宇多田ヒカル

宇多田ヒカル

【宇多田ヒカル リコメンド】
クラブミュージックに接近しつつ
開かれたモードを感じさせるアルバム

自己の中へと深く潜っていく展開で
パーソナル感もますます色濃くなる

 A.G.クックが共同プロデュースを務めた「君に夢中」「One Last Kiss」以降は、自己の中へと深く潜っていくようなトーンになり、繊細で緻密なアンサンブルの上で優雅に歌う、声色の使い分けも鮮やかなヴォーカルをはじめ、リフレインされる静謐なピアノのフレーズ、折り重なったシンセサイザーの美しいレイヤーなどにとことん没入できる。複雑なリズムのメロディーを見事に歌ってのける「PINK BLOOD」で陶酔感は最初のピークを迎え、《私の価値がわからないような/人に大事にされても無駄》《自分のことを癒せるのは/自分だけだと気づいたから》《後悔なんて着こなすだけ/思い出に変わるその日まで》《王座になんて座ってらんねえ/自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ》という毅然とした歌詞を浴びるうち、聴き手は彼女と一体化した錯覚さえ抱いたりもするだろう。明らかに無機質なビートが軸にあるにもかかわらず、発声や音の摩訶不思議なかけ合わせによって究極のヒーリングミュージックに仕立て上げてしまうのがすごい。

 打ち込み主体のサウンドに乗せて《近すぎて言えなかった》《聞きたくて聞けなかった》と後悔の念を滲ませる「Time」へと続く中、宇多田ヒカルのパーソナル感もますます色濃くなる。なかなか歌詞が書けない状態だったため、街をぶらつきながら目に飛び込んできた光景を描写する試みを初めて使ったという「気分じゃないの」は、言ってみれば完全に実話をもとにしたドキュメントだ。同曲の後半では、彼女の息子が《not in the mood》とコーラスを入れ、親子の微笑ましいやりとりが聴こえてくる箇所もあるので、ぜひ耳を傾けてみよう。

 アルバム全編を覆う内省的な世界観が実に彼女らしいのだけれど、等身大の言葉で新たな領域に踏み出した「BADモード」を筆頭に、喪失を受け入れて生きていくことを決めた「One Last Kiss」、ぶれない指針を強く示した「PINK BLOOD」、そして「誰にも言わない」ではサックスの小粋な音色を添えて《一人で生きるより/永久(とわ)に傷つきたい/そう思えなきゃ楽しくないじゃん》とアダルトに歌うなど、従来のベッドルーム感からはやはりだいぶ開けた印象がある。また、さまざまなアップデートを経たゆえか、同曲で《感じたくないことも感じなきゃ/何も感じられなくなるから》ととても時代に即した見解を伝えていたり、「気分じゃないの」での《「私のポエム買ってくれませんか?/今夜シェルターに泊まるためのお金が/必要なんです。」》というくだりにも世の中のムードが生々しく漂っていたりと、サウンドにおいても、リリックにおいても耳を惹くポイントが多い。

OKMusic編集部

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