「ペテカンは上質な落語です」柳家喬
太郎と本田誠人に聞く『スプリング、
ハズ、カム-THE STAGE-』のそこん
ところ

落語家の柳家喬太郎がダブル主演を務めた映画『スプリング、ハズ、カム』が、ペテカンの舞台『スプリング、ハズ、カム-THE STAGE-』となり2017年10月13日(金)より東京の浅草九劇で上演される。主人公の肇役は、映画版に続き喬太郎が務める。脚本・演出は、映画版の共同脚本も手掛けた本田誠人(ペテカン)だ。SPICEでは喬太郎と本田にインタビューを行い、稽古場でのエピソードや舞台版の見どころを伺った。
――2017年春に公開された映画『スプリング、ハズ、カム』では、喬太郎さんの自然体の演技が評判となりました。周りの方々の反応はいかがでしたか?
喬太郎 落語家同士で、そういう話はあまりしないのですが「色んなところで泣いちゃいました」と言ってくれた弟弟子がいましたね。あと、古い映画がやたらと好きな奴からは大げさにも「成瀬巳喜男が好きなので、こういう何も起こらない映画は好きです」って。
――うれしいコメントですね!
喬太郎 あとは曲独楽の三増紋之助兄さん。「観たよー!ちょこっと出るだけかと思ったら、結構映ってたじゃん!」って言うんです。「兄さん、僕、ダブル主演ですよ?」と説明しても「なぁにダブル主演とか何とか言っちゃって!ずっと映っていただけじゃん!」と。観た後でもそんなこと言っている人たちですよ、僕の周りは(笑)。
つい出てしまう悪い癖
――通し稽古をされいましたね。仕上がり具合はいかがですか?
本田 完璧です。2週間後が初日でもまったく問題ありません。
(「2週間だと、初日をきっています」との声)
本田 そうか。じゃあ間に合ってないのか(一同:笑)。でも、いつ初日でも大丈夫というくらい順調です!
――本田さんと喬太郎さんは、ペテカンの舞台『この素晴らしき世界』(2015)、コント『諸々そこんところ3』(2016)でもご一緒されていますね。本田さんからご覧になって、役者 柳家喬太郎はいかがですか?
本田 天才ですね。
喬太郎 きっと春風亭昇太*にも同じことを言っていますよ。
本田 あぁ。いや、昇太師匠には言いませんでした(笑)
*春風亭昇太師匠は、ペテカンの舞台『ワルツ』(2014)、『諸々そこんところ3』(2016)に出演。
――演出をしていて、落語家さんと舞台の役者さんで違いを感じるポイントはありますか?
本田 台本に書かれた言葉の意味の大事なところを、しっかりかみ砕いて受け取ってくださいます。舞台の役者は、基本的に立っての動きも含めた演技をします。落語家さんにも、もちろん仕草や表情はありますが、座ったままの表現ですから「言葉で伝える」という点においては役者以上のものを感じるのかもしれません。
――喬太郎さんは、通し稽古をされてみていかがですか?
喬太郎 悪い癖が出てしまうんですよ。落語は台詞を一語一句覚えるタイプの芸ではありません。人にもよりますが「要はここで、こういう意味のことを言う」みたいな覚え方をしているんです。だから落語は、同じ演目でも日によって言い方や言葉が変わってきます。その癖がお芝居にも出てしまい、「要は、こういうことを言うこという人」という芝居になってしまっている。落語のように、ひとりでやるならいいんですが。
――共演される方はハラハラしますね(笑)。そのような時、本田さんからはどのような演出が入るのでしょうか?
喬太郎 今のところ、台詞が変わっちゃっても、本田さんのご判断の上でそのままやらせていただくことが多いです。一方で、ちょっとした同意の「ねっ」とか、何かに気づいた時の小さい「あっ」等の台詞が抜けた時に、「この『あっ』は大事です」「ここの行間は大切にしてください」等のダメ出しをいただくこともあるんです。大変勉強になります。
――台詞以外の演技はいかがですか?
喬太郎 ふっと落語の仕草が入ってしまうことがありました。たとえば肇が「手をつないで歩いたりな」と回想する場面で、落語っぽい歩く仕草が入ってしまったんです。そういったところも芝居の邪魔にならないとご判断の上で、採用してくださったりしています。
本田 映画の時は、監督さんが「喬太郎師匠が少しも落語家に見えないよう」にと意識して作っておられました。舞台は、せっかくライブなので、落語家の柳家喬太郎がどこかでちょっとだけコンニチワしそうな瞬間をお見せできると面白いかなと思っています。
新たな視点でより深く
――映画では広島出身だった肇と璃子が、今作では宮崎の延岡出身に変わるそうですね。それだけでなく、先ほど稽古されていたシーンは、映画にはないエピソードでした。
本田 映画『スプリング、ハズ、カム』では、僕は脚本は書いたものの監督はしていません。すると、映画を観るたびに「自分が監督だったら」という角度で観ることができ、舞台化のためのヒントをたくさん集めることができたんです。それを生かして、舞台版の脚本を書き下ろしました。
――映画の脚本を書き終え、舞台の脚本に着手されるまでの間に、本田さんは大きな病気を経験されましたね。そのご経験は、今作の内容に影響していますか?
本田 していますね。病気を経験し「本当に大事なものってそんなに遠くにはなくて、一番近くにあるんだ」ということを知りました。簡単な言葉にしてしまうと「家族」や「仲間」になるのですが、その一言では片づけきれない大きなもの。これは映画の脚本を書いていた時の自分にはなかった観点ですから、舞台では親子愛や東京で生きる人たちの現状を、より深く詰めて書くことができたと思っています。
『スプリング、ハズ、カム-THE STAGE-』稽古より
――ご病気を公表された時、本田さんの勇気や強さの裏に、それを支える仲間やご家族との深い信頼関係を感じました。そのような中で生まれた舞台の見どころを教えてください。
本田 映画も舞台も、主人公は地方から出てきた父親と娘です。東京という町で、娘の一人暮らしの部屋を探しながら、東京で生きる人たちと接し、ある意味で二人は成長していく。映画をご覧くださった方からは「温かくて良い人たちがたくさん出てきてホッコリした」という感想を多くいただきました。そのたびに、感想をいただきうれしいと同時に「それだけでは、ないんだよな」と感じるところもあったんです。
そこで舞台では、東京で生きる人たちの傷、そこで生きる苦しさ、葛藤といったものもちゃんと描いてみようと思いました。そこをちゃんと描くかどうかで、お父ちゃんと娘が、春の息吹を感じながら踏み出す一歩の歩幅が違ってくると思ったんです。舞台では、主人公の2人はあまり変えず、2人が出会う、周りの人たちの描き方を深くしました。
『スプリング、ハズ、カム-THE STAGE-』稽古より
僕も普通のおじさんです
――東京出身の喬太郎さんにとって、娘を持つ地方在住の父親役はいかがでしたか?
喬太郎 「役作り」という言葉はよく聞きますが、僕はやり方がわからないんですよ。落語家は、役作りをしすぎてはいけない商売です。たとえば『文七元結』なんかは10役近くが出てきて瞬間瞬間で入れ替わる。文七だけに入りすぎても、長兵衛だけに入り込みすぎてはいけない。それが染み込んでいるので、どう一人に入り込んだらいいのか……。
それでも1か月間くり返し稽古していると、たとえば璃子ちゃん役の河野ひかりちゃんが本当に自分の娘のようにも思えてくるんです。その意味では、今までに出たお芝居と比べても、役を作れている方かなと思います。
『スプリング、ハズ、カム-THE STAGE-』稽古より
本田 喬太郎師匠が、普段着のまま肇になっていくといいなと思いながら脚本を書きました。そして師匠は、まさにそのように肇という役を演じてくださっています。役作りを「していない」「わからない」とおっしゃるのは、そのまま演じることができているからというのもあるかもしれません。
喬太郎 衣装も、全部普段着ですよ。だから、ものすごい新鮮味がないんです!(笑)
――「普段着のまま」は、比喩ではなく本当に普段着ということですか?!
喬太郎 そうです。カメラ以外、靴まで全部私物。かみさんに「これ持って行っていい?」「洗ってからにして!」とか言われながら揃えました。昨日は本田さんに「師匠!今日の靴下のくたびれ加減、絶妙です!」って褒められたりもして。
本田 あの靴下はいい感じでした!
―― 今日お召しの靴下も、ぎりぎりの感が……。
喬太郎 もっとゴムのあたりがね(と、今日の靴下で説明)。
――「柳家喬太郎=庶民派」のイメージを作りつつ、実際には、こだわりの高級靴下をはいておいでかと思っていました。「最もチケットが取れない落語家」と名高い師匠なのに(笑)。
喬太郎 お客さんは僕の靴下を観にくるわけではありませんからね(笑)。芸人さんたちの中には、たしかに「お金をもらえるようになった。誰が見ているかわからねえ。少しはちゃんとしなきゃ。いいものを着よう」という価値観もあるんです。けれど僕の場合、本名の自分がそういうタイプではない。今回の稽古場で「やたら色々なウルトラマンTシャツを持っていますね」と言っていただいたものの、実は初めて出演した舞台『斎藤幸子』の頃から着ているTシャツだったりして。
――2009年の上演作品なので、8年物ですね!
喬太郎 穴さえ開いていなきゃいいと思う方なんです。肇さんもそういうタイプじゃないのかな。役の設定が、本当に普通のおじさん。柳家喬太郎も落語家という特殊な職業であることを除けは、小原正也(本名)という一個人になれば、普通のおじさんです。
――舞台本番では、和装ではなく私服の、限りなく小原正也に近い柳家喬太郎を観ることができるのですね。ちなみに今日のTシャツもウルトラマンでしょうか?
喬太郎 セブンです。3年ほど前に購入して今年初めて着ました。ウルトラセブンは、今年放送開始50周年ですからね。ちゃんと意味があるんですよ?(真顔)
上質な落語だと思っています
――最後に喬太郎さんと本田さんのお二方より、それぞれ落語ファン、演劇ファンの方に向けたお誘いのコメントをお願いします。
喬太郎 「俺は菊之丞しか聞かねぇ」という方だと話が別なので、僕の落語を好んでくださっている方に向けて(笑)。ペテカンさんのお芝居は上質な落語です。笑いが多く、登場人物たちが生き生きとしている。泣かせようとはしないけれど、ほろっとくる。これが自然な“ほろっ”なので、押しつけがましくなく、あざとくない。そしてメンバー全員に「とにかく楽しんでもらおう」という気持ちがある劇団です。これはヨイショではなく、僕ら落語家も見習うべき姿勢だと思っています。もしベテランの落語家の方のお気に障ったら申し訳ありませんが、僕は、ペテカンの舞台をとても上質な落語だと思っています。
本田 (顔を手で覆い)いやぁ……。うれしいです。ありがとうございます!
――本田さんからも一言お願いします。
本田 喬太郎師匠は落語家としてのご活躍はもちろん、今後はペテカン以外の演劇でも映像作品でも、俳優としての活躍の場を広げていかれる方だと思っています。僕の中ではすでに和製ロバートデニーロ。映画版が上映された東京国際映画祭では、外国からいらした関係者の中で「この俳優は誰だ?」「あのオジサンは誰だ?」と話題になっていたという話も聞きました。世界に羽ばたく役者になる柳家喬太郎を、ペテカンの舞台でぜひご覧ください。
――お忙しい中ありがとうございました。
喬太郎 あの。僕は豊島区で羽ばたければいいんですよ?
本田 いやいやいや。
喬太郎 せいぜい板橋、練馬、北区あたり。山手線の上半分で。
本田 いやいやいや!(一同、笑)

本田誠人が脚本・演出、柳家喬太郎と河野ひかりがダブル主演を務めるペテカンの舞台『スプリング、ハズ、カム』は、10月13日より22日まで浅草九劇にて上演。
取材・文=塚田史香
公演情報

ペテカン vol.40『スプリング、ハズ、カム THE STAGE』

■会場:浅草九劇 (東京都)
■会期:2017/10/13(金)~2017/10/22(日)
■脚本・演出:本田誠人
■出演:
柳家喬太郎/矢野陽子/広瀬咲楽(劇団ハーベスト)
大治幸雄/齋田吾朗/濱田龍司/本田誠人/羽柴真希/長峰みのり/四條久美子/添野豪/矢島緋名子/河野ひかり
帯金ゆかり/稲益礼生/末安陸
[アンサンブル]小関達也/皆上匠/比嘉麻琴/内田めぐみ/佐々木瞳子/門脇咲季/他
■公式サイト:https://www.springhascome.net/

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