若手から中堅へ、今聴くべき音があっ
た~岡本誠司リサイタルシリーズvol
.3「円熟の時」開催

岡本誠司のリサイタルシリーズvol.3”円熟の時”が2023年10月4日(水)東京・浜離宮朝日ホールで開催された。
岡本誠司のリサイタルシリーズは、2020年12月に反田恭平とブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」などを演奏したvol.0を予告編として始まり、2021年6月には、反田恭平とシューマンの「ヴァイオリン・ソナタ第1番」、ディートリヒ、シューマン、ブラームスの3人の合作である「F.A.E.ソナタ」などを共演したvol.1を開催、2021年12月のvol.2では、務川慧悟とベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第10番」、シューベルトの「幻想曲」などを弾いた。今回は、ソリストとして活躍する、ベルリン在住のピアニスト、北村朋幹を共演者に迎えて、ブラームスとシューマンの二重奏曲に取り組んだ。
ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学を経て、現在、ドイツのクロンベルク・アカデミーで研鑽を積み、ライプツィヒのバッハ国際コンクールやミュンヘン国際音楽コンクールで第1位を獲得してきた岡本にとって、ドイツ音楽、なかでも、バッハ、ベートーヴェン、シューマン、ブラームスは最も重要なレパートリーである。そしてこのシリーズで、シューマンとブラームスを中心に手掛けてきた彼にとって、今回の、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番と第3番、シューマンの「民謡風の5つの小品」とヴァイオリン・ソナタ第2番という、二人の作曲家の”円熟期”の作品を並べたプログラムは、まさに岡本誠司リサイタルシリーズのハイライトであるといえるだろう。
まずは、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番。北村は第1楽章冒頭のピアノの和音を分散和音気味に始めた。何か特別な演奏を予感させる。そしてヴァイオリンが力むことなく静かに入る。そして二人で高揚。岡本のヴァイオリンは、適度に脱力したボウイングによって、音がよく通る。二人の演奏は、特に弱音での対話が、テンションが高く、素晴らしい。二人で対話をするというよりも、お互いを聴き合っているという雰囲気だ。第2楽章では、岡本は、歌い過ぎず、ピアノと良いバランスを保つ。そして美しいカンタービレを披露した。第3楽章はヴァイオリンの温かみのある音が魅力的。
続く、ブラームスの最後のヴァイオリン・ソナタとなった第3番を、岡本は慎重な弱音で始める。強音も丁寧で決して粗くなることはない。第2楽章アダージョは、細かい表情、こまやかなニュアンス。北村も寄り添い、歌う。束の間の淡い夢のように感じられた。第4楽章では、同じ方向に進んでいく二人のエネルギーが凄い。とりわけ終盤でのピアノの強靭さが印象に残った。
演奏会の後半は、シューマンの「5つの民謡風の小品」で始まる。オリジナルは、チェロとピアノのための作品。この日は、作曲者自身がヴァイオリン用に編曲したものが演奏された。第1曲からシューマンらしいアクセントがきいていて、メリハリがある。第2曲は、二人で良いバランスを作り、穏やかに歌う。第3曲の中間部ではヴァイオリンのフラジオレットも披露された。リズミックな第5曲でも、ヴァイオリンもピアノも決して粗野になることはなく、練り上げられた演奏が繰り広げられる。
最後は、シューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番。第1楽章冒頭の和音は、衝撃的というよりは、むしろ丁寧に鳴らされたように感じられた。それでも、主部に入ると、えぐるような和音の表現も現れる。第2楽章の中間部ではヴァイオリンの音色の美しさが際立つ。第3楽章はヴァイオリンのピッツィカートが心にしみる。第4楽章では、脱力を交えたハッとするような弱音表現が印象的。ヴァイオリンとピアノが溶け合う。ベーゼンドルファーの楽器を弾いた北村は、骨太な音楽を奏でながら、音量は見事にコントロール。そして、必要なところでは、雄弁でもある。
若手から中堅に差し掛かる実力派二人の中身の濃い、充実のデュオを聴くことができた。私たちが今聴くべきものは、こういう演奏ではないだろうか。
アンコールでは、vol.4でも演奏するシューマンの「おとぎの絵本」(ヴァイオリン版)からゆっくりとした終曲を弾いた。もともとヴィオラのために書かれた楽曲を、岡本はG線を使って静かに歌う。そのうっすらと淡い音色は、夕映えを思わせ、次回へとつながる良い予告となった。
2024年6月に予定されている、vol.4は、”最後の言葉”と題して、まさにブラームスの最晩年のクラリネット・ソナタ(ヴィオラ・ソナタ)第1番と第2番をヴァイオリンで、そして、シューマンのヴァイオリン・ソナタ第3番、「おとぎの絵本」などを弾く。そして最終回である、2024年秋のvol.5では、ドイツ音楽のベースであり、聖典ともいうべき、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全曲に挑み、リサイタルシリーズを締め括る。
取材・文=山田治生 撮影=池上夢貢

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