的にはちょっと違うかもしれませんね。もっと大きな……。
タニノ 舞台美術もそうだけれど、お客さんが、匂いだったり、音だったり、振動だったり、あかりだったり、触ったり、体感を強くさせるようなものにしたかったんですよ。お客さんにこの中で巻き起こっていることをダイレクトに伝わるように。だから舞台美術というより体感型スペースという感じです。
稲田 これから本番までの期間を使って、さまざまな要素を取り込んでいくという話をしましたが、いろいろな場所に“見られるようなもの”も追加されていくと思うんです。360度を見て歩く、それ自体を楽しめるような空間になればいいなと思います。
舞台美術家の稲田美智子
新作のモチーフは人間よりも優秀な蛸?!
——少し作品の話に移りたいのですが。
タニノ 実は、あの舞台美術は、お寺じゃないんです。確かにお寺に見えるし、僕もそう思っているんですけど、あれは昔の小学校を大きなモチーフにしているんです。そこに8人の登場人物がいる。
——もしかしたら、その8人がタイトルの蛸につながっている?
タニノ そうです、そうです。蛸って面白いんです。どういう進化の過程を経てああなったかはまだわからず、研究者が冗談で宇宙から来たんじゃないかと言っているくらい極めて特殊な生き物。知能が高くて、盲点のない精度の高い目をしていて、ゲノムの数も人間より多い。夢を見るとも言われているし、いろんな色の貝殻を集めて並び替えたりもする。だから心があるとも言われている。そういう蛸の不思議な要素をこの作品に組み入れているんです。でも僕が書いている台本は20ページくらいで、当日はお客さん全員に本をお渡しするんですよ。それをめくりながら作品を見ていただく。だから台本だけ読んでも実はわからない。そして稽古から先のことは僕にもわからない。1カ月半という時間をかけて、ひとつの区切りという作品のテーマに対して、俳優もスタッフも同じ気持ちで携わってほしいとは思いますよ。じゃあ何をするというところから一緒に考えていくということになってほしいんです。
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『蛸入道 忘却ノ儀』も、数年間にわたって上演していくことをおそらく思い描いているのだろう。聞くところによれば、ペニノでは再演の場合は稽古をしなくてもいいくらい、徹底的に初演の稽古で役者の中に作品を植えつけていくのだという。そういう意味では、今回も濃厚な稽古が行われていることだろう。そして、染み込んだ血や汗が舞台美術の一部になっていく。あ、血はないかもしれないけど。
取材・文:いまいこういち

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