指揮者・冨田実里と主演・木村優里に
聞く エデュケーショナル・プログラ
ム『白鳥の湖』の魅力~新国立劇場バ
レエ団「こどものためのバレエ劇場2
023」

新国立劇場バレエ団による夏の恒例企画「こどものためのバレエ劇場2023」が、2023年7月28日(金)から7月30日(日)まで、新国立劇場 オペラパレス(東京・初台)にて上演される。「エデュケーショナル・プログラム『白鳥の湖』」と題した今回は、フルオーケストラによる生演奏やバレエを創り上げている様々な要素の紹介も加わって、ますます充実の内容となる。指揮者の冨田実里と、オデット/オディール役を演じる同団プリンシパルの木村優里に、本企画に寄せる想いを聞いた。
【動画】2023年7月こどものためのバレエ劇場2023エデュケーショナル・プログラム『白鳥の湖』告知映像|新国立劇場バレエ団
■ 総合芸術としてのバレエの魅力を 1時間にギュッと凝縮
エデュケーショナル・プログラムは、吉田都芸術監督の発案でスタートした新たな教育プロジェクトだ。進行役の俳優が客席に語りかけながら、名シーンの数々を上演。さらに振付・物語・音楽などの解説も挟まれ、総合芸術としてのバレエの魅力を楽しくコンパクトに味わえるようになっている。今回は、6月に全幕上演を終えたばかりのピーター・ライト版『白鳥の湖』を題材に、バーミンガム・ロイヤルバレエのオリジナル・プロダクション「First Steps: Swan Lake」を日本向けにアレンジして上演する。
—— エデュケーショナル・プログラム『白鳥の湖』はどのような企画でしょうか?
冨田 チーフプロデューサーの言葉を借りるなら「10年後のお客様を育てる」ための教育プログラムです。大きくなった時にまた観に行きたいと思ってもらえるよう、子どもたちでも楽しめることを大切にしています。
バレエの代名詞とも言える『白鳥の湖』は、全幕上演だと休憩含めて3時間程の作品ですが、今回は見どころや解説などをギュッと1時間程にまとめています。小さなお子様に限らず、『白鳥の湖』を何度もご覧になっている方にも新たな側面を知っていただける公演になるのではないでしょうか。
数年前バーミンガム・ロイヤルバレエへ客演指揮に行った際に、本企画の元となった「First Steps」のプログラムを観客として拝見しました。その時の演目は『コッペリア』だったのですが、良い意味でラフな雰囲気といいますか、お客様が硬くならず本当に自然に楽しんでいたことが印象的でした。子どもたちがわーっと騒いでいる中で、あっという間に演奏が始まって、MCが皆をどんどんバレエの世界に引き込んでいく。このような試みを日本のお客様にもお届けできることを、とても楽しみにしています。
木村 台本をいただいてまず感動したのが、キャラクターに親近感がわくような作りになっていたことです。『白鳥の湖』というと、どうしても遠い世界のおとぎ話に感じてしまうかもしれないのですが、今回の公演には王子の心境に共感できるような仕掛けなどがたくさん組み込まれています。その他にもマイムの体験や照明の体験など、楽しい要素が色々詰まっていて、次に全幕上演を見た時により深く作品の魅力を味わっていただけるような内容になっていると思います。
そして進行役の俳優さんだけでなくダンサーにも台詞があり、特に王子役はハードです! 私自身も踊りながら言葉で説明する部分があって、どのように見せていけるかドキドキしています。
冨田 毎年夏に行っている「こどものためのバレエ劇場」ですが、今回はオーケストラが入るのが大きなポイントです。バレエ音楽がいかに舞台上の出来事と混ざり合いながらひとつの世界を作っているのか、体感していただけるのではないかと思います。それぞれの専門家たちが一カ所に集まって創り上げる総合芸術である点にもぜひご注目いただきたいです。
冨田実里
■ 『白鳥の湖』という永遠の課題
『白鳥の湖』は、悪魔の呪いで白鳥に姿を変えられたオデット姫とジークフリート王子の恋を描いた、古典バレエの傑作である。白鳥オデットと黒鳥オディールという対照的な2役をひとりのダンサーが踊り分ける演出も大きな見どころとなっている。今回のエデュケーショナル・プログラムでは、第3幕の華やかな宮廷の場面を中心に上演する。そしてバーミンガム・オリジナル版には入っていない黒鳥オディールのグラン・フェッテ・アン・トゥールナン32回転も、今回の新国立劇場版では見られる予定とのことだ。
—— 今のおふたりにとって『白鳥の湖』はどのような作品ですか?
冨田 「この音楽ってこんなに素敵だったんだ」「この場面はこう思っていたけれど、こうだったのかもしれない」と、回数を重ねるなかで多角的に眺められるようになってきました。全幕上演を終えたばかりの今改めて、やればやるほど面白く、また難しくもある作品だと感じています。
木村 「どうして王子は白鳥と黒鳥を間違えてしまったのか」「本当の愛とはどういうことなのか」といった哲学的な深い問いが含まれていて、踊れば踊るほど新しい気づきがあって……いつか辿り着きたい永遠の課題ですね。
思い出はたくさんありますが、前回オデット/オディール役を踊らせていただいた時に特に印象に残ったのは、第4幕のパ・ド・ドゥです。オデットが王子を赦す場面は、バージョンによってはパ・ド・ドゥとして表現されないこともあるのですが、現在新国立劇場バレエ団で上演しているピーター・ライト版では、このパ・ド・ドゥを通して赦しの過程が丁寧に描かれており、自分の中で初めて納得がいきました。
—— 子どもの頃は『白鳥の湖』をどのようにご覧になっていましたか?
冨田 有吉京子さんのバレエ漫画『SWAN―白鳥―』が好きだったので、全幕上演を初めて見た時には「あ、これか!」と単純にすごく楽しかったですね。黒鳥の32回転グラン・フェッテなども漫画を通して知っていたので。
その後、指揮者になりたくて勉強している時に、自分の先生の代わりに『白鳥の湖』のオーケストラリハーサルを振ったことがありました。それがたぶん人生で2回目か3回目くらいのオーケストラの指揮で……苦い思い出と甘酸っぱい思い出と、いわば自分の指揮者としての歩みと常に共にある作品です。
木村 私は子どもの頃、身体全体を使って「白鳥」という生き物を表現することに衝撃を受けました。腕のラインが白鳥の羽や首に見えたり、水面に降り立つ感じや羽の質感までもが動きから感じ取れたりすることが驚きだったのです。
また白鳥と黒鳥という2役、しかも人間ではないキャラクターをひとりのダンサーが演じるのは、技術の面でも表現の面でもとても難しく、踊れる人が本当に限られているのだろうなと、憧れと共に思っていました。
木村優里
■ ダンサーとオーケストラが 一体となって生み出す
—— バレエを指揮することの醍醐味はなんでしょうか?
冨田 「見える音楽」と「聴こえるバレエ」の共存が、私が最も素敵だと思う魅力のひとつです。ダンサーの方々が「こういう音が欲しい」と目の前で見せてくださることは、自分の音楽性を広げるにあたって素晴らしいインスピレーション源になります。
また優れたバレエ作品というのは、譜面を見ていても情景や心情が浮かぶんですよね。「チャイコフスキー先生、こんな作品を書いてくれてありがとう」と過去の作曲家に対して畏敬の念を覚えます。そのような譜面から得たエネルギーを音に反映させていくことも、私たち指揮者の仕事です。先人の取り組みを学びながら、音楽を通して何ができるか試していける環境なので、とても楽しくやりがいがありますね。
木村 生の舞台には、その日ごとに創り出される全体を通しての流れがあります。ダンサーのコンディションによっても変わりますが、私は音楽がその大きな流れを紡ぎ出してくださっていると感じています。お互いの呼吸が合って、音楽と踊りの間に良い化学反応が生まれた時は嬉しいです。
—— バレエでは台詞の代わりにマイムで物語や感情を表現しますが、今回の公演にはマイムの解説も入っているそうですね。
木村 バレエの中でマイムはコミュニケーションの手段ですが、今回上演するピーター・ライト版は特に演劇的で、物語を伝えることが重視されています。本当に会話をしているようなマイムなんですよね。
マイムは決して手振りではなく結構激しい全身運動で(笑)、心と身体が本当にひとつになっていないと伝わることも伝わりません。たとえば男性が何か言いかけたところに、女性が『でも……』とマイムで制する場面があるのですが、手を出すタイミングひとつで伝わり方が全く変わってしまう難しさを痛感しています。まだまだ勉強中なので、もっと深めていきたいです。
冨田 マイムは意味がわかると楽しいですし、タイミングやスピード、間の取り方などがダンサーによって違うのも面白いですよね。指揮者としては、音楽の流れを守りながらマイムの流れを理解している面があり、音をマイムに合わせることはあまりしていません。でも「早いとマイムが入らない!」とダンサーから言われることもあります(笑)。マイムの大切さについて理解を深めていかなければと思う一方で、作品全体の流れを考えるとやはりメリハリをつけていく必要もあり、おそらくどの指揮者も工夫しながらバランスを探っているのではないでしょうか。
—— 作品づくりに取り組む時に、大切にされていることはありますか?
冨田 私の場合は、古いものから順番に物事を考えて整理することを心がけています。『白鳥の湖』も、バージョンによって曲順もテンポも異なります。様々にある中でどこが源泉にあたるのか、そこから派生して今に至るまでにどのような変化や発展を遂げたのか、理解を深められるよう努めています。
木村 私たちダンサーは、目的があって振付ができていることを一番に理解しないといけません。ひとつ手を出すにも足を出すにも目的があるということを、常に忘れないように。吉田芸術監督もこの点を重視していて、「どうしてそうなったの?」と問いを投げかけながら、色々なアドバイスをしてくださいます。
冨田 先日の全幕上演でもご一緒した指揮者のポール・マーフィーさんに、同じ作品に取り組み続けるモチベーションをどのように保っているのかお聞きしたところ、「いつもちょっと新しいことをやろうと思っている」とおっしゃっていました。「マンネリ化しないよう、何か違うことにトライしようとする姿勢を忘れないでいる」と。とてもしっくりくるお返事でしたね。
■ 等身大の感性で リラックスして楽しんで
—— 公演を楽しみにしている子どもたちにメッセージをお願いします。
冨田 楽しかったら笑ってほしいし、悲しかったら泣いてほしいし、情感豊かに自分の感性で見てほしいと思っています。「ここはこう思わなくてはいけない」などということは全くありません。ちょっと騒いでも大丈夫な明るい雰囲気になっているはずなので、ぜひ自然な反応でお楽しみいただきたいです。
「あの有名なメロディを演奏しているのはどの楽器?」とか「メロディのパートだけ聴いてみよう」といった紹介もあって、音楽にもより興味を持っていただける公演になっています。
木村 どんなところが心に刺さるのか、どんな風に反応してくれるのか、今からとても楽しみです。以前「こどものためのバレエ劇場」で『しらゆき姫』をやらせていただいた時には、物語に没頭した客席の子どもたちから「しらゆきひめー!」と声援をいただいたこともありました。また、会場のお手紙コーナーに寄せられた手書きのお手紙を全部読ませていただいたのですが、視点も感性もそれぞれ違って、誰ひとりとして同じではないんです。単純に嬉しかっただけでなく、エネルギーと刺激をいただきました。今回の公演も、その時にしか感じられない等身大の感性でぜひ見ていただきたいと願っています。
エデュケーショナル・プログラムは、2022年2月に第1弾の実施を予定していたが、新型コロナの影響でやむなく全公演中止になった。今回ついに満を侍してのお披露目となる。舞台美術・衣裳・照明等の演出効果に至るまで、全て本公演と同じものを使用し、「本物」であることに徹底的にこだわる。さらにホワイエでは衣裳展示も予定されており、スパンコールや刺繍がちりばめられ、細部まで美しい実際の舞台衣裳を間近で見られる貴重な機会になりそうだ。生の舞台の醍醐味を全身で体験できる、バレエ鑑賞入門にはぴったりのプログラム。子どもだけでなく大人も楽しめる特別な公演になるに違いない。
取材・文=呉宮百合香

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