映画「グレン・ミラー物語」を軸に探
る、ジャズとブロードウェイの関係~
「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

映画「グレン・ミラー物語」を軸に探る、ジャズとブロードウェイの関係
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 ようやくブルーレイ化され、今年2022年の10月7日に日本でリリースされた「グレン・ミラー物語」(1954年)。スウィング・ジャズの楽団を結成し、1930~40年代に全米を熱狂させたミュージシャン&バンドリーダー、グレン・ミラーの伝記映画だ。劇中でも短く描かれるが、ジャズ・ミュージシャンとブロードウェイは無縁ではなかった。エピソードを交え、他の伝記映画も併せて紹介しながら、その密接な関係にスポットを当てよう。

■音楽伝記映画屈指の名作
こちら本物のグレン・ミラー(1904~44年)
 1940~50年代のハリウッドは伝記映画のラッシュ。建国から150年以上を経たアメリカは、歴史を振り返る余裕が出来たのか、歌手やミュージシャン、作詞作曲家の人生を描く伝記映画が数多く作られた。「グレン・ミラー物語」は、その中でも特に評価が高かった一作だ。ジェイムズ・スチュワート演じるミラーと、献身的に支える愛妻ヘレン(ジューン・アリスン)の愛情物語をメインに、斬新な楽器編成とモダンな編曲で、新しいサウンドを追求したミラーの短い生涯が綴られる(第二次大戦中に慰問で渡欧中、英仏海峡上空で消息を絶った)。

演奏中のグレン・ミラー楽団(先頭がミラー)

 聴く度に陶酔必至の楽団のテーマ曲〈ムーンライト・セレナーデ〉を筆頭に、スウィング感溢れる〈イン・ザ・ムード〉や〈真珠の首飾り〉、〈茶色の小瓶〉など、ふんだんに盛り込まれたミラー定番のヒット曲はもちろん、スチュワートとアリスンの好演、加えてルイ・アームストロングやジーン・クルーパ(ドラマー)ら、ジャズ界超大物の賑やかなゲスト出演も相俟って、ブルーレイで再見し存分に楽しめた。ちなみにサウンド・トラックでは、一糸乱れぬミラー・サウンドを再現するために、映画会社専属(ユニバーサル)のオーケストラに、実際に彼の楽団に在籍したミュージシャンが8名参加。再アレンジを担当したのは、「ティファニーで朝食を」(1961年)などで、後に映画音楽の大家となるヘンリー・マンシーニだった。

映画公開時に発売されたサントラ・レコード(CDは輸入盤かダウンロードで購入可)
■若き才能が集結した『ガール・クレイジー』
 映画前半では、独自の編曲とサウンドを実現する夢を抱きつつ、生業のトロンボーン奏者では喰えず、質屋通いをするミラーが描かれる。そこで生計を立てるため引き受けた仕事が、ブロードウェイ・ミュージカルのオーケストラ・ピットでの演奏だった。日本語字幕では出ないが、この作品こそがガーシュウィン兄弟作詞作曲の『ガール・クレイジー』(1930年)。オーケストラにはミラーに加え、前述のクルーパやベニー・グッドマン(クラリネット奏者)ら、その後のジャズ・シーンを牽引する当時20代の辣腕ミュージシャンが参加していた。
 劇中では、4人の西部男が〈バイディン・マイ・タイム〉を舞台で歌うシーンが挿入される。「俺は、果報をのんびり寝て待つタイプの男」というコミカルなナンバーだが、『ガール・クレイジー』は他にも名曲で固められていた。代表格は、CMで頻繁に使われる〈アイ・ガット・リズム〉だろう。この作品でブロードウェイ・デビューを果たした、エセル・マーマンが豪快に歌い上げ、彼女を一躍スターダムに押し上げた一曲だ。さらに、珠玉のバラード〈エンブレイサブル・ユー〉や〈バット・ノット・フォー・ミー〉と、今なお愛されるスタンダード大会。後者2曲を歌ったのは、「トップ・ハット」(1935年)などフレッド・アステアとのコンビで、後にハリウッドで成功するジンジャー・ロジャーズだった。ちなみに本作を改訂したのが、来年(2023年)に劇団四季が久々に再演する『クレイジー・フォー・ユー』(1992年)だ。
『ガール・クレイジー』(1930年)のエセル・マーマン(中央)。以降、『アニーよ銃をとれ』(1946年)や『ジプシー』(1959年)などに主演し、「ブロードウェイの女王」と謳われた。

■ブロードウェイとジャズマンたち
 『ガール・クレイジー』が開幕した1930年の秋は、株価暴落が引き起こした大恐慌の影響で、街に失業者が増加し始めた頃。ミュージシャンも例外ではなく、ミラー以外のジャズマンも、定職となるオケ・ピットでの仕事を選んだ人が多かった。これは後々まで続いた傾向で、生計を立てるため、ジャズの世界からミュージカルの伴奏に移行したものの、アドリブなしで譜面通り演奏する毎日に飽き、早々に退散したケースも珍しくなかったようだ。だが『ガール・クレイジー』の場合は、天才ジョージ・ガーシュウィン作曲の新作ミュージカルで、彼の躍動感に満ちたジャジーなスコアを演奏出来る喜びが大きかった事は言うまでもない。
「5つの銅貨」(1959年)のDVDはパラマウント ジャパンよりリリース(税込¥1,572)
 初日は、ガーシュウィン自身がオーケストラでタクトを振ったが、その他の音楽面を取り仕切ったのが、コルネット奏者兼バンド・リーダーのレッド・ニコルズ。ミラーやグッドマンの才能を見出し、バンド・メンバーに抜擢した伝説のジャズマンで、後年彼の伝記映画も製作された。それが、ダニイ・ケイがニコルズに扮した「5つの銅貨」(1959年)。「グレン・ミラー物語」と双璧を成す名篇で、三谷幸喜を始め日本にもファンが多い一作だ。
日本公開時のプログラム表紙
 こちらは、ディキシーランド・ジャズのバンド「ザ・ファイヴ・ペニーズ」(タイトルはここに由来)を結成し、1920年代中盤から30年代に亘り、レコードやラジオ、全米のナイトクラブで人気を博したニコルズの物語。彼もミラー同様に、アレンジの重要性を説いた人だった。ただ映画では、ミュージシャンの功績に重きを置くよりも、小児麻痺にかかった娘ドロシーのために音楽を捨て、看病に尽くす父性愛がドラマの核になっている。
■ジャズとミュージカルの醍醐味を堪能
 ダニイ・ケイが素晴らしい。各国語を自在に操り、超絶の早口や物真似など多彩な芸風で知られた彼は、ブロードウェイの『レイディ・イン・ザ・ダーク』(1941年)で脚光を浴びた人で、歌と踊りも達者にこなした。「5つの銅貨」の前半でバンドが軌道に乗るまでは、派手に暴れ回りコメディアンの才能を発揮し、ドロシーの闘病を支える後半では、一転して真摯な演技で胸を打つ。その後家族の薦めで、場末のナイトクラブでカムバック。客の入りも悪く、みじめな失敗に終わりかけたところへ、昔のバンド仲間が応援に駆け付け、ドロシーも杖なしで歩けるようになるラスト・シーンは、ケイの温かなパーソナリティーも手伝って涙腺爆発だ。
こちら本物のレッド・ニコルズ(1905~65年)
 本編では、〈リパブリック讃歌〉や〈インディアナ〉など、ニコルズの十八番だったディキシーランドの名曲がたっぷり使われている(当時存命だったニコルズ自身が、ケイの演奏シーンの吹替えを担当)。また、ヴォーカリストとしても一流だったケイのために、タイトル曲〈5つの銅貨〉や〈ラグタイムの子守歌〉などの新曲を追加(作詞作曲は、ケイ夫人のシルヴィア・ファイン)。ミュージカル的要素が非常に強いのも、本作の大きな魅力となっている。
〈リパブリック讃歌〉を演奏する、ニコルズ役のダニイ・ケイ(右)とルイ・アームストロング
 ハイライトが、「グレン・ミラー物語」と同様に、本人役でゲスト出演したルイ・アームストロングとケイのデュエット〈聖者の行進〉だ。古今東西の作曲家の名前で洒落を連発し、丁々発止のやり取りで盛り上げながら、最後は白熱のスキャット大会で興奮はピークに達する。ダミ声を張り上げて奔放にスウィングするアームストロングと、負けずに小技を効かせたスキャットで応酬するケイ。20世紀のアメリカを代表する2大エンタテイナーの豪華共演は、観るたびに彼らの強烈な個性と歌唱力に圧倒され、文句なしに引き込まれる。必見だ。
〈聖者の行進〉のシーンを、ジャケットにあしらったサントラCD(「ジーン・クルーパ・ストーリー」とのカップリング)。究極の名盤だ(輸入盤かダウンロードで購入可)。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着