赤松利市

赤松利市

インタビュー 漫画喫茶暮らしから作
家デビュー異端の作家赤松利市とは?

最盛期は年収3600万円を超えながら、仕事も家庭も破綻。東日本大震災後の東北で除染作業員となるも仕事に行き詰まり、所持金わずか5000円で浅草に。風俗店の呼び込みやファミレスで働きながら漫画喫茶住まいで書き上げた『藻屑蟹』が第1回大藪春彦新人賞を受賞。60歳を過ぎてデビューを果たした異端の作家・赤松利市とは何者なのか。コロナ禍当初の2020年4月に行ったインタビュー(『実話BUNKAタブー』2020年6月号 掲載)を転載する。
日本の異常さを告発する作家 2018年3月に第1回大藪春彦新人賞を『藻屑蟹』で受賞して以来、今年3月までに計9作品を上梓し、文学界の話題を攫っている作家がいる。
 ホームレスに一時は身をやつした自らを「下級国民」と称し、「自己責任」という言葉が蔓延した日本社会の異常さをその類稀な筆力で告発し続ける作家・赤松利市だ。
 最高年収3600万円の会社経営者から一転、被災地東北での現場作業員、そして浅草の漫画喫茶でのその日暮らしと、波乱に満ちた人生を経て「62歳、住所不定、無職」の肩書きで、デビューを果たした異端の作家の実像にインタビューで迫った。
* * *
 赤松利市の小説には、東日本大震災の被災地となった東北を舞台としたものが多い。
 莫大な復興マネーに溺れていく被災者を描いた『藻屑蟹』、精神障害の娘を抱える男が色と欲で破滅する『ボダ子』、そして3月に刊行された最新作『アウターライズ』。
『アウターライズ』では、再び大地震に見舞われた東北の人々が災禍を乗り越え、日本から独立し「東北国」を築いていく姿を通して、社会のあるべき形を問うている。
 今作にも、赤松が体験した東北の実情が反映されたという。
「自分が被災地で作業員をしていた時も、末端の労働者は理不尽な差別を受けるのは当たり前でした。作業中怪我しても、救急車にも乗れないし、まともに人間扱いされない。でも大きな視点で見ると、東北全体が中央に差別され、搾取されていることも実感しました。商店街は大手資本のショッピングモールの進出で衰退し、進出してきた大企業の工場では、東京とは比較にならない低賃金で人々が働いています」
 小説の核となる東北が独立するという発想も、自身の体験が影響した。
「自分が国の進める復興に一番疑問を抱いたのは、被災した17の自治体の復興計画に目を通した時に、どの自治体も金太郎飴のように同じ内容だと気付いたことなんです。予算を得るためには国が納得するメニューじゃないとダメだから、画一的なものになる。地域の独自性を活かした復興計画であるべきなのに、結局それを国が許さない構造があるわけです。実際、当時複数の人から話を聞くと『日本政府は自分たちを安価の労働力としてしか見ていない。だから復旧はしても復興させる気はない。結局、東北は独立する以外にない』という切実な声ばかりでした。実は小説の東北国の中心人物にも実際のモデルがいます。読む人が読めばすぐにわかりますよ」
 作中の「東北国」は、多くの国民が貧困に苦しむ現在の日本と対称的に、富の再分配が行われ国民が国家により大切にされている。
「そもそも今の日本の姿がおかしいんです。非正規雇用が増えて、安定した収入を得ること自体が困難になっている。消費税も増えて、年金の支給は延長され、多くの人が死ぬまで働き続けないといけない。こんな国で若者が希望を持てるわけがありません。『東北国』はそんな今の日本に対するアンチテーゼなんです。ちなみに『東北国』の国家像は、私の生涯の一冊といえる『モモ』を書いたドイツの児童作家ミヒャエル・エンデの思い描いた国家像を参考にしています」
 赤松にとって『アウターライズ』は被災地を描く最後の作品だという。
「被災地を描く小説は昨年4月に刊行した『ボダ子』で最後にするつもりでした。自分が被災地を離れてすでに数年が経ちますし、その場所にいない人間が書いていいほど安易なものではないと思っていましたから」
 では、なぜ今回の刊行に至ったのか。
「実は『アウターライズ』は、『ボダ子』よりも前に執筆していたんです。宮城県石巻市での3年半の土木作業員、福島県南相馬市での1年半の除染作業員、風俗やファミレスなどの店員をした東京での1年と都合6年かかって書いて、元々発表予定はありませんでした。ですが日本の社会がより酷くなった実感もあり、小説で描いた理想国家『東北国』を通じて、世間に『今の日本はおかしくないですか?』と問いかけたくなったんです。この作品を読んで、今の日本はこのままでいいのか、考えるきっかけにしてほしいです」

アメリカで見た差別と民主主義 赤松の生涯は波乱に富んでいる。香川県で、のちに大学教授となる父の元に生まれ、小学校時代にはアメリカで2年を過ごす。大学卒業後に大手消費者金融に入社し、将来を嘱望されるも、燃え尽き症候群で退社する。その後、ゴルフ場の芝生を効率的に管理するシステムを考案し、ビジネス特許を取得。自ら会社を興して独立し、最盛期には年収3600万円を超えたという。
「独立したのはバブル崩壊後でしたが、コストカットを求めるゴルフ場の需要に応えて、商売が軌道に乗りました。羽振りの良い時は一晩で100万円使ったこともある。赤坂のショーパブの白人ダンサーを5人ほどハプニングバーに連れ出して、興奮する男たちの姿を見ながら、横目でニヤニヤしていたこともあります。今思うと本当に最低な男です」
 その後、仕事も家庭も破綻した赤松は、復興バブルにひかれて東北に移り住み、作業員となる。だが、最終的に仕事に行き詰まり、全てを捨てて、所持金わずか5000円で東京・浅草へと流れ着く。
 そんな赤松の原点には、子供の頃に過ごしたアメリカでの体験があるという。
「東部のワシントン州の、大学のある町なのでリベラルでしたが、それでもアジア人への差別はありました。当時、アメリカに進出していたトヨタやソニーについて現地の友人に自慢すると『日本企業なわけがない』とバカにされ、悔しい思いもしました。そんなこともあったから、日本の商船に翻る日の丸を見て、涙を流す愛国少年でしたよ」
 だが、そんな赤松が余計にショックを受けたのは帰国して目にした日本の姿だった。
「日本に帰ると、日本人がアメリカのことをありがたがっている。当時、有色人種への差別があった南アフリカが日本を『名誉白人』として扱っていましたが、日本人はそれについて『黄色人種だが自分たちだけは名誉白人として扱われている』と歪な優越感を抱いていた。でも私は白人の実際の認識が『白人とそれ以外の色付き』という2種類だと身に染みて知っていたので『何も知らずに名誉白人扱いで浮かれててバカらしい』と思っていました」
 その一方、アメリカで成熟した民主主義を体験することもあった。
「一度クラスの級長に選出されたんです。でも級長は星条旗に宣誓しないといけない。だから勇気を出して『それはできない。私を級長にするなら星条旗の代わりに日章旗を揚げてくれ』と言いました。するとクラスメイトも提案を理解してくれて、子供たちだけで議論した結果『日章旗を揚げることはできないから、星条旗に宣誓するための副級長の役職を作ろう』という話になった。この時『アメリカは凄い』と思いました」
最底辺の場に根付く自己責任論 2月に発売した初エッセイ『下級国民A』でも、赤松は自らが受けた作業員による強烈ないじめや、日雇い労働者たちの鬱屈した日常を赤裸々に綴っている。
「一昨年出版した小説『らんちう』でも貧困や格差社会をテーマにしましたが、ミステリー小説だったため、意図が伝わりにくかった。そんな時、エッセイの話をいただいたので今度はより明確に書くことにしました。各章に『昭和枯れすすき』など昭和の歌謡曲を散りばめたのも、かつて『一億総中流』、『世界で唯一成功した社会主義国家』と呼ばれた日本が、どれだけ惨めな国になったかを浮き彫りにするためです」
 印象的なタイトルは、池袋暴走事故が喚起した上級国民問題を思い出させる。
「上級国民がいるなら、その反対語は下級国民だろうと。そして、末端の土木作業員になるしかなかった自分も下級国民のひとりなんだと思って、Aをつけることにしました」
『下級国民A』は続編の構想もあるという。
「今回は東北編で終わりましたが、5000円だけ持って辿り着いた東京での日々についても書きたい。漫喫や路上を転々としつつ、おっパブやコンビニ、ファミレスの店員、バスの誘導員と様々な職を経験し感じたことや『自己責任論』について描きたいです」
 赤松の作品では、日本に蔓延する「自己責任論」に強く警鐘を鳴らしている。
「自己責任という言葉が大嫌い。もともと自己責任はヨーロッパで資本主義が成立した時に自由主義と一緒に誕生したもの。資本家が労働者に無理難題を押し付けるための方便に使った言葉です。『君たちは奴隷ではない。好きな職業を選べるなか、自己責任で選んだのだから、文句を言うな』と。そういう使われ方が起源なんです。でも、今の日本では経営者はもちろん、底辺で働いている末端の労働者まで当たり前のように使っている。バイトをしていた時に、どこの職場でも、すぐに自己責任という言葉で、自分より弱い者にマウントをとる人たちの姿を見てきました。例えば、ファミレスのキッチンクルー時代『この日は病院に行きたいから休みたい』と言うと『構わないがそれなら代わりは自分で見つけろ』と言う。『バイトの自分がやらなきゃいけないことか』と質せば『自己責任だから』で一蹴される。自分たちが自己責任という言葉に縛られた不安定な社会の最底辺で働いているにも関わらず、そのなかで自己責任を振りかざし、さらに弱い者をいじめる。結局、自分の首を自分で絞めていることにすら気づかない人がたくさんいるのが今の日本の現状なんです。狂っていますよ」

書くこと以外はもういい デビュー以来、意欲的に作品を発表し続ける赤松へのオファーは後を絶たない。今現在で、2年以上先まで仕事は埋まっているという。
「先ほど話した自己責任論をテーマにしたエッセイの他にも、書きたいテーマや作品の構想はたくさんあります。現在考えているのは、貧困女子を主人公にしたバイオレンス作品。それとアセクシャル(無性愛)やカニバリズム(人肉を食す行為・習慣)などの難しいテーマにも挑戦したいと思っています。さらに現代へのアンチテーゼとして、昭和30年代の日本を舞台にした作品も書きたい。昔は、みんな貧乏でしたが貧困ではなかった。これを主張する作品を書きたいと思っています。当時は経済的には貧しくても人間関係はけっして貧しくなかった。今の若い人には想像できないでしょうが、昔の田舎はみんな仲が良かった。会社の社長でも肉体労働者でも関係なく、銭湯に集まって和気藹々と会話する今では考えられない景色があったんです。それを書こうと思っています」
 デビュー後も漫画喫茶を寝床にし続けてきた赤松は、コロナウイルスの感染拡大を受けて、今年2月に漫画喫茶を出てアパートに移り住んだという。インタビューの最後、作家を続けるうえで、心掛けていることについて訊いた。
「生活面では寝る時間を削らずに絶対に確保することが一番。それともう一つは、常に自分自身に『自分にしか書けないものは何か』と問いかけること。他の人が書けるものではなく、自分にしか書けないものを書く。そういう意識を持ち続けていきたい。売れるか売れないかはあまり考えないようにしています。贅沢はこれまでの人生で沢山してきたから、書くこと以外はもういいんです」
取材・構成/坂田努撮影/岡崎隆生初出/実話BUNKAタブー2020年6月号
PROFILE:
赤松利市(あかまつ・りいち)
1956年(昭和31年)、香川県生まれ。関西大学文学部卒業後、大手消費者金融会社に入社。退社後、35歳の時に独立して起業。その後、被災地で土木作業員や除染作業員となるが、仕事に行き詰まり、東京・浅草へと流れ着く。2018年に『藻屑蟹』で第1回大藪春彦新人賞を受賞。2019年に『鯖』が第32回山本周五郎賞候補に。2020年に『犬』で第22回大藪春彦賞を受賞。
Twitter:@Mr6Xwb

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