井澤駿、奥村康祐、渡邊峻郁に聞く~
新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形
』イケメン王子たちはねずみの王様で
も大活躍! 

新国立劇場バレエ団は2020年12月12日(土)から20日(日)まで、ウエイン・イーグリング振付『くるみ割り人形』(以下「くるみ」)を、新国立劇場 オペラパレスで上演する。本作は劇場上演のみならず、インターネットでの配信も予定されている(「配信情報」欄を参照のこと)。
イーグリングは自身が芸術監督を勤めたオランダ・ナショナル・バレエやイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)にも「くるみ」を振り付けているが、2017年に初演された新国立劇場バレエ団の「くるみ」は、主演男性がドロッセルマイヤーの甥、くるみ割り人形、王子の3役を踊るという、ここだけのバージョンだ。また「くるみ割り人形とねずみの王様」というサブタイトルもあるように、ねずみの王様も独特な存在感を放っている。大原永子前監督時代につくられ、吉田都監督時代に引き継がれたこの作品、今回の公演について主演のほかねずみの王様役も務める井澤駿、奥村康祐、渡邊峻郁の3人のプリンシパルに話を聞いた。(文章中敬称略)
『くるみ割り人形』過去の舞台より(撮影:鹿摩隆司)

■主演男性は1人3役。クララの思い描く憧れの存在
物語はドロッセルマイヤーが甥を伴い、少女クララの家のクリスマスパーティーを訪ねるところから始まる。その甥がクララの夢の中でくるみ割り人形や王子になり、最後は夢の世界でクララとともに華やかなグラン・パ・ド・ドゥを踊るのだ。その役柄について、それぞれの王子たちはどのような解釈をしているのだろう。
渡邊 クララの思い描く憧れの存在です。少女クララがドロッセルマイヤーの甥という、夢の世界から飛び出してきたような、初めて会う年上の男性に抱く憧れそのもののような存在と感じています。
渡邊峻郁 (撮影=福岡諒祠)
井澤 クララの理想である王子を演じなければならない。そこを考えていかなければならないのが難しいところです。
井澤駿 (撮影=福岡諒祠)
奥村 さらにクララは人形を愛することと男性を愛することが混じり合うような、少女でありながら大人の入り口を覗いているような女の子。子供のクララは人形が好き、夢の中の大人のクララは男性が好きになるという、ちょうどその間の一瞬大人になりかけてまた夢から覚めるような、夢の世界へふっといって戻ってくる瞬間の空気っていうのかな。くるみ割り人形から王子に変わる瞬間も、そんな空気を出せればいいなと思います。
奥村康祐 (撮影=福岡諒祠)

■オフバランスを多用。現代的な振付のイーグリング版
イーグリング版「くるみ」は踊りの振付もまた独特。音楽にいくつものステップが盛り込まれ、出演者すべてに高度なテクニックが要求される。イーグリング版ならではの特徴はどこにあるのか。
渡邊 イーグリング振付の作品は、バレエ団ではほかに『眠れる森の美女』がありますが、これもほかの古典版とは違い「目覚めのパ・ド・ドゥ」が入っていたりして独特です。「くるみ」も1幕の雪のシーンでパ・ド・ドゥが入るなど、見せ方が変わっている。振付はマクミラン振付『ロメオとジュリエット』みたいな、ドラマティックバレエの分野に近いかもしれません。
奥村 パ・ド・ドゥも現代的なものになっているよね。一般的な古典だと、女性が床に対して垂直に立って踊るけれど、イーグリングの「くるみ」は、2幕の最後のグラン・パ・ド・ドゥのところで女性が倒れてくるようなところをキャッチして支えるという、女性のバランスがオフになった振付が使われている。ほかにも床を滑ったり、古典バレエにはないようなテクニックが使われ、それが空間の広がりを見せるところもある。それらをきれいに見せられたら、すごく見応えのあるものになるかなと思います。
『くるみ割り人形』過去の舞台より(撮影:鹿摩隆司)

■2幕のグラン・パ・ド・ドゥ前に一公演を終えたかのよう。ハードな王子役
ドロッセルマイヤーの甥、くるみ割り人形、王子と、主演男性は1人3役というイーグリング版。体力的にもハードな役柄だが、その辺りの苦労話を聞いてみた。
渡邊 一番辛いのは(くるみ割り人形の)マスクを取ったり付けたりするところです。マスクを付けているときの人形と、マスクがない時の甥、その部分だけでも演じ分けが必要です。またとくに2幕の最初の部分はくるみ割り人形の呪いが半分解けて甥になり、でもまた人形に戻って仮面を付けてねずみの王様と戦う。そして人間の甥に戻り、その後に王子になる。その流れの間、演じ分けをしなければならないうえに、踊りは全部つながっているから体力的にもしんどい。だからグラン・パ・ド・ドゥのところでは王子のままでいられるので、逆にほっと落ち着くんですよ。
王子=渡邊峻郁(撮影:鹿摩隆司)
奥村 グラン・パ・ド・ドゥまでがしんどいよね。一般的な演出の「くるみ」の王子は逆に出番が多くないので、グラン・パ・ド・ドゥの前は出ていないがために緊張してしまったりします。急に踊りに入るので身体もアップしておかないとならないし。でもこのイーグリング版はグラン・パ・ド・ドゥの前にはもう本番1回分を踊ったくらいの疲労感があって、グラン・パ・ド・ドゥの時は2回目の公演っていう感じです。
王子=奥村康祐(撮影:鹿摩隆司)
渡邊 他のイーグリング版は王子とくるみ割り人形はそれぞれ別のダンサーが踊るんですよね。ENBで「くるみ」の王子を踊った友達に「僕らのバージョンは人形と王子の両方を踊らなければならないんだ」って話をしたら絶句していました。
井澤 幕が開いてから休むところがほとんどなくて、常に動いている感じなんです。ゲストで来たワディム(・ムンタギロフ)さんも「すごく辛い」って言っていました。
王子=井澤駿(撮影:鹿摩隆司)

■怖いマスクだがチャーミングなねずみの王様
そうしたハードな主演に加え、3人の王子たちは初演時からねずみの王様も踊っている。サブタイトルにも登場し、イーグリング自身が衣裳作成時に「ねずみの王様の衣裳は、とにかく怖いものにしてほしい」と指示するなど、振付家のこだわりの一つでもある役柄だ。1幕の戦争のシーンにはアドリブもあり、それぞれのねずみの王様によって違ったシーンも見られる。
渡邊 イーグリングさんはねずみの王様の役については、例えば頭をかきむしる時の様子やチャーミングな動きなど、ところどころの動きや仕草に対するこだわりが強かったですね。ねずみの王様はマスクの見た目に反して、かなりお茶目。方向や相手を見失ったりして、ちょっとドジを踏むこともあったりする。
王子=井澤駿、ねずみの王様=渡邊峻郁(撮影:鹿摩隆司)
奥村 サブタイトルに「くるみ割り人形とねずみの王様」とあるように、この作品はクララ、王子やくるみ割り人形と並んでねずみの王様も重要な役で、存在感を出さなければならないと思っています。でも、ねずみの王様は「強い」というイメージだけじゃないんですよね。振付をいただいているとき、イーグリングさん自身が実際に踊って見せてくれたのですが、すごくニコニコしていて、アドリブの場面は「ここでちょっと、こんな感じでやってみて」って感じで楽しそうでした。多分マスクの見た目が十分怖いんで、過剰に怖くする必要はないのかなと。
ねずみの王様=奥村康祐(撮影:鹿摩隆司)
井澤 実は踊っているとねずみの王様と王子の振付がこんがらがってしまうことはあります。戦争のシーンは人が大勢入り乱れているし、王子の時とねずみの王様の戦いでは、上を切るのか下を切るのか、あれどっちだっけ?とか。
ねずみの王様=井澤駿(撮影:鹿摩隆司)
奥村 ねずみの王様のマスクも軽く作ってもらってはいるけれど、それでもピルエットで回ったり反ったりする時に、ちょっと首がしんどかったりはしますね。今回はコロナ対策でねずみのマスクも人数分作ってくれているんです。スタジオの廊下に大きい頭がずらっと並んでいる(笑)。
カーテンコールでねずみの王様のマスクを掲げる奥村康祐

■「ダンサー一人ひとりを見てくれる」吉田監督。初心に立ち返りモチベーションもアップ
コロナ禍に見舞われた2020年、バレエ団も2月末の『マノン』から6月公演『不思議の国のアリス』まで、さらに7月公演『竜宮』の最終2公演も含め、公演中止が続いた。秋から新シーズンを迎え大原前監督から吉田監督へと時代が変わり、現在もコロナ対策を含め慎重に注意を払いながら、公演への努力が続けられている。こうした時代とともに新監督を迎えて変わったこと、思うところを聞いてみた。
井澤 吉田監督は基礎をすごく大事にされている。また、ダンスール・ノーブル(主役級の男性舞踊手を指す言葉)とはどういう存在であるかという定義や心構えから、しっかり説明してくださった。技術や回転、立ち居振る舞いなど、ダンサーとしてはそこを目標として踊っているので、初心に帰る思いです。
井澤駿 (撮影=福岡諒祠)
奥村 基礎的なことをたくさん注意してくださるし、また注意だけではなく、モチベーションを上げることも言ってくださる。ダンサー一人ひとりを見て、伸ばすところは伸ばし、良いところはちゃんと良いと言い、また頑張ろうって言ってくれるし、今回のコロナ禍でも、頑張っていこうと語り、みんなをまとめて引っ張っていってくれるところが素晴らしいです。つい最近までトップダンサーとして活躍されていた方なので、ダンサー目線でもバレエ団のことを考えてくださいます。
奥村康祐 (撮影=福岡諒祠)
渡邊 僕らの体調も良く見てくださっています。踊り終わった後に「今日ここが痛かったんじゃないの」って言ってくださったことがあったのですが、「当たってる!」とすごくびっくりしました。基礎やモチベーションアップのところはもちろん、身体のこともすごく考えてくださっています。
渡邊峻郁 (撮影=福岡諒祠)

■ライブ&オンデマンド配信も実施。クリスマスの風物詩「くるみ」の世界を楽しんで
バレエ文化が根付いている欧米では、クリスマスシーズンに家族で『くるみ割り人形』の舞台を楽しむことが冬の風物詩のひとつとなっている。最後にこの「くるみ」という作品への思いとともに、読者へのメッセージを語ってもらった。
渡邊 僕が海外で踊っていた時、劇場の前にクリスマスマーケットが開かれていました。子供たちにとってクリスマスは一大イベントで、マーケットにはその季節ならではのおもちゃやお菓子が並び、ワクワクした特別な雰囲気の中で子供たちがはしゃぎまわっている。「この子たちが舞台を見に来てくれるんだ」と感じた思い出があります。日本でも『くるみ割り人形』のバレエを見ることで、その時にしか味わえないワクワク感を味わってほしいです。
奥村 日本でも昔に比べるとクリスマスに『くるみ割り人形』を見に来る方も多くなり、少しずつ文化として根付いてきているという感じがします。今回はライブやオンデマンドの配信も行われるので、そうしたものを通して舞台をより身近に感じてもらえればいいなと。
また「くるみ」の音楽はとても有名ですが、本来バレエ音楽なのにバレエは見たことがないという人は、まだたくさんいると思うんです。ですからぜひ、バレエと音楽を一緒に楽しんでほしい。バレエと音楽が一体となることで一つの作品になるということを実際に目にしていただき、この作品の本当の姿を味わってほしいと思います。
井澤 新国立劇場バレエ団の「くるみ」は気球で飛んだりするなどセットも凝っていて豪華です。踊っていても楽しいし、リアルに感じられる部分もとても多いので、そうしたところも見ていただきたいです。
左から 井澤駿、奥村康祐、渡邊峻郁 (撮影=福岡諒祠)
取材・文=西原朋未
人物写真撮影=福岡諒祠(GEKKO)

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