人間にとって一番恐ろしい悪とは何な
のか? 『鎌倉殿の13人』好演で話題
、柿澤勇人が役者としてのプライドを
かけて臨むミュージカル『ジキル&ハ
イド』

ミュージカル『ジキル&ハイド』が、​2023年3月に東京国際フォーラム ホールCにて5年ぶりに上演される。
物語の舞台は19世紀のロンドン。医師であり科学者でもあるジキルは、己の体を使って人間の善と悪を分離する実験を試みる。自ら調合した薬を飲んで現れたのは、ジキルの中に潜んでいた悪の人格=ハイドだった。ひとつの体に宿る善(ジキル)と悪(ハイド)、二つの人格が死闘の末に辿り着くのは――。
本作は2001年に日本初演され、ジキルとハイドという難役を鹿賀丈史が務めて繰り返し上演されてきた。2012年からは石丸幹二が2代目を務め、石丸は4度目の出演となる。そして石丸とWキャストで3代目のジキルとハイドとして本公演に初参加するのが、俳優の柿澤勇人だ。
そんな柿澤に、『ジキル&ハイド』出演へ向けての意気込みを聞くことができた。柿澤は時折冗談を言って笑顔を見せながらも、大役に挑むにあたっての覚悟を力強く語る姿が印象に残るインタビューとなった。
歴代主演キャストより若い35歳での挑戦
――柿澤さんが初めて『ジキル&ハイド』を観たのはいつでしたか?
劇団四季に入る前、学生の頃に鹿賀(丈史)さんバージョンを日生劇場で観たのが最初です。当時の僕は劇団四季の『ライオンキング』でシンバをやりたい一心だったので、歌や芝居の勉強という感覚で観ていました。その後、石丸(幹二)さんバージョンも拝見しました。
――劇団四季を経てホリプロに所属された柿澤さんですが、その間にジキルとハイドという役をやりたいと思ったことは?
正直考えたことはなかったですね。主演のジキルとハイドは鹿賀さん、石丸さんときているので、当然日本の大スターが引き継いでいく役なのだろうと思っていたんです。だから僕にはまだまだ縁がないだろうなって。今回出演することになったことは驚きが大きいですね。これまでに何度も上演されてきた作品なので、僕のところで止まらないといいなあ(笑)。
――鹿賀さんは51歳、石丸さんは46歳でジキルとハイドを初めて演じていらっしゃいました。今35歳の柿澤さんがこの役に挑むというのは大抜擢ですね。
当然、比較されるでしょうね。もちろん鹿賀さんや石丸さんのようにはできないと思いますが、やるんだったらとことん限界まで行きたいです。今回Wキャストの石丸さんとも見比べてもらいたいですし、そこまで自信を持っていけるように稽古を頑張るしかないかなと。でも、35歳の僕がやる意味というのがきっとあるんじゃないでしょうか。
本来、ジキルという役は一人の研究者として決してキャリアがある方ではないと思うんです。だからこそ自分の正義を貫いて、世の中を良くしたいがために自身の体で実験を試み破滅へと向かっていく……そういう作りの本になっているので、僕がこの歳でやるということ自体、大きな意味を持っているのだと思います。
――Wキャストの石丸さんからはどんなことを学びたいですか?
かっこいいところは全て真似しようかなあ(笑)。でも冗談抜きに、今までこの作品をお一人で引っ張ってきたということは尋常じゃないと思うんです。それは鹿賀さんにも言えること。しかも今回、石丸さんは舞台(『ハリー・ポッターと呪いの子』)の合間を縫いながらの出演になります。舞台と映像の掛け持ちは僕も経験がありますが、それでも単純に睡眠時間が減ってしまって大変な部分はあるんです。ミュージカルって寝れずに体力回復できないことが一番しんどいんですよ。僕からしてみたら、再演でWキャストとはいえ舞台を掛け持ちするなんて考えられない。石丸さんの前では「疲れた」とはとても言えないでしょうね(笑)。
――今回、劇団四季時代にミュージカル『春のめざめ』で共にメルヒオールを演じた上川一哉さんとも共演されます。
実は今日、13年ぶりに再会したんですよ! 変わってなかったですねえ。一緒にインタビューも受けたんですけど、なんだか緊張しているようでした(笑)。僕にとって彼は劇団の先輩。最初は『人間になりたがった猫』のライオネルという役の前任者が彼で、彼から僕のライオネルが生まれたんです。たくさん迷惑をかけたし、しかも当時の僕は今より生意気だったから嫌われていたかも(笑)。その後『春のめざめ』でメルヒオール役で一緒に作品を作って戦った仲間でもあります。まさかこんなご縁があるなんて、全く予期していなかったですね。『ジキル&ハイド』では親友役なので、話し合いをしたり関係性を作っていく上ですごくやりやすいんじゃないかなと思います。
>(NEXT)人間にとって一番恐ろしい悪とは何なのか
『デスノート』や『フランケンシュタイン』も 二面性のある役へのアプローチ
――ジキルとハイドという善悪の二面性のある役に挑む柿澤さんですが、どのように役にアプローチしていきたいですか?
まずハイドという悪の部分は、ずっと考えて悩むことなんだろうなと思うんです。というのも、悪っていろんな種類のものがあると思うんですね。わかりやすく言うとサイコパスとか精神異常者とか。表現方法も熱さを持ってワーッと暴れるのか、静かに笑いながら刺すのかとか、いろいろ考えられます。人間にとって一番恐ろしい悪とは何なのかを突き詰めて、行けるところまで行きたいです。お客様が観たときにゾッとするような、嫌われるくらいのところまでいけたら。
反対にジキルの善の部分は、彼が思い描いた成功への道に向かって突っ走るだけだと思うので、そこに誠実に向き合いたい。いかにもいい人を演じると嘘っぽくなって自分も冷めちゃうと思うので、そうならないよう大切に演じたいですね。善と悪の対比がポイントになってくると思います。
――柿澤さんの過去の出演作でいうと、『デスノート THE MUSICAL』の夜神月や『フランケンシュタイン』のビクター/ジャックに通ずるものもあるのでは?
そうですね。それぞれ違いもあると思っていて。例えば『デスノート』では段々毒を注入されて月の正義が歪んでいくので、グラデーションのような感覚がありました。気付いたときには「自分は新世界の神だ」と思い込んで人相まで変わってしまうのが怖いところ。『フランケンシュタイン』では二役の扮装も変わるので、楽屋で一度リセットできるんです。だから苦じゃないし、やっていてむしろ楽しかったんですよ。
ただ、「悪って何だろう」ということは当時も考えていましたね。ミュージカルが好きなお客様にとって汚いものを僕は見せようと思ったし、たとえそれで嫌われても構わないという覚悟で演じていました。ミュージカルだから綺麗なものを見せなきゃいけないとは、僕は思わないので。そういう点は今回の『ジキル&ハイド』にも通ずるかもしれませんね。もちろん、演出家に止められたらやめますけど(笑)。
逆に『ジキル&ハイド』が『デスノート』と『フランケンシュタイン』と大きく違うのは、瞬発的に善と悪を演じ分けなければいけないということ。リセットする時間はないので、板の上で瞬時に演じ分ける必要があります。1曲の中で照明に合わせて演じ分けながら歌うシーンもあるのですが、相当技術もいるでしょうし、万が一噛んだらギャグになって終わっちゃいますよね(笑)。新しい挑戦がいっぱいあるんだろうなと思います。
――ジキルとハイドという役を行き来する中で、瞬時に声色を変えるのも難しいところですよね。
きっと、声は一色だけじゃ何にもならないですよね。心が違うなら技術で声を変えなくてもいいという考えの方もいますが、僕はそうじゃない気がしているんです。何種類かは声を持っていなきゃいけないんじゃないかなって。
今ふと思い出したんですけど、『スルース』という芝居で1幕は若者、2幕は老人を演じることがありました。そのときはまず声を作るところから始めて、口の中にティッシュや綿を詰めて発声を変えたり、いろいろ試していたんです。そうしたら一緒に芝居をしていた(吉田)鋼太郎さんが「かっきー、そういうのいらないから」って。「会話なんだから意図的に声を変えようとしなくていい」と言ってくださったんです。結果的には声色も変化させつつ、あくまで芝居をベースにやりました。そのときの経験が今回も活かせたらいいですね。
映像現場で刺激「自分はこのままでいいのか?」
――大河ドラマ『鎌倉殿の13人』等映像でのご活躍にも注目が集まっていますが、映像の現場で得た経験で舞台に活かせそうなことはありますか?
映像だからこうっていうものは特にないと思うのですが、ミュージカルや演劇だけでは出会えない人たちと出会えたのが大きかったですね。いい役者って、いくところまでいっちゃうんですよ。そんなことまで考えていたのかと面食らうときもあったし、自分は全然足りていなかったなと思い知らされる瞬間もありました。それは彼らが日々役者として役や作品と向き合った結果なんでしょうね。やっぱりすごいなと思う人は、見えないところで努力されているんです。そういう意味ですごく刺激を受けたので、「自分はこのままでいいのか? そう思うなら自分もやれよ!」と思うようになりました。
――『ジキル&ハイド』は、柿澤さんの役者人生の中でターニングポイントになりそうな予感はありますか?
はい、なるんじゃないでしょうか。まだ稽古もしていない段階ですし根拠のない自信ですが、代表作にしたいなとは思います。それは役者としてのプライドなのかもしれません。鹿賀さんと石丸さんが再演を繰り返してきた中でもし僕の再演がなかったら、それは役者としての技量が足りなかっただけだと思うので、そういう意味でも挑戦になります。自分にプレッシャーをかけつつ、覚悟を持って臨みたいと思います。
取材・文=松村 蘭(らんねえ) 撮影=池上夢貢

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着