アンドロイドはオペラの夢を見るのか
? 人工生命×アンドロイド「オルタ
3」が新国立劇場のオペラに出演!

2月28日(木)新国立劇場において《「人工生命✕アンドロイド「オルタ3」 4社共同研究プロジェクト始動、人間とアンドロイドによる新たなコニュニケーションの未来を示唆》と題した記者発表がおこなわれた。株式会社ミクシイ、国立大学法人大阪大学、国立大学法人東京大学、株式会社ワーナーミュージック・ジャパンによる【4社共同研究プロジェクト合同記者発表会】である。
劇場に入ると、メインエントランスの大階段にしつらえたステージに35名ほどのオーケストラ・メンバーが着席しており、下手側にはピアノがおかれている。そして中央の指揮台の位置には、顔と肘から先にはアイボリーのなめらかなスキンが貼られ、それ以外の人間の上半身に当たる部分は機械がむき出しのロボットが据えられている。アンドロイド「オルタ(Alter)」が進化した3号機、“オルタ3”がこの日、初公開されたのだ。
なぜ最先端のアンドロイドの発表の場所に新国立劇場が選ばれたのか?それは2020年8月に新国立劇場で上演される「特別企画」の新作オペラに“オルタ3”が主役として、子供たちと一緒に出演するからである。この記者発表会の前半は4社共同プロジェクトとして開発されている“オルタ3”がどのように生まれ進化してきたか、そして後半は、“オルタ3”が出演するオペラがどのようなものになるかの説明があった。
オルタ3
人工生命を宿した、人と人をつなぐアンドロイド“オルタ3”
まずは記者発表の主催者であるミクシィ代表取締役社長執行役員の木村弘毅氏が挨拶して会はスタート。大阪大学教授・工学博士の石黒浩、東京大学教授・理学博士の池上高志、ワーナーミュージック・ジャパン エグセクティブプロデューサー増井健仁の各氏がそれにつづいた。
ミクシィ代表取締役社長執行役員 木村弘毅氏
4社共同プロジェクトは、〈コミュニケーションを通じて世界を鮮やかに変えていくこと〉を事業活動のミッションに抱え“オルタ3”のシュミレーターを提供する「ミクシイ」、世界的なアンドロイド研究のパイオニアである「大阪大学石黒研究室(アンドロイド開発:小川浩平)」、Alife(人工生命)研究のパイオニアである「東京大学池上研究室」、プロジェクトの実証実験の場を提供する「ワーナーミュージック・ジャパン」によって発足した。
大阪大学教授・工学博士 石黒浩氏
この日、世界初公開となった“オルタ3”は人工生命を宿したアンドロイドである。VR(バーチャル・リアリティ/仮想現実)というと普通に想像するのは、非日常的なもの、例えば戦闘やレースなどを高度なCG技術を使ってリアルに体験させることだが、このプロジェクトはその反対に“オルタ”という非日常的な機械生命体を日常生活の中に持ちこんで、人を繋ぐことに役立てようというところが新しい試みだという。
東京大学教授・理学博士 池上高志氏
世の中で流行っているAI(人工知能)は、どちらかというと人がやっていることを自動化するために使われるが、人工生命の狙いは自律的に動くこと。自分で決めて自分で動くので、制作者にもどうなるかわからないアルゴリズムがある。“オルタ3”にはアンドロイドの美的表現を極限まで追求するためのダイナミクス生成エンジン「Alife EngineTM」が世界で初めて搭載されており、ロボットと人との共創が注目されている。
ワーナーミュージック・ジャパン エグセクティブプロデューサー 増井健仁氏
株式会社ミクシイはこれまで手がけてきた事業活動で担ってきた技術を用いて、“オルタ3”の開発を助けるシュミレーター「Alter3 Simulator」を開発。これによって、アンドロイド本体がその場になくても仮想的に、動作シュミレーションや、事前に現場での検証が難しいコンサート会場などにおける演出のチェック、また頭や手を動かす時の衝突検知などの確認作業をおこなうことができるようになったそうだ。
“オルタ”はこれまで1、2と進化してきて、この日披露されたアンドロイドが3体めの“オルタ3”となる。記者発表会には実際に開発した中心メンバーである大阪大学講師・工学博士の小川浩平、株式会社オルタナティヴ・マシンの土井樹、ミクシィ執行役員CTOの村瀬龍馬も出席して具体的な説明があった。
大阪大学・小川浩平氏(左)、東京大学・土井樹氏、ミクシィ・村瀬龍馬氏
昨年7月に日本科学未来館で上演されたアンドロイド・オペラ《Scary Beauty》
ここで作曲家の渋谷慶一郎氏が登場した。渋谷氏は15年ほど前から東京大学の池上教授とノイズや立体音響による協働、開発を行なっている。昨年の7月には台場の日本科学未来館においてアンドロイド“オルタ2”が、オーケストラを指揮して歌も歌うアンドロイド・オペラ《Scary Beauty》を発表した。渋谷氏は2013年にボーカロイドの初音ミクを主人公にしたオペラ《THE END》をパリのシャトレ座で上演し大成功を収めているが、その公演の後、大阪大学の石黒教授とも知り合う機会があり、池上、石黒両研究室の協力を得て、アンドロイドを主人公にしたオペラの実現化に着手したという。
渋谷「テクノロジーとアートの融合は結構いま流行っていますけれど、ヤバイものが少ないと思うんです。心地いいとか、面白い、とかはあるんだけれど、心に刺さるようなものがない。少し前に発表した《THE END》からそうですが〈生と死〉というのがやはり僕のすごく大きなテーマになっていて、《Scary Beauty》を作ってみて思ったのは、アンドロイドにしかできないことがあるし、人間にしかできないものがある。それを掛け合わせると、すごくドキッとする瞬間があって」「このプロジェクトに没頭していて思ったのは、一生懸命かなり根を詰めてプログラムを作ったりとか、どう歌わせるか?とか、声の音色を作ったりやっているうちに、なんだか命がないものに命を与える作業を、このアンドロイドというメディア、テクノロジーを通してやっているのか、と。今はまだ、これからどういうできることがあるかと思っているところです」
渋谷慶一郎氏
ここで日本科学未来館展示企画開発課長の内田まほろ氏が登壇し、ワーナーミュージック増井氏の説明に加えて“オルタ3”による《Scary Beauty》他の今後の予定を発表した。
《Scary Beauty》は今年の3月13日にドイツ、ドュッセルドルフでの公演が決まっている他、今後も世界での上演が予定されている。“オルタ3”は公演後ドイツに5月まで展示され、5月から8月まではロンドンのバービカンセンターの“AI: More Than Human"展にも展示されるとのこと。
日本科学未来館展示企画開発課長 内田まほろ氏
新国立劇場で子供たちとアンドロイドが主役の新作オペラを上演
2020年8月に上演される「特別企画」の新作オペラについては、指揮者で新国立劇場オペラ芸術監督の大野和士氏と、このオペラの台本を担当する作家の島田雅彦氏が登壇して説明した。
大野「今日、この新国立劇場を会場として記者会見を開かせていただいている大きな理由は、私たちが来年のオリンピック・イヤーのオリンピックとパラリンピックのちょうど間の時期に、このアンドロイド“オルタ3”を主人公にして、そして今の構想としては100人くらいの子供さんたちが舞台に登場して、ロボットと人間の子供たちが、ロボットから知恵を受け取りながら子供たちが人間の未来を考えたりしながら、人間の普遍的な姿を確信していくというシナリオのオペラを上演することになっております。作曲は渋谷慶一郎さん、台本は島田雅彦さん」「80人の大編成のオーケストラがピットに入って、その音の洪水の中で、アンドロイドとそして子供の合唱が人間の未来を作っていく。私たちにとっても挑戦的なオペラ作品になるだろうと思います」
新国立劇場オペラ芸術監督 大野和士氏
島田「オペラを書くのは割と得意な島田です(笑)。今度で三作目になるかと思います。オペラというと、神話とか歴史を踏襲したり、過ぎ去った出来事を未練がましく描くことも得意としてきましたけれども、今回はSFオペラということで、まだ見ぬ未来についての考察が含まれています。AIがオペラのキャラクターになるというのは前例がないわけではなく、フィリップ・K・ディックというアメリカのSF作家原作の「ヴァイス」という人工知能ものが、オペラになっている例としてあげられます。今回はもうちょっと、子供が登場したり、あるいは未来の人類たる子供にもメッセージを発信するという意味も含めて、非常にリーダブルな、わかりやすいオペラを心がけました。これを観た後に、ちょうどロッシーニのオペラを観終わった後のように、楽曲の一節でも覚えてもらって口ずさみながら帰ると。そして同時に、私たちがキャスティングさせてもらったこの“オルタ3”君との親睦が深められていったら成功だと思います。台本はもうできておりますがまだ秘密です」
島田雅彦氏
渋谷「なんだか音楽について今だいぶ、先輩たちに指定された気はするんですけれども(笑)。抑圧だった気もするんですけれども。冗談です(笑)。音楽はこれから考えていくところですが、オペラについて結構いろいろ勉強しているところです。昔、勉強したのをだいぶ忘れたので今勉強し直しているところなんです。やっぱり勉強したうえでやめていく、というか、壊していくということが必要だと思っていて。ですからオペラらしい何かを出していくとかではなく、こういうことはオペラではこれまでなかった、ということをどんどんやりたい。それの象徴となるのが多分このアンドロイドなのではないかな、という気がしています」
新国立劇場では、もともと来年のオリンピック、パラリンピックの時期に上演する子供たちを対象にしたオペラを作りたい、という企画があり、大野芸術監督はそれだったら子供たちにファンタジーを与える作曲家として、昔から知っていた渋谷慶一郎氏、そして台本作家も古くからの友人でもある島田氏に依頼したいと思っていたところ、渋谷氏と話をしたら、ちょうど“オルタ3”ができるということを知り、この二つのプロジェクトが一つになっていったという。オペラの題名や内容はこれから具体的に決定し発表されることになる。
この後、“オルタ3”がオーケストラと渋谷氏のピアノを指揮しながら歌も歌う《Scary Beauty》の演奏があった。生のピアノとオーケストラというアコースティックな楽器群の音と、“オルタ3”の声がマイクを通してスピーカーで拡散される。指揮の途中で“オルタ3”がくるっと客席の方を向いて腕を動かしながら微かな声で歌った時には、確かに、そう思おうとすれば、そこに“オルタ3”の何らかの表現を汲み取ることができるように思えた。
演奏の前に記者からの質問に答えた渋谷氏によると、“オルタ3”はテクノロジーにおいて“オルタ2”からかなり前進している。指揮をする腕は圧縮空気で動いているので機敏な動きはあまり得意ではないが、それでも今回はかなり前進している。だがその動きが早くなりメトロノームのように正確に指揮ができれば良いというものでもない。
渋谷「逆に空気が動かしているという動きの制約が、アンドロイドの指揮を、劣っているとか優れているとかではなく、人間とは明らかに違うものにしているんです。その違いに、演奏している人間が戸惑うという不完全な状態が僕的には面白い。不完全な状況というのは即興でも作曲でもなかなか表せない状況で、例えばジョン・ケージの最晩年なんかはそういうことをやろうとしていたんだと思います」「僕はオペラというのはまず劇場作品であることが重要だと思っている。劇場でなにを表現するかといった時に、例えばアンドロイドが笑っている」「普通笑っているというのは人間の場合は笑っている心があってそういう表情をするわけだけれども、アンドロイドの場合は心というのは何か?ということになります。笑っているように見えるのは、自分の鏡みたいな、極端にミニマルな外見がそうさせているんだと思う。かなり人間に近い動きをするけれど人間とは違うみたいな、境界をゆらゆら揺れている状態というのが、劇場作品としてはいままでなかった試みなので面白いんじゃないか、と思うんです」
この新作オペラで“オルタ3”が指揮をしたり歌ったりする姿に接してあなたがもし何か感じるとすれば、それはあなた自身が鏡に映った姿を見ているのかも知れない。
自身も指揮者である大野芸術監督に「“オルタ3”は指揮ができるとお考えですか?」との質問があり大野氏は、「先生方が新しく制作されたアンドロイドの運動能力というか、どのように指揮をするのかは私もまだ全然わからないのです。でももし、アンドロイドがどんどん発展して、指揮もできて、出てきた音に対して反応もして制御することができる、そういうのが出てきたら私の職業はあやういですね(笑)。まあ、それにはもうちょっと年月がかかるんじゃないかな、と思っておりますけれども」と答えて会場を笑わせていた。このやりとりを見下ろしている“オルタ3”の余裕の微笑みからは、これまで普通のオペラに接していただけでは想像もつかないような、アンドロイドならではのパフォーマンスが生まれる予感が、感じられたのである。
2020年新国立劇場における<子供たちとアンドロイドが創る新しいオペラ>は、大野が指揮、新国立劇場演劇芸術監督の小川絵梨子が演出を担当する。また、子供たちと共に、プロのオペラ歌手と新国立劇場合唱団も出演、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。さらに、新国立劇場バレエ団も参加し、新国立劇場始まって以来の全ジャンルのコラボレーションが実現する。
取材・文=井内美香
撮影=長澤直子

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