貞松・浜田バレエ団「創作リサイタル
31」無観客公演(2020年3月)を振り
返る~アレクサンダー・エクマン『C
ACTI』日本初演など4作品を上演

2020年2月末以降、新型コロナウイルス感染症の拡大により数多くの舞台公演が中止・延期に追い込まれており、それはバレエ界でも同様だ。そうしたなかで貞松・浜田バレエ団は3月14日土曜日に神戸文化中ホールで行われる55周年記念公演「創作リサイタル31」に向けてリハーサルを進めていた。大石裕香『The Bach Variations』(新作)、湯浅永麻『media』、森優貴『I'm for ...M』(新作)、アレクサンダー・エクマン『CACTI』(日本初演)の4本立てである(上演順)。ところが公演前日に無観客公演となることが発表された。幸いにも記者・評論家は報道関係者として観覧を認められたので、日が経ってしまったが貴重な公演を振り返る。
■公演直前で無観客上演に
初めに貞松・浜田バレエ団について簡単にご紹介しよう。1965年、貞松融・浜田蓉子によって神戸に創立され、古典バレエと創作の両方に力を入れてきた。「創作リサイタル」は2018年の前回で30回を数え、近年はイリ・キリアン、オハッド・ナハリンらの傑作も披露する。また出身者で日本人として初めて欧州の公立劇場舞踊芸術監督を務めた森の『冬の旅』(文化庁芸術祭大賞受賞)や『Memoryhouse』(新国立劇場地域招聘公演でも上演)を生んだ。
『CACTI』撮影:古都栄二(テス大阪)
今回は大石、エクマンの作品に加えアディ・サラント新作『Inner story』がお目見えするはずだったが、振付家がイスラエルから来日不可で断念。そこで昨夏日本に拠点を移した森に新作を頼み、オランダから一時帰国中の湯浅のソロを準備した。だが直前に共催する(公財)神戸市民文化振興財団 神戸文化ホールの提案を受け入れ無観客公演となった。
当日、ホール入口は閉鎖されており、ごく少数の関係者も楽屋口から入った。そして、一人ずつサーモグラフィーを用いて検温される。手指の消毒液とマスクも用意されていた。
『I'm for ...M』撮影:古都栄二(テス大阪)
■みずみずしさに満ちた大石裕香の新作
まず大石の新作『The Bach Variations』が好ましい。大石は大阪出身でドイツのハンブルク・バレエ団のソリストを務めた。巨匠ジョン・ノイマイヤーに認められ同団に振付したほかモーリス・ベジャール・バレエ団などでも創作し、セルゲイ・ポルーニン、ナタリア・オシポワら当代屈指のスターとも仕事をしている。日本では宝塚歌劇団の振付を行う。
大石は貞松・浜田バレエ団との初顔合わせに際しJ.S バッハの曲を選んだ。男女13人が出演し、佐々木優希、武藤天華という重鎮や主役経験の多い水城卓哉もいるが若いダンサーが中心。彼らはバッハの流麗な響きに導かれ踊り継いでいく。皆で重なるように絡むかと思えば、ユニゾン(同じ振り)で踊ったり、数人で戯れるように舞ったりする。舞踊語彙はクラシックに基づくが、踊り手たちの喜び悲しみが声なき声により弾けるように伝わった。

『The Bach Variations』撮影:岡村昌夫(テス大阪)

大石は「私自身、振付に出会ってから20年が経ちました。振付家としてもう一度原点に目を向けるようなイメージでこの作品と向き合いました」と作品メモで述べているが、創り手と演者の双方がみずみずしい感性を発揮している。舞台に満ちた純粋さ・ひたむきさがなんともすがすがしかった。大石との今後の協同作業も楽しみにしたい。
『The Bach Variations』撮影:古都栄二(テス大阪)
■異次元の凄み 湯浅永麻の圧倒的なソロ
湯浅の自作自演のソロ『media』は圧倒的だった。湯浅は広島出身でネザーランド・ダンス・シアター(NDT)に11年間所属し、現在は世界各地で活躍している。キリアンやウィリアム・フォーサイス、マッツ・エック、シディ・ラルビ・シェルカウイといった大物振付家の薫陶を受け、彼らの作品の特徴や動きを汲みながら強烈な存在感を放つ。
『media』は2018年12月にOpto「optofile_touch」で初演された。体全体を包む黒い衣裳(デザイン:廣川玉枝)を着た湯浅が「媒体としての身体」を主題に自らの「内」と「外」を見つめる(作品メモを参照)。名匠たちを魅了する湯浅に潜む多様な表情が現れ、しなやかな動きや床を滑らかに使う流れといったすべてに異次元の凄みがある。
『media』撮影:岡村昌夫(テス大阪)
湯浅の客演は総監督の堤悠輔がオランダで踊っていた時代に彼女も同国で活躍していた縁から。モナコの名門プリンセス・グレース・アカデミーを首席卒業し現代ダンスの最高峰NDTでも大活躍した稀に見る才能である。心技体が合致した踊りの真価をまざまざと見せつけられたが、団員にとっても刺激になったのではあるまいか。
『media』 撮影:古都栄二(テス大阪)
■森優貴がつむぐ、味わい深い新作
森はドイツのレーゲンスブルク劇場で7年間芸術監督を務め毎年新作を発表し、2016年にはドイツを代表する舞台芸術賞ファウスト賞にノミネートされた。またほかにもドイツやオーストリア、スイスの公立劇場・芸術祭の委嘱により一晩ものを振付したという実績は伊達ではない。
新作『I'm for ...M』を踊ったのは角洋子、上山棒名、宮本萌。森は3人の踊る姿を通して「こう、あるべきだった自分」「こう、あるべきではなかった自分」(作品メモより)の間で葛藤する人の姿を描いたようだ。表題にあるMは、Mother、Malice、Moon、Mate、Mistake、Mineなどを表すという。音楽はリヒターやエイナウディ、アルナルズの現代曲。3人は上空を多くの黒い傘が覆っている空間で落ち着いた色調の衣裳(デザイン:鷲尾華子)をまとい、何か欠落を埋めるかのように懸命に踊る。彼女たちに救いは訪れるのかーー。
『I'm for ...M』撮影:岡村昌夫(テス大阪)
森は昨年末、りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館の専属舞踊団Noism(芸術監督:金森穣)に招かれ帰国後第一弾『Farben』を発表。表題はドイツ語で色彩を意味しNoismダンサーの個性を生かしていた。このたびはピンチヒッターとして登板したため、創作期間は約2週間と限られていたというが、古巣の3人としっかり向き合い、味わい深い秀作をつむいだ。音楽との妙なる一体感もさすがのクオリティなので、折を見てまた上演してほしい。
『I'm for ...M』撮影:古都栄二(テス大阪)
■話題のエクマン作品がついに本邦初上演
お終いはいよいよエクマンの『CACTI』である。エクマンは1984年、スウェーデン生まれで、ネザーランド・ダンス・シアター2(NDT2)、クルベリ・バレエを経て21歳で振付に専心する。パリ・オペラ座バレエ団で発表した『プレイ』(2017年)ではガルニエ宮の劇場機構を縦横無尽に用い、ノルウェー国立バレエ団で制作した『白鳥の湖』(2014年)では古典名作を大胆に解釈し膨大な量の本水を使った。英語でサボテンを表す表題が付いた『CACTI』は2010年にNDT2で世界初演され、世界各地の舞踊団が上演するエクマンの話題作だ。
(※編集部註:パリ・オペラ座バレエ団「Play」は6月22日(月)午前2時30分まで、https://www.operadeparis.fr/en/magazine/play-replay で無料配信中。また、DVD化もされている)
『CACTI』撮影:岡村昌夫(テス大阪)
何よりもダンサーたちの衣裳の薄茶・黒、平台の象牙色、サボテンの緑といった色彩感が鮮烈。音楽はハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、ステインで、弦楽四重奏団として神戸フィルハーモニックの面々(1stヴァイオリン:月嶹アミ、2ndヴァイオリン:小野村友恵、ビオラ:坪之内裕太、チェロ:大熊勇希)が生演奏した。
出演は竹中優花、佐々木、廣岡奈美ら女性11人、武藤、大門智、水城ら男性5人の計16人。演者は奇声を上げ、平台を叩き鳴らす。生演奏と共に躍動する奇態な踊りの数々、男と女の何気ないやり取りのナレーションに連動して小林奈央と水城が絡むデュオと見せ場続きだ。そこから皆で鉢に入ったサボテンを手にしたり、横に置いたりする終景へ。

『CACTI』撮影:岡村昌夫(テス大阪)

一風変わった世界観、ポップかつ見世物的面白さもあるが、人間社会や文明を寓意的に捉えているようにも思われ興味深い。ついでながらサボテンは砂漠の象徴といわれ、種類によっていろいろな花言葉があるようだ。ダンサーたちは針が振り切れたパフォーマンスの部分、気張らずに舞台に存在しなければいけない場面など総じて達者で奇才エクマンの世界に息づいていた(振付指導:フェルナンド・トロヤ)。再演が望まれる。

『CACTI』撮影:古都栄二(テス大阪)

■観客と共に創作の豊かさを共有する
エクマン、大石、湯浅、森という新時代の傑物の創作が並び壮観である。数ある日本の舞踊公演のなかでも「創作リサイタル」は現代バレエの前線に触れる好機なので毎回見逃したくない。とはいえ創り手を単に知名度や玄人受けで選んでいないのは団の軌跡からも明らかである。
『The Bach Variations』撮影:岡村昌夫(テス大阪)
『CACTI』は堤の働きかけにより上演に至ったというが納得のチョイスに思う。というのも古くは貞松融の『たんぼ・祭』(1966年)、『動物のカーニヴァル』(1968年)から、貞松正一郎(芸術監督)の『セイラーズ・セイリング』(1995年)、『黒と白のタンゴ』(1998年)まで、このバレエ団の作品からは創作=難解なものばかりではなく、多くの人に親しんでもらいたいという姿勢を感じる。ナハリンの『DANCE(『マイナス16』改題)』(2005年バレエ団初演・文化庁芸術祭大賞受賞)を選んだのも、観客と創作の豊かさを共有したいからだろう。演目が国際色を増しても、公演規模が大きくなっても貞松イズムは着実に受け継がれている。
『CACTI』撮影:岡村昌夫(テス大阪)
無観客公演終了後、バレエ団は4月6日から5月24日まで全活動を休止した(オンラインレッスンは4月10日開始)。4月5日の「NHKバレエの饗宴2020」で『CACTI』を上演する予定も幻に。バレエ学園、ジュニア・大人クラスも長期間休み、3月のジュニアフェスティバルは5月に延期後中止した。6月1日よりようやく少人数に分かれて全クラス再開したばかりだという。1995年の阪神・淡路大震災後いち早く公演活動を行ったことでも知られるバイタリティあふれる団体だけに、コロナ危機も乗り越え、再び神戸から世界へ発信することを願いたい。
文=高橋森彦

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