ユーミンのメロディはなぜ美しく響く
のか 現役ミュージシャンが“和音進
行”を分析

 作曲家には多かれ少なかれ、その人の型や癖があります。例えば以前このコラムで扱ったaikoさんや桑田佳祐さんの楽曲は誰が歌っても彼らの曲とわかるような特徴があります。そういう意味では、ユーミンの楽曲にはアクの強さはありません。しかしユーミンの繊細で情緒豊かな曲世界が「ユーミンにしかできない」オリジナリティを持っていることは確かです。それはどのようにして作られているのでしょうか?

 彼女の楽曲の大きな特徴のひとつは、自然体のメロディが自然に美しく聞こえるための技巧的な和音進行です。スピッツやaiko、椎名林檎井上陽水などが参加した『Queen's Fellow』のようなトリビュートアルバムで、アレンジが変わっても歌い手が変わっても楽曲の美しさが変わらないことが、メロディと和音の関係、という曲の芯の完成度が高いことを表しています。「ルージュの伝言」「14番目の月」「中央フリーウェイ」「CHINESE SOUP」など、フォーマットがある程度はっきりしているような楽曲も、ただのジャンルミュージックではなく「ユーミンの曲」として聞こえるのも、彼女の作曲技術の高さの表れです。

●「やさしさに包まれたなら」の音世界

 さっそくその実例を「やさしさに包まれたなら」で見てみましょう。まさにタイトル通りの感情を聴き手に与える、いわゆるエバーグリーンな名曲です。強い情緒に訴えることなく、しかし広がりのあるドラマチックな展開を持つこの曲には、ユーミンの圧倒的な作曲技術の要素がたくさん詰まっています。まず、和音進行について最初の一節「小さい頃は神さまがいて」を解説します。原曲はF#(ファのシャープ)でわかりにくいのでC(ド)に変えて書くと下のようになっています。

| C | D | Bm7 Em7 | Am7 |
(| ド ミ ソ | レ ファ# ラ | シ レ ファ# ラ ミ ソ シ レ | ラ ド ミ ソ |)

 この4小節に対して、ベタなポップスのコード進行をつけると以下のようになります。比べて弾いてみると如何にこの曲のコード進行が美しいかよくわかりますし、ベタな進行では繊細なメロディが活かせず、曲世界の広がりが全く出ないことがわかります。

*よくあるコード進行*
| C | Dm7 | G | Am7 |
(| ド ミ ソ | レ ファ ラ ド | ソ シ レ | ラ ド ミ ソ |)

 鍵は2つ目のD(レファ#ラ)と、それに続くBm7(シレファ#ラ)です。2小節目のD(「小さいころは」の「ろは」)でフワッと伸びやかに歌が舞い上がる感覚になります。それ自体はよく使われる展開でもあるのですが、すごいのは3小節目のBm7(「神さまが」の「神」)で、コードだけで考えるとキーであるCの中では本来ものすごく違和感が出るはずなのですが、とても自然に聞こえます。これは前のコードのDの和音構成をほとんど変えずにベースだけB(シ)に移っているからです。このBm7は、前のコードDで、Cに対して全音上げて一気に展開を動かし、それに続く和音として今度はベースだけ動かすことに意味があります。コードの名前や単体の響きではなく、そのつながり方に意味がある好例です。「よくあるコード進行」の例のようにCにとって5度の関係にある安定的なG(ソシレ)にいくこともできますが、そうすると| C | D | G |というメジャーコードの3連続になり不自然に明るくなってしまいます。Bm7はマイナーコードになるので切なさや湿り気を与えています。

 もう少し大きな視点で注目していただきたいこの曲のポイントを3点挙げます。「ピアノのアルペジオ」「ベースのリズム」「サビ」です。

 アルペジオというのは、和音を「ジャーン」といっぺんに弾くのではなく、一音ずつ順番に弾く演奏のことです。いわゆるAメロでは、ピアノのアルペジオとベースで和音進行を担っています。この2つの楽器が一定のリズムで淡々と繰り返していることで、和音の繊細な響きの変化を美しく表現しています。

 そしてそのまま耳をベースにフォーカスしてください。コードの中では音程を動かさずに「ドーンドドー」というリズムを繰り返していますが、ベースがこのリズムを破るときは必ずメロディアスに動きます。主旋律(この場合は歌)の合間を縫って裏メロディを入れることを「オカズ」「オブリガード」などと言いますが、この曲では淡々とした演奏とオブリガードのメリハリがはっきりしていて、和音進行が作り出す世界観の広がりを強力に後押ししています。ちなみにそれもそのはずで、弾いているのは「ベースの神様」細野晴臣さんです。

 最後にサビについてです。「カーテンを開いて」から始まるセクションは、前のメロディからの転換という意味でのいわゆる「Bメロ」と、盛り上がるという意味でのいわゆる「サビ」が連続するような形です。マイナーコードから始まり2コードを繰り返す抑制的な前半部分から、「やさしさに」で一気に視界が開け、開放感に満ちた解決に至ります。2つの構成が1つのセクションになっていることで、それぞれが短く、テンポ良くドラマが進むこともこの曲の特徴です。

 ジブリ映画『魔女の宅急便』のエンディング曲になっていることもあって、多くの人に馴染みのある「やさしさに包まれたなら」ですが、自然で伸びやかな美しさの裏にはこのような作曲技術が隠されています。

●「中央フリーウェイ」

もう1曲、絶妙な和音進行の例として「中央フリーウェイ」についても簡単に解説します。「やさしさに包まれたなら」は、素直な響きのように聞こえるけれど実はメロディと和音の関係が絶妙、というタイプですが、「中央フリーウェイ」は、一聴した感じで既に何やらオシャレな都会的な雰囲気をコード進行自体に感じます。後期の「オシャレソウル」をフォーマットにしているので多少込み入った和音進行になっていますが、音楽史的に言うと、演歌的・情念的な感情表現が今以上に色濃かった日本のポップスシーンで、70年代にこれをやっている、というだけでも大きな意義があると思います。

 実際に歌い出しからひと回し分のコードを見てみると

| FM7 | F#dim D7 | Gm7 | Edim C7 | Fm7 |
| Bbm7 | Bbm7onEb | AbM7 Gm7-5 | C7sus4 |
(キーはAb)

というようになっています。「やさしさに包まれたなら」と比べると字面だけでもややこしそうですが、紐解いてみると意外とシンプルなのです。いろいろと難しい記号がついているものの、2小節ごとに「ラド」「ソシb」「ラbド」と2音を1音階ずつ上げ下げして、基音(ベースが弾くことが多い)が移動しているだけ、と考えればそれほど複雑ではありません。例えば、2小節目で早速キーより半音高いF#のコードを弾くのは気持ちの悪い響きになります。ですから、1小節目で弾いたFM7のラとドを残してベースだけが移動しているように聴かせることで、調和感を保ったままきれいなベースラインをメロディアスに動かせるのです。その結果をコードの名前で書くとF#dimになるというだけで、ここでも重要なのは1音ごとの音のつながりです。

●「転調」を多用しつつ、自然に感じさせる技術

 次のキーワードは「転調」です。よくポップスで、最後のサビだけ少し高くなることがありますね? あれです。『やさしさに包まれたなら』の解説ではキーをCにしてコードを書きましたが、実は「| C | D | Bm7 Em7 | Am7 |」という歌い出しの進行はCというよりGのように見えます。『中央フリーウェイ』も同様で、曲全体としてはAbと言えそうですが、1段目最後のFm7まではFに転調しています。そのようにユーミンは、セクションの中でよく部分転調をします。

 重要なことは、実際に転調しているかどうかではなく、どのように聞こえるか、です。みなさんが意識していなくても、人の耳は実はなかなか正確に調(スケール)を判断しています。僕はこのコラムでも和音進行を解説する際に「安定的」「不安定」「6度」「1度」などという言葉を使っていますが、コードの響きというのは、それ単体での響きよりも、どのようなつながりか、そのスケールの中でどの位置を占めるものか、というような「関係性」によって印象が決まります。例えば「やさしさに包まれたなら」で言えば、Am7はCにとっては6度、Gにとっては2度で、どちらがキーかによってまったく響き方は変わります。ユーミンの楽曲の和音進行の繊細さを「調」という視点から見ると、「転調しているような、していないような」微妙な和音進行を織り交ぜることで、響きを繊細にしているのです。例に出した2曲のように出だしのコード進行が、響きは自然なまま非常に技巧的になっていることで、独特の繊細な音世界に聴き手を引き込みます。その時点で「勝負あった」という感じですね。

 このように、ユーミンの和音進行には一音一音ごとに意図を持った、連続性が見られます。一方、いわゆるロックバンド的な音楽を「退屈」「ベタ」と感じる場合、ユーミンとは逆に、一音一音を分解して響きを捉えるのではなく、一般的なコード進行の枠の中で「コード」という部品として組み合わせるような「プラモデル工法」でコード進行が作られていることが多いです。それにはそれで、70年代のSex Pistolsによるパンクの登場、その後のダンスミュージック(ループミュージック)の台頭、によってコードが簡素化していったという必然性はあります。しかし、それに慣れてしまって和音の表現の微細さを追求していない、という反省を僕自身も含めて多くのミュージシャンが抱えています。平凡なポップソングが6色のペンキで描かれた絵だとすれば、ユーミンの楽曲は水彩画です。そこからは、奇をてらうためではなく、人が自然に気持ちよく聴くために技巧を凝らす、真の技術が見て取れるのではないでしょうか。(小林郁太)

リアルサウンド

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着