音楽座ミュージカルが新作『SUNDAY』
を上演中~困難を乗り越え、再び羽ば
たこうとする“今”について、プロデ
ューサーが語る

シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』『とってもゴースト』『マドモアゼル・モーツァルト』『リトルプリンス~星の王子さま~』『泣かないで~遠藤周作著「わたしが・棄てた・女」より~』『メトロに乗って』など数々の名作を生み出してきた音楽座ミュージカル。その新作『SUNDAY』の上演が始まった。原作は人気作家アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」(1944)。優しい夫と良い子供に恵まれ、理想的な家庭を築き上げてきたことを誇りに思ってきた女性ジョーンが、娘の看病の帰りに砂漠で足止めをくらい、旧友との再会からある真実と向き合う——。実はずいぶん前から温められていた企画でもある。
前代表・相川レイ子氏の逝去などの影響
 音楽座ミュージカルと聞いて、久しぶりに耳にしたと思うミュージカルファンも多いかもしれない。独自路線のオリジナル・ミュージカルで、苦悩しながらも前を向いて歩もうとする主人公を描いた作品の数々で多くのファンを引きつけてきた。宇宙と呼吸をするような壮大さと、観客の心の奥底に染み入り揺さぶるメロディはほかでは感じられない美しさがある。東京芸術劇場を拠点に赤坂ACTシアターのような大きな空間で公演を打っていたこともある。確かに一時のような派手な活動は行っていない。でも今はタメの時期、高いジャンプをするタイミングを虎視眈々と狙っている。
 音楽座の作品はワームホールプロジェクトと呼ばれる7、8人のスタッフ・俳優らによる集団創作によってああでもない、こうでもないと長時間の試行錯誤を経て生み出される。決して表に出ることはなかったが、その中心にはカンパニーの代表だった相川レイ子氏がいた。長年音楽座ミュージカルを創作・上演してきたが、2014年に経済的に音楽座ミュージカルは存続の危機にさらされる。
 プロデューサーの石川聖子は「私たちのミュージカルはこだわって作品を出せば赤字になりました。代表が私財を投じ、他の事業で仕事をさせていただくことで決算上はトントンだった。解散しようという話も出ましたが、でも、みんなは解散したくないと。何とか続けていこうということになりました。一方で、私たちは当時から稽古の合間に企業研修をやっていて、それがお蔭様でとても評判がよかった。公演の合間に限られた企業で行っていたんですけど、これからは研修の合間に公演をやることにしたんです。ところがこの研修、人に大きな変化を与える、影響するという意味で、実はミュージカルとまったく同じなんです」
石川聖子
 劇団の本拠地である町田市芹ヶ谷にある稽古場が、最初に作品を発信する場にもなった。小さなスタジオだからキャパも公演期間も限られているから、あっという間にチケットはなくなってしまう。今回の『SUNDAY』も同様にチケットは完売してしまった。でも、それだけ音楽座ミュージカルを思う観客も多い。
 しかし、精神的に大黒柱であった相川が2016年に逝去してしまう。「相川が残したワームホールプロジェクトという創造システムで創り上げた今回の作品『SUNDAY』は、『グッバイマイダーリン★』(2017)に続いて新代表になって2作目の新作です」(石川)
 音楽座ミュージカルとして発信する作品の根本はまったくかわらない。「自分は自分でしかない。自分がどんなものであるかを受け入れて、それを認めたときに初めて希望が見える」(石川)そんな作品は、音楽座ミュージカルのメンバー一人ひとりにも勇気と希望をもたらしているのかもしれない。
ニューヒロイン・森彩香「どん底にいるのが誇り。なぜなら“生きている”って思えるから」
 石川は、この日の取材に一人の若手女優を同席させた。森彩香(さやか)だ。「セクシーで、魅力がある。自分がうまくいかないというのをちゃんと認めることができて、落ち込み力がすごい。そのぶん足りないものを手に入れたいと思うからあがくんですよ。彼女のその振れ幅の大きさこそが人を惹きつけるんだと思う。彼女のあり方そのものが魅力的なんです」と石川は森を評する。
 土居裕子、石富由美子、今津朋子ら音楽座ミュージカルのヒロインを取材してきたが、その明るいキャラクターは群を抜いている。
森彩香
 「私は大阪芸術大学に通っていました。そこに宣伝に来た音楽座の方々がワークショップをやってくださったんです。そのときに私たちがつくった作品を披露する機会があったんですけど、本気じゃないとこてんぱんに怒られちゃった。だから印象が悪くて、PRしにきた作品だけでなくまったく音楽座を見にいくことはありませんでした。でもいざ卒業するときに、当時言われた言葉が思い出されて。それでオーディションを受けて今はここにいます。音楽座に入ったのは、むかついたのがきっかけ(笑)。でも今は音楽座が大好きです。どうしようもないどん底にいるのが誇り。なぜなら“生きている”って思えるから」
 ケラケラ笑う25歳は、『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』でデビューし、2作目の『リトルプリンス』、続く『グッバイマイダーリン★』で主役に抜てきされた。『SUNDAY』では主人公ジョーンの夫ロドニーが心惹かれるレスリー役を演じる。
 「音楽座として一番共感できるところがこの役には込められているなと思っています。私たちは、人からどう思われるかということをどうしても考えてしまうんですけど、レスリーは、自分が生きたいように生きて、やりたいように物事をやっていく。もちろんいいことばかりではなく、苦しいこともつらいことも全部含めて自分の生き方を選ぶところにすごく共感しています。とても人間らしく、でもなかなか手が届かない人。チャレンジしていきます」(森)
 アガサ・クリスティーが大好きで、すべての小説を踏破しているという石川は「この作品は、殺人事件は起きないけれど、怖い。アガサの傑作に数えられると思います。前代表のころから、魅力的だけどなかなか難しいからと先送りしていたんです。音楽座ミュージカルは最後に希望をお渡しするのがミッション。大変かもしれないけれど、明日からもちゃんと生きてみようと思えるものを提供したい。原作通り終わると希望がないので、それをどうするかを含め、トライしてみようと。
 1幕の最後は、ジョーンという女性が自分は一人ぼっちだと気づくところで終わるんです。でも本当はここからがスタート。2幕では、自分というものを見つめていく。自分はよくなかった、夫も幸せじゃなかった、だから謝ろうと思ってロンドンに帰ろうとするんだけど、そこでとある女性が同じ列車に乗ってきて、そんなことはあなたが聖者でもなければできるわけがないという謎かけをしていく。そこがアガサの素晴らしいところ。人間の我があって、業があって、でもそれを含め、自分自身であることから逃れられない。簡単じゃないんですよね。私たちは再演を繰り返すことで作品を深め、完成にもっていくというのが作品に対する姿勢。今回の『SUNDAY』も命が吹き込めたと思ったら、再演を繰り返していきたいと思っています」と語る。
音楽座ミュージカル『SUNDAY』
そして、今までにない新たなチャレンジも
 冒頭で音楽座ミュージカルはタメの時期だと書いた。企業研修のリストを見ると、誰もが普通に知っている有名企業がずらりと並ぶ。中には行政もある。俳優が行う企業研修だけあって、言葉で鼓舞したりいさめるのではなく、感性や身体に訴えていくものなのだそう。リピート率もほぼ100パーセントとか。
 「うちの経済規模でできることは最大限やろうと思っています。新作もやるし、これまで通り旧作も丁寧に育てていきます。しかし新しいものを見つけたい。従来のミュージカル、演劇ではないものを見つけたい。ブレイクスルーしたものがつかめないかと思って、いろんなことにトライしています」
 ライブの世界とヴァーチャルリアリティーの世界が同時に物語をつむぐ、新感覚VRエンターテインメントだ。
リトルプリンスVRトライアルレポート

 そちらの業界からは取材があるものの、演劇界からは……。僕にももう一つ、テーマができた。
取材・文:いまいこういち

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