「へぼ侍は、へぼじゃない」OSK日本
歌劇団『へぼ侍~西南戦争物語』脚本
・演出の戸部和久インタビュー

坂上泉の小説『へぼ侍』を原作とした、OSK日本歌劇団のオリジナルミュージカル『へぼ侍~西南戦争物語』。2023年8月の近鉄アート館での初演の好評を受け、2024年1月に大阪で再演。2月1日から東京・博品館劇場での公演がはじまった。

主演は、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』への出演で全国に知られる存在となった、翼和希(つばさ・かずき)。脚本・演出は戸部和久(とべ・かずひさ。松竹芸文室)。
歌舞伎の舞台に携わってきた戸部は、2021年「春のおどり」の『ツクヨミ~the moon~』の脚本で初めてOSK作品に参加。今回は、自身にとって初のミュージカル作品となる。SPICEでは戸部にインタビューを行い、ミュージカル版『へぼ侍』を通して思う日本の音楽、言葉へのこだわり、翼和希を中心とした今回の座組への思いを聞いた。

■へぼ侍は、へぼじゃない
ーー『へぼ侍』ゲネプロを拝見しました。翼さん演じるへぼ侍が、まるでへぼくありませんでした!
へぼだけど、へぼじゃない。へぼだけど格好いいぜ、へぼ侍! なんですよね(笑)。
ビジュアル撮影の時から、それはコンセプトとして意識していたことです。最初に皆さんに公開するビジュアルって、お客さんはもちろん、作品に関わる我々全員に方向性を伝える役割もあります。だから非常に重要なんですよね。
翼さんの軍服は、史実のとおりの軍服ではなく、広がりやタイトな部分など、舞台での動きを考えながらオーダーメイドで作っていただきました。衣裳デザインは、新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世。以下、ルパン歌舞伎)』でもお力をいただいた富永美夏さんです。
OSK日本歌劇団『へぼ侍~西南戦争物語』
ーー『へぼ侍』初演と『ルパン歌舞伎』は、準備期間がかぶっていたそうですね。
僕はオペラの演出は経験がありましたが、ミュージカルの脚本・演出は初めてで。こんなにもやる事が多いのか、と驚きました(笑)。それでも『ルパン歌舞伎』は原作ファンの方々にも喜んでいただけたようでうれしかったです。『へぼ侍』もおかげさまで追加公演まで全席完売。その点はほっとしています(笑)。
■時代を象徴する音楽に彩られ
ーー明治10年の西南戦争を背景に、主人公の志方錬一郎が、様々なバックグラウンドを持つ個性的な人々と出会い、成長していきます。第26回松本清張賞受賞作である原作の小説を、OSKのミュージカルに。
歌劇は、出演者の年齢層が基本的に低いですよね。原作どおりの世代の人間が、必ずしもいるわけではありません。そこで年齢はぼかし、一人ひとりの個性を生かしました。
原作のキャラクターと演じる本人の個性の共通点を、稽古の中で探っていく。稽古の段階では「原作とイメージが違ってしまったかな」と思えた役も、初演、再演と回数を重ねる中で本人が役を掴んでいったのでしょうね。演出はそのままなのに、違和感がなくなっていった、ということもありました。
ーー西南戦争は、元薩摩藩士を中心とした西郷隆盛の軍と、明治新政府の官軍の戦いです。が、オープニングは華やかなレビューです!
音楽は、山田文彦先生です。雅楽の演奏家として宮内庁の楽部でご活躍の方です。
オープニングは、OSKで歌い継がれるテーマ曲『桜咲く国』を今作り直したら……というイメージでお願いしました。当時の感覚の「格好いい」を目指して、絶妙な絶妙なへぼさが残るようにお願いをして。そして物語は『トンヤレ節』をコンセプトにした曲ではじまります。
2024年1月扇町ミュージアムキューブ公演『へぼ侍~西南戦争物語~』OSK日本歌劇団公式より
ーートンヤレ……?
『トンヤレ節』は、幕末には歌われていた官軍を鼓舞する歌。明治維新で天皇が京都から東京へ行幸した時には官軍が演奏していたそうです。
その物語を結ぶのは『海ゆかば』という歌。『海ゆかば』は、戦前に広まった国民歌謡です。ミュージカルなので作詞もすべて僕ですが、この曲だけは僕ではありません。大伴家持の歌から作られたものなので。
ーー大伴家持……『万葉集』の?
そうです。幕府が終わり明治になり、天皇が東京にきて、皆が戦争へ行き戦争に負ける。それぞれの時代を象徴する音楽で、明治から戦前戦後までを表します。劇中には、美空ひばりさんをイメージした曲などもあります。
ーー翼さんが演じる錬一郎は、武家の生まれでありながら、幕末維新の動乱で家が没落。今は薬問屋で丁稚奉公をする青年です。西南戦争で一旗あげようと、官軍へ志願します。翼さんの錬一郎は、青年らしい繊細さと勇気が煌めくような魅力を放っていました。愛らしく生命力に溢れるお鈴(唯城ありす)との場面も印象的でした。
デュエット曲は、「笛を使った曲を」とお願いしました。すると山田先生は、雅楽の『青海波』の旋律をそのまま使った曲を作ってくださったんです。『源氏物語』の中で、光源氏と頭中将がふたりで踊るアレ。
『青海波』は日本で暮らしていれば、絶対にどこかで何度も聞いたことがある。でも、なかなか気づいてもらえない。それよりも「一幕の最後はレミゼの『ワン・デイ・モア』っぽいね」とか言われます(笑)。
ーー錬一郎の戦友となる松岡(天輝レオ)のシーンは、どこを切り取っても格好良かったですね。
松岡の「台詞の合間に三味線が入るところがかっこいい」と言っていただけることも多かったですね。でも、あれ三味線ではないんです。山田先生の琵琶。500年前の室町時代に作られた国宝級の琵琶の音です!
■日本のことばで、日本音階のミュージカルはできないか
ーー山田先生は雅楽奏者とのこと。どのような狙いがあったのでしょうか?
邦楽へのアレンジって、歌舞伎でもよく行います。先ほどお話した『ルパン歌舞伎』もそうでした。その時にアレンジしてくださるのは、常に和楽器奏者の方々です。
彼らは三味線の譜を五線譜に直すことができます。その逆のこともできます。山田先生も雅楽だけでなく、宮内庁の楽部として、ヴァイオリンやヴィオラも弾かれます。宮中晩餐会とかでは演奏しなくちゃいけないから。西洋から入ってきた音楽と日本に昔からある音階を自由に行き来できる。でも根本には日本音階、日本のことばにに立った感覚をお持ちです。
2024年1月扇町ミュージアムキューブ公演『へぼ侍~西南戦争物語~』OSK日本歌劇団公式より
今、日本のミュージカル音楽を作られている方のほとんど全員が、おそらく日本音階に馴染みのない、五線譜の感覚の方々です。そこを見直せないか、と思ったんです。
明治や戦前生まれの方々は、三味線や笛による邦楽の構造、音の運びを当たり前に体得されていたはず。たとえば義太夫にしても、基本的に全部“語り”です。それを義太夫狂言として歌舞伎に持ち込むと、語りだった言葉が役者の台詞にも音にもなる。我々の中に本来流れている、そういうものを再認識できたらと。
ーーミュージカルが日本音階で作られることで、戸部さんの創作過程にも影響はありますか?
オペラではすべての台詞が音にのりますよね。
それと同じ感覚で、今回僕は、台詞と歌を明確に区別せずに台本を書きました。日本音階を熟知し、日本のことばと音楽の擦り合わせができている人が作曲すれば、すべての台詞が歌詞になり、歌詞が台詞になるはずだと仮説を立てて。
かねてより僕は不思議だったんです。これだけ文化が発展し、お客さんの感度が高い国で、輸入もののミュージカルの方がありがたがられているのは、なぜだろうって。その理由は、日本音階の感覚をもつ人たちがミュージカルを作曲してこなかったからなんじゃないか。そこを見直さない限り、いつまでも僕らは輸入物のミュージカルをひたすらありがたがるしかないんじゃないか。……と、ミュージカル演出は初めての僕なりに思っていて(笑)。
ーー戸部さんは歌舞伎の演出もされます。西洋の音楽が広まる以前の日本で生まれた音楽劇として、歌舞伎は日本のミュージカルになりますか?
今あえて、日本音階を意識したミュージカルを作ることで、歌舞伎が日本のミュージカル、オペラであることを、逆説的に証明したいのかもしれない。僕は歌舞伎を世界一の舞台芸術だと思っています。だとしたら僕たちが世界に打ち出していける作品を作れないはずがない。本当は絶対にできる、と思っています。
■今この瞬間も、かもしれない
ーー主人公の錬一郎は、当時新聞記者だった犬養仙次郎(壱弥ゆう)、後の総理大臣・犬養毅と出会います。犬養は「パアスエイド(説得)」という言葉に希望を見い出し、錬一郎と日本の未来へ駆け出していきます。
この作品を通し、純粋に「あの時代を必死に生きた人々の命の輝きを舞台で伝えたい」という思いが、まずあります。彼らには、自分たちが命がけで時代を作ったという誇りがある。一方で、その後の日本がどうなったのかは、現代を生きる誰もが知るところです。戦争に突き進み、大阪の街は焼け野原に。そして戦争に行った彼らは……。
2024年1月扇町ミュージアムキューブ公演『へぼ侍~西南戦争物語~』OSK日本歌劇団公式より
原作はそれを示唆したところで終わりますが、OSK版では最後にもう一場面追加させていただきました。
歴史を振り返れば、戦争を避けられたかもしれないタイミングが何回もあった。止めようとした人はいた。けれど、できなかった。五・一五事件での犬養暗殺は、象徴的な転換点と言えます。今や僕らは、戦争のあった頃のことを、まるで一つの終わった時代のように捉える感覚があります。でも、そんなことはない。あの時、犬養が成し遂げられなかったことを、その後僕らは解決できただろうか。今この瞬間にも、僕らは何かを見逃しているんじゃないか。
ーー今なら止められる何かがある……。
かもしれない。それを最後にもう一度問いかけたかったんです。
ーー晴れやかで希望に満ちたステージでありながら、皮肉で切ない余韻を残します。
そしてフィナーレには……サヨナラショーを入れました!(笑) 重いテーマとのバランスをとるためにも、歌劇のド定番で華やかに結びます。物心ついた頃から見ていた、歌劇の王道です!
OSKも新しい時代へ
ーーOSKの注目度が上がっている中での公演です。
朝ドラの影響は大きいですね。OSKは、かつて存続の危機にさらされた時期もありました。それが今回は、拠点としている関西でだけでなく、東京公演も完売です。客席の7割が新規のお客様となり、出演者にはプレッシャーもあるでしょう。本作では芝居や歌で、彼女たちにとって挑戦といえることを色々やっていただきました。それでも皆、楽しそうについてきてくれました。手応えも感じられているようです。
ーーこの座組でセンターに立ったのは翼さんです。
楽しんでいるときは目が輝くし、一生懸命な時にチラッとみえる可愛らしさがあります。本人は気づいてるのかな。気づいてやっているなら、すごい楽しいな(笑)。
彼女はとても優しく面倒見が良いです。でも自分に対しては厳しい目をもっていて非常にストイック。あれだけ自分を厳しく見られるなら、周りのこともかなり冷静に見えているはずなんです。だからこそ後輩の面倒をみてしまうのかもしれないな、とも思います。
ーー面倒をみるのは良いことですよね?
この公演においては主役という立場なので、自分のことにだけに集中していい、と僕は思っていて。
トップは後輩に背中を見せて、自分が信じる方向に突き進んでいくもの。背中を押してもらうのがトップというものじゃないかなと。彼女たちは歌劇団として、集団性を重視するところからスタートします。横一列の下積みにはじまり、ラインダンスをし、「みんなで一緒にがんばろうね」とトップの背中を追いかけている。そこで急センターに立たされたら? 前に誰もいなくなり、つい「一緒にがんばろうね」と皆の方を振り返りたくもなります。でも、後ろを気にしてふり返られたら、周りは背中を押すに押せません。
ーー振り向かないことが、信頼の証といえそうです。
そうやって周りに背中を押してもらって、作品は良くなっていくんでしょうね。
ーー『へぼ侍』は全公演が完売です。翼さんをはじめ、OSKを次にみられるのはいつになるのでしょうか。
関西を中心にコンサートや公演を色々やっているようですが、東京では8月になるのかな。男役トップスターの楊琳(やんりん)さんと、娘役トップスターの舞美りらさんの退団公演として、4月に大阪松竹座『レビュー 春のおどり』、7月に京都南座『レビュー in Kyoto』があり、8月には新橋演舞場『レビュー夏のおどり』が決まっています。『夏のおどり』あたりで、僕も何か呼んでもらえたらうれしいな……なんて思っています!
戸部和久
取材・文・撮影=塚田史香

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