Living Art × Digital Art『鏡/Mir
oirs』のコンビ、福井真菜、岩田渉が
新企画の室内楽シリーズ『ユグドラシ
ル YGGDRASILL』を語る

2021年秋、長野県の八ヶ岳の麓、茅野市にある茅野市民館で『鏡/Miroirs』が上演された。ラヴェルによる組曲「鏡」が作曲から100年を迎えたのを記念し、創作された作品だ。「Living Art ✕ Digital Art」をテーマにした本作は、ピアニストの福井真菜、ダンサーの平山素子、間宮佳蓮がパフォーマンスを披露するのだが、その空間はラヴェルの「鏡」の楽譜におかれた一つひとつの音符をヴィジョンとして読み解き、ヴィジュアルプログラミングによって視覚化され、8Kプロジェクションと立体音響を駆使して表現された映像と音に包まれていた(説明してもわからないのすぐ下の動画を見て!)。実はこの『鏡/Miroirs』は映像作品としてフランス・カンヌやLA・ベニスのアートフィルムフェスティバルなど、8つの映画祭でオフィシャル・セレクションに選出され、ベストアートフィルムや審査員特別賞など、複数の受賞を果たしている。その原作・原案を担当した福井真菜、音楽家の岩田渉が次なるチャレンジとして、室内楽シリーズ『ユグドラシル YGGDRASILL』をスタートする。茅野市民館コンサートホールの舞台上に世界樹が生き生きと存在し、さまざまな顔合わせによる室内楽が繰り広げられる。
『鏡/Miroirs』
−−まずお二人の自己紹介からお願いします。
福井 ピアニストです、たぶん(笑)。私は高校も大学も桐朋学園で、大学を卒業してフランスに留学し、そのままフランスで教鞭をとりながら演奏活動をしておりました。2015年に日本に戻ってきて演奏活動をしています。
岩田 私は作曲がメインなんですけれども、自身のアルバムリリースをはじめ、映像作品や広告への楽曲提供、サウンド・インスタレーションやデジタルアートの展示、『鏡/Miroirs』では芸術監督を務めました。今回は主催代表兼アートディレクターとして全体のヴィジュアルを担当します。
福井 私たちは山梨県の清里を拠点としていろいろな活動をしております。清里に暮らしているのは、気兼ねなく音を出せる空間を望んで、そしてやはり自然の中で生活したいという思いがあったからなんです。
−−『ユグドラシル』というシリーズが、舞台美術として木を設置すると知って取材に伺ったわけですが、その自然の中で暮らしたいというイメージとつながるような気がしました。
福井 それはありますね。音楽に限らず、文化はその土地土地の持つ歴史、文化、エネルギーなどさまざまな要素に影響されるものじゃないですか。私は特に土に根づいたエネルギーから生まれると思っている。ヨーロッパだと芸術は自然と切り離された人間の営み、都市の中で生まれるものという捉え方があるんですけど、そうした人工的な美の魅力もあるのかもしれないけど、それは私にはそぐわない。自然から受ける刺激ってすごく大きい。その刺激を受けながら音は出てくるもので、私の音楽の源になっている。子供のころからなぜか木のイメージが強くあって、それが世界樹、『ユグドラシル』という名前を思いついた理由の一つでもあるんです。
−−その思いが室内楽とどうつながったのでしょうか?
福井 室内楽はもう昔からライフワークの一つなんです。私の恩師はピアニストの野島稔先生で、10歳のころに出会ってからさんざん鍛えられました。先生は「本当の音楽家、ピアニストになりたいなら、ピアノのソロだけやっていてはだめだ。音楽の基本は聞くこと。相手がどういう音を出しているのかを聞いて、そして自分の音を出して、アンサンブルをつくり上げていくのがすごく大事。大きくなったら必ず室内楽をやりなさい」とうるさいくらい言われていたんです。だから私は、フランスでも室内楽の指導をしたり、室内楽と関わることが多かった。そしていずれやりたいものの一つとして、室内楽シリーズがあったんです。
福井真菜
−−「室内楽にこそ音楽の本質がある」みたいな言葉もありますよね。福井さんは室内楽の魅力はどんなところに感じていらっしゃるんですか?
福井 ソロは一人でつくり上げる作業なので、リサイタルで披露するお城を事前に構築することができる。でも室内楽は本番で相手が何を投げかけてくるか未知数なところがあるんです。もちろん事前に一緒に練習もしますが、本番になったら、相手がいつもと違う音楽を奏で始めるなんてこともあります。それを受け取って演奏していくのが室内楽。オーケストラは指揮者がいて、コンサートマスターがいて、一丸となってつくっていく。でも室内楽はリーダーがいないので、今まで培ってきたすべての背景、人生や教育、文化などをぶつけ合っていく。それは音楽の醍醐味だと思うんです。
−−なるほど。
福井 クラシックは決まった譜面通りに奏でるから何が楽しいの?って疑問を持たれることが多いと思うんです。でも楽譜に書かれた記号を通して作曲家が意図していた音の世界を読み取って、実現していく作業ってかなりの訓練がいるし、なかなか難しい。それができないとただの音の羅列というかタイピング、AIにやらせても一緒だねということになっちゃいますよね。
岩田 お芝居の翻訳に似ていると思いますね。シェイクスピアを台本通りに読むことはできても、そこに何を見出すか、どういうふうに演じるかは、また別の話になってくるでしょう。
福井 台本に書かれた通りにやれば傑作が生まれるかと言ったら必ずしもそうではない。クラシックの音楽もただ鍵盤を押せば、ただ正確に指を動かせばいいかと言ったらそうではないんです。役者さんも相性があると思いますが、演奏家同士もうまくかみ合う相手と、そうではない相手がありますから。このシリーズに参加してくださるのは私がお声がけさせていただいた演奏家たちですが、実はみんな高校、大学、あとパリ留学の当初ぐらい、つまり若いときに出会った気心が知れた仲間なんです。この人の音だったら、きっと良いものができるに違いないと確信しているメンバーです。

岩田渉

−−木を設置した空間はどんなふうになりそうですか?
岩田 世界樹ですね。『ユグドラシル』というテーマが決まったとき、私の昔からの友人の華道家で、陽炎苑を主宰している戸泉日真さんが浮かんだんです。彼は一般的な華道のお花を生けるだけではなく、オブジェやインスタレーション作品をつくっているので、「木を舞台上につくれないか」という相談をしました。そうしたら以前、人気バンドのPVで使ったものの写真を送ってきてくれて、それがあまりに素晴らしく、今回のテーマにぴったりだったので、そこから舞台美術のイメージ、世界樹のイメージを膨らませていきました。
福井 世界樹って世界を支えていると言われているんです。天空に伸びていく木の幹、枝や葉っぱと、地下に伸びていく根っこ。根っこの部分は死者の国と言われているけれど、死者の国に伸びていく根っこはエネルギーを吸い取って、また生へと向かって天上界の生命の国、魂の国と循環している。その循環する社会、世界を表現したいとの気持ちを込めて、『ユグドラシル』という名称にしたんです。その理想的な社会の意味合いも込めています。本来だったら外で弾けたらいいんですけど、外だと音が飛んでしまうので、コンサートホールのような音響の中で聞けないというジレンマもあります。
岩田 特にピアノは持ち出せないですからね。
−−7月からの4回シリーズではインスタレーションも変わっていくのですか。
岩田 実はどう展開していくかについてはまだ考えている最中ですが、4回のシリーズを通じて変化していくものにしたいと考えています。
福井 いろいろやってみたいことはあるのですが、まずは1回目ですね。
岩田 どう展開していくかはお楽しみということで。華道家さんの倉庫で仮組みしたオブジェを確認し、細かいところを打ち合わせて、一見して「世界樹」とわかる人にはわかるシンボルの埋め込み、季節に応じて変容する様などの可能性を相談していこうと思ってます。基本となる幹の高さが大体5mくらい、9本の枝と9本の根を四方に這わせます。照明については福井さんが持っている曲のイメージと、後は『ユグドラシル』シリーズがこれから展開をしていくという意味で、夜明け前から始まるプランを検討しているところです。音楽を邪魔することなく、気づいたらいつの間にか景色が一変している、といったようなものにしたいと考えています。
−−改めて室内楽について教えてください。信頼できる演奏家の皆さんというお話でしたけど、4回の展開を語っていただけますか。
福井 最初は私のピアノのソロ、一人のリサイタルです。これは『ユグドラシル』シリーズの世界観を表現できるものにしたくて、神話的な要素が強いプログラムになっています。牧神、セイレーン(ギリシア神話の、海の怪物)が出てきて、宮崎駿さんのアニメで有名になったナウシカーやカリュプソーという海の女神も出てきます。そして武満徹さんの『雨の樹』『フォー・アウェイ』、昨年公演した際に弾いたラヴェルの『鏡』です。これはもう心の旅ですね。私の心象世界の旅を表す構成になっています。神話は世界各国にあって、『ユグドラシル』も神話の一つですが、共通するパターンがあるんです。それは人類に共通した根源的なエネルギーが詰まっているからだと思うんです。そうしたエネルギーを感じていただければと思います。
左から高木和弘、江口心一(撮影:小島光博)、原田綾子
−−2回目は、ヴァイオリニストの高木和弘さんとピアノのデュオです。
福井 高木さんは知る人ぞ知る、ヴァイオリニストの中でもとても優れた音楽性を持った方です。フランスのリヨンに留学され、若いころから数々の国際コンクールで輝かしい成績を残されているのですけど、ちょうどそのころに出会いました。ドイツのヴュルテンベルグとアメリカはダラスのオーケストラでコンサートマスターを務めていました。ダラスは今でもやられているんですが、日本に帰ってきて東京交響楽団のコンマスを務められた後、現在は長岡京室内アンサンブル、A Hundred Birdsのメンバー、そして神戸室内管弦楽団でもコンサートマスターを務められています。この回では、ギリシャ神話やシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」など、主に人の感情をテーマにしたプログラム構成になっています。
−−3回目はそこにチェリストの江口心一さんが加わったトリオです。
福井 江口さんは高校時代の先輩で、その当時からチェロの上手さは有名でした。高校を卒業してすぐにベルギー、続いてパリに留学し、パリ音楽院では並み居る強豪たちを差し置いて首席で入学したという凄腕です。現在は東京都交響楽団の副首席を務めていて、ソロ、室内楽奏者としても大活躍されています。彼の人柄そのものの、とても大きな温かみのある演奏をされる方です。この回に行われるピアノトリオのコンサートで演奏される曲は、トリオのレパートリーの中では難曲とされるものが多く、非常に深い音楽性を必要とし、技術的にも大変な曲ばかりですが、素晴らしい技術と音楽性を兼ね備えた彼らとどういう音楽がつくられるか、とても楽しみです。
−−4回目はヴァイオリン、クラリネット、ピアノのトリオです。
福井 クラリネットの原田綾子さんに加わっていただくのですが、彼女は東京芸術大学のころから超スーパースターで、私にとっても憧れの先輩です。原田さんはやはりフランスのリヨンに留学されていましたが、フランスに私がいたころも「リヨンにクラリネットをすごく吹ける子がいる」と名を轟かせていました。彼女は空手の黒帯でもあって、そのせいか(笑)音楽に一本筋の通った凄みがあります。偶然ですがプログラムはこのご時世を象徴するようなストラヴィンスキーの『兵士の物語』、バルトークの『コントラスツ』です。コントラスツのタイトルが複数形になっている理由は諸説ありますが、よく言われているのが対立構造。第1次世界大戦、第2次世界大戦、それに伴う冷戦と、さらに民族音楽と西洋音楽、ジャズとクラシック、いろいろな対比の要素が入ってくる作品です。それを聴きながら、対比を融合させることによって生まれてくる創造性、新たな作品としてすごいものが生まれるという意味が込められています。ヨーロッパの社会はリーダーを頂点にしたピラミッド構造になっているんです。強いリーダー、強い文化を持った国同士が、自分たちが正しいと思っているからこそ、相手を受け入れるのではなく自分たちが信じているものを認めさせたいという意識が生まれてしまう。そういうピラミッド構造ではなく、室内楽のようにリーダーがおらず、お互いが持っている文化を背負いながら、対話しながら新たなハーモニーをつくっていく社会、対話によってすべてを解決して新しい世界をつくりたい、そんな思いを込めたプログラムです。
−−改めて4回を通してどんなことを伝えたいと思っていらっしゃいますか?
福井 実は4回で終わらせるつもりがないんです。今年はとりあえずメンバー紹介みたいなことを考えていて、来年以降もっと展開していく予定で、来年は4人が一緒に弾ける曲を考えています。それはともかく、諏訪地域って縄文文化がすごく強い地域ですよね。御柱もそうだけれど、木のイメージがすごく強い。それも含めて諏訪地域に根っこ生やして何か世界に発信していきたいという思いがあります。東京一極集中型ではなくて、地方の持つ土壌、文化、独特のエネルギーが投影される文化的活動はとっても大事だと思います。この企画は茅野市民館さんと巡り合ったことが大きくて、非常にしっかりサポートしていただけるし、安心して集中して取り組める環境です。本当に感謝しています。
岩田 「世界樹」あるいはそれにリンクする「生命の木」の神話は北欧のみではなく、シベリア、インド、中国、ユダヤ、イングランド地方など広くユーラシアに遍在し、古くはシュメールのレリーフにも登場します。さらに興味深いことに、アメリカ大陸にも世界樹神話があります。また石器時代、縄文時代にしても、遺跡からは“朽ちない”石や土器しかほとんど出てこないわけですが、当時の人びとの日常生活、精神文化の中心は樹木で成り立っていたはずなので、世界全体を樹木に例えてきたことは、必然といえるかもしれません。各地で信仰の対象とされていた樹種は異なるのですが、面白いことに、北アジアでは世界樹がモミの木であることが多いんです。そしてこの諏訪地域はモミの木を御神木とした「御柱祭」が昔から営まれてきた地であり、この象徴が結び合うことにも非常に興奮しています。多くの世界樹神話では地下世界に向かって伸びる根と、太陽に向かって伸びる枝葉の中間に人間世界が位置しています。私たちの日々の営みが、世界の、そして歴史のどこに位置しているかに思いを馳せる時間・空間として展開される場になることも、目指したいと思っています。
取材・文:いまいこういち

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