布袋寅泰

布袋寅泰

【布袋寅泰 インタビュー】
ロックにはファンタジーと
リアリティーを結合させる
マジックがある

ガットギターとピアノだけだが、
この手作りな感触も曲の一部

2曲目「10年前の今日のこと」は「Pegasus」とまったくタイプの異なるアコギとピアノのみのミッドチューンになりましたが、こちらも素晴らしいナンバーになりましたね。

ありがとうございます。僕もとても気に入ってます。東日本大震災から10年。早いような長いような10年です。その間も世界では多くの出来事が起こりましたからね。iPhoneが登場してまだ10数年というのも驚くし、来年で僕ら家族がイギリス移住して10年です。ちょうどロンドン・パラリンピックの時期でしたからね。そんな中でアーティスト活動40周年を迎え、改めて時の経つスピードを感慨深く俯瞰的に振り返りながら、かつてデヴィッド・ボウイが「Five Years」という曲で“世界はあと5年で終わる”というストーリーを歌ったように、“Ten Years”というテーマで自分と世界に起こったことを描いてみようと思ったのがきっかけです。出だしの《10年前の今日のこと覚えているかい》という詩とメロディーは去年あたりから頭の中でずっと巡っていました。30年前にロンドンのオクスフォードストリートの楽器屋で買ったガットギターを自宅のスタジオで…と言ってもダイニングルームに機材を運んだだけなんだけど(笑)、そこで爪弾きながら少しずつ歌詞を積み重ねていきました。

ビートを入れてませんが、これにはどんな意図があったのでしょう?

今回の4曲は「Pegasus」のドラム以外は全て自宅でのセルフレコーディングなんですよ。マイキングから全ての楽器の演奏、録音、編集、をひとりで行ないました。今までもデモ程度のクオリティーは自分でできたけど、突然の世界的パンデミックによりリモートレコーディングを余儀なくされた前作『Soul to Soul』(2020年11月発表)での経験が活かされています。この曲はガットギターとピアノだけですが、ポール・マッカートニーじゃないけど、この手作りな感触も曲の一部だなと。弦を入れたり、途中からバンドが入ってくるのもきっといいと思うけど、それは一発録音で録らなきゃ意味がないと思って。いつかこの曲の別バージョンを録るかもしれません。

ブルース、ゴスペル、フォーク、カントリーなど、いわゆるルーツミュージックの影響を感じさせつつも、米国のそれではなく、日本らしい柔らかさがとても印象的だとも思います。

日本語の持つ情緒を意識しましたからね。そのせいかもしれません。この曲はスタジオ部屋の窓から差し込む夕陽に目を細めながら、とてもリラックスした気分で昔を回想したり、未来を想像したりしながら作ったので、全てがその温もりを孕んだ音として仕上がったのです。スタジオで録音したら、こういう音にはならなかったと思います。デモを聴いたディレクターから“ジョン・ブライオンの世界観を彷彿させますね”と言われたこともあって、彼の手がけたサントラ『Lady Bird』などを聴き返したりして、そんな柔らかな音像をイメージしながら作りました。ホームグロウの温もりのある音と歌が、今までの作品にはない私的なセンチメンタリズムを包んでくれています。

《サイレンが響く砂浜》や《ニュースキャスターがやけに深刻な顔で/不安を煽るニュースを読み上げた》、《何度かけても出ない電話番号/思い出消すのが怖くてあの日のままさ》などの歌詞からは、否応にも2011年3月11日のことを思い出してしまうものの、《世界が今より不便で自由だった頃さ》や《ビタースイートな音楽BGMに/どうでもいいようなことで大笑いした》といった歌詞からは、決して3.11だけに絞った話ではないこともよく分かります。

サイレンの部分は確かに3.11です。しかし、その他の部分は聴く人によってそれぞれの記憶につながり呼び起こし、さまざまなストーリーと広がっていくのではないかと思います。僕にはそれぞれのパートにリアルな記憶があります。《消せない電話番号》は旅立ってしまった仲間や家族のことだったり。リスナーがきっとこのタイトルを聞いた時、友人や家族が側にいたら“10年前の今日、何やってたか覚えてる?”という話になるでしょう。その日が忘れられない社会的な出来事や、記念日のような特別な日とは限りません。むしろ、何も起こらない平凡な一日が我々の人生のほとんどを占めていますからね。でも、そんな平凡な一日のひとコマに顔をほころばせてくれるような温かな思い出が必ず存在しているはずです。そんな中に、“仲間と布袋のライヴに行ったよな”なんていう記憶が残っていてくれたら嬉しいですね。

あと、《10年先も今日のこと 覚えているかい/きっとその頃は宇宙も遠くはないね》という素晴らしいフレーズには、M1「Pegasus」にも通じる前向きさを感じたところで。これは布袋さんのポジティブ指向だと受け取ってもいいと思うのですが、M1「Pegasus」も含めて、布袋さんが発するメッセージがポジティブで前向きなものになるのはどうしてでしょうか?

この曲は10年後を歌った曲でもあります、来年還暦を迎える僕、その10年後は70歳。その時の自分が10年前の今日のことを思い出すなら、その日の記憶が後悔のないものでありたい。そう考えると“未来のために今を生きる”という出来すぎたキャッチコピーのような一文がより現実的に心に響きませんか? 今後いくらテクノロジーが発展しても時間は戻らないんです。もしタイムマシンができたとしても、そこで帰れる過去は擬似体験でしかない。10年なんてあっと言う間の時間。自分にとってもここから10年はアーティストとして締め括りの10年だと思っています。だから、後ろ向きに生きてる暇はないんです。この曲は新しい僕らのテーマソングになるような気がします。マスクを外してみんなでこの歌を歌える日がくるのを楽しみに待ちたいと思いますね。

続きまして、「上を向いて歩こう(Instrumental)」についても訊かせてください。国内外、さまざまなアーティスト、バンドがカバーしている「上を向いて歩こう」をカバーした理由、意図は何でしょうか? それもギターで主旋律を奏でるインストになったのはどうしてでしょうか?

ロックダウン中、家でギターを爪弾く機会が増えました。練習や曲作りのためではなく、無心でポロリとね。ある日、この曲を弾いたんです。心で歌詞をなぞりながらね。その時、“あぁ、これは届くな”と確信しました。“どんな時も俯かず、上を向いて、前を向いて歩き続けよう”って僕のメッセージの基本だし、40周年に掲げた活動のテーマは“とどけ。”という言葉でした。この曲はギターで弾いてもインストにならないんですよね。歌になる。しかし、真っ直ぐな淀みない歌詞のひと言ひと言を音にするのは簡単ではなく、70テイクくらい録りました。ついビブラートをかけたくなるんだけど、そこをグッと堪えてね。また、ストラトキャスターだと絶対にアームを使ってしまうので、あえてテレキャスターを選び特有のサウンドにこだわりました。

EP『Pegasus』にはもう一曲「D.O.F. (Death or fight)」が収録されています。これは格闘技イベント『RIZIN』のテーマソングだけあって、聴いているとアドレナリンが分泌されるようなナンバーですね。

男どもは好きですからね、魂のバトルが! 『RIZIN』ファン、格闘技ファンはもちろんのこと、試合に文字通り命をかけている選手たちにとっても、底知れぬエネルギーが奮い立つような曲を作りたい、と僕も久しぶりにギターを剣にして振り上げるような気持ちで気合いを入れて作りました。『ロッキー』『グラディエーター』『マッドマックス』を合体したような曲を目指しました。会場やテレビ中継でも切り取って使いやすいように、ファンファーレ、リフ、“Death or fight”という雄叫び、大サビの4パートを独立して使えるように仕上げています。筋トレやランニング中に聴くとかなりテンションが上がると思いますので、ぜひみなさん試してみてください。

布袋さんは映画音楽やTV番組への曲提供を過去にも行なっていますが、楽曲提供に関してはどんな意識を持って臨まれていますか? アルバム『SOUL SESSIONS』や『Soul to Soul』でのコラボレーションとはまた違った臨み方であることは想像できますが。

主旨が明確なプロジェクトの楽曲制作はそのテーマに徹するべき仕事なので、むしろ自身の音楽作りよりやりやすいです。プロジェクトの成功が目的であり、クライアントが満足して喜んでもらえるものを第一に目指します。コラボレーションも同様で、相手が楽しんで満足してもらえるように、もっと言えば、相手を最高のかたちに仕上げるのがコラボする時の鉄則ですから。こう見えて、僕は受動的な人間なんです。ギタリストはそもそもそういう立ち位置なのかもしれません。BOØWYもCOMPLEXも個性の強いヴォーカリストがいたからこそ、鏡に彼らを反射するような気持ちで応えていった。でも、自分のは本当に難しい。矢沢永吉さんじゃないけど、“僕はこれでいいけど、布袋が許さないだろう”と自分の中での問答が始まってしまいます。“布袋寅泰”であり続けることは、みなさんが思っているより大変なんです。

OKMusic編集部

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