大人も恋するうたごころ。前野健太が
いちばんいいよ

前野健太のうたごころに、大人も恋をす

アコギでの弾き語りを得意とし、色気のある歌声で多くの人のこころをつかむシンガーソングライターがいる。その名は前野健太(まえの・けんた)。通称、マエケン。マエケンと言えば、広島東洋カープからアメリカ大リーグのロサンゼルス・ドジャースに移籍したピッチャー・マエケンこと前田健太が有名だが、音楽界のマエケンも、その実力はポスティングに値する(※プロ野球選手の移籍システムのひとつ。マエケンが移籍する際にはドジャーズからカープに約2,000万ドルが支払われたと言われている)。

前野健太は、2007年に初のアルバム『ロマンスカー』を自主レーベルからリリースすると、耳の早いリスナーを中心に話題を集め、少しずつファンを増やしてきた。そのなかには、俳優・ダンサーの森山未來(演劇『なむはむだはむ』で共演、NHK Eテレ『オドモTV』にて特集。2018年4月よりレギュラー番組化)、映画監督の松江哲明(前野健太を主演としたドキュメンタリー映画『ライブテープ』『トーキョードリフター』などを発表)や、ミュージシャンの曽我部恵一(ライブ『曽我部恵一と前野健太の一週間』など)、建築家・音楽家・作家の坂口恭平(前野健太の曲をいくつもカバーしている。プライベートでも仲が良い)などの著名人もいる。近年はみうらじゅんとの仲を急速に深め、2016年には、みうらじゅん企画・原作、安齋肇監督の映画『変態だ』にて本格的に映画役者としてもデビューした。
では前野健太とはいったいどんなミュージシャンなのか? なぜ、大人たちは次々と前野健太の歌に恋をするのか?

今の時代がいちばんいいよ。本当に? 
前野健太のポエジー

まずはこちらの動画を見てほしい。
前野健太『今の時代がいちばんいいよ』LIVE at 紀伊国屋書店

この動画は、『今の時代がいちばんいいよ』という曲の発売イベントの一環として、東京・新宿にある紀伊国屋書店前にて行われたフリーライブの様子である。

この曲が発表されたのは2015年12月。当時の日本社会を振り返ると、東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場計画や五輪エンブレムが白紙撤回され、米軍普天間飛行場のある沖縄・辺野古をめぐって国と県が対立、議論の末にマイナンバー制度もスタートするなど、社会を騒がせるニュースが連日報じられていた。そしてなんと言っても2015年と言えば、集団的自衛権の限定的な行使容認をふくむ安全保障関連法案が可決・成立し、世論が割れ、各地で激しいデモが繰り広げられていた年だった。

そんな時勢に、『今の時代がいちばんいいよ』というタイトルの曲を発表する前野健太。
上の動画の2:58あたりに注目してほしい。年配の男性と前野健太の会話がおさめられていて、非常に強い印象を残す。

男性「逆説だと私は思っている。高田渡が『自衛隊に入ろう』を歌ったのと同じ、そういう意味だと私は解釈してるんだけど」 前野健太「そうですね、結構意識はしています」 男性「そうじゃなくちゃ困るね。どうもありがとう」

これをカメラにおさめたスタッフも、この男性ファンのなんとも言えない後ろ姿で動画を締めた編集もかなり優秀だが、彼の小さい背中に、この時代を生きる者が抱える哀愁や疲弊や怒りや悲しみ、そしてほんの少しの希望を見出すことができるだろう。

『自衛隊に入ろう』とは、1962年に発表されたフォークシンガー・高田渡(たかだ・わたる)の曲。自衛隊を強烈に風刺した曲だが、実際には高田の思惑とは真逆のことが起きた。防衛庁(当時)から自衛隊PRソングとしてのオファーがあったのだ。困惑した高田は後年、同曲を封印。のちに日本民間放送連盟より要注意歌謡曲に認定され、放送禁止歌となった(現在は制度自体が廃止)。
高田渡の『自衛隊に入ろう』は、どうやらYouTubeにもSpotifyにもApple MusicにもAmazon Prime Musicにもオフィシャルのものがないようなので(2018年3月時点)、歌詞の一部だけ抜き出してみる。

みなさん方の中に 自衛隊に入りたい人はいませんか ひとはたあげたい人はいませんか 自衛隊じゃ 人材もとめてます 自衛隊に入ろう 入ろう 入ろう 自衛隊に入れば この世は天国 男の中の男はみんな 自衛隊に入って 花と散る (高田渡『自衛隊に入ろう』より)

この曲が「逆説」によって成立していることは間違いなさそうだが、前野健太が「意識している」という高田渡の姿勢を通して、前野健太の音楽を、より深く味わうことができるかもしれない。

『今の時代がいちばんいいよ』の歌詞には、昔は良かったという物言いに対する逆説といった思いが込められているという。前野健太初のエッセイ集『百年後』には、次のような記述がある。

「今の時代がいちばんいいよ」という曲は、大島渚監督の『新宿泥棒日記』を映画館で観た直後に書いた曲で、昔の新宿に少なからず憧れを抱いていた自分には腹立たしい映画だった。(中略)別に六十年代なんてたいしたことねえじゃんかよ、今の時代が、自分が生きている時代が面白いに決まってんじゃんかよ、という気持ちである。(中略)あなたたちと生きている今の時代がいちばんいいに決まってるよ」(前野健太『百年後』p.246「しがみついた青空」より)

しかし、動画内にあるやり取りを参考にすれば、「今の時代がいちばんいいよ」=「今の時代がいちばん悪いよ」という逆説だとも解釈できる。つまり、上記したような混乱した社会情勢を指して「最悪だ」と言うのではなく、「いちばんいい」と言うことで、より鋭い批判になりうるということ。あるいは、ある種の諦めや悟りのようなニュアンスも感じられるだろう。

どの解釈が正解だ、というわけではなく、こうした幾通りにも解釈できるポエジーが前野健太の歌にはあり、それが大きな魅力のひとつになっているわけだ。

大人も恋するうたごころ。前野健太がいちばんいいよはミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

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「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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