"心で踊る"谷桃子バレエ団が贈る、古
典名作ラブ・コメディ『ドン・キホー
テ』~芸術監督・髙部尚子に聞く

谷桃子バレエ団新春公演『ドン・キホーテ』が2023年1月14日(土)~15日(日)東京文化会館で上演される。『ドン・キホーテ』の舞台はスペイン。若い男女のキトリとバジルの恋物語に、ドン・キホーテと侍従のサンチョ・パンサのロマンあふれる旅が絡む。古典全幕バレエのなかでも屈指の明るくコミカルな快作の全幕日本初演を果たしたのが、戦後名バレリーナとして一世を風靡した谷桃子(1921‐2015)が創設した谷桃子バレエ団(1949年設立)にほかならない。谷の薫陶を受け、21世紀の新たな谷桃子バレエ団をリードしている芸術監督の髙部尚子に、『ドン・キホーテ』への思いやバレエ団の展望、芸術監督として目指すところを聞いた。

■『ドン・キホーテ』を全幕日本初演した名門の矜持
――谷桃子バレエ団は1965年に『ドン・キホーテ』(音楽:ミンクス)全幕日本初演を果たしました。プティパ/ゴルスキー版をS・メッセレルが構成・振付指導し、谷桃子先生が振付しました。その後も再演を続け、日本バレエ協会の都民芸術フェスティバルでも長らく谷先生のバージョンが上演されてきました。初演の頃のエピソードを伝え聞いていますか?
初演の時はボリショイ・バレエの振付を基にメッセレル先生が振付し、細かいところを谷先生がやられたそうです。皆さんで創り上げた時には繊細な振付に仕上がった。妹尾河童さんが最初に美術デザインを描いた時は、太い線の印象的な装置だったんですけれど、河童さんが舞台稽古を見て「失敗した」と思われ、再演時にやり直したいとおっしゃったときに、谷先生も同じように感じておられたようで、河童さん特有の細かい線に代わったそうです。
『ドン・キホーテ』谷桃子&小林恭
――谷桃子バレエ団の『ドン・キホーテ』にはジュニア時代から出ていますね?
最初にお小姓を、そのあとキューピッドをやっています。主役のキトリを初めて踊ったのは1993年です。憧れの役でした。私のキャラクターに関していえば村娘系で、谷先生にもそう言われていました。だから『白鳥の湖』のオディール(黒鳥)とか『ドン・キホーテ』のキトリとか強いキャラクターに憧れていました。ダンサーは、自分にはないものを求めるんですね。主役に関しては『リゼット』『ジゼル』をやって、『白鳥の湖』を踊って、『令嬢ジュリー』を演じて、ようやく『ドン・キホーテ』のキトリでした。だから本当にうれしかったですね!
――谷桃子先生から『ドン・キホーテ』を踊るに際し、どのような指導を受けましたか?
『ジゼル』の時は「元気に踊り過ぎる!」と言われたりはしましたけれど、キトリに関してはあまり注意されませんでした。『白鳥の湖』『ジゼル』『リゼット』に比べると、割りと私に任せてくれました。でも谷先生が私の前で役のポーズを見せてくださったことは覚えています。
『ドン・キホーテ』髙部尚子
――当時『ドン・キホーテ』といえばミハイル・バリシニコフがバジルを踊り超絶技巧で魅せたアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の映像が流布していたかと思います。そうしたなかで初演以来受け継がれる谷桃子版は、ドラマをしっかりと魅せますね。
ABTの舞台はキトリとバジルの印象が強くて、「ドン・キホーテはどこに?」みたいな感じですね(笑)。今回新たに洗い直していても感じますが、谷桃子バレエ団の舞台はドン・キホーテを軸に物語が回っています。主役はドン・キホーテ。そこは今回も大事にしています。
――『ドン・キホーテ』の舞台で踊られた際の気持ちはいかがでしたか?
底抜けに明るく、暗いところは微塵もないので楽しい時間ですよね。でも、そこに技術が備わっていないと楽しくない。なので、かなりレッスンしましたね。自分がいかにリハーサルの時間を楽しく過ごせるかというのに時間を注ぎました。初めて踊った時は体も元気ですし、回転することも楽しかった。子どもの頃、尾本安代先生と石井潤先生がキトリとバジルを楽しそうに踊られていて、私もいつか踊りたいなという気持ちが脈々と残っていました。
『ドン・キホーテ』髙部尚子&樫野隆幸

■長年の伝統を基に、新たな舞台を
――このたび改訂振付・再演出・指導されますが。どこをポイントにするのですか?
数カ所改訂します。まずエピローグを変えます。最後に馬に乗ったドン・キホーテとサンチョ・パンサが紗幕の前を横切っていく演出があったのですが、今回は二人が皆に見送られて幕となります。紗幕の前なのでオーケストラピットに近くて危険ですし、照明が強くて馬が怖がって歩けなくなっちゃうんですよ。なので思い切って出すのを止めようかと。
また、第1幕に出てくる鶏ですが、意外に動かないので、本物だと思ってもらえないこともありました(笑)。そこで鶏も出さず、他の演出にもあるようにサンチョ・パンサが魚を振り回すという振付にします。
それから谷桃子バレエ団の舞台では、第3幕でキトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥが踊られるのは公爵の館という設定です。公爵が一芝居打ち、ドン・キホーテとバジルが決闘する。そこでドン・キホーテが負けることによって、彼が恋するドルシネア姫=キトリをあきらめ、キトリとバジルが結婚するという形にもっていく。そこが非常に分かり難いのですが、それが谷桃子バレエ団の伝統です。他の版でやっているように街の場で結婚式というのも違う。そこで、今回は話の筋としては腑に落ちるように改訂しているので、そこが通じるように鋭意リハーサル中です。
谷桃子バレエ団新春公演『ドン・キホーテ』チラシ
――今回の『ドン・キホーテ』上演を通してバレエ団をどのように導いていこうと思いますか?
2021年夏の日原永美子の『オセロー』、2022年1月の新春公演『ジゼル』、8月の『レ・ミゼラブル』という流れは、文学性が深く、物語性が高い作品群です。私たちのバレエ団が他と差別化を図るのであれば、"演劇的集団"であることです。踊りはもちろんですが、それに加えて、役柄表現、役を生きるということを皆にやってもらって、谷桃子バレエ団の特徴・特色を分かってほしかったんです。
その点『ドン・キホーテ』では、個々の技術力を高めてほしい。技術を上げて、そこからそれぞれのキャラクターを出してほしいですね。「それぞれが主役になったつもりで、各場面で目立ってください」と話しました。古典バレエですがラブ・コメディなので、お客様に「バレエってこんなに楽しいんだね!」と思ってもらえる方向にもっていくことを着地点にしたいです。
『ドン・キホーテ』バルセロナの広場
――配役について伺います。バーミンガム・ロイヤル・バレエ プリンシパルの平田桃子さんをキトリ役に迎えるのが大きな話題です(1月14日)。また期待の新人である森脇崇行さんをバジル役に抜擢しました(1月15日)。ドン・キホーテの小林貫太さん(ゲスト)は全幕日本初演時にバジル役を踊られた小林恭さんのご子息ですね。サンチョ・パンサの岩上純さん(ゲスト)は近年まで谷桃子バレエ団に所属していましたが客演します。
平田さんは谷桃子バレエ団の古典全幕で初めて海外からゲストにお呼びします。平田さんは品のある踊りをされるので、谷先生もご覧になったらお気に召すのでははないかと。映像で『ドン・キホーテ』を拝見しましたが、キトリでも気品がありました。
森脇くんには技術力があります。回転は今いるバレエ団の誰よりも凄いですし、アンディオールがしっかりしています。一生懸命やっていますが、フレッシュではつらつとしていますね。
小林さんは『ジゼル』、『レ・ミゼラブル』に続き3回目の出演です。お父様が出ていらした時に観に来られていたそうですが「まさか僕が頼まれるとは思ってみませんでした」と。背が高く、品もあるんですね。岩上さんは退団されていますが、初演時に演じられた齊藤彰先生のサンチョ・パンサを引き継いでいるのは彼です。今、岩上さんに新世代へ継承していただき、今後は彼らができるようになれば。
『ドン・キホーテ』狂言自殺の場面 三木雄馬

■"心で踊る"という理念、その真の意味とは
――髙部さんは2017年に芸術監督に就任され、このところ"心で踊る"を理念にしています。その真意をあらためてお聞かせください。
理念として掲げることについて、私のなかで迷いもあったんですね。「言うは易し、行うは難し」なので、軽く見えてしまわないかなと心配が少しあったんです。でも、今の時代、ちゃんと言葉で説明しないとお客様には何も伝わらないし、思い切って掲げました。
元をたどれば谷先生が技術的なことに目を向けがちなダンサーに対してかけた言葉なんです。「そうじゃないのよ、心で踊りなさい」と。それか最初なんですね。谷先生は「レッスンでは体のことを考えなさい。でも、リハーサルになったら逆です。動き出すのは心ですよ」と。リハーサルになった時に型から入るのでは物語にならないので、まず役の心の表現の部分をやってから自分の型をにじみ出していく。それが"心で踊る"ということなんです。そのためにもレッスンをして体を作っておかないと、楽しくはなれないし、演技もできない。だからダンサーたちに「レッスンをしてね!」と言っています。
『ドン・キホーテ』佐藤麻利香&齊藤拓
――"心で踊る"を提唱してから変わってきた点はありますか?
ダンサーでいえば今井智也くんですね。彼が成熟してきた時期と重なりますが、心からリハーサルをやっているのでお手本になっていると思います。谷先生が最後に教えた弟子ですから、先生の姿を見て言葉も聴いているので、本人はそこを分かっている。この1年、ダンサーとして凄く成長したんじゃないかな。今井くんがみんなを引っ張ってくれているのは喜ばしいです。
――少し先になりますが、2023年8月25日(金)~27日(日)に「日生劇場ファミリーフェスティヴァル2023」で『くるみ割り人形』を上演することが発表されています。日生劇場開場60周年記念公演の一環です。こちらも注目されていますね。
『くるみ割り人形』を選んだのは日生劇場さんのご要望でもあります。日生劇場初の子役オーディションをすることになりました。親子連れの方がご覧になるので、観に来てくれている子どもたちがこの舞台に出たいと思ってもらえるような舞台にできたら。日生劇場さんの思いもありますし、谷桃子バレエ団も2022年5月の『眠れる森の美女』に続けて子役出演者を広く公募するTMBドリームプロジェクトをやっているので、渡りに船でした。
【2023年新春公演】ドン・キホーテ 全幕!痛快ラブコメディ♡ チケット完売間近 !!!
――谷桃子バレエ団は2024年に創立75周年を迎えます。今後の展望、芸術監督としての使命をこう考えていますか?
主役をできるダンサーを育てたいですね。今年森脇くんが入ってきました。今井くんや三木雄馬くんが森脇くんを育てるといってくれているので、彼をどうやって主役ダンサーにしていくか。それから女性主役を育てるのは私がやるべきことだと思います。若くて有望な子に「谷のオーディションを受けたい!」と言ってもらえるようなバレエ団にするのが私の使命です。だから日生劇場さんが大事な60周年記念公演に我々を選んでくださったことは大変光栄です。
それからチケットがなかなか取れないようなバレエ団にしたい。そのためには、少しエンターテインメントに寄った作品を創ることを計画しています。古典をベースに、多くのお客様がバレエに目を向けて観に来てくださる作品創りを考えています。あと演劇的な作品をやっていく上で、普段演劇をご覧になっているお客様に来ていただけるような方向性を考えています。言葉を発しない演劇だと思ってお越しいただきたいですね。
取材・文=高橋森彦

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