中村獅童が語る、歌舞伎座初の「超歌
舞伎」と家族への思い~12月歌舞伎座
公演取材会レポート

中村獅童が11月13日に行われた取材会で、2023年12月3日(日)より歌舞伎座で上演される超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』への意気込み、初お目見得となる次男・小川夏幹(なつき)への思いを語った。フォトセッションには長男・小川陽喜(はるき)と夏幹も登場し意気込みを語った。
「超歌舞伎」歌舞伎の殿堂、歌舞伎座に初登場
「超歌舞伎」のはじまりは2016年。幕張メッセで開催されたイベント「ニコニコ超会議」で誕生し、獅童とバーチャル・シンガー初音ミクとのコラボ模様はニコニコ生放送でLIVE中継もされた。今年12月、初めて歌舞伎座に登場する。
「うれしい思いが強いです。けれども歌舞伎座でやるには異質な演目でもあります。思えば今年は10月に寺島しのぶさんと歌舞伎座で共演させていただきました。12月には、初音ミクさんや女流の日本舞踊家の皆さんと共演です。賛否両論ある中でも、伝統と革新を追求していくのが中村獅童の生き方。この「超歌舞伎」を、ひとつのジャンルとして本物にしていきたい、という思いは心の中にありました」
『今昔饗宴千本桜』(左から)中村獅童、初音ミク
「超歌舞伎」はライフワークだという。
「初音ミクさんのファンの皆さんお一人おひとりの思いがあったからこそ、歌舞伎座に繋がったと思っています。初音ミクさんのことは尊敬しています。どんどん踊りも上達されて(笑)。NTTさんのデジタル技術も進化され、『超歌舞伎』も進化しております」
上演するのは『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』。2016年の第1回目の「超歌舞伎」で初演された作品だ。当時大ヒットしていたボカロ曲「千本桜」、歌舞伎の三大義太夫狂言のひとつ 『義経千本桜』のエッセンスが融合している。12月の歌舞伎座では、冒頭に「発端」の場を加え、中村勘九郎と中村七之助が出演する。
「勘九郎さんと七之助さんが、出る、と言ってくださったことがうれしいです。長年一緒に芝居をやってきた仲間です」
勘九郎と七之助は、自分たちが出ることにより、これまで「超歌舞伎」を支えてきた俳優たちの役が小さくなることがないように、と言っていたことを明かす。「超歌舞伎」で獅童は、世襲・門閥にとらわれず澤村國矢や中村獅一たちを大事な役に起用してきたからだ。
「世の中全体が変わっていく中、歌舞伎界も変わっていかなければいけない時だと思っています。お弟子さんたちがもっと活躍できる歌舞伎界に、という思いもある。12月のポスターでは、はじめ(第一報)から國矢さんの名前が掲載されました。一つひとつ歌舞伎界を動かしていけたら」
変えていきたいのは、歌舞伎の幕内のことだけではない。「超歌舞伎」をきっかけに、はじめて歌舞伎座に足を運ぶ人もいれば、歌舞伎座で初めて初音ミクに出会う人もいる。
『永遠花誉功』(左から)小川陽喜、中村獅童
「歌舞伎座の敷居が高い、と言いますがそれは(歌舞伎俳優として)僕らだけが感じればいいこと。お客さんへの敷居はどんどん取っ払っていった方がいい。歌舞伎は江戸時代は庶民の娯楽だったのですから」
獅童にとって、歌舞伎座での「超歌舞伎」はひとつの節目となるようだ。
「『超歌舞伎』を7年やってきて、自分の中で歌舞伎座はひとつのゴール地点でした。『超歌舞伎』に“第一期”というものがあるとすれば、ここでひとつのピリオドを。今までの集大成となるよう、全てをぶつける公演にしたいです。そして第2期、第3期とやれるよう我々も話し合いを重ね、より良いものをお見せできるようにしたいです」
夏幹の初お目見得を前に
会見の後半、12月公演で初お目見得となる夏幹について獅童が話を切り出した。
「あまり重たく受けとめていただきたくないのですが、我々はごく普通にどこにでもある家族として今日まで生活をしてきました。夏幹は2020年6月27日に誕生しました。生まれながらに両手の小指が欠損してるという状態です。生まれて初めて分かったことです。何となく普通にみえるように、という手術を2回重ねてまいりました。これを公表するか、しないか。どちらが正しいかは僕も分かりません。今日も家を出る前まで、妻と話し合っていました」
獅童は悲観でも楽観でもなく、覚悟は感じさせつつもフラットな空気で話をする。
「長男の陽喜にも次男の夏幹にも、僕から『歌舞伎をやれ』と言ったことはありません。親にやれと言われても、本人が好きでなければできない仕事ですから。僕自身、親戚やいとこの舞台を見て歌舞伎に憧れて、この世界に入りました。そんな中、幸いにも陽喜はやりたいと言ってくれ、去年1月に初お目見得をさせていただきました。すると環境的に、弟の夏幹も『僕もやりたい』と」
大きくなったらなりたいものを問われて「パパ」と即答の夏幹。
「倅が自分と同じ道を歩みたいと言ってくれることは、純粋にうれしいです。しかし親としての葛藤がない、と言えば嘘になります。歌舞伎俳優になれば、指は隠せるものではありません。では歌舞伎俳優にするべきではないのか。“そういう子”は表に出さない方がいい、と言われた時代もあったかもしれませんが、今はそうではないと思っています。子供の気持ちを尊重し、やらせよう、となりました」
このあと抜群のタイミングでペンライトの大向う機能(「萬屋!」)を発動した陽喜。「今のいいね!兄弟愛!」と獅童も絶賛。
夏幹は現在3歳。子役にとって、舞台メイクを我慢できるかはハードルのひとつ。夏幹は優しい性格でママっ子で泣き虫なのだそう。
「先月お化粧をしてもらうお稽古をしました。妻が夏幹を歌舞伎座まで送ってきてくれたのですが、感染症対策で妻は楽屋に入ることができません。そこで楽屋口で夏幹を見送ったそうです。離れる時、泣いてしまうのでは……と心配したけれど颯爽と楽屋に入っていったそうです。その姿に『この子は本当に歌舞伎をやりたいんだ』と思ったと」
お化粧の稽古は無事に終わった。
「夏幹は良いところばかりなのですが、ひとつだけ欠点を挙げるなら、うれしくなると唇をペロペロ舐めてしまう癖がある。白塗りでも舐めてしまうので、口のところだけ剥げてしまうんです。もし本番の舞台で夏幹の唇が落ちていた時は『うれしかったんだな』と思っていただければ幸いです(笑)。感動的に捉えてほしいのでも、同情されたいのでもありません。普通の子役と同じように、ひとりの歌舞伎俳優として温かく見守っていただきたいです。マイノリティの方のコンプレックスもひとつの個性として受け入れられる社会になってほしい。人前に立たせていただく仕事ですから、夏幹が同じような境遇の方たちに勇気を与えられる、ひとつの光のような存在になってくれれば。そして『歌舞伎俳優になりたい』と言った夏幹には、一生懸命稽古に励み力強く生きてほしいです」
チャレンジド、かっこいいと思いました
「障がい者とかハンディキャップとかいろいろな言い方がありますが、最近海外では“チャレンジド(challenged)”という言葉が使われるそうです。かっこいいと思いました。前を見据えてチャレンジしていく精神。彼がこれから学校や舞台で、どんな思いをするのか。まだ分かりませんが家族皆で手をとり合って、前を見据えて生きていきたい、というのが僕の思いです」
「今日はどんな質問にもお答えしますが、夏幹の個性は僕ら家族にとってはもう普通のことです。このような機会は、今日を最初で最後にしたいです。インターネットがある時代、この仕事をさせていただいている以上、何も隠せません。過去のこともです。僕が“長男、次男”という言い方をすると、『お前、他にも長男がいるだろう』と言われることもあります。分かっていますよ、そんなことは。言われなくても忘れたことは1日もありません。当たり前です。そのことも陽喜、夏幹が物心ついた時に、『パパはこういう人生を歩んできた』と説明したいと思っています。包み隠すことなく、潔く生きていきたいです」
コロナ禍の緊急事態宣言下では公演の中止も続き、獅童は家族と密な時間を過ごせたと振り返る。夫婦でパラリンピックを見た時は、「スポーツと演劇でジャンルは違うけれど、夏幹も色んな人に勇気を与えてくれる人になったら」と感動したことも明かす。
「良いことだけでなく、悔しいことや悲しいこともあるのが人生です。彼には彼にしかわからない悲しみを、これから味わうのかもしれません。でも役者にとって、それは最大の武器になります。その意味で、歌舞伎界に小川夏幹というすごい強力なライバルが現れたな、と思っています。陽喜にもまだまだ追い越されたくありませんし、中村獅童の名前も、まだあげたくありません。このような場で陽喜と夏幹のことばかり聞かれると、もっと僕のことを聞いてもらいたいって思いますし(笑)」
相手が子供であろうと、ジャンケンも腕相撲も手加減なし。喧嘩になっては「妻に、いい加減にしてよと言われる」と気まずそうに笑う。夏幹は、チャレンジドの自覚はまだない。
「幼稚園や学校に行き、ほかの子との違いに自分で気づくと思うんです」
その時も、子どもだから……と話を誤魔化すつもりはない。
「皆さんにお伝えしたことをそのまま言うと思います。役者はすべてを芝居に繋げていける。これだけ便利に進化した時代の人間が、アナログな歌舞伎の世界の人を演じるのだから、今後どう伝えていくのかは課題になっていくと思っています。でも恋とか失恋とか傷ついたこととか。一つひとつ全部が芝居に出る。君には君の悲しさがあり、それが最大の武器になる。全てが芝居に繋がる。僕自身、この年になり一層実感するようになったことです。彼も、すぐには分からないかもしれません。でも、いつか分かってくれればと思います」
愛くるしいてんやわんやに対応する獅童。
陽喜は5歳。弟についてどう受け止めているのだろうか。
「ある時、陽喜が『なっちゃん(夏幹)の手って僕となんか違うよね』と言ったんです。いろいろな人がいるんだよ。肌が白い人もいれば肌が黒い人もいる。いろんな人がいるのが世の中なんだよ、と伝えました。その1回だけ。それ以降何かを言ってくることはありません。偏見を持つことなく受け入れてくれたのだと思っています」
うっかり「紀伊国屋!」の大向うも。
では獅童自身は、夏幹が生まれた時、何を思ったのだろうか。
「今は強いことばかり言っていますが、これから彼がどんな人生を歩んでいくのだろうかと想像して、最初はやはり泣きました。でも産んでくれた妻が泣いている時に、自分が泣いてはいけないと。だから、そこからは泣いていません。それに日々彼を見ていて、僕らが泣いてる場合じゃない、と。父親として母親として、我々夫婦を育ててくれたんじゃないかな。そのような日々の積み重ねで今回の公表に至りました」
兄弟仲良く助け合って
夏幹は、日常生活に支障はないという。
「お箸も器用に使いますしボールも投げられます。ストライダーという足で地面をキックして進む乗り物なんか本当にうまくて。長男の陽喜は、『俺を見てくれ!』というタイプ。僕にもそういうところがあります。役者をやる上で大切なものですが、夏幹はそのタイプではないようです。優しい子です。陽喜は、歌舞伎とヒーロー物以外にはあまり興味がないようですが、夏幹は乗り物にも興味があったりして。そして歌舞伎が好きで、兄弟で毎日立廻りごっこをしています」
「日々笑いっぱなしで、昨日の夜も」と獅童は続ける。
「2人はいつも、夜の入浴前に立廻りごっこを始めるんです。僕は音響担当で、古典的な音楽を流すときもあればヒーローのテーマソングを流す時も。昨日は布袋寅泰さんの『スリル』でした。夏幹は“Baby、Baby、Baby”のリズムで服を一枚ずつ脱いでいって。僕も若い頃はロックを聞くと脱ぎがちでした。その血をひいているのかもしれません(笑)」
陽喜も夏幹も「超歌舞伎」の映像を見て歌舞伎が好きになった、と言っても過言ではないという。新作歌舞伎『あらしのよるに』も観ている。獅童が絵本を題材に作った、オオカミとヤギが親友になる物語だ。
「『あらしのよるに』には、“自分らしく生きていれば、必ずそれを信じてくれる友達ができる”という台詞があります。夏幹と境遇が重なる台詞もあって。でも陽喜と夏幹に『あらしのよるに』をやるとしたら、どの役をやりたいか聞いたところ、ふたりともガブ(オオカミ)だと言うんです。どちらがガブをやるのか、をきっかけに兄弟仲が悪くなったらどうしよう。心配になりますよね(笑)。『兄弟仲良く助け合って』と遺言のように言い続けたいです!」
12月、夏幹は大人顔負けの「良いとこどり」、見せ場が詰まった役で初お目見得になるという。
「楽しみといいますか……癪にさわってしょうがないです(笑)。子役はあまり隈取とかしませんし、僕は子役の頃に立廻りなんてできませんでした。陽喜と夏幹は、子ども時代に憧れるような演出をバンバンやりますから。いいな、ずるいなと思いますね」
陽喜、夏幹、各々のペースで立廻りを披露。
兄の陽喜は、2022年1月の歌舞伎座での初お目見得だった。
「陽喜は毎日舞台に出ました。1日だけ顔(化粧)も衣裳も仕度を終えて、あとは出るだけという時に泣きっぱなしの日があったんです。彼は眉毛の角度がいつもと違うことに納得がいかったそうです(笑)。夏幹は、ちょっと泣き虫なところがあります。心配もありますが、最後までやり遂げてほしい。やってくれると思います」
獅童、陽喜、夏幹が出演、12月の歌舞伎座
会見の終盤、記者から病名・診断名を確認するやりとりもあった。
「申し訳ないのですが、病名を覚える気がなくて。産まれた時に、赤ん坊の全身を確認したお医者さんから、小指がありません、と言われたそうです。それ以降、病名で話をすることもなかったので。このような場では、パネルを出し『先天性何とか何とかという病気です』とやるのが普通だったのかもしれません。でも活字にすると重病であるかのようなイメージになる気もします。皆さんは、『指が普通の人と比べると足りない』という言い方も遠慮されますよね。でもうちの子に限って言えば、そのニュアンスでいいんです。よそ様の子には決して言いませんし、夏幹のことを軽々しく言うつもりもありませんが、難しい話ではなく、ただ指が普通の人より2本足らない。それが僕ら家族の捉え方です」
その上で、「でも皆さんが報道する時に(病名が)必要なんですよね? 何かよい呼び方を考えてくれませんか? このまま皆で飲みにいって、朝まで話し合いませんか?」とユーモアを交えて場を明るくした。
「今回公表しなかったとしても、いつか『あれ? あの子はもしかしたら……いやいや』と気をつかう。社会ってそういうものだと思います。ただ指が普通の人に比べると足りないだけ、そういう個性と見てくれる世の中になってほしいです。簡単になるとは思っていません。ならないでしょう。でも僕らが生きてる限り、少しでも世の中を変えていけたら。今日は皆さんにお伝えできて、僕はすっきりしています。明日からまた頑張ろうと思いました。家族ってありがたいなと思います」
スターの風格の陽喜。履物を脱ぐ夏幹。
獅童、陽喜、夏幹が出演する、歌舞伎座新開場十周年『十二月大歌舞伎』は12月3日(日)から26日(火)まで。
取材・文・撮影=塚田史香

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