ヒグチアイ 心をあたためてくれる歌
声と奏で――『band one-man "BEST"
tour 本人』をレポート

HIGUCHIAI band one-man "BEST" tour 本人

2020.9.22 Veats Shibuya&Streaming
この夜響いたのは、心をあたためてくれる歌声と奏で。それがあれば、先の見えない世の中でも、私たちは希望を見失わずに歩いていける。
シンガーソングライターのヒグチアイが、6月21日の振替公演となるフルバンド編成でのライブ『HIGUCHIAI band one-man“BEST”tour 本人』を、9月22日に東京・Veats Shibuyaにて開催し、同時に生配信も行った。セットリストは、ライブや彼女の人生ドラマそのものを想像できる起伏に富んだ作品となった、キャリア初のベストアルバム『樋口愛』と同じ流れ。耳に心地よいアルトボイス、情感豊かに語るピアノはバンドサウンドと鮮やかな化学反応を起こし、さらには生ライブならではの機微をまとうものだから、心が動きっぱなしだった。
このライブ映像は10月5日(月)23時59分までアーカイブ配信を実施しており、期間中であれば誰でもチケットを購入し視聴することができる。なお、ここからはネタバレを含んだ当日のレポートをお届けする。
ヒグチアイ
ヒグチアイ
久方ぶりとなる観客の拍手に迎えられ、ステージに現れたヒグチとバンドメンバー。青白いスポットライトの下で、ヒグチがピアノを丁寧に奏で始め、歌声を重ねたのは「ココロジェリーフィッシュ」だ。胸が苦しくなるくらい切ないのに、どうしてこんなにも美しいのだろう。
御供信弘(Ba)、ひぐちけい(Gt)、片山タカズミ(Dr)とのエモーショナルなアンサンブル、動きのあるライティングも映える「前線」の<おまえに言ってるんじゃなくて わたしに叫んでるんだよ>というフレーズも刺さりすぎる。そうだ、ひるまずに自分だけの“前線”に立たなくてはいけないのだ。
ヒグチアイ
「お久しぶりです、お元気ですか? フェイスシールドがキラキラしていて、うんうんってしてくれるとわかります。今日はバンドワンマンライブ。私がヒグチアイです。街には人が戻りつつあって、でも今まで通りにはいかないような日々を過ごしていると思いますが……この東京・渋谷という街から、みなさんへの愛を込めて歌います」
そう挨拶して、「東京」へ。長野から上京して3年、憧れの街で彼女が抱いた焦燥感や迷い。それでも、<もう一度前を向いて>いこうとする芯の強さは、私たちを奮い立たせてもくれる。
ヒグチアイ
<正しいかどうかなんて 必要じゃない ずっと味方でいたいだけ>と柔らかに歌う「まっすぐ」は、ヒグチいわく「インディーズでの2ndアルバム『全員優勝』の中で、一番やさしい曲」。軽やかなピアノタッチで、少女のような顔で<わたしのしあわせは だれにもはかれない>と歌う「わたしのしあわせ」。<生きただけでもらえるハンコ よくがんばりましたって押してあげるよ>というフレーズも、泣くほどうれしい「ラジオ体操」(ひぐちけいの歌うようなギターも素敵!)。どんなときもそばにいてくれて、くじけそうな背中を押して、肯定してくれる歌たちだ。
かと思うと、チャイニーズテイストも楽しい異色のポップチューン「猛暑です-e.p ver-」では、すっかり暑さは落ち着いてきたけれど猛暑もいいものだよな、なんて浮かれ気分になってしまったり。<君に会えないまま>募る想いは、どうにもやるせないのだけれど。
ヒグチアイ
さらに、スリリングな打鍵、バンドとのせめぎ合い、<溢れ出したコップの水に 二人溺れたの><孤独に喰われた 未熟な生き物><これが愛なの?教えてほしい>といったフレーズに、ヒリヒリしてしまう「八月」。ピアノ、ベース、ギター、ドラムのグルーヴィーな絡み合いが鬼かっこよくて、ソロ回しにもゾクゾクしてしまう「黒い影」。容赦なくたたみかけてくるダイナミズムに、高揚が止まらない。
ヒグチアイ
「この7か月くらいの間に、曲を2曲くらいしか書いていないんですけど。自分の気持ちをどんなに掘り起こそうと思っても、自分が安全ではないっていう気持ちがついてきちゃう。それは、自分が安全だという欲求が満たされていないからだと最近気づきました。どんなときも幸せに生きなくてもいいんですよ。でも、自分の中になにが必要かを決めて生きていってほしいと自分にも思います」
そんな言葉からの、「わたしはわたしのためのわたしでありたい」。空気を読んで、人に合わせて、周りの目を気にして生きる毎日。でも、たった一度の人生、自分を信じて思うように生きていい。それが生まれてきた意味、のはずだ。
ヒグチアイ
ほろ苦いノスタルジーをたたえた牧歌的な「最初のグー」では、ピアノから離れたヒグチがマイクを手にステージ前へ進む場面も。<どんなときも自分を信じて>と、温かな笑顔で、客席のひとりひとりに、画面の向こうのひとりひとりに届くように歌う彼女。ライブってやっぱりいい!
「上京して6年目くらいのときに、ある友だちから連絡がきて。「あの日のことを謝りたいんだけど」って言われて会って、私は「許すよ」と言ったんですよ。だけど、消えない。消えないけど、許すということ。そういうことってたくさんあるかもなって最近思いました。消せなくても許せる人になりたいし、そういう人でいたいです」
ヒグチアイ
ヒグチアイの半生を見るような「備忘録」の、痛いほどの赤裸々。彼女のように、<全てのおかげさま>と言える日はくるのだろうか。圧倒的な弾き語り、バンドが入ったアウトロの中でも、なんなら今も、ずっとずっと、自分に問いかけ続けている。
そして、「憧れた東京に12年住んで、30歳になったタイミングで、東京に対しての気持ちをもう一度書いた」という「東京にて」。街や世界が変わっていくなら、<新しい答え>を見つけていけばいい。「東京にて」生きていく、歌い続けていくという彼女の決意は、きっと揺るがない。
「ライブって楽しいですね。みんなに会えて幸せでした。画面の向こうのみんなもありがとう」
バンドメンバーを見送ってそう言った彼女は、うれしいことにもう1曲用意してくれていた。
「口を閉じて歌うハミング、知ってますか? ハミングなら、みんなマスクしたままでできるかなと思って。最後に歌うのは新曲「mmm」です」
ヒグチアイ
コロナ禍で感じたことを綴るだけでなく、新たな生活様式を逆手に取ってしまった新曲。マスクの下で、画面の向こうで、ひとりひとりが小さなハミングを重ねていく幸せ。表現者としてのまっすぐで前向きな提示に、新たな可能性を見出すこともできた。
「また会えるように、その日を楽しみに待っています」
それは、こちらも同じく。私たちの日々には、人生には、ヒグチアイの歌声が、言葉が、必要だ。

文=杉江優花 撮影=藤井拓

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