日生劇場《ルチア~あるいはある花嫁
の悲劇~》~ 恋人を失った花嫁が“
狂乱の場”で訴える悲劇とは?

『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』森谷真理 (撮影:長澤直子)
NISSAY OPERA 2020 特別編《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~》が2020年11月14日(土)・15日(日)、日生劇場で上演される(全二回、ダブルキャスト)。なお両ステージとも、イープラスの「Streaming+」を利用して、11月28日(土)~12月6日(日)にインターネットでの配信もおこなわれる。
日生劇場はこれまでニッセイ名作シリーズとしてオペラやバレエなどを、一般の観客に加えて学生にも招待公演として提供してきた。今年(2020年)はコロナ禍のために規模を縮小しながらもオペラ公演を実施する。選ばれた演目はドニゼッティ作曲《ランメルモールのルチア》を翻案したオリジナル作品《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~》だ。
元となるオペラを休憩なしの90分に短縮し、主人公ルチアと、俳優が演ずる“泉の亡霊”のみが観客の前で演技をする。その他の登場人物たちは両脇の黒い紗幕パネルの奥で歌うという演出だ。オーケストラは人数が制限され、金管楽器のパートはピアノが代わりに演奏する。合唱もいない。制約が多い舞台であることは確かだ。
だが、この公演のゲネプロ(GP・最終舞台稽古)を観たところ、今回の《ルチア》はこの状況を逆手にとって、ヒロインが置かれた八方塞がりの状況を可視化させることに成功していた。以下に二組のキャストのGPをレポートする。
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』右:高橋維 (撮影:長澤直子)
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』森谷真理 (撮影:長澤直子)
舞台の中央には大きな箱状の部屋がある。そこはルチアの居室、もしくは彼女の心象風景のようでもある。奥には大きな満月が少しだけ見える。やがて、まず最初に舞台にいる女性がルチアではなく、彼女が以前 城の近くの泉のほとりで見てしまった亡霊であることがわかる。かつて嫉妬に駆られた恋人に刺し殺され泉に沈んだこの女性の亡霊は、なぜルチアにつきまとうのだろうか……?
それは話が進行するにつれて明らかになっていく。17世紀末のスコットランドを舞台にした物語の、ルチアが一族に敵対する恋人エドガルドと無理やり引き離され、お家を助けるための政略結婚を強いられる残酷さが、亡霊に痛めつけられる彼女の姿で表されるのだ。
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』右:高橋維、左:田代真奈美 (撮影:長澤直子)
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』右:森谷真理 左:田代真奈美 (撮影:長澤直子)
元のオペラからの翻案も手掛けた田尾下哲の演出は、物語の様々な場面でルチアがどう感じていたのかを具現化する。例えば、通常の演出では舞台上で演じずに事実が語られるだけの花婿アルトゥーロの殺害について。その瞬間、ルチアはどのように追い詰められて彼を殺してしまったのか?
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』高橋維 (撮影:長澤直子)
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』森谷真理 (撮影:長澤直子)
また、その後で、結婚式を祝うために集まっていた人々の前に、正気を失ったルチアが姿を現す場面。ここでルチアは様々な幻影を見る。愛するエドガルドとついに結婚できる日が来たと思い込んでその喜びを語り、だがそこに出現した亡霊に脅かされ、そして、残酷な兄に強いられ結婚契約書にサインしてしまったことをエドガルドに詫びる……。このオペラを有名にした〈狂乱の場〉は、本来であれば合唱と他の登場人物たちに囲まれた状態で演じられるものだが、今回の舞台ではそれをルチア役一人の力で観せなければならない。音楽的にもソプラノの超高音と、声を自由自在に操るテクニックを持っていなければ歌えない難曲だ。
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』森谷真理 (撮影:長澤直子)
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』左:高橋維、右:田代真奈美 (撮影:長澤直子)
このプロダクションでは高橋維と森谷真理という、歌唱力も演技も卓越したアーティストが出演、それぞれの個性を活かしたルチア像は聴きごたえたっぷりであった。そこに描かれている、男性社会に抑圧され翻弄されたヒロインの苦悩が、今日においても決して古びていないように感じられたのは二人の功績も大きいだろう。〈狂乱の場〉はフルート・ソロのみの伴奏で歌う部分が多いが、声とフルートも息がピッタリあった演奏であった。
ルチアの恋人エドガルド、兄エンリーコ、ルチアの家庭教師である修道士ライモンド、侍女アリーサ、エンリーコの腹心ノルマンノなど、他の役を歌う歌手たちも実力派揃い。歌の力だけでそれぞれの役を立派に演じたこともこのプロダクションの質を高くしている。結婚式にエドガルドが乗り込んでくる場面で歌われる有名な六重唱も迫力があり、また〈狂乱の場〉ではソリストたちが合唱のパートも歌うことによってドラマの流れがスムーズになった。
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』高橋維 (撮影:長澤直子)
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』森谷真理 (撮影:長澤直子)
ドニゼッティの音楽は、激しくドラマチックな場面でも決して乱暴で荒々しい音楽にはならず、美しい旋律とハーモニーによって感情を語っていく。柴田真郁指揮の読売日本交響楽団はロマン派らしい深みのある音色で《ルチア》の世界を表現していた。
最後に、“泉の亡霊”役の田代真奈美も、時にはルチアの分身のようでもあり、時にはルチアを情け容赦なく追い詰める亡霊を演じて見事だった。通常時では実現が難しかったかもしれないルチアの人物像へ集中したアプローチが、注目の公演である。
『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』田代真奈美 (撮影:長澤直子)
取材・文=井内美香  写真撮影:長澤直子

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