熊谷拓明×岡本優×八幡顕光が語る、
ダンス劇『マリーの夢』の魅惑~名作
バレエの原作童話を独創的に舞台化

世界中で愛されているチャイコフスキー三大バレエの一つ「くるみ割り人形」の原作童話が舞台化される。2023年8月19日(土)神奈川県民ホール 大ホールで催されるオープンシアター2023 ダンス劇『マリーの夢』の原作は、E.T.A.ホフマンが書いた『クルミわりとネズミの王さま』。夢と現実が行き交う、少しダークで幻想的な物語を"ダンス劇"として新たに生まれ変わらせるのが、鬼才の誉高い熊谷拓明(作・演出・振付・出演)だ。ここでは、熊谷(ネズミ役として出演)と出演者でダンスカンパニー TABATHAを主宰するダンサー/振付家の岡本優(あの日の妖精/ネズミリンクス夫人)、元新国立劇場バレエ団プリンシパルの八幡顕光(ネズミの王さま)に、"ダンス劇"の魅力や『マリーの夢』のクリエーションへの意気込みを語ってもらった。

■"ダンス劇"それはカテゴリを取り払う、独自の舞台表現
――熊谷さんは、世界最高峰のサーカスエンターテインメント集団シルク・ドゥ・ソレイユへの出演経験を持ち、帰国後は、踊る『熊谷拓明』カンパニーを主宰し、幅広い分野の公演で演出・振付するなど活躍されています。熊谷さんが追求されているのが"ダンス劇"です。「踊りと言葉に境界線を持たない」という独自のスタイルはどのようにして生まれたのですか?
熊谷拓明(以下、熊谷) 僕はシルク・ドゥ・ソレイユで踊っていましたが、そこにはクラウンや歌手もいました。海外に行く前から踊り以外も全部自分でやってしまいたいという欲がありました。帰国してからは、大きなカンパニーにいた反動で、もっと瞬発力のある活動がしたくなりました。そこで、やりたいことをやろうと考え初めてソロの作品を創ったとき、自然と歌ってしゃべっていたんですね。長い間ダンスを習ってきたことは僕に影響を及ぼしているのですが、あえてダンスと言ってしまわなくてもよいのではないかと思うようになりました。
ひと口に"ダンス劇"といっても、僕のなかではその都度変動してはいるんですね。言葉のバランスや振付のイメージはどんどん変わっているので、何が"ダンス劇"かというのは言い難いのですが、「しゃべってはいけない」「歌ってはいけない」「踊りがない方がいい」などといった規制を常に持たずに臨んでいます。出来上がってみたら台詞が一つもないということもあっていいんじゃないかなというような心持ちで創っています。
熊谷拓明(作・演出・振付・出演(ネズミ))
――"ダンス劇作家"の肩書を掲げていますが、毎回脚本を書かれるのですか?
熊谷 はい。"ダンス劇作家"だと言いはじめたのは、たぶん35歳の頃からです。9年前くらい前に言いはじめたのですが、当時は尖っていたのでしょうね(笑)。ダンサーとか振付家と名乗ると、そういうカテゴリにいなければいけないという周りからの壁みたいなものを感じていました。自分もまだ若かったので、それを力づくで取っ払うおうとして"ダンス劇作家"と言ってしまいました。ダンス劇の作家という意味ですが、今となっては劇作家の方々に申し訳ないですね。
――"ダンス劇"といっても、熊谷さんのソロもあれば、何人かが出演する作品もあります。そうしたオリジナルな舞台を続けてこられて感じる手ごたえや反応はどのようなものでしたか?
熊谷 "ダンス劇"の創り方に対して、自分で後悔や反省はその都度あります。でも、これまでに10作品創って、いまではいい意味で自分に余裕を持って創ることができるようになりました。いつか最高の作品ができるというイメージがあるというよりも、出来上がった作品をどれだけ許せて愛せる自分に成長していくかというようなことをずっとやっていた気がします。最初はいろいろと意地もあって"ダンス劇"と言い続けていました。しかし、最近では"ダンス劇"の制作の依頼もあって、喜びと責任を感じています。打ち合わせで僕以外の人が"ダンス劇"という言葉を普通に使っているのがうれしいです。数年前だったらリアルに葛藤していましたが、人間とは勝手なもので、いまではすっかり平和な気持ちになってしまいました(笑)。
岡本優(あの日の妖精/ネズミリンクス夫人)
――岡本さんは、熊谷さんの"ダンス劇"のうち『上を向いて逃げよう』(2018年)と『舐める、床。』(2020年)に出演されています。熊谷作品に参加された際の印象をお聞かせください。
岡本優(以下、岡本) もともと私は舞台上でしゃべることや、文章を覚えて自分の感覚でしゃべるのが苦手でした。でも、熊さんの『上を向いて逃げよう』に出演したときは、言葉と体が一緒になるような創り方をしている感じを受けました。バラバラじゃないので、凄く言いやすいんです。熊さんのなかで私というキャラクターを咀嚼してくださっているので、私が言いそうな言葉みたいなんです。私のしゃべり方の癖とかを知らない間に共有しているんです。踊りと一緒にやると、よりやりやすい不思議な感覚があって心地いいんですね。『舐める、床。』のときは、熊さんの身体感覚を一度経験していたので、よりスムーズに入れました。
――八幡さんは、熊谷さんの作品に出られたことはないですが、2017年に神奈川県民ホールで行われた「横浜バレエフェスティバル2017」の出演者同士であり旧知の間柄だそうですね。"ダンス劇"はご覧になっていますよね?
八幡顕光(以下、八幡) はい。熊さんは身体表現も凄いのですが、それにプラスしてしゃべっていたり、歌っていたりするのも凄くて。しかも、バレエと違って客席に近い場所でやっている作品が多く、呼吸やしぐさが直に伝わる状態なのに、それをまったく感じさせないんです。その場その時の空気も取り入れて、作品をさらに膨らませている熊さんの表現能力に感動していました。ですが、まさか自分が"ダンス劇"をやるなんて、これっぽっちも考えていませんでした。
八幡顕光(ネズミの王さま)

■新しく自由な発想による「くるみ割り人形」の世界へようこそ!
ダンス劇『マリーの夢』でネズミ役を演じる3人(左から)熊谷拓明、岡本優、八幡顕光 (宣材撮影:斎藤弥里)
――チャイコフスキー三大バレエの一つ『くるみ割り人形』の原作童話『クルミわりとネズミの王さま』上田真而子訳(岩波書店刊)を"ダンス劇"にすることになった経緯を教えてください。
熊谷 プロデューサーから「子どもも大人も誰ひとり置いてきぼりにしない舞台を」ということで声をかけられ、『クルミわりとネズミの王さま』を読んでみてくださいと言われました。読んでからやる/やらないを判断するというよりも、絶対にやってくださいという感じでしたね。それで読んでみると「"ダンス劇"に向いている」とプロデューサーに言われた理由も分かりました。バレエ『くるみ割り人形』を観るたびに、セリフがあるといいのにと思っていたそうです。物語の細部を知りたく原作を読むと、とても”おしゃべりな物語”だったので「これは“ダンス劇”にぴったりだな」と考えたそうです。ただ、自分は原作ものはやってきていなかったんです。
話は飛びますが、子どもの頃、両親が共働きで、母親から電話があって「冷蔵庫に牛肉とたまねぎとにんじんとじゃがいもがあるから、カレーを作っておいて!」と言われるのが本当に嫌いだったんですね。「食材があるから何かを作っておいてくれ」と言われる分にはいいんですが、カレーを作ることまで決められていたら、僕のクリエイティヴィティはどこに行くの?と思って。原作ものを嫌っていた理由はそれなんです(笑)。「これをやって!」と言われるのが凄く嫌だったので、依頼を受けた当初は葛藤がありました。でも、これをやると自分のオリジナル作品にも変化があるんじゃないかなという期待もありました。
ダンス劇『マリーの夢』メインビジュアル
――"ダンス劇"として熊谷流にどうアプローチするのですか? 
熊谷 今回はオープンシアターということで、普段劇場に足を運ばないお子さんも来てくれるはずです。自分が創っているソロのツアーに小学生が来てくれるのですが、大人には見えないところまで観てくれるというか、十分に理解してくれていることもあります。なので、無責任になりすぎない程度にお客さんへの信頼感をもって遊べるのが一番よいのかなと。脚本は書きあげていますが、キャストの人たちとどれぐらい自由にリハーサルをしていけるのか。自分が一人でやっているときと同じくらいの自由度をどれだけ浸透させることができるのかが最初の仕事の一つです。それぞれがクリエイターになってくれることが楽しみで、自分が書いた脚本から読み取れないような言葉がどんどん出てくるのが理想です。
(左から)熊谷拓明、岡本優、八幡顕光
――登場人物として、幼女マリー(稲葉由佳利)、マリーの家族と親交のあるドロッセルマイヤー(鴨川てんし(燐光群))、マリーの姉のルイーゼ(東出宜子)、兄のフリッツ(歌川翔太)がいて、パパ(ATSUSHI(Blue Print))、ママ(中村蓉)、クルミわり人形(風間自然)やネズミ(熊谷拓明)、あの日のピエロ(福島玖宇也)、あの日の妖精/ネズミリンクス夫人(岡本優)、ネズミの王さま(八幡顕光)も出てきます。今回は“ネズミ役の3名”にお話をうかがっているわけですが、そこも含めて熊谷さん流に工夫された点はありますか?
熊谷 原作を読んだ印象として、僕のなかでネズミが一番人間っぽかったんです。僕には落語への憧れがあります。落語って、ダメな人間が凄く輝く物語だと考えているのですが、このネズミに僕が思う人間っぽさがあるので、ネズミのキャラクターは書きやすかったですね。僕が原作から自分なりに読み解いたネズミの人間性みたいなものを出していいんだなと。キャラクターの自由度が大きいのではないかと思うので、ご覧になる方によって受け止め方が変わっていくといいですね。このネズミのキャラクターに振り幅ができてくると、マリーとか兄姉とかドロッセルマイヤーの居方にも自由度が増すのではないでしょうか。
熊谷拓明(作・演出・振付・出演(ネズミ))
――あの日のピエロ、あの日の妖精は、どのような役回りなのですか?
熊谷 ネズミもそうですが、人間には見えているのか見えていないのか分からないようなキャラクターです。大人には見えていないかもしれないので、じつはお客さんと舞台をつないでくれる存在というか、サーカスでいうとクラウンのような役割です。岡本さんも福島くんも僕の作品に何度も出てくれていますし、岡本さんにはネズミリンクス夫人もやってもらいます。
――岡本さんは、あの日の妖精とネズミリンクス夫人を演じます。台本を読んだ印象は?
岡本 あの日の妖精に関しては、台本に書かれていない部分で存在していることが多いと感じます。私は今どこにいるのかが台本だけでは分からない部分もありますがかなり重要です。人間の家族たちができないことや、ありえないことを発生させるのは、ピエロや妖精です。ネズミは観客の皆さん、とくに子どもたちにとって共感してもらえるキャラクターだと思うので、いいスパイスになればいいですね。
岡本優(あの日の妖精/ネズミリンクス夫人)
――八幡さんは、ネズミの王さまをオファーされてどう感じましたか?
八幡 ネズミの王さまというと、戦いを仕掛けてくるという悪者的なイメージを持たれるかと思うんです。でも、先ほど熊さんが言ったみたいに、人間っぽいところがあります。観る人によって、「ネズミの王さまだけど、こういう気持ちだったんだ」とか、さまざまな角度から観ることができるのではないでしょうか。七つの頭を持っているし、七変化じゃないですけれど、そういういろいろな表現につながる役どころだと感じています
熊谷 僕が台本を書きながら裏設定じゃないけれどおもしろいなと思って眺めていたのは、「あの八幡顕光ですよ!」ということ。バレエの世界でプリンシパルを踊っている人がネズミかよと(笑)。というようなところも醸し出していたらうれしいですね。登場したらすぐに愚痴るみたいな(笑)。そこから始まったら、この人にしかできないネズミなんだというのがだんだんと見えてくるはずなので楽しみです。
八幡顕光(ネズミの王さま)
――八幡さんは、バレエの『くるみ割り人形』には数多く出ておられますし、岡本さんも3歳よりクラシック・バレエを習っておられたので舞台に出たり観賞したりする機会もありましたよね。『くるみ割り人形』とダンス劇『マリーの夢』の違いに関してどう感じていますか?
八幡 バレエにも物語はありますが、全2幕のうちの2幕はディヴェルティスマン(注:筋とは関係のない余興の踊り)が続きます。『マリーの夢』では、それぞれのキャラクターの存在する意味がバレエよりも強い気がするので、そこからもお客さんに物語を伝えられるといいですね。
岡本 『マリーの夢』には、言葉のないバレエとは違って実際にしゃべることで具体的になる感じがあります。私事ですが、TABATHAでも『くるみ割り人形』をクリエーションしたことがあって、その時もラップを入れたりしてしゃべりたくなったんです。しゃべることができるのはやはり武器です。本音を言えることもあるし、その言葉は何だったんだろう?という引っ掛かりが増えます。『マリーの夢』は、新しい『くるみ割り人形』になりそうな予感がします。
(左から)熊谷拓明、岡本優、八幡顕光

■神奈川県民ホールから生まれる、イマジネーション豊かな"ダンス劇"
――台本によると、マリーはイマジネーション豊かな「心の目」を持っています。人間誰もがもともとは備えているのかもしれませんが、大人になると失われてしまうのでしょうか。そして、ダンスには、目には見えないものを想起・喚起させるような力があるかと思います。ダンス劇『マリーの夢』を通して、お客様に感じていただきたいことは何ですか?
熊谷 マリーは登場人物のなかで一番年下で、誕生してから最も日が浅い存在です。生まれて日が経っていない子どもは、一番死に近いんじゃないかと思うんです。人は死んで生まれ変わると考えると、年老いていって死がまた近づいてくる。そうすると、マリーとドロッセルマイヤーが死に近い存在かなと感じていて、その二人があいだの世代を俯瞰して見ている目線みたいなものがあります。「生まれたばかりのときがあったな」とか「もうそろそろ死ぬかもしれない」とか感じた際に、人はどう思うのかを醸し出せたら。あまり怖くならない程度に、死との近さを伝えることができたらいいなと考えています。
(左から)熊谷拓明、岡本優、八幡顕光
――2025年3月から休館する神奈川県民ホール 大ホールで行われる本番に向けて、期待する気持ちをお聞かせください。
熊谷 "ダンス劇"をたくさんの方に観ていただき「好きだ!」と言ってくださるのはうれしいのですが、一番好きなのは自分なんじゃないかなといつも思っています(笑)。「あの神奈川県民ホールでやれることができてよかったね!」とわが子に言ってあげるような気持ちが強いので、あまり自分が固くならない程度に幸せを感じながら創ろうかなと。幸せを噛みしめながらリハーサルに取り組みたいという心持ちです。
八幡 熊さんがあの広いステージをどう演出するのかが楽しみですし、さっき言っていただいたように「あの八幡顕光が!」というふうに観てくださる方に納得してもらえるように、自分も挑戦していきたいです。台詞とか歌とかもあるので、そこで自分がどれくらい向かっていけるかが作品を膨らませることにもつながります。そういう意味でも挑戦していきたいです。
岡本 自分の持っている子供心やイマジネーションを深く掘り下げていくことを常に忘れないようにしたいなと感じています。皆さんと一緒に創っていくことを楽しみながら稽古に臨み、本番を迎えたいですね。
オープンシアター2023 ダンス劇『マリーの夢』トレーラー映像【マリー編】
取材・文=高橋森彦  撮影=武田敏将

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