帝都の劇場から日本近現代史や芸能史
を発掘するイベント『芸術の歴史を築
いた旧帝国劇場と今 ~映画鑑賞とト
ーク~』開催!

旧帝劇にタイムスリップする貴重体験
2019年ゴールデンウィークに日比谷界隈で開催中のHibiya Fesetival。その関連企画として、5月2日(木・祝)に『芸術の歴史を築いた旧帝国劇場と今 ~映画鑑賞とトーク~』が開催される。当日は、旧帝劇の舞台が撮影された映画『幸運の椅子』(1948年製作)を14:30~16:00に国立映画アーカイブ本館 小ホールにて上映、その後、見学&トークが17:15~18:15に帝国劇場にて行われる。
現在、日本の演劇・ミュージカルシーンの殿堂の一つとして知られる帝国劇場は、1911年(明治44年)3月1日に開館した(建物は現在のものとは異なる)。この「帝都の模範劇場」をそもそも構想したのは、伊藤博文と渋沢栄一だった。ここに福沢諭吉の次男(捨次郎)や娘婿(桃介)、日比翁助(三越百貨店の創始者)らも発起人として係わり、明治の政商・大倉喜八郎(大倉財閥創始者にして、鹿鳴館や帝国ホテル等の設立者)を中心に設立へと至ったのである。
全席椅子席(当時1700席)の帝劇は「白亜の殿堂」「日本初の西洋式劇場」ともてはやされた(厳密には“日本初の全席椅子席の洋風劇場”は1908年開館の有楽座のほうなのだが)。客席での飲食・喫煙の禁止、チケットの前売りなど、近代的な興行システムが初めて取り入れられた劇場で、演目も歌舞伎から西欧演劇(シェイクスピアやイプセンなど)、さらにオペラやバレエまで幅広く上演された。日本初の劇中歌「カチューシャの唄」の大ヒットで知られる『復活』も、1914年(大正3年)に島村抱月・松井須磨子の劇団芸術座によって帝劇で上演され大当たりとなった作品だ。
1923年(大正12年)の関東大震災により、帝劇は大部分を焼失するも翌年に再開。1930年には白井松次郎と大谷竹次郎の兄弟が率いる松竹の経営となるが、やがて外国映画専用の映画館として使われるようになる。しかし1940年(昭和15年)には、阪急電鉄社長にして宝塚少女歌劇団生みの親である小林一三がこの8年前に設立した東宝の直営劇場に転じる。しかしほどなくして太平洋戦争下の1944年(昭和19年)、国家非常時ということで閉鎖を命じられる(ちなみに小林は1940年に近衛文麿内閣で商工大臣を務めたこともある)。なんという、めまぐるしさ。
終戦を迎え、戦火をなんとか逃れた帝劇は東宝の劇場として再開するが、またしても洋画専用映画館となる時期を経て、全面的に劇場が建て直されることとなり、1966年(昭和41年)に新たなるスタートを切る。それが、現在の私たちの知る複合ビルディング形式の「帝国劇場」なのである。
このように、紙幣の顔になるような人々が係ったり、松竹の傘下になったり、映画館になったり、と、いう波瀾万丈のエピソードを知れば、誰もが帝劇に興味シンシンとならざるをえないのではないだろうか。
現在の帝国劇場外観
そして、5月2日のイベントで上映される映画『幸運の椅子』も、驚異的なまでに史料価値が高いのだ! 敗戦から間もない旧帝劇での豪華な舞台を織り込みながら綴られるオムニバス形式の劇映画で、1948年(昭和23年)に東宝・日映(日本映画社)の提携で製作された。なんといっても、登場する顔ぶれがものすごい。
第一話の「土曜日の恋人とカルメン」では、藤原歌劇団の創始者・藤原義江や北澤榮らがオペラを歌う。第二話「芸術家とバレー」には貝谷バレエ団創始者の貝谷八百子や小牧バレエ団(現・国際バレエアカデミア)創始者の小牧正英らが出演しバレエを踊る。ちなみに、この当時、小牧と貝谷は蘆原英了らと共に東京バレエ団(現在の同名バレエ団とは別物)を結成し、なんと、あのチャイコフスキー『白鳥の湖』の日本初演を1946年(昭和21年)に帝劇で行っているのだ。また、第三話「夜の女とヴァイオリン」では、「美貌の天才少女」として世界を股にかけ、クナッパーツブッシュ指揮のベルリンフィルとも共演したことのあるヴァイオリニスト・諏訪根自子が、ここでは上田仁指揮の東宝交響楽団と共演している。ちなみに諏訪は、ナチスのゲッベルス宣伝相からストラディヴァリウスを贈呈されている。そして、第四話「疎開の妻と音楽劇」では、山口淑子が劇団民芸の瀧澤修や森雅之らとオペレッタで共演。山口淑子は言わずと知れた大陸の大スター「李香蘭」であり、日本でも1941年(昭和16年)の「日劇七周り半事件」で知られるように大人気を誇ったものの、敗戦により中国で軍事裁判にかけられ国外追放となり、1946年に日本へ来る。その僅か2年後の姿が、この映画で確認できるのだ。
また、『幸運の椅子』の監督・脚本は、日映出身の高木俊朗。陸軍の記者を経て有名な戦記ノンフィクション作家としても有名になる人物である。また、日本クラシック界の礎を築いた一人、近衛秀麿(近衞文麿・元内閣総理大臣の異母弟)が音楽を手掛けていることも聴き逃せない。近衛は東宝交響楽団の常任指揮者でもあった。
こうして改めて、今回の『芸術の歴史を築いた旧帝国劇場と今 ~映画鑑賞とトーク~』について考えてみると、近現代史や演劇史、音楽史の観点から眺めても、あまりにも興味深く、密度の高い、超貴重なイベントというしかない。
令和への改元直後に、旧帝劇の魅力を伝える貴重な映画『幸運の椅子』を京橋三丁目の国立映画アーカイブで鑑賞後、ひととき周辺散策やHibiya Festivalを楽しみ、最後は帝国劇場にて見学とトークで明治以来の歴史を振り返る。このゴールデンウィークの中、文化的な充実度の最も高い一日を送るのもまた楽しからずや、である。
文=安藤光夫(SPICE編集部)
[主な参考文献]
・「松竹と東宝」中川右介著(光文社)
・「日本現代演劇史」大笹吉雄著(白水社)
・「帝都物語」荒俣宏著(角川書店)
ほか、多数

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