KAAT神奈川芸術劇場、2022年度ライン
アップ発表会見レポート~長塚圭史初
のミュージカル、串田和美の代表作、
山内ケンジの新作など 

KAAT神奈川芸術劇場(以下、KAAT)が2022年2月28日(月)に「2022年度ラインアップ」のライブ配信によるオンライン会見を行い、KAAT館長の眞野純、同劇場で芸術監督を務める長塚圭史に加え、鬼頭健吾、北村明子、松井周、串田和美、山内ケンジ、田中麻衣子、森山開次、赤堀雅秋、本谷有希子が映像で出演した。
まずは眞野館長による挨拶から。
「2021年度は『冒』を芯にその言葉を据えてやってきましたが、2022年度は別の文字が、全体のフレームを作るように重なるように置かれている」とコメントし、哲学者ジャン・ポール・サルトルの『想像力の問題』を例にあげ、「今わたしたちに問われているのは、想像力の問題ではないか。表現について考え感じ、行動する。あらゆるものに対してコロナという事態の後、わたしたちが取れる限りの攻勢的な構えを持つためには、これに呼応する意志を持つべきだと感じている」と、演劇界がおかれた苦境に引き続き立ち向かう決意を語った。
次に、2021年4月にKAATの芸術監督に就いた長塚が、2021年度を振り返り、「2021年度は充実した1年間だった。惚れ惚れするようなラインアップだった」としつつ、2022年度も芸術監督就任初年度に出した3つの方針「シーズン制の導入」「劇場をひらく」「(想像のたねを育てる)カイハツプロジェクト」を、続けていくと述べた。
KAAT神奈川芸術劇場 芸術監督 長塚圭史
2021年から導入された「シーズン制」に沿って、2022年度も4〜6月は実験的なプログラムを行う「プレシーズン」、7〜8月は「キッズプログラム」、9月から半年間は「メインシーズン」と、年間を通じて立体的なラインアップが展開される。
5月に開催されるプレシーズン「KAAT EXHIBITION 2022 『鬼頭健吾展|Lines』」は、現代美術家である鬼頭健吾がKAATエントランスの開放的な空間「アトリウム」を使い、新作インスタレーションの展示を行う。
インスタレーション作品『Lines』は、4mの棒を200本、天井から吊るすというシンプルな作品だが、膨大な量になるカラフルな棒が高い場所から吊るされることで、色彩のリズムと空間の広がりを感じさせるものとなるという。
鬼頭は「アトリウムで作家が展示するのは今回初めてなので、楽しみにしている。試行錯誤しながら作品を作っているところ」とコメント。
さらに「コラボレーションイベントで、様々なパフォーマーの方たちが僕の作品とコミュニケーションをとりながら作品を作ってくれるのだが、僕としては初めての試み。自分の作品に誰かが介入してくるということはとても興味深い」と述べた。
事前に鬼頭のスケッチを見たという長塚は、「アトリウムがこれだけの体積を持っていたのか、ということを思い返させてくれた」といい、「シンプルにものが脈略のないように並べられているように見えて、新しい知覚を提示されているような感覚におちいる。鬼頭さんは、美術を通して果てしない深淵を見つめているのではないか。ポップな作品づくりをするのに、極めて鋭い視点を持っている」と、演劇とは別の分野から感じたKAATという場への気づきと、展覧会への期待を語った。
7月下旬からのキッズ・プログラムは、2021年に上演され好評だった『ククノチ テクテク マナツノ ボウケン』が、前年に引き続き上演される。本年度も振付家の北村明子と美術作家の大小島真木がタッグを組んで手がけていく。
作品について北村は、「私にとって初めてのキッズ・プログラムで、自分のダンス表現がお子さんたちに届くのかという不安もあったが、これまでできなかったことをやってみようと心に決めて取り組んだ。大きな挑戦であり、冒険でもある作品だった」と、昨年度に感じた思いを述べた。
同作は昨年、「観客と舞台上のダンサーが一緒に踊る」ことと、「劇場ロビーでお面のワークショップを行う」という2つの試みが成されたが、北村は、大小島によるお面の創作ワークショップについて、「見ていて感動するくらい、大人の方々も集中して独創的なお面を作ってくださった。お面が冒険への切符のような気分で、皆さんは劇場空間に入っていったと思う」と、挑戦から得た喜びを語った。
2022年度のキッズ・プログラム2作目は松井周(サンプル)による新作『さいごの1つ前』。8月中旬に上演される。2020年にキッズ・プログラムとして上演される予定だった作品が、2年延期となり、満を辞して今年度のプログラムに加わった。
松井は「2年を経たことで、書き直していきたいと思っている」と考えを明かし、「コロナ禍でほどほど楽しい、そこそこ楽しい、まあこんなもんか、という日常の中で、すごくストレスフルな日々を子どもも大人も関係なく過ごしている。この舞台を見ている時間は、本当に楽しかったとか、本当に怖かったとか、いろんな意味でリミッターを超えるような体験ができればと思っている」と、閉塞的な時代感を吹き飛ばすようなコメントを発表した。
『さいごの1つ前』で主演を務める白石加代子は、天国と地獄の入り口に立ちすくむKを演じる。天国行きの乗り物に乗るには「生きていた頃の記憶」が必要なのだが、Kは認知症を患っていて思い出せない、という難しい役柄だ。
松井は作品を、主演の白石加代子を中心に作ると明かし、白石について「僕の印象ではなんでもできる俳優」と語った。長塚も「白石さんだからできることがある。日本の宝」と頷きつつ、松井のコメントを聞き、「さらに期待が高まった。楽しみにしてほしい」と言葉をおくった。
次の「メインシーズン」の発表では、2022年度のメインテーマが明かされた。2021年は、任期1年目である長塚芸術監督が新しく舵を切ることもあり、期待を感じさせる冒険の「冒(ぼう)」だった。2022年は忘却の「忘(ぼう)」をテーマにプログラムを展開する。
1作目は、9月上旬に上演される長塚芸術監督の上演台本・演出による『夜の女たち』。1948 年に公開された、溝口健二監督の映画『夜の女たち』の初の舞台化作品となる。戦後間もない飛田釜ヶ崎を舞台に、生活苦から夜の闇に堕ちた女性たちが、必死に生き抜こうとする姿を描いた物語だ。同作で長塚は初のミュージカルに挑む。
長塚は、溝口監督の映画を「その時代の空気、その時代の雰囲気までカメラに収められた、ドキュメンタリーのような作品」と指摘し、「目を背けたくなるような時代をミュージカルにしたいと思った。ミュージカルなら鬱屈としている人物たちの心理も歌い上げることができる。音楽の荻野清子さん、振付の康本雅子さんらとスリリングな作品を作り上げていきたい」と、作品への思いを語った。
10月下旬には、串田和美の潤色・美術・演出による『スカパン』の公演が予定されている。
串田は、「スカパンはモリエールの古典劇だが、僕が現代風に潤色して演出し、自分でスカパンを演じる。この役が大好きで、初演の時は50歳になったばかりだったが、それからずっと演じている。おじいさんになったスカパンもまた面白いのでは、と自分の中で思っている」と述べた。
この言葉に長塚は、「これだけの長い期間、上演を続けるというのは凄まじいこと。串田さんは体全身で演劇に没入する方。記念碑的な作品になるのではと予感している」と、語った。
11月には、山内ケンジ(作・演出)による新作でKAATと<城山羊の会>が創り上げる『温暖化の秋 – hot autumn -(仮)』が上演される。
長塚は山内を「大人の会話劇を作らせたら、天下一品」と語り、自身も山内の大ファンだと明かした。定期的に東京・三鷹で作品を発表している<城山羊の会>に、「神奈川でも新作を作ってほしいと声をかけた」という。山内はKAAT初登場となる。
山内は、「災害などの大変なことが起きるときは、気持ちがコンサバティブになって、穏やかだったり、希望があったり、真摯な作品に人は惹かれる傾向があると思う。しかし、自分は生来、そういうものが好きではない。どうしても前向きさとか希望とか光といったものには背を向けがち。次回の新作も恐らくそうなるのではないかと思っている」と、構想を話した。
沖縄本土復帰50周年を記念し、11月下旬から上演が予定されているのが、1964 年に沖縄で起こった事件をもとに書かれた、伊佐千尋による法廷ドキュメント『逆転』(岩波書店)から着想されたという「新作(タイトル未定)」。沖縄在住の若手劇作家・兼島拓也と、沖縄に出自を持つ新進気鋭の演出家・田中麻衣子が、沖縄からのリアルなメッセージを込めた作品づくりに挑む。
演出を担当する田中は、「2022年は演劇、映画作品など様々な形で沖縄に触れる機会がいつもより多いのではと思う。今、沖縄に住んでいる兼島さんや、関東に住んでいる私、役者さんたちみんなで見つけた“現在”を、一つの答えにはならないかもしれませんが、作品に持ってきたいと思っている」と、コメント。
また作品について、「目の粗いモノクロのフィルムが、反転して極彩色になったりするようなイメージを今は持っている。それを脚本に反映してもらっているところ。若さやそれにともなう未来、熱、活気、リズム、音楽といった躍動にあふれる作品にしたいと思っている」と、語った。
2023年1月下旬にはKAAT DANCE SERIES『星の王子さま -サン=テグジュペリからの手紙-』が予定されている。
詩的な言葉で世界中を魅了したサン=テグジュペリの『星の王子さま』を、ノンバーバルの舞踏と音楽で果敢に表現し、美しい身体表現と世界観で好評を博したプログラム。
舞踏家であり、振付家である森山開次は「『大切なものは目には見えない』という言葉が原作の中にあるが、舞踊化するということはある意味で『目には見えないこと』を視覚化するということ。観客の皆様には心の目でダンスを目撃してほしいと願って作った」と述べ、「魅力的で最高のスタッフとキャストとミュージシャンが集い、この作品を作り上げた。2020年の初演時はすでにコロナ禍でクリエーションから本番に至るまで、本当にたくさんの壁があったが、カンパニーが一丸となって、最高の舞台を届けたいという熱い思いでこの作品を作った」と苦労話も明かした。
再演に関しては「新たな気持ちで挑みたい。夢はパリ公演。いや、夢ではないと思っている」と、茶目っ気も交えながら密かな野望を覗かせた。
2023年2月には日本映画の巨匠•黒澤明監督の傑作映画の舞台化作品となる『蜘蛛巣城』を上演する。脚本は齋藤雅文、演出に赤堀雅秋を迎える。オンライン会見では赤堀がコメントを寄せた。
「黒澤明監督の映画が有名だが、今回はそれを踏襲するのではなく、もう少し『若さゆえの何か』を自分の中の視点として、作品ができたらと思っている。はじめての時代劇なので難しい部分もあるかもしれないが、とにかく生々しい人間像を描けたらと思っている」と、作品にかける思いを語った。
2023年3月には、チェルフィッチュの岡田利規が2019 年に、ミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場で書き下ろし、自ら演出した作品『The Vacuum Cleaner』を、演出に本谷有希子を迎え、日本語版となる『掃除機』を上演する。
本谷は、「岡田さんのメソッドありきで書かれた台本を、自分がどういう風に演出していこうかと考えたとき、壊していかなければという方向で考えていたが、岡田さんと会ってこの戯曲について話をしたときに、岡田さんにとってこの戯曲は、子どもみたいな存在なのだと思い、今回は壊しながらも育み、また構築する、という作業をどれだけ行えるかだと考え直している」と、述べた。
さらに本谷は、「自分のことを演出家だと思っていない節がある」と明かしながら、「岡田さんの作品を私が演出するということは、他人の頭の中を舞台化していく作業。それは未知のことで、私がどういう風にやっていくのか、私自身一番興味がある」と作品にかける思いを語った。
最後に長塚は年間のプログラムについて、「トークイベント、バックステージツアー、共催公演、提携公演など、他にも盛りだくさんのプログラムが予定されている」と話し、「2022年度も創造のタネを育てるために“カイハツ”プログラムを推し進めて行きたい」と締めくくった。
コロナ禍で劇場に集まることを禁じられ、演劇界はオンライン配信などの代替策を模索した。社会が世界的パンデミックで閉ざされていく中で、演劇本来の力をもって逆の方向性を目指し、「ひらく」という公共劇場の矜持を示した。2022年度もKAATの持つ場の力が試されている。

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