生まれ変わって狂おしく咲く、NODA・
MAP『贋作 桜の森の満開の下』ゲネ
プロレポート

 NODA・MAP第22回公演『贋作 桜の森の満開の下』が2018年9月1日から開幕した。
 『桜の森の満開の下』『夜長姫と耳男』といった坂口安吾の小説群を下敷きとして、1989年に劇団夢の遊眠社によって初演された『贋作 桜の森の満開の下』。野田秀樹の最高傑作として知られるこの戯曲は、1992年に劇団にて再演、2001年には新国立劇場にて再度の上演、そして昨年歌舞伎作品『野田版 桜の森の満開の下』として歌舞伎座で上演され、話題を呼んだ。NODA・MAPでの初めての上演となる今回は、東京、大阪、北九州のみならず、日仏連携で行なわれている文化芸術イベント『ジャポニスム2018』の公式プログラムとして、9月末からパリ国立シャイヨー劇場でも上演される。東京公演初日前夜の公開ゲネプロ(総通し稽古)を観た(8月31日19時、東京芸術劇場プレイハウス)。
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより 野田秀樹
 昨年の歌舞伎版が、喪われた美しい夢の残照の愁いをもつものだったとすれば、このたびのバージョンは、すでに傑作として名高いこの作品に新たなエネルギーを注ぎ込み、さらなる次元へと推し進めるものといえよう。描かれる権力、俗物性、そして何より“鬼”の存在について、昨年ともまた解釈が異なるもののように感じられた。例えば、謀反を起こして権力を握り、その維持に汲々とするかのようなオオアマに、権力欲にとらわれているというより、国を作り、これを何とか治めんと腐心する者の哀しさがある。「俺は銀座のライオンで……」で始まり、絵の美しさよりその値段に目を奪われたと朗々と語る“俗物性スピーチ”が印象的なマナコも、より重層的な人物造形を感じさせる。今この作品に取り組む意気込みについて、「アラを探し、若い頃の稚拙さと向き合い、挑みかかり、コテンコテンにしてやろうと思っている」と述べた野田だが(公演ちらしより)、そのように挑んだことによって、舞台人・野田秀樹が至った境地が、遠眼鏡から逆写しに見えてくるようである。
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより 妻夫木聡
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより(左から)深津絵里、門脇麦
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより(左から)古田新太 天海祐希 

 充実した役者陣が充実した演技を見せる。主人公耳男を演じる妻夫木聡は、耳男が心のうねりの果てに至った境地を伝える終幕の笑顔とセリフが心に残る。2001年版に続きヒロイン夜長姫で登場の深津絵里は、天真爛漫天衣無縫かつ残忍なファムファタルぶりが強烈だ。久方ぶりに男役を演じることとなったオオアマ役の天海祐希は、宝塚歌劇団においても秀でたトップスターのみが体現できる、高き地位にある人間の大きさを感じさせる。マナコ役としていまだかつて見たことのないような表情を見せる古田新太(2001年版に続き同役で登場)は、円熟ゆえの大暴れを見せ、オオアマがマナコを取り立てないシーンでは、シェイクスピアの『ヘンリー四世』で、ヘンリー五世として即位したかつての放蕩仲間、ハル王子に取り立てられないファルスタッフを観るが如き思いがした。鬼として物語に茶々を入れるハンニャ役の秋山菜津子、青名人役の大倉孝二、赤名人役の藤井隆、エンマ役の池田成志も、テンポよく弾む掛け合いが心地よい。エナコ/ヘンナコ役の村岡希美は、とりわけヘンナコ役で見せる変かわいさがインパクト大。早寝姫を演じる門脇麦の一途でひたむきな演技はまっすぐに胸を打つ。アナマロ役の銀粉蝶の声は、全編のトーンを印象付けるところがある。そして、ヒダの王役の野田秀樹は、軽やかにすっきりとした貫録を感じさせる。

NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより(左から)銀粉蝶、村岡希美
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより(左から)池田成志、深津絵里
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより(左から)大倉孝二 藤井隆 秋山菜津子 
 伸び縮みして場面を彩り、人物にフォーカスを当てたりもするテープや自在に形を変えるワイヤー入りリボンなど、あやとり遊びを感じさせるものや、折り紙や切り絵細工を拡大したものなど、日本を感じさせる小道具が登場する(美術・堀尾幸男)。とはいえ、衣裳(ひびのこづえ)にも言えることだが、色遣いはポップな蛍光色だったりして、単なるいわゆる日本趣味ではなく、“クール・ジャパン”にも通じるような現代性が加味されているのが魅力だ。
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより 天海祐希
 海外の人々にとって、桜は日本を象徴する花だという。多くの日本人にとってもそうかもしれない。けれども、その“桜”の意味するところは、彼我で果たして同じだろうか。昭和初期、梶井基次郎は「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と記した。それは坂口安吾の『桜の森の満開の下』にも通底する桜観であろうが、それは果たして、彼我で共有されている、され得る桜観なのだろうか。作品は、海を渡ってパリに行く。イベントのタイトルにある“ジャポニスム”とは、もともとは19世紀にヨーロッパを席巻した日本趣味を指し、そこから、“サムライ、ゲイシャ”というステロタイプな日本人観が生まれてもいる。野田秀樹は、作品の制作発表記者会見で、「向こうの人が求めているような日本、普通の桜は歌舞伎で観て頂いて、違うテイストの桜もあるということを見せたい」と語った。古代の国作りの物語が語られる一方で、ポケモンカードにプリキュアが登場し、耳男の耳から「ミミ、『ラ・ボエーム』」のギャグが飛び出し、アンドレ・ジイドの『狭き門』から“C'est Ma 鬼門”が導き出される、混沌。これぞ、現代日本。カンパニーには、日本の秋、そしてパリの秋に、物狂おしくも奇天烈に美しい桜の花を盛大に咲かせていってほしいものである。
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』ゲネプロより 古田新太
NODA・MAP『贋策 桜の森の満開の下』より 門脇麦
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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