マスターピース『IN THE NAME OF HI
PHOP II』を完成させたtha BOSSがい
ま語ること

THA BLUE HERBのMC・ILL-BOSSTINOがtha BOSS名義で2枚目のソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP II』を完成させた。多数のトラックメイカーとタッグを組み、さらにMummy-DYOU THE ROCK★ら錚々たる顔ぶれもフィーチャーしながら、じっくりと練り上げられた楽曲たちは、彼の歴史とキャリアを以てしか作り得ない重厚さと深み、そしてどこか懐かしさをも感じさせるものばかりだ。果たしてtha BOSSはどんなモードで、どのようにこれらを形にしていったのだろうか。
――アルバム『IN THE NAME OF HIPHOP II』、素晴らしかったです。これまで長年ヒップホップやBOSSさんの音楽を聴いてきた人間にとってはご褒美みたいな内容でした。
それはよかった。ありがとうございます。
――鳥肌が立つというよりも、心にじんわり来るというか。
そういう人が多いといいね。
――前作『IN THE NAME OF HIPHOP』は、THA BLUE HERB『TOTAL』で頂点を極めたから、次の山を登る前に新しい挑戦をしたいという狙いがあって制作した、という話を他のメディアで読みました。今作に関してはいかがですか。
今回もそうだね。THA BLUE HERB(以下、TBH)の5枚目(『THA BLUE HERB』)なんて当時では一番高い山だったし、O.N.Oと2人だけで30曲もつくったから、自然と次は他のトラックメイカーともやりたいなと思った。だから、前回と同じような理由だったと思う。
――同じような理由とは言いつつも、制作に臨む上での気持ちは多少違いますよね。あれから何年も経っているわけですし。
まあでも、一人ひとりと関係性を作って、ビートを送ってもらって、それと向き合って乗り越えていくっていう作業は同じだから、別に"未開の地"っていう感じでもないかな。一度は通ってる道だし、最初から「パート2を作ってみよう」っていう感じ。
――前作とトラックメーカーの被りがほとんどないですよね。そういうところからも前作でやり残したことがまだまだあるのかなと感じました。
そうとも言えるけど、今一緒に曲を作りたいトラックメイカーでタイミングが合ったのがこういう人たちだったんだ。
――前回の人選も驚きでしたが、今回も驚きました。BACHLOGICや DJ WATARAIという名前を見たときには「おお~」という声が漏れました。
BACHLOGICくんはZORNの曲(ZORN「Life Story feat. ILL-BOSSTINO」)で一緒にやってるし、WATARAIくんもSEEDAとの曲でやってるし(SEEDA「MIC STORY feat ILL-BOSSTINO」)、基本的には友達っていうか、前に会ったことがあったり、繋がりがあった人たちだよ。
――TBHの作品って1枚1枚が独立して成り立っていますけど、今作を聴くと、『IN THE NAME OF HIPHOP』~『THA BLUE HERB』~『IN THE NAME OF HIPHOP II』という流れがはっきり見えると感じました。それは意識していたんですか?
言葉は全部俺という人間から出てきたものだし、今回はパート2を作ろうと思ってるくらいだから、たぶんあったと思うよ。
――それはどういう感覚なんでしょう?
ソロの2作目だから、自然と続編っていう感じの意識になったのかな。あんま考えたことないけど、とにかく自然な流れだね。
――今回の制作はどれくらいかかりましたか。
2019年くらいからちょくちょくやり始めて、その間にTBHで『2020』を出したり、YOUちゃん(YOU THE ROCK★)のアルバムを作ったり、ホンダさん(dj honda)とアルバム『KINGS CROSS』を作ったり、ほかにも色々とやりながらゆっくり作り溜めていった感じだね。
――今回、懐かしさを感じるトラックが多いと感じました。
何が新しくて何が古いか俺には分からないけど、俺は最初の頃からビートを選ぶ基準はずっと変わんないかな。ずっとこういう感じのが好きなんだと思う。
――特に、後半の曲のスネアの質感に90年代前半っぽい匂いを感じるというか。
そこを意識して作ってるわけじゃないけど、その時代との親和性は何かしらあるんじゃないかな。
――すごく温かみのあるビートも多くて。
ホンダさんのアルバムと同時にやってたからね。ホンダさんのビートももちろん温かみがめっちゃあるけど、『KINGS CROSS』では温かみよりも強さを全面に出して俺は向き合っていたから、それとほぼ同時進行で作っていくなかで、またちょっと違うものを選んでたのかもな、なんて思ったりもする。
――BOSSさんの体温みたいなものがこれまでで最も感じられる作品と思いました。喜怒哀楽が全て出ているのがうれしかったです。
ソロアルバムだからよりパーソナルな表現になってるのかもしれないよね。TBHは”WE”な感じだけど。
――そのテイストが前作以上に濃い気がしました。YOUさんとのスキットもちょっとふざけてたりしますし。
全員との関係性がそのまま曲に出てるよ。YOUちゃんとは普段からあんな感じだし、ほかのみんなも同じ。だから、その曲のために接し方を変えるってことはなくて、普段の空気がそのまま出たって感じだね。あと、挑戦してみたい表現の幅が広がっていってるのかなとも思う。
――YOUさんをフィーチャーした「DEAR SPROUT feat. YOU THE ROCK★」も、前作で同じくYOUさんをフィーチャーした「44 YEARS OLD feat. YOU THE ROCK★」からの流れで聴くと2人の距離がグッと縮まっているのがわかります。
この間にYOUちゃんのアルバムを一緒に作ってるからね。あれを間に入れると仲が深まっていく流れ的に違和感がないよね。前作の曲と比べると7年の間に随分近づいたなって。
―そうなんですよね。曲から受けるもの以上のストーリーを聴き手に感じさせるのがすごくよくて。
イントロ笑えるよね。
――それもずっとBOSSさんの音楽を聴いてこなかったら感じ取れない部分で。
いろんな縁のある人たちとのいろんなストーリーが曲には現れるわけで、特にラッパー同士だと両者ともに言葉を使うから、そういう部分も出てくる。ましてや俺とかYOUちゃんとか(Mummy-)Dくんとか、公になっている出来事も含めていろんなストーリーがあるからね。そういうことを曲に持ち込むことができたことも、それを感じ取れる人がまだいるっていうこともすごく幸せなことだし、面白い。
――本当にそう思います。Mummy-Dさんとの曲(STARTING OVER feat. Mummy-D)も「おお……ついにこの2人が」という感慨があるし、お互いの言葉で当時のことを表現しているのもたまらないです。
日本のヒップホップには人の数だけたくさんのストーリーがあるから俺とD君のストーリーが特別っていうわけでもないんだけど、でもやっぱり、ある時期に2人の因縁が話題になったことはあって。そのときに関わった人たちはお互いの陣営のお客さんを含めて大勢いるから、今、2023年にこうやって俺とD君が曲を出したことで、当時どっちかの音楽を聴いていて今はいい大人になった人たちも、俺らであり、RHYMESTERであり、ヒップホップをもう一度聴いてみようってなったら最高だよね。いいストーリーだと思う。
――あと、「サウイフモノニワタシハナリタイ」で<そういうものに私はなりたい>と言える謙虚さを強く感じます。これは「POETIC JASTICE」にも同じことが言えます。今、なぜそういう姿勢になれるんでしょうか。
どっちの曲もビートがそういう俺を引き出したんじゃない? 2曲ともすごく良いビートだから、それを前にしてそういうフィーリングになったんじゃないかな。そうとしか説明がつかない。
――その時々に思っていることを吐き出すというよりも、ビートに刺激されて引き出される。
もちろん思ってることを歌うのが大前提だけど、それはいつもそうだよ。一緒に作るわけだし、俺の独唱じゃないからね。ビートから受けるフィーリングで、声の出し方も気持ちの入れ方も何もかも変わるわけだし。いつもはO.N.Oっていうひとりの人間が作り出す感情の変化から刺激を受けるけど、今回は作ってる人間がみんな違うし、出自も違うし、機材も違う。俺はそこと向き合うわけだから、自分の中からいろんなものが出たと思うよ。人の数だけ当然増えよね。
――そこは割とシンプルな感じなんですね。前作から年も経ってるし、<アラフィフ>なんてワードも出てきますけど、年を重ねたことによる変化もあるのかなと思ったんですが。
それもそれなりにあると思うよ。
――でも、特別意識してるわけではない。
自分の歳、経験、そこから導き出す知性、そういういろんなものは確かに俺の表現に大きく影響してる。それがラッパーだし、そこをカッコよく見せたいし、説得力を持たせたいからね。でも、自分の経験だけを伝えたいわけではない。俺もまだまだ未経験のことがいっぱいある。
――「S.A.P.P.O.R.A.W. Pt.2」で登場するブラック・ムーンの来札エピソードもよかったです。
俺は、ある地方のラッパーが地元の言葉を使って地元の登場人物だけについて歌う曲を聴くのも好きで、そういう感じで作った。ソロアルバムだし、TBHではここまでいかないだろうなっていうところまで書いた。それもトラックが大きく影響してるよ。NAGMATICのトラックがすごく溌剌としていて瑞々しいフィーリングを出すから、俺もそこに乗っかってフレッシュな感じでできてる。大きく引き出されたと思う。
――なるほど。
リリックが先にあるときもあるし、その逆のときもあるけど、どんなリリックであろうと、実際に吹き込むときの声によって悲しい曲にも楽しい曲にもなるから、そこはトラックによって大きく変化してくると思う。
――リリックがガラッと変わった曲はありますか。
ガラッと変わったのはないね。スムーズに融合って感じ。細かいところは多々直すけど。
――じゃあ、ビートが変わったのはありますか。
1曲目の「HOLD ON」は最初別のトラックで完成してたんだけど、金沢にツアーに行ったときにCARREC(「HOLD ON」のトラックメーカー)と会って、そこで音楽談義から始まって、「あの曲、こうやって作ってみてもいいかもね」なんて話にまで飛んで、それでCARRECが新しいのを作ってきてくれたっていうことはあった。でも、それはすごく稀だし、CARRECが柔軟だったんだよね。
――すでに完成しているものをもう一回作り直そうと思えるってすごいことですね。
お互いにそういう感じだったよ、「もっと知恵だそうぜ」って。でも、同じようなことは全員とあった。「もっと良くしよう」みたいなことは常にあったね。
――O.N.Oさんとの楽曲制作は曲とリリックが同時進行だとおっしゃっていましたけど、ソロに関してはどうなんですか。
人それぞれ違うね。たくさん送ってもらった中から1曲を選んですぐに決まることもあるし、なかなかビシッとくるものがなくて何回も何回も送ってもらったこともあるし、曲が最後までいかなかったこともたくさんあったし。
――それだけ異なるビートメーカーと音と言葉を擦り合わせていくって相当な作業ですね。
そうだね。みんな腕とプライドと実績のある人たちだから失礼のないようにしないとダメだし、でも妥協はありえないし、さらにお金も関わってくるし、そういうことを俺が全部ひとりでまとめていくわけだし、だから緊張感は全員に対して同じようにあって。それは歳は関係なくて、自分の好きな人たちに依頼してるからできるだけいい形で完成させたいよね。でも、みんな割と友達な間柄の人が多いから仕事仕事してないっていうか。好きなビートメーカーとヒップホップで遊んで曲をつくるっていうのは楽しかったよ。
――今作を聴いて改めて根本的なことを思ったんですけど、自分の生き様をカッコよく言葉にして、それがアートになってエンターテインメントになるってすごいことだなって。
ヒップホップだけじゃなく、どんな音楽であろうと長くやり続ければパーソナリティは出ると思う。でも、ヒップホップは特にそこがすごい濃いよね。それ自体を曲にできる音楽だし、ただのラブソングじゃなくて、自分の生き方を歌ってもそれで評価されて共感されるっていう、ヒップホップのそういうところが俺は好きだし、カッコいいなと思う。
――自分はこれまでヒップホップのカッコよさをちゃんと理解できてなかったんじゃないかと思うぐらい、聴けば聴くほどこのアルバムからはヒップホップの本質を感じることができるし、リリックが理解できればできるほど感動できます。
みんなにとってそういうアルバムになってくれたらいいと思う。
――今、BOSSさんのメンタルはどういう感じですか?
それは何に対して?
――自分の話になりますけど、僕は『THA BLUE HERB』を出したときのBOSSさんと同じ歳、47歳になったんですよ。そのタイミングでカメラを買って、ライブ写真を撮りはじめたんですけど、カメラを極めるには時間がないということに気付いてちょっと焦ってるんです。年齢からくる焦燥感って初めてなので、自分よりも先輩であるBOSSさんの今のメンタルについて知りたいと思ったんです。
たしかに生きてる限り時間は減っていく一方だから、焦燥感というか、それに似た気持ちは俺にもないことはないけど、今はこの仕事で毎日忙しくしてるし、やることが多すぎてそれをずっとこなしてるって感じだよ。だから、俺にはそんなこと考えてる暇はないね。そんなこと考えてるって、考えられるだけ暇なんじゃない?(笑)
――あはは!
それか、空回ってるか。
――ああ、それはあるかもしれないですね。
俺は1分1秒を無駄にしないで仕事に打ち込んでるよ。そんなことを考えられるぐらいなら、まだゆとりがあるわ。
――僕が今言ってることって、「俺はいつ最高傑作をつくれるんだ」っていちいち考えてるのと同じかもしれないですね。たしかに、そんなことわざわざ考えてる暇ないですよね。
俺はそんなの一度も考えたことがない。俺の場合は、「今、自分が作ってるのが最高傑作だ」っていうのが26年ずっと続いてる。そんなこと考えてる暇があるなら、次はどの曲でPVつくって、誰に監督を頼んで、どういうシチュエーションで撮るかとか、ついついそういうことを考えちゃうね。もっと楽になりなって(笑)。なるようにしかならないんだから。
――BOSSさんはきっと、やるべきことしっかりやっているからこそ「なるようにしかならない」ということがポジティブに言えるんですよね。
そうだね。俺自身、すごく完璧主義だから、どこで終わらせるかって考えるとキリがない。それは分かってんだよね。どこかで終わらせないとダメなわけじゃん? 作品出すのも、ライブやるのもさ。でも、DJ DYEとたくさんライブの練習して「もうこれ以上ない」ってなれば、「あとはなるようになる」っていうところまで行ける。その「あとはなるようになる」、そこまで行くために練習するんだよ。作品づくりでも「もうこれ以上ない」っていうところまで行くんだけど、翌日になると「あそこ、こうしたいな」っていうところが出てくる。でも、「あとはなるようになる」っていうところまでいけたならそこで決断ができる。そこまでやり切れば次に行けると俺は思ってるよ……だから、まだそこまで行ってないんじゃない?
――そうですよね。
俺はヒップホップしかできないけどね。ただ、ヒップホップだけに関して言えば、俺はエキスパートだよ。他にもルーキーから始めなきゃいけない新しいことが山ほどあるのも自覚はしてるけど、ずっとヒップホップばっかりやってる。ヒップホップとあとDJをずっとやってる。それだけ。30年間、何も変わらずにね。そこまでやれば見えてくる心の安定ってのはある。あったね。

取材・文=阿刀 “DA” 大志 撮影=HAJIME NOHARA

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