【HANCE インタビュー】
映画監督のようなスタンスで
音楽活動をしている
デビューシングル「夜と嘘」(2020年9月発表)のMVが150万回再生を突破し、国内のみならず世界各国で注目を集めるHANCEが2ndアルバム『BLACK WINE』を完成させた。“大人のための音楽”を掲げるシンガーソングライターが不条理なこの世の中を背景に落とし込んだ楽曲たちとは? やさしさとエッジを併せ持つ深みのある音楽について訊いた。
前作がお店を作ったイメージなら
今作は家に招待したいという感覚
アルバム『BLACK WINE』はムーディーでお洒落な大人っぽさがありつつ、熱量や尖った部分もあり、ひとつの形容詞では括れない魅力を感じました。
経緯から話させてもらうと、僕は40歳を過ぎてからHANCEとして活動を始めたんですが、自分と同じぐらいの年齢の方、もしくはそれ以上の年齢の方に音楽を届けたいと思っていたんです。その理由は、昔から活躍されている同年代や上の世代のアーティストは多くても、その年代で新たにデビューする方はなかなかいなかったからなんですね。例えばファッション業界は、その年齢に応じた新しい服がシーズンごとに出るし、飲食店も若い人だけではなく、大人向けの新しいお店がオープンしますよね。ところが音楽業界でデビューするのは10代、20代に向けた方たちが中心。“大人が聴くアーティストが出てきたらいいのにな”とずっと思っていて、だったら自分がやってみたいと思ったのが、そもそもの動機なんです。実際の僕自身は小さい頃の自分とほとんど変わっていないんですが。
ちなみに何歳ぐらいから変わっていないんですか?
それこそ幼稚園だったり、小学校の頃と性格は変わっていないし、大人になっても怖いことはいっぱいあります。だから、大人向けだからと言って、きれいに整った音楽を発信しているわけではないんです。むしろ、大人だからこそ、なかなか人に言えない気持ちがあったり、経験を重ねたぶん、一歩が踏み出しづらくなったりしますよね。恋愛にしても若い頃はスパーン!と“好きです”って言えたのが、離婚していたり、子供がいるから新しい恋に踏み込んでいけないとか。複雑で入り混ざった感情が大人のリアルだと思っているので、トータルでアルバムにはいろんな要素を入れたかったというのがあります。
それは1stアルバム『between the night』(2021年5月配信)の頃から考えられていたのでしょうか?
もちろんあったのですが、1stアルバムの時は僕のことを誰も知らない状態で制作していましたので、お店作りの感覚があったんです。お店を作る時って、まずコンセプトを考えて、そこに来るお客さんは何を求めているかをトータルで考えると思うんですが、2ndアルバムはお店ではなく、自分の家に招待したい感覚でした。1stでは自分は好きだけど、お店のコンセプトに合わないと排除した要素があったんですが、今作は自分の家に招待しているので、部屋に昔のアルバムが無造作に置いてあったり、場合によってはあまり見せたくないものが押入れの中に入っていたり。2ndアルバムでは全部見せちゃえって(笑)。そういう違いはあるかもしれないですね。
となると、今作にはHANCEさんの内面や音楽観がより赤裸々に出ているんでしょうか?
おっしゃるとおりです。おそらく、最初におっしゃっていただいたことも、そこにつながると思います。
エッジや熱量を感じるという部分ですね。
僕の中のいろいろな要素を出すことによって分かりづらくなるかもしれないという不安はあったんですが、以前からいろいろな音楽を作っていて、そういう曲たちをちゃんとかたちにしたいと思ったこともHANCEを始めたきっかけなので。
“BLACK WINE”というタイトルに込めた意味合いは?
お酒が好きで、中でもワインには特別な想いがあるんです。味やフォルムもそうですが、年代で味が変わりますよね。熟成して深みを帯びていく。僕のアルバムにも1年前に作った曲もあれば20年前に作った曲もあるので、リンクしたのかもしれないです。赤ワインや白ワインなどはあっても、黒ワインは世の中に存在しないと思うんですよ。そして、“BLACK”は言葉に“男性っぽさ”や“大人の落ち着き”“ノーブル”といったイメージがあるのでつけました。先ほどおっしゃっていただいたエッジが立った部分、世の中の暗い部分も表現したかったというのもあります。
HANCEさんと言えばMVの世界観が印象的で、アルバムのタイトルも映画のようです。1曲目であり、ブラスを取り入れたインストの「BLACK WORLD」は、ジャジーでエキゾティックで喧騒が浮かぶサウンドなのですが、この曲には現在の世界を落とし込みたかったのでしょうか?
おっしゃるとおり、今の時代の空気感を音にしたかった。コロナ禍で特に感じたのですが、ワクチンを打つ人/打たない人、マスクをする人/しない人、他にもジェンダー問題や人種問題と、今の世の中にはいろいろなところで分断が生まれていると思うんです。僕自身は黒と白に分けるのではなく、歩み寄った部分に人間の知恵や美しさがあると感じているんですが、そういうことを音楽で表現したかったんです。“喧騒”と言われた部分にはギミックで人の声や政治家のスピーチなどを入れています。この曲でどう今の世界に向き合っていくのかをまず提示しています。
そこから孤独を表現した「モノクロスカイ」につながっていくと。
この曲は主人公が今の世の中でどう生きていくのか…ですね。
主人公は登場人物という意識ですか?それともご自身の心情?
完全に自分と切り離すことはできないと思うんですが、僕はミュージシャンというより映画監督に近いスタンスで活動をしているんです。
映画監督ですか?
はい。歌詞の主人公が“僕”“俺”“私”と曲によって表現が違うのは、映画の中の主人公というイメージです。短編映画をまとめたオムニバスアルバムのような感覚に近いですね。
それがMVの世界とつながっているのですか?
そうですね。MVは昔は“プロモーションビデオ”と呼ばれていましたよね。曲をプロモートするための映像だったと思うんですが、僕の一番の目的は映像を作ることなんです。曲や歌詞と合わせての総合芸術に魅力を感じているので、今作も12曲中10曲のMVを制作しています。“HANCEはどんなジャンルなんですか?”と訊かれても困るので、“シネマティックミュージック”と形容しているんですよ。ジャズとかラテンとかポップスというジャンルではなく、あくまで映像と音楽を合わせて表現していますね。
MVでもハットや傘やタバコなど小道具を効果的に取り入れていらっしゃるのでパフォーマーとしての部分を意識していらっしゃるんだなと。
そうですね。僕自身が影響を受けた人の中には映画の俳優さんもたくさんいるんですが、昭和世代のミュージシャンはドラマにも出ている方が結構多かったと思うんですね。曲以上に存在感があってキャラクターが強烈な方が多くて、そういう方たちに憧れていたからかもしれません。