【藤川千愛 インタビュー】
誰かを救えるような
曲を届けていきたい
デビュー以降、独自の世界観を持つ存在として注目を集めている藤川千愛。彼女の新作『愛はヘッドフォンから』は日々の中にある怒りや葛藤などを核にした歌詞、洗練感を湛えた楽曲、表現力に富んだ歌などが溶け合って非常に魅力的な一作となっている。さらなる深化を遂げた新作について語ってもらった。
自分の中にある怒りや哀しみ、
悔しさといったものを歌っていきたい
今作を作るにあたってテーマやコンセプトなどはありましたか?
コンセプトはありませんでした。ただ、繰り返し、繰り返し聴かれていくようなアルバムにしたいという願いはありましたね。最近はスマホで簡単に音楽が聴ける時代で、お目当ての曲を聴くまでのワクワク感とか、ドキドキ感とかが薄れていると思うんですよ。好きなアーティストがアルバムを出しても気に入った曲だけを聴く人とか、聴き流されてしまう曲があったりすることが多い気がするので、そういう時代だからこそ繰り返し、繰り返し聴かれるアルバムにしたいと思ったんです。世代や時代を超えて聴かれていくようなものにしたいなと。『愛はヘッドフォンから』は、そういう思いを込めて作ったアルバムです。
しっかりした芯がありつつ曲調が幅広いですし、曲順も練り込まれていて、狙い通りの一作になっていると思います。そんな本作についてうかがいたいことはたくさんあって、まずは「神頼み」「嗚呼嗚呼嗚呼」「あした朝食を食べる頃には」といった洗練感と“毒”や“尖り”を併せ持った独自のテイストを備えた楽曲が中心になっていることが印象的でした。
そういうものが一番表現したいものなんです。私は本当に音楽が好きで、音楽にたくさん救われてきたんですけど、前向きな曲を聴いても前向きな気持ちになれなかったと思って。それよりも自分と同じようなつらい状況だったり、自分が吐き出せないようなことを歌ってくれている曲に勇気をもらえることがすごく多かったから、私は自分の中にある怒りとか哀しみ、悔しさといったものを歌っていきたいと思っているんです。その結果、おっしゃられたような音楽になりました。
明るい曲がリスナーの背中を押すとは限らないことを感じているあたり、本当に音楽が好きなことが分かります。それに、インパクトの強い曲のタイトルや良質な歌詞も注目です。
本当ですか!? 歌詞がいいというのはどういうところでしょう?
ひとつはテーマの幅が広いこと、もうひとつは歌詞に描かれている主人公の心情や人物、情景などの描写が鮮明で、強く響く歌詞になっていることです。
自分が思っていることや感じたことをそのまま書いているので、そういう歌詞にはなっていますね。最近はニュースとかを見て怒っていることが多いけど、そういう悔しさはどこにもぶつけられないじゃないですか。それを音楽にすることで誰かが共感して、救われた気持ちになるといいなという願いを込めて書いています。
藤川さんのリアルに触れられる歌詞と言えますね。そういう歌詞は自身の内面をさらけ出すことになりますが、そこに対する怖さなどは感じませんか?
正直言って、1作目(2019年5月発表のアルバム『ライカ』)はありました。でも、その後、“これが本当の私だし、私はこういう歌を歌います”ということを伝えたいと思うようになったんです。なので、2作目からは恥ずかしさとか戸惑いはなくなりました。
自分を曝け出せるアーティストはファンの方から信頼を得ていますので、そういうスタンスは賛成です。アルバムに向けて曲を作っていく中でキーになった曲などはありましたか?
どうだろう? …そういう曲はなかったです。今回は制作期間を1年くらいいただけて、わりと余裕をもって曲を書いていったんですね。冒頭にも話したようにコンセプトはなかったので、いろんな曲を作って、いいと思うものをレコーディングして、アルバムにするにあたってさらに絞り込むという流れだったんです。だから、この曲ができてアルバムの全体像が見えた…みたいなことはなかったですね。
楽曲面でも純粋に今の自分がいいと思えるものを大事にされたんですね。では、自分の中で特に印象の強い曲や思い入れのある曲を挙げるとしたら?
1曲目の「東京」です。R&B調の曲をやりたいと思っていたこともあって、この曲は初めて聴いた時から一番しっくりときて、すごく好きだと思ったんです。ただ、グルーヴ感という面で悩んだ曲でもあって、この曲だけ歌録りに2日かかっちゃいました。グルーヴというのは正解がないじゃないですか。そういう中で自分も気持ち良く、聴いている人も気持ち良いグルーヴ感というものを求めて結構悩んだんです。でも、悩んだからこそ一番好きな曲になりました。
「東京」はアーバンな曲ですが、歌詞やサビの歌などは尖っていて、単なるR&Bで終わっていないことに衝撃を受けました。
だとしたら嬉しいです。「東京」の歌詞は高校の進路相談の際に、先生に歌手になりたいですと言ったら“諦めろ”と鼻で笑われたんですよ。その時、私はこんな大人になりたくないなと思ったんです。今にして思えば、学校の先生に歌手になりたいという話をしても、先生は歌手になる方法なんて分からないし、想像もできなかったと思いますけど。例えば、プロ野球の選手になりたいなら野球をやっている人に相談したほうがいいし、俳優さんにしても、デザイナーさんにしても、その道の人に相談すべきですよね。今はそう思うけど、その時は否定されたことがショックだったんです。それでも私は自分が進みたい方向に進んだんですけど、もしも周りにいる大人たちの価値観に従って、自分がやりたいことを抑え込んで言われた通りの道に進んでいたら、“自分は何をやっているんだろう?”とか“これでいいのかな?”という迷いがずっとつきまとった気がする。それは私に限らず、誰しもがそうだと思うんですよ。そういうことを書いたのが「東京」です。
それぞれ事情があって、好きなように生きたくても生きれない人がいることは分かっていますが、夢があるなら追ってほしいと思います。結果はどうあれ、やりたいことをやりきらないと先に進めませんので。
私もそう思います! だから、本当にやりたいことがあるならやってほしい。そうじゃないと後悔が残る人生になるので。「東京」はそういう思いを込めて書きました。
ネガティブな歌詞のようでいながら、実は“自分の夢を大事にしてほしい”というメッセージを込めた、リスナーの背中を押す曲と言えますね。