劇団四季の最新作『パリのアメリカ人
』観劇レビュー~「大人の想像力を刺
激するミュージカル」

美しく、観る者の想像力を最大限に掻き立てるミュージカルーー。
2019年1月20日(日)に開幕した劇団四季の新作『パリのアメリカ人』。2015年のトニー賞では振付賞、編曲賞、装置デザイン賞、照明デザイン賞を獲得し、日本での上演はこれが初となる。
ベースとなっているのは1952年にジーン・ケリーの主演でアカデミー賞を受賞した映画『巴里のアメリカ人』。ミュージカル版では英国ロイヤル・バレエ団で『不思議の国のアリス』等のバレエ作品を手掛けたクリストファー・ウィールドンが振付と演出を担当し、非常に繊細でロマンティックな世界を構築した(昨年末にウィールドン氏立ちあいのもと行われた公開稽古レポートはコチラで)。
第2次世界大戦直後のフランス・パリ。退役軍人のジェリー・マリガンはアメリカに帰国せず、パリで画家を目指すことを決める。ある日ジェリーは混乱が続く街中で可憐な女性を見かけ、一瞬で恋に落ちるのだが、すぐにその姿を見失ってしまう。戦争の影を払しょくしようとカフェに集い自由を謳う若者たち。そこでジェリーは作曲家志望のピアノ弾き、アダム・ホッツバーグとミュージカルスターを夢見るフランス人資産家の息子、アンリ・ボーレルと出会い友情を誓い合う。
ある時、バレエ団のオーディションで伴奏をするアダムとともにスタジオを訪れたジェリーは、街で見かけた女性と再会。彼女の名はリズ・ダッサン。秘密を抱えながら、バレエダンサーとして成功することを夢見て香水売り場で働いている。リズに魅かれるジェリーは「僕といる時は自由な女の子、ライザとして振る舞えばいい」とセーヌ河のほとりで逢うことを約束し、ふたりは気持ちを通い合わせていくのだが、じつはアダムもアンリも互いの気持ちを知らぬまま、リズに恋をしておりーー。
(注:ここから先は作品の内容に触れています)
劇団四季『パリのアメリカ人』(撮影:下坂敦俊)劇団四季の最新作『パリのアメリカ人』観劇レビュー
まず、冒頭の”映像マジック”に気持ちを持って行かれた。ナチスの支配が終わったこと、パリに自由が戻ってきたことが一瞬でわかり、飛び立つ飛行機を見上げるジェリーの高揚感がダイレクトに伝わってくる。
ウィールドン氏が「転換もダンスの一部だと考えた」と語る通り、多くの舞台転換はキャストによって流れるように行われ、そこに最先端の映像とプロジェクションマッピングが乗っていく。そのマン・パワーと最新テクノロジーの融合が非常におもしろい。登場人物たちが舞台セットを配置する様子は戦争で傷付いたパリを若者たちが復興していく様子と重なって見えた。
ジェリー役の酒井大はバレエダンサーの本領を発揮。羽が生えているかのようなダンスを美しく躍動感たっぷりに魅せる。ジェリーという役は見方によってはかなりの”天然”だ。一目惚れした女性が何度もリズと名乗っているのに「君はここではライザだ!」と強く押したり、アンリの境遇だけを見て彼を苦労知らずと決め付けたり、利用しているのか惹かれているのかよく分からない態度でリッチなアメリカ人女性のマイロと付き合ってみたり。そのキャラクターが”天然だが憎めないチャーミングな人物”になるか、”人の気持ちが分からない身勝手な人間”に映ってしまうかが役の構築として難しいところなのだが、酒井は上手く前者に落とし込めていると感じた。
リズを演じる石橋杏実は夢を掴もうとしながら自身の抱える秘密やアンリ一家への恩、アダムへの共感と友情、ジェリーに想いを寄せる本心など複雑な心情をおもにダンスで繊細に表現。終盤、14分に及ぶバレエシーンでは圧巻のパフォーマンスを見せた。
本作の語り手でもあるアダム役の斎藤洋一郎、アンリ役の小林唯も好演。アダムもアンリもリズに思いを寄せながら、なかなか踏み出せない様子が切ない。アダムのルーツとお坊ちゃんにも見えるアンリが戦争中に取った行動とがリンクし、ふたりが互いを深く理解する様子に胸打たれた。また『ノートルダムの鐘』エスメラルダ役や『ウィキッド』の主演で舞台の芯に立ってきたマイロ役の岡村美南が、大人の演技と表現力豊かな歌で場を締める姿も印象的だ。
劇団四季『パリのアメリカ人』(撮影:下坂敦俊)
劇団四季はこれまでもクラシックバレエが重要なポジションを締める『アンデルセン』や、ダンサーたちの葛藤を描いた『コーラスライン』、スーザン・ストローマン振付&演出の『コンタクト』等、ダンスの比重が大きい作品を多く上演してきた。その下地があるからこそ、この美しく華やか、そして大人たちが心を震わせるミュージカル『パリのアメリカ人』を長期に渡って上演できるのだろう。メインキャストのダンス力は言うまでもないが、アンサンブルひとりひとりの技術力も素晴らしい。『ノートルダムの鐘』とはまた違った意味で、劇団としての成熟を表す作品だとも感じた。
ガーシュウィンの音楽も非常に心地良く、いい意味で耳にスッと入ってくるし、『アナと雪の女王』等の訳詞を担当した高橋知伽江氏が仕掛ける歌詞の中の言葉遊びも興味深い。四季のレパートリー作品『クレイジー・フォー・ユー』でもお馴染みの「アイ・ガット・リズム」や「シャル・ウィ・ダンス?」等のナンバーが本作ではどんなシチュエーションで使用されているか、見比べるのも楽しいかもしれない。
劇団四季『パリのアメリカ人』(撮影:荒井健)
『パリのアメリカ人』は劇団としての成熟を表す作品だと先に書いたが、上演を重ねることによって特に物語の部分が深まり、全体が練れてくるミュージカルだとも思う。日本初演のオリジナルメンバーとして開幕を飾ったキャストたちに敬意を払いつつ、製作発表の場で「俳優として悩んでいた時にブロードウェイでこの作品を観て自分の演劇人生が変わるのを実感した」と語ったジェリー役(候補)の松島勇気をはじめ、実力派の俳優たちが作品に新たな風を吹き込んでいくのも楽しみに見届けていきたい。
劇団四季ミュージカル『パリのアメリカ人』は2019年3月8日(金)まで東急シアターオーブにて公演中。2019年3月19日(火)~8月11日(日・祝)までKAAT 神奈川芸術劇場<ホール>にて上演される。
※文中のキャストは筆者観劇時のもの
取材・文=上村由紀子

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