『フェルメールと17世紀オランダ絵画
展』オフィシャルレポート到着、キュ
レーターの林綾野「のめり込んで観た
い」

9月25日(日)まで大阪市立美術館にて特別展『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』が開催されている。あわせて同展は大阪マリオット都ホテルとコラボレーションし、ラウンジやレストランにて特別メニューを展開。ハルカス57階レストランのZKでは「フェルメールの食卓」と題し、キュレーターの林綾野が監修を務めた「ハート形ハンバーグレモンソース」が提供されている。本記事では林による同展覧会のオフィシャルレポートをお届けする。
音声ガイドを務めた小芝風花へのインタビュー+内覧会レポートはこちら

修復作業を終えたばかりという「窓辺で手紙を読む女」は、フェルメールが20代半ば頃に描いた絵です。右手前に掛かるカーテンから重厚なタベストリーで覆われたテーブル、そして部屋の奥の壁まで、窓辺にたたずむ女性を取り囲む空間がぎゅうっと凝縮するように描かれています。
数年前まで、絵の中の壁には何も描かれていませんでした。度重なる調査を経て、画家はここに大きなキューピッドの絵を描き残していたことがわかり、この度の修復でフェルメールが描いたままの姿に戻されました。今、世界中のフェルメールファンが注目する絵と言えるでしょう。
ヨハネス・フェルメール 「窓辺で手紙を読む女」(修復前)1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館 (c) Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Herbert Boswank(2015)
壁に何も描かれていなかった以前のこの絵は、もの静かで、その静けさが観る人の心を惹きつけていました。修復によって現れた大きなキューピッドの存在は、昔からこの絵を愛する人たちを驚かせましたし、戸惑いを感じた人も少なくないでしょう。
そして2022年の夏、この絵は大阪にやって来たのです。姿を新たにした「窓辺で手紙を読む女」を写真や画像データではなく、実際にこの目で観ることができる貴重な機会です。幅64.5cm、高さ83cmに及ぶ大きな画面は迫力満点です。1657年から59年頃にかけて描かれてから350年以上の月日が経ちますが、その間のよごれもすっかりはらわれ、少し離れたところから眺めてもその画面はまばゆいほどに輝いています。
近づいて絵を観てみます。真ん中にすっと立つ女性の姿がまず目に留まります。それは左側にある窓から差し込む光が彼女の顔を明るくて照らしているからでしょうか。女性が視線を落とす、その手に握りしめた手紙もまた光を受け明るく照らし出されています。絵を観る私たちは、その画題の通り「ああ、窓辺で女性が手紙を読んでいる」と納得し、心持ち安らかな気持ちで画面を見つめ、今度は細部に目を向けます。窓ガラスに女性の顔が写っていたり、タペストリーの折り目の一つずつに光が粒のように描きこまれていたり、壁に落とされた影が微妙な明暗で表されていたり、観れば観るほどに、仕掛けともいえる繊細な表現が画面のそこここに散りばめられていることに驚かされるばかりです。息を飲むようにしながら、じーっと観続けていると「やはりフェルメールはすごい……」そんなありきたりな言葉しか出て来ません。新たに現れたキューピッドの存在もこの「すごさ」がぎゅうっと詰まった画面にしっかり溶け込んでいます。絵の中で全てが響き合い、調和し、輝き、観る者を惹きつけます。
ヨハネス・フェルメール「窓辺で手紙を読む女」 1657-59年頃ドレスデン国立古典絵画館 (c) Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden
修復を終え、すっきりとしたこの絵を観て、改めて驚いたのは窓枠が「ブルー」だったことです。窓は部屋の内側に開いており、鉛でつないだ吹きガラスには女性の顔がうっすらと写っています。そしてガラスを取り囲む木製の窓枠をよく観ると光が当たっている所、そして影になっている所とがブルーの濃淡で微妙に塗り分けられています。ある部分はくっきりと明るいブルーで、ある部分は暗めのブルーで塗られているのです。このブルー、フェルメールが愛用した絵の具で、当時、金と等価ともされた「ウルトラマリンブルー」です。赤いカーテンとのコントラストも鮮やかに、このブルーが画面全体を凛と美しく輝かせているようにさえ見えます。
そして窓の先、外側の縁の部分にも注目してみてください。この部分は絵の中でどこよりも白く、明るく光ってます。その先に光溢れる別の世界があることを、強く、はっきりと示すように。絵には描かれていないけれども、この窓の先には広い世界が広がっている、彼女が読んでいる手紙はそんなところから届けられたものに違いない、想像が膨らんでいきます。
フェルメールほど、ひとつの画面の中をまるで旅するようにいろいろと思い巡らさせてくれる画家が他にいるでしょうか。近くでじっと観て細部の描写に驚いたり、ちょっと離れて構図の妙に感動したり、色彩の豊かさにうっとりしたり。こうした体験は、実際に「絵」を前にしたからこそ得られるものでしょう。フェルメール自身が絵筆を握って描いた絵。キャンバスに近づいて絵の具を置き、少し離れて形を確認する、そうやって描かれた絵。それが今、私たちの目の前にあることが奇跡のようにも思えるのです。ぜひ展覧会というこの機会に、一人でも多くの方にご自分流の想像力でフェルメールの絵にのめり込んで、その絵の世界を楽しんでいただきたいと思います。
修復作業の様子 (c) SKD, photo: Kreische/Boswank
最後に、おすすめグッズは窓辺の女性が可愛いミッフィーになったぬいぐるみ「手紙を読むミッフィー」(税込4,400円)です。衣装を飾るゴールドの刺繍や手紙を読む姿が忠実に再現されています。同じオランダ生まれのフェルメールとミッフィーの楽しくかわいいコラボです。
手紙を読むミッフィー (c) Mercis bv
文=林綾野
林綾野
キュレーター、アートライター。美術館での展覧会企画、絵画鑑賞のワークショップや美術書の企画や執筆を手がける。画家の創作への想い、ライフスタイルや食の趣向などを研究、紹介し、芸術作品との新たな出会いを提案する。著作に『画家の食卓』、『絵本でよむ画家のおはなし ぼくはヨハネス・フェルメール』(講談社)、『浮世絵に見る江戸の食卓』(美術出版社)などがある。

鑑賞チケットはイープラスにて発売中。

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