南河内万歳一座『ラブレター』座長の
内藤裕敬が会見~「訳や意味を飛び超
えた、劇的な瞬間を成立させることが
できれば」

今年で旗揚げ41年目を迎えた、関西演劇界の兄貴分的な劇団「南河内万歳一座(以下万歳)」。ここ数年は、旧作と新作を年1本ずつ上演するのが通例で、今回上演する『ラブレター』は、1989年が初演の作品。2010年に再演された時は「第65回文化庁芸術祭優秀賞」を受賞しており、万歳作品の中でも評価の高い一本だ。
本来なら昨年、ちょうど劇団40周年のタイミングで上演する予定だったが、新型コロナウイルスの最初の緊急事態宣言と重なったために延期。今年ようやく実現と相成ったものの、三度目の緊急事態宣言によって、一部の公演が中止を余儀なくされた。何かと波乱含みながらも、座長で作・演出の内藤裕敬は「演劇は、絶対ここでは終わらない」と、前向きな姿勢を崩していないのが頼もしい限りだ。その内藤の会見が、5月14日に大阪市内の劇団稽古場で行われた。

『ラブレター』のチラシには「アングラ アイラブユー」という言葉が添えられている。「僕はよく『アングラの人でしょ?』と聞かれるけど、育ちはリアリズムです(笑)」と言う内藤だが、演劇の世界に入るきっかけとなったのは、70年代のアングラ演劇の数々に触れたこと。そして『ラブレター』は、当時アングラ演劇に抱いた疑問への、内藤なりの回答とも言える作品だという。
南河内万歳一座『ラブレター』(1989年初演)。
「高校2年生の時にアングラ演劇をいろいろ体験して、毎回訳もわからず衝撃を受けていました。その衝撃と、とてつもない魅力の理由を知りたくて、演劇の勉強をしたくなったのが、私の演劇の始めの一歩です。でも結局、アングラの様々な劇的瞬間というのは、すべて訳と意味を超えた所にあり、すべての芸術はその瞬間を目指してるんじゃないか? と思うようになりました。
お客さんは、舞台上の(芝居の)訳と意味を解明しようとか、感じ取ろうと思ってご覧になるけど、そこまで考えてきた訳や意味を飛び越えた瞬間に出会った時に、自分のどこかをわしづかみにされて“よくわからないけどすごかった”という感覚……劇的なモノを感じるんじゃないかと。それはピカソとかダリの絵画や、音楽なんかもそうだと思う。そういう訳や意味を飛び越えた所で、何かを作れないか? という発想に至るわけです。
南河内万歳一座『ラブレター』(2010年再演)。 (c)谷古宇正彦
アングラって、すごくドロドロしてるとか、よくわからないことをいっぱいしてるとか、すごく誤解されがちな表現。確かに全盛期の頃は、自分たちの思想の啓蒙ために芝居を使うとか、芸術っぽく見えるアバンギャルドなものがもてはやされたりしたけど、そういう人たちは結果的にあまり残らなかった。残ったのは唐(十郎)さんや佐藤信さんみたいに、演劇としての有効性や可能性に向かって、純粋にその新しさを追求していた人ですよね。
でもその方々が残した実験みたいなものが、本質的な理解とともに継承されているかというと、やはり大きな誤解とともに伝わっている気がする。そういう意味で『ラブレター』は、アングラ世代ではない私が“私はアングラをこう受け取った”という、一つの宣言。私にとっても劇団にとっても、大事な作品です」。
物語は、主人公の男が押入れの奥から、昔よく履いていたズボンを見つけたことから始まる。それをコインランドリーの洗濯機に入れた所で、後ろのポケットに、何か大事なものを入れていたことを思い出す男。あわてて洗濯機を探した所、そこにズボンは見当たらず、代わりに「あなたの過去を上演したいので、上演許可をいただきたい」という、演劇部の女子高生たちが登場する。それを契機に「あなたに出したラブレターを返してほしい」と迫る昔の彼女など、彼の忘れたがっていた過去が、記憶の渦の中から次々と現れて……。
南河内万歳一座『ラブレター』(2010年再演)。 (c)谷古宇正彦
「台詞やストーリーが暴走していて、観ていて“何でそうなっちゃうの?”と思われるでしょうね(笑)。『ラブレター』は“これは観客の中で、何かの暗喩になるだろう”ということを遊んで書いた作品です。私の方では、人物やシーンにハッキリした訳や意味は持たせなかったけど、観客の頭には何かしらの訳や意味が生まれてくるはず。すべてが何かの暗喩と思える状態で、ストーリーを転がしていくことで、訳や意味を超えた劇的な瞬間を成立させられないか? という試みです。そういう意味では、私が考えてきた様々な劇世界を、ギュッと凝縮した作品と言えるかもしれません。
苦い過去を精算したいけど、ついそれを思い出してしまうという迷いは私にもありますし、客席にいる皆さんにもあるはず。そこを遊んでおけば、どんなにストーリーが極端でも、お客様のリアリティのどこかには触れるんじゃないかな。その思い出の中には、苦い恋愛の話もありますが、そもそも恋愛自体が劇的ですよね。誰も意味や訳を考えて、恋愛なんかしないでしょ?(笑)親と子の関係だってそうです。
そう考えると、我々は日常的に、こんなに訳と意味を飛び越えたものに惹かれているのに、何で観客は演劇にだけ、訳と意味を求めるんだ! って思いますよ(笑)。矛盾やつじつまの合わなさがあっても、そっちの方が魅力的ならいいじゃないかと思うし、それが面白おかしくてここまで来たわけだから、そこに芸術の大事な何かがあるという気がします」。
南河内万歳一座『ラブレター』2010年再演公演のチラシ。 [宣伝美術]長谷川義史
コロナ対策で換気休憩を挟む必要があるので、二幕物に改訂はするものの、内容は基本的に10年前とは変えないそう。ただし演出の方は、かつての万歳の十八番だった「舞台狭しと、闇雲に暴れる」という方向にはならないと言う。
「年を取ったから(笑)。というか、若い頃は自分にまだ文学性がなかったから、役者が暴れることで文学性を飛び越えて、暴力的に成立させる……という作風になったんです。役者もフィジカルに長けた奴が多かったので、それを全面に出すことで、劇団のオリジナリティを出そうとしていましたね。でもこの前(2019年)『唇に聴いてみる』を久々に再演した時に思ったんですけど、あまりフィジカルの方に気を取られると、物語がどっかに行ってしまうなあと。
もう少し物語や登場人物のあり方みたいな所に、ちゃんとウエイトを置いて作ったら、割とスッキリして、自分で観てもそれが良かった。“そんなこと、もっと前からやっとけよ”という話ですけど(笑)。なので『ラブレター』では、台詞や物語の世界観の方にウエイトを置きつつ、メリハリを付けるために、適材適所で様々な暴れ方をする。これまでの上演よりも作品世界がよくわかり、物語に入りやすいものになると思います」。
万歳の公演は、通常は旅公演がもれなくセットになっているが、2021年は本拠地の大阪公演だけに集中し、できるだけ未来への力を蓄える方針にしたそう。
会見中の内藤裕敬。
「昨今の状況下で、旅公演で劇場(の客席)がフルで使えないとなると、とても経済的なリスクが高い。それで劇団が疲れ切ってしまったら、今の状況が解消した時に、スタートダッシュを決められないので、苦渋の決断で旅公演を中止しました。今回はライブ配信をちゃんとやるので、うかがえない地域の皆さんには、申し訳ないけどネットでご覧いただくことになります。
でもここに来て、大阪公演だけに活動を絞るというのは、一からの出直しだと思ってるんです。原点に戻りつつ、なおかつ40年の経験を踏まえて、しっかりした作品作りに重心を置く。そこからまた、未来が開けていくんじゃないかと思っています。今“演劇の危機”とか言われてるけど、実際に危機にひんしてるのはショービジネスであり、演劇自体がこの先廃れていくのでは? みたいなイメージでとらわれるのは、僕としては心外。仮にうちの劇団が疲弊して、この先公演が打てなくなっても、私自身は演劇を続けられますからね」。
また会見の最中には、劇団の旗揚げメンバーの一人で、4月24日に肝硬変で急逝した河野洋一郎について触れる場面も。
「あまりにも突然の死であり、“何かできることはないか”とたくさんの問い合わせがあったので、ご家族に“劇団で(皆様のご厚意を)一つにまとめてお渡しします”と提案しました。皆様のお気持ちを送金してくださいということを、劇団HPで展開してから(取材時で)4日目ですが、すでに100人近い方からお気持ちをいただきました。
河野洋一郎

2010年の『ラブレター』では、黒づくめの演出家を演じた河野洋一郎。 (c)谷古宇正彦(舞台写真)

まだあまり実感はないけど、彼があの世に行ったということのリアリティを、少しずつ自分の中に持ってきているかな。ジロー(注:河野のあだ名)は前回の再演で、女子校の演劇部に雇われた演出家の役で出ていて、今回はその役を私がやります。ジローの演技は面白かったので、なかなかあいつと違う風にやるのは難しいなと思いながら、稽古している所です」。
旅公演の中止、大事な劇団員との突然の別れなど、なかなかにヘヴィな状況に思えるけれど、それでも「生きている間は“自分は不死身だ”と思った方がいい(笑)。でも今年は、変更したスケジュールでできそうな気がする」と、内藤はあくまでも楽観的な姿勢を崩さない。そのたくましさと、40年の活動で得た抱負な経験を生かして、70年代のアングラ風に破天荒でありつつも「いろいろあるけれど、ちょっと前を向いてみようか」とうながされるような舞台を見せてくれるに違いない。
南河内万歳一座『ラブレター』2021年再演チラシ。 [宣伝美術]長谷川義史
取材・文=吉永美和子

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