Hilcrhyme

Hilcrhyme

【Hilcrhyme インタビュー】
Hilcrhymeに関して言うと、
ヒップホップではないと思っている

明るい曲を出している時は、
自分が作った曲に対して嫌悪感しかない

なるほど。分かりました。で、ここまでサブタイトルの“One Man”に関連づけて訊いてきましたが、当然“New Roadmap”も見逃せないテーマではありまして。今回、収録されている中でそれをもっとも感じさせるのは「父の心得」のリリックではないかと思ったんです。今回のベスト盤のリリックは全体的にTOCさんの人間性がそのまま出ているような印象なんですが、その中でも特に「父の心得」はいい意味で異質な感じがしました。私はヒップホップにはそんなに詳しくないので、軽く調べた限りですけど、少なくともメジャーなところでこのタイプのリリックはほぼないでしょう?

日本のヒップホップにはないかもしれないですね。海外だとありますね。いや、子供に向けて歌うっていうのはそうないかな? 親に向けて歌う曲は多いですけど、子供に向けて歌うのはあるにはあるけど、そんなに多くはない。

「父の心得」はご自身の普段の生活が反映されていると思うんですけど、こういうところまで出すというのは他にはないことだし、新しさにつながっているのではないかと思います。ご自身はどんなふうに振り返りますか?

これは『SELFISH』(2022年9月発表)というアルバムを作っている時、書くテーマがまったく見当たらなくなっちゃって“どうしよう!?”っていう時に、自分にスポットを当てて書いてみようと思ったのがきっかけです。最近思うんですけど、僕らがデビューした2009年、2010年辺りって、ラップに対しての市民権みたいなものがまだなかったんですね。ちょっとでも早口になると聴きづらいとか思われて、それが如実に“着うた®”とかの数字で出ていたんです。聴き取りやすい内容ということで、バラードになってしまったりとか。あとは、誰かに向けて歌っている歌、大切な人へ…とか、そういうのがウケたんですね。だから、正直言うと意図的に自分のことを書く場面を減らしていたというか。それはそれでいいんですけど、その感じで書くことが限界であることを感じ出して、“自分にスポット当てて書くしかないな”と思って書いたんです。最近、本当に思うのがリスナーのラップへの解釈、理解度がめちゃくちゃ高くて。若者は特にそうで、早口でも何を言っているかを聴き取ろうとするし、そこに隠されている表現もちゃんと読み取るし、何を書いても全然OKになった感じがしているんですね。だから、自分のことも書くし、それはよりリアルであればあるほどいいという。本当に変わりましたね。そういう意味では、僕が変わったっていうよりも自然とそうなった。あと、15年もやっていて、同じような曲ばっかり作っていてもおかしくなっちゃうんで(苦笑)。

それはそうだと思います。自分が感じたことをリリックに込める人たちは変わっていかないと嘘というか、変わることが当たり前だと思います。TOCさんの場合は、それこそ相方との別れも楽曲にしていますから、お子さんのことをリリックに落とし込むのも必然ではあったでしょうね。

本当はもっと早くリリースをしたいんですよ。思ったこと、あったこと、タイム感をめっちゃ早くしたいんだけど、メジャーのフォーマットだとそれは難しくて。きっと全てをラップにしたいんでしょうね、俺は(笑)。

そうですか(笑)。“New Roadmap”に関してもうひとつ言うと、もともとメロディー指向の方ではあったとは思うんですけども、この5年間はそれが強くなっているのではないかと今回聴いて思いました。一番それを感じたのは「事実愛 feat. 仲宗根泉 (HY)」。仲宗根さんの歌が入っているというのもあるんですが、TOCさんもサビでファルセットを入れているじゃないですか。今作に収録されていない最近の楽曲の中にもファルセットを使っているものがあったし、ラッパーはファルセットで歌う必要ないと私なんかは思うのですが、それが出てきているのはメロディー指向がより強まってきているからかなと思ったところです。

Hilcrhymeに関して言うと、ヒップホップではないと思っているんです。ヒップホップのつもりでやっていないというか。ただ、ヒップホップ畑で育っているから、その精神で臨んでいるんだけど、ジャンル分けをするならHilcrhymeはヒップホップにしたくないですね。ヒップホップから逸脱した存在でいたいっていうのはデビュー当時からずっと変わらず、今もそうですね。そこで言うと、Aメロ、Bメロ、Cメロと分けるというのはヒップホップの概念にはないので、Hilcrhymeはその時点で違っているし。あと、ラップにメロディーをつける作業をしていて、それがどのくらいうまくできるかが自分の中の毎回の課題なんですね。すごくうまくハマると「春夏秋冬」みたいな曲が出来上がるんですよ。それに関しては、他にうまくできている人はあまりいないですね。でも、俺はうまくできる自信があるから、そこは追求していきたいです。

デビューした時からヒップホップばかりを意識していたわけではないと。

だから、バイオグラフィーには最初から“ラップユニット”って書いてあって、ヒップホップの“ヒ”の字も出してないんです。

韻を踏んだラップは入っていますが、決してヒップホップにとらわれているわけではないと。

だから、ヒップホップの人たちに嫌われたら成功っていう感覚でいました。

その辺も武士みたいですね(笑)。

あははは。新潟のラッパーたちによく言うんですけど、“慣れ合いはやめろ!”と。“友達を作るために音楽やってるわけじゃないんだから、これでいいんだよ”みたいな話はよくしますね。

メロディーの話を続けると、10月に配信された「走れ」でもメロディー指向は強く感じたところです。しかも、同じAメロでも後半では少し抑揚を変化させていたりするわけですよ。これはもう完全にメロディー寄りの楽曲だという印象が強かったですし、印象としてはフォークやブルースなどでよく見られるトーキングスタイル…言葉がいっぱいになってくるとメロディーを若干崩して歌うスタイルがありますが、それに近いと思うんです。だから、ヒップホップ、ラップから入った人が面白いところに辿り着いたような印象はありました。

自分の武器ですね。昔ながらのJ-POPというか、日本のフォークだったり、昭和の歌謡曲だったりが本当に好きだったので、そういうメロディーのつけ方になるんだと思います。だから、大学から始めたラップともともと好きだった歌謡曲の融合がHilcrhymeですね。

もう少し「走れ」の話をさせてもらうと、このリリックのメンタリティーは、先ほど話した「Hill Climb」などと通じると思って聴かせてもらいました。《誰も居ないレース/向き合うべきは孤独と》《丘のその先へ…/終わりなき旅へ… 走れ》辺りからは、ちょっと集大成的な匂いすら感じますね。

「走れ」は集大成ですね。ピンになってからの集大成…まぁ、現時点でのですけど。

映画『尾かしら付き。』の劇中歌ということなんですけど、決してそれだけで終わっていないですよね。

劇中で主役が走ってるシーンにハメる曲だったんですけど、いい意味でこの曲の制作に関してはめっちゃ投げやりだったんですよ。主題歌の「UNIQUE」ともうひとつの劇中歌の「秘密 feat. Yue」はできていて、“3曲目か…。どうしようかな?”と思っていた時に主役が走っているこの映画のシーンを観て“あっ、“走れ”でいいじゃん!”みたいな。超適当なんですよ。でも、超適当から生まれる曲って絶対にいい曲になるんです。今までの15年間の中での代表曲がだいたいそうだったから、これは100パーセントいい曲になると最初から思っていて。そういう時はリリックもめっちゃ早く出てきて、本当にペンが走るんです。そんな曲が久々に生まれたから、「走れ」は今後もずっと歌い続けていこうと思っています。

これはとてもいい曲だと思います。で、現在、その「走れ」をタイトルにしたツアー中で、この取材の時点では前半戦が終わったところです。ざっくりとした質問で申し訳ないですけど、今回のツアーはいかがですか?

ベスト盤に合わせてセットリストを3部に分けて、現在から過去に向かっていくんですね。だから、最後は1stアルバムの曲で終わる。めっちゃ面白いですね(笑)。過去作を振り返っているのも面白いし、2枚目、3枚目のアルバムのずっと歌っていなかった曲の中には11年振りに歌う曲もあるんですけど、“こんな感じだったんだ!?”とか“やっぱいい曲だな”、“今の自分だとこういう歌い方になるんだな”とか。あと、リリック内で相方のことだったり、ダンサーだったりのことを歌っているけど、今はいないわけじゃないですか。それでも違和感なく歌えているし、お客さんも違和感なく聴いていて、特に昔を知っている人はすごい恍惚の表情で聴いているというか(笑)、非常にいいルッキングバックツアーですね。最近知った人も昔から知っている人も楽しめるいいツアーです。

オリジナルアルバムを12枚も出していると、当然やらない曲は出てくるので、そういう楽曲を披露するというのも周年ツアーならではなんでしょうね。

今回はアルバムを持って回るツアーじゃないから、セットリストが自由に決められるっていう。それがでかいですね。

そのツアーは12月24日の新潟・NIIGATA LOTSまで続き、年が明けると15周年イヤーが本格化していくわけですが、『BEST 15』の第2弾が2024年2月にリリース予定と聞いています。で、そのタイトルが“BEST 15 2014-2017 -Success & Conflict-”。2014年は日本武道館公演をやった年ですので“Success”は分かるんですけど、“Conflict”っていうのはこれまたどういうことなのかと。

“葛藤”ですね。めちゃくちゃストレスが溜まっていた時期だったんで。いや、ストレスを発散してる時期かな? ソロを始めたのが2013年だったんですけど、あれはまさに全てのフラストレーションを放出する場所だったというか。もうひとつの表現の場を作ったのが2013年で、2014年から2017年は常に“これでいいのか?”“もっとこうしたい”“こうありたい”“こう見られたい”とか、そういう葛藤が本当にめちゃくちゃありましたね。自己顕示欲なのか分からないけど、その前の5年間はデビューからの成功、そこから飛び立った時期だったけど、その頃は葛藤する暇がなかったというか(笑)。

スケジュールもタイトだったでしょうし、意気揚々とした気持ちもあったでしょうからね。

やっぱり念願のメジャーデビューに成功して、“音楽で食う”っていう絶対に叶わないと思ってた夢が叶った時期なので、とにかく浮かれていたし、有頂天だったし、何をやってもうまくいったし、もう本当に調子こきまくっていたと思う(笑)。で、2013年や2014年はそういうのがひと通り落ち着いた時期で、“これでいいのか?”という葛藤が始まったという。

ということは、『BEST 15 2014-2017 -Success & Conflict-』にもそういう楽曲が選曲されると。

もちろんです。

その頃、何度も取材させてもらいましたが、明るい楽曲もあったように記憶しています。

明るい曲を出してる時は、だいたい気持ちは暗い(苦笑)。本当にそう。明るい曲を出してる時は、“もうこういうのはいいよ”って自分が作った曲に対して嫌悪感しかないんですよ。だからこそ、『Hilcrhyme TOUR 2023「走れ」』で嫌悪感の塊だったような曲たちを久しぶりにやって“めっちゃいい曲じゃん!”と気づけていますね。

そうでしたね。前回のTOCのインタビューで、フラストレーションをソロで解消しようとしたという話をうかがったことを思い出しましたよ。では、2024年7月15日のメジャーデビュー15周年記念日に向けて現状で話せるところまで語っていただいて、今日のインタビューを締めましょうか。

大きなイベントをひとつ計画しています。まずそれを楽しみにしていてほしいのと、リリースも続くのでそれも楽しみにしていてほしいです。15年の軌跡というのはHilcrhymeにとってもそうですけど、ファンのみなさんにとっての軌跡でもあるので、それを重ね合わせて、この15周年を楽しんでほしいなと。これは『Hilcrhyme TOUR 2023「走れ」』を回っていて本当に思うことで、今回のツアーでは“僕の歌ではなく、聴いてくれているあなたの歌”っていう締め方をしてるんですが、本当にそのとおりで。自己承認欲求だったり、自己顕示欲にまみれてた時期があったんですけど、辿り着いたところは自己ではなく、聴いてくれる人だったなと。“もっと早く気づきたかったよ”ってくらい、本当に身に染みて思いますね。聴いてくれている人のために、その人の人生のために歌っているし、書いていると思うので、“Hilcrhymeは常に隣にいますよ”ということを伝えておきたいです。

15年というのはおぎゃあと生まれた子が中学校を卒業するくらいまでの歳月ですからね。

だから、その熱量というのは並大抵じゃないですよ。ファンの人に気づかされました。…なんか最後はいい話になっちゃいましたね(笑)。

取材:帆苅智之

アルバム『BEST 15 2018-2023 -One Man & New Roadmap-』2023年12月13日発売 Universal Connect
    • 【初回盤】(CD+DVD)
    • POCE-92158
    • ¥5,500(税込)
    • 【通常盤】(CD)
    • POCE-12203
    • ¥3,300(税込)

ライヴ情報

『Hilcrhyme TOUR 2023「走れ」』
10/14(土) 香川・高松festhalle
10/15(日) 大阪・なんばHatch
11/04(土) 宮城・仙台Rensa
11/11(土) 福岡・DRUM LOGOS
11/18(土) 愛知・名古屋ダイアモンドホール
12/17(日) 東京・Zepp Shinjuku(TOKYO)
12/24(土) 新潟・LOTS

Hilcrhyme プロフィール

ヒルクライム:ラップユニットとして2006年に始動。09年7月15日にシングル「純也と真菜実」でメジャーデビュー。2ndシングル「春夏秋冬」が大ヒットし、日本レコード大賞、有線大賞など各新人賞を受賞。ヒップホップというフォーマットがありながらも、その枠に収まらない音楽性で幅広い支持を集めてきた。また、叩き上げのスキルあるステージングにより動員を増やし続け、14年には初の武道館公演を完売。「大丈夫」「ルーズリーフ」「涙の種、幸せの花」「事実愛 feat. 仲宗根泉 (HY)」などヒットを飛ばし続け、24年7月15日にメジャーデビュー15周年を迎える。ライミングやストーリーテリングなど、ラッパーとしての豊かな表現力をベースに、ラップというヴォーカル形式だからこそ可能な表現を追求。ラップならではの語感の心地良さをポップミュージックのコンテクストの中で巧みに生かす手腕がHilcrhymeの真骨頂である。耳馴染みのいいメロディーと聴き取りやすい歌詞の中に高度な仕掛けを巧みに忍ばせながら、多くの人が共感できるメッセージを等身大の言葉で聴かせる。その音楽性は、2018年にラッパーのTOCのソロプロジェクトとなってからも、決して変わることなく人々を魅了している。Hilcrhyme オフィシャルHP

TOC プロフィール

ティーオーシー:HilcrhymeのMC、自身が主宰するレーベル『DRESS RECORDS』のレーベルヘッド、そして、アイウェアブランド『One Blood』のプロデューサーとして、多角的な活動を展開。Hilcrhymeとしてメジャー進出し、メジャーフィールドにもしっかりと爪痕を残し、スターダムに登っていったが、その活動に飽きたらずソロとしての活動を展開。2013年10月に1stシングル「BirthDay/Atonement」、14年11月にはソロとしての1stアルバム『IN PHASE』をリリースし、ソロとしての活躍の幅を広げていく。その後、ソロMCとしてのTOC、及び『DRESS RECORDS』がユニバーサルJとディールを結び、メジャーとして活動していくことを発表し、16年8月にメジャーデビューシングル「過呼吸」を、18年1月にメジャー第1弾アルバム『SHOWCASE』をドロップ。メジャーフィールドでポップスター/ポップグループとしての存在感とアプローチを形にしたHilcrhyme、Bボーイスタンス/ヒップホップ者としての自意識を強く押しだしたソロ。これまでに培われたふたつの動きがどう展開されていくか興味は尽きない。TOC オフィシャルHP

「走れ」MV

「十字架」MV

「あと数センチ」MV

「夢見る少女じゃいられない
〜夢見ル少年〜」

「事実愛 feat. 仲宗根泉(HY)」MV

「Lost love song【Ⅱ】」MV

OKMusic編集部

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