歌舞伎座の新春公演『壽 初春大歌舞
伎』第一部・第三部観劇レポート~黙
阿弥の名作と祝祭感溢れる舞踊で春を
寿ぐ

2023年1月2日(月・祝)、『壽 初春大歌舞伎』が開幕した。会場の歌舞伎座には、着物の来場者も多く、劇場正面には積樽、大間(ロビー)にもたくさんのお正月の飾りがあり、開演前から賑わっていた。1日三部制の公演のうち、第一部と第三部の模様をレポートする。
■第一部 11時開演
『卯春歌舞伎草紙(うどしのはる かぶきぞうし)』
第一部『卯春歌舞伎草紙』(左より)出雲の阿国=中村七之助、名古屋山三=市川猿之助 /(c)松竹
新年の序幕は、祝祭感溢れる舞踊で飾られる。かぶき踊りでスターとなった出雲の阿国(中村七之助)が、名古屋山三(市川猿之助)と一座を連れて、故郷に帰ってくるという。桜が咲く村で、皆は一緒に踊る稽古中だ。若衆の佐渡嶋の左源太(片岡愛之助)と右源太(中村勘九郎)が花道からやってくると、若々しくしなやかに踊ってみせる。客席の拍手と村人の後押しで、さらに本舞台で扇を使った踊りも披露した。まもなく村長(市川寿猿)が皆を呼びに来ると、愛之助を先頭に、皆で花道へ。明るい拍手が鳴りやまなかった。現役最高齢の歌舞伎俳優、92歳の寿猿のひっ込みも、大いに客席を盛り上げた。

第一部『卯春歌舞伎草紙』(前方左より)壱太郎、鷹之資、青虎、玉太郎、勘九郎、猿之助、七之助、愛之助、千之助、猿弥、門之助、虎之介、(後方左より)染五郎、笑三郎、中村福之助、廣太郎、男寅、笑也、鶴松 /(c)松竹
場面は、阿国と山三の待つ場所へ。ふたりは大きな拍手を浴びながら、セリ上がりで登場。阿国は華やかで凛と美しく、一座を率いるオーラを感じさせた。山三は、うららかな春風をまとったような美しさ。花道に並んだ女歌舞伎の役者の合間を、桜の花びらのように舞い、通り抜けていた。クライマックスは目移りが止まらない。どれほどの目移りかというと、猿之助と七之助、愛之助や勘九郎に加え、市川門之助、中村壱太郎、市川男寅、片岡千之助、中村玉太郎、市川笑也、市川笑三郎の女歌舞伎、大谷廣太郎、中村福之助、中村虎之介、中村鷹之資、市川染五郎、中村鶴松の若衆に、猿弥と市川青虎の男歌舞伎。筋書によれば、さらに20人弱の俳優が総出演する。舞台も客席もひとつになり、新年の歌舞伎座の開幕を祝った。

『弁天娘女男白浪(べんてんむすめ めおのしらなみ)』
二幕目は、河竹黙阿弥の名作『弁天娘女男白浪』。湘南エリアで幅を利かせるアウトロー5人組「白浪五人男」のうち、最若手の弁天小僧菊之助を愛之助が、兄貴分の南郷力丸を勘九郎がつとめる。舞台は、鎌倉にある浜松屋という呉服店。弁天小僧は“結婚を控えたお嬢さん”、南郷は“お嬢さんのお供”のふりをして、浜松屋を騙し、ゆする作戦だ。
第一部『弁天娘女男白浪』(左より)南郷力丸=中村勘九郎、浜松屋伜宗之助=中村歌之助、浜松屋幸兵衛=中村東蔵、弁天小僧菊之助=片岡愛之助、日本駄右衛門=中村芝翫_31S1508 /(c)松竹
愛之助は、歌舞伎座では初めてこの役をつとめる。立役で活躍する愛之助だが、花道から登場した瞬間は、美麗なお嬢さんそのもの。「弁天小僧の前に、女方さんが出てくるお芝居だったっけ?」と一瞬ぼんやりしてしまった。勘九郎の南郷は、そのまま侍になってもおかしくないキリっとしたお供ぶり。浜松屋の番頭(片岡松之助)に「中村勘九郎」の名前を出された時は、「あのような真面目な役者は大嫌いじゃ」と変化球の自画自賛で楽しませた。中村東蔵の浜松屋幸兵衛、中村又五郎の鳶頭の清次、中村歌之助の伜宗之助や手代たちが、生き生きと明るく芝居を支える。さらに白浪五人男のリーダー・日本駄右衛門を、中村芝翫がつとめる。弁天小僧が素性を明かしはじめると、先ほどまでの娘さんがやんちゃな若衆に。南郷も、一転して粗野な雰囲気に。がらりと様子が変わり、客席では子どもが笑う声も聞こえた。名台詞が「知らざあ言って」とはじまると、まってました! の大向うがかかった。肚をくくった弁天小僧は、お嬢さんに化けていた時とは違う色気をもった、マイルドな不良少年だった。
第一部『弁天娘女男白浪』(左より)日本駄右衛門=中村芝翫、南郷力丸=中村勘九郎、赤星十三郎=中村七之助、忠信利平=市川猿之助、弁天小僧菊之助=片岡愛之助 /(c)松竹
第二場では、猿之助の忠信利平、七之助の赤星十三郎も加わり、稲瀬川の堤で5人が揃う。お揃いの傘を手に、順に名乗りをあげる「つらね」では、日本駄右衛門の渋みと凄みが印象的だった。2023年は、作者・河竹黙阿弥の没後130年の節目の年。七五調の台詞の心地よさを味わえる代表作『弁天娘女男白浪』は、追手に囲まれた5人の散る間際の桜のような華やかさで結ばれた。
高麗屋三代が揃う舞踊劇『壽恵方曽我』、坂東彌十郎主演『人間万事金世中』が上演される第二部は、SPICEの別記事(https://spice.eplus.jp/articles/313125)にてレポートしている。
■第三部 17時45分開演
『花街模様薊色縫 十六夜清心(さともよう あざみのいろぬい いざよいせいしん)』
『十六夜清心(いざよいせいしん)』の名前で知られる本作で、松本幸四郎が清心を、七之助が十六夜を、どちらも初役でつとめる。物語は、夜の稲瀬川。鎌倉にある極楽寺の所化だった清心が、深い仲になった遊女十六夜と心中を決意する場面からはじまる。
十六夜は、清心に一目会いたくて、大磯の廓を抜け出してくる。花道で倒れ込み、ふり返った時の横顔が美しかった。そこを偶然通りかかる清心。女犯の罪で寺を追放され、髪もすっかり伸びている。十六夜のお腹には清心の子がいると知り、ふたりは未来を諦める。幸四郎と七之助は、踊りにもお芝居にもみえる詩的な身のこなし。さらに清元の語りに彩られて、陰鬱なはずの場面が、現実離れした美しさで淡く輝きだす。しかし、意を決した清心が顔を覆ったとき、その仕草や呼吸はきわめて写実的だった。その瞬間から清心に人間味を感じはじめた。その後の心境の変化をいっそう面白く感じられた。
本作は、心中からはじまるお芝居だ。序盤は、暗い川端でふたりが悲しみにくれるばかり。決してハッピーニューイヤー! という空気ではない。そのような演目を、なぜお正月興行に? と疑問だった。しかし通し狂言として上演される今月は、清心があらぬ方向へ心機一転し、ふたりが再び巡りあってからのことも描かれる。すると作品のイメージが大きく変わってくる。
第三部『十六夜清心』(左より)扇屋抱え十六夜後におさよ=中村七之助、俳諧師白蓮実は大寺正兵衛=中村梅玉、極楽寺所化清心後に鬼薊の清吉=松本幸四郎 /(c)松竹
壱太郎の求女は、清心を覆っていた暗い影を、代わりに引き受けてしまったかのように消えてしまう。中村梅玉の白蓮は、常識的な文化人のようでありながら、よろけた十六夜を抱きとめた時のリアクションに、たまらない色気と悪さを光らせた。市川高麗蔵の本妻お藤の温かみが、後半の清心改め鬼薊の清吉と十六夜改め女房おさよの奔放さを際立てる。清心と十六夜はあんなに美しかったのに、死ぬしかないと言っていたのに、生きのびて出会い、堕ちるところまで堕ち、パワフルな夫婦になっていた。大詰「白蓮本宅」の場では、人間はこんな風にも輝けるのかと驚かされ、痛快さに笑った。
歌舞伎座の1月公演『壽初春大歌舞伎』は、2023年1月2日(月・休)から27日(金)までの上演。
取材・文=塚田史香

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