Skoop On Somebodyに現代ネオソウル
の源流を見る

『sha la la』や『潮騒』だけじゃない
!Skoop On Somebodyが現代ネオソウル
の源流とも言われる所以を紐解く

近年、日本のミュージックシーンでは、ネオソウルと呼ばれるジャンルの音楽が隆盛を見せています。ネオソウルとは、もともとのソウルミュージックに、ジャズやファンク、ヒップホップなどの近縁の音楽ジャンルを混ぜた、新しいソウルの形。わかりやすい例をあげるとすれば、Suchmosが発信しているような音楽のことを指します。
90年代後半、現代ネオソウルの源流とも言われるR&Bバンドが日本に生まれていたことをみなさんはご存知でしょうか?ニベアのCMソングとして注目を集め、スマッシュヒットを記録した『Sha la la』や、男性の切ない恋を描いた『潮騒』、CHEMISTRYに提供した『My Gift to You』などが代表曲と言われるSkoop On Somebodyの知られざる魅力を紹介します。

Skoop On Somebodyとは?

Skoop On Somebodyは2人組の音楽ユニット。ボーカルを担当するTAKEと、キーボードのKO-ICHIROで構成されています。ここまでを読んで、「あれ?バンドじゃないの?」と思う方もいるでしょう。実は1995年の結成当初、Skoop On Somebodyは3人でした。上記の2人に加え、ドラムにKO-HEYというメンバーがいましたが、2011年に脱退、2018年現在は2人組のユニットとして活動しています。

Skoop On Somebodyは、1995年に3人で結成され、1997年にメジャーデビューしました。デビュー当時はSKOOPというバンド名で活動しており、現在の名前となったのは2000年のことです。
これまでに44枚のシングルと、11枚のフルアルバム、数多くのコンセプトアルバム・ミニアルバム・ベストアルバムを発表しています。

Skoop On Somebodyのボーカル、TAKEに
ついて

1969年8月13日生まれ、O型。高校時代からブラックミュージックに傾倒し、ゴスペルシンガーのサム・ジョーンズに師事。その後、単身で渡米し、本場ニューヨークのハーレムでボイストレーニングを受ける。

帰国後はクラブシンガーなどでボーカリストとしての活動を続け、24歳のころ、SKOOPの前身となるバンド、Mood 4 Luvを結成する。
好きなアーティストは、Donny Hathaway

過去に1度の結婚歴があるが、2018年現在は結婚していない。

Skoop On Somebodyのキーボード、KO-I
CHIROについて

1964年2月8日生まれ、O型。6歳のころ、姉の影響でピアノをはじめる。高校1年のとき、ジャズをきっかけにスティービー・ワンダーを聴きはじめ、ブラックミュージックに傾倒していく。

25歳のとき、「自分探しの旅」と銘打った3か月の渡米で、ゴスペルミュージックの魅力に触れ、帰国後、ゴスペルグループを結成。29歳のころ、SKOOPの前身となるバンド、Mood 4 Luvに加入する。

好きなアーティストは、Kirk Franklin

結婚しており、子どももいる。

ex.Skoop On Somebody、KO-HEYについて

1969年4月6日生まれ、A型。中学1年のとき、自宅の近所に住むお兄さんにドラムを譲り受け、ドラム演奏をはじめる。きっかけとなったドラマーは「サディスティック・ミカ・バンド」や「YMO」、「THE BEATNIKS」で知られる高橋幸宏

16歳のとき、誘われて本格的なバンド活動を開始。そのとき加入したバンドは、「シャ乱Q」の前身バンドのひとつ、「Q」へとつながる「キューピー」というバンドだった。

大学1年ごろから、明確にブラックミュージックへの興味を持ちはじめ、同じ大学だったTAKEとバンドを結成する。24歳のとき、SKOOPの前身となるバンド、Mood 4 Luvに加入。

2009年、心身の疲れを理由にSkoop On Somebodyとしての活動を無期限で休止。2年後の2011年、Skoop On Somebodyを脱退する。

好きなアーティストは、Quincy Jones

2018年現在は、ネオソウルバンド『NEIGHBORS COMPLAIN』のプロデュースを手がける。
(※情報はすべてソニー・マガジンズ発行「stories Skoop On Somebody」に基づく)

Skoop On Somebodyの魅力

Skoop On Somebodyの音楽を少しだけ聴いたことがあるという人からすれば、「彼らのどこがネオソウルの源流なのか」と思うかもしれません。しかし、メジャーレーベルに所属していた彼らが、シングルやタイアップといった誰の目にも映る活動の中で、ある程度ポピュラライズされてしまうのは仕方のないことでした。

インディーズレーベルから音源を発表する手法は、ここ数年でようやく当たり前になってきましたが、90年代後半と言えば、まだメジャーレーベル全盛の時代。1997年のデビュー当時こそブラックフレーバーの強くする音楽をシングルとして発表していた彼らですが、その後、誰の目にも映る場所ではややポップに寄った曲を多く発表してきました。その面しか知らない人にとっては、ネオソウルの源流という言葉はギャップがあるかもしれません。
もともと彼らは、日本では珍しいセルフ・コンテインド・バンドでした。セルフ・コンテインド・バンドとは、作詞・作曲・アレンジ・プロデュース・パフォーマンスをすべて自分たちで完結できるバンドのこと。音楽に対する高いレベルでの咀嚼が求められるため、このようにほかとは区別された名前で呼ばれています。
彼ら自身も自分たちだけで完結できる音楽の形にはこだわっており、「club S.O.S.」と題されたこのアレンジは、別のバージョンとしてたびたびCDに収録されています。なかでも「undressed〜club SOS〜」というコンセプトアルバムは、彼らの魅力が詰まった必聴の1枚。少人数の構成で演奏するポピュラーミュージックとはどのようなものなのか、彼らの実力の片鱗を見る(聴く?)ことができる1枚です。
1999年発売、シングル「Amanogawa」収録。
上で紹介しているSpotifyのリンクは、同じく1999年リリースの3rdアルバム「Where do we go」に収録されたバージョン。ぼくとしては、シングル収録のバージョンがおすすめなので、ぜひシングルバージョン(YouTubeの方)を聴いてください。シングルバージョンはアルバム「Where do we go」にボーナストラックとしても収録されています。同じくネオソウルの源流となるバンドとして知られるSING LIKE TALKING佐藤竹善によるカバーも秀逸。

Soul’n’Roll

2001年発売、シングル「Still」収録。
Skoop On Somebody名義になって4枚目のシングル「Still」のカップリング曲。ロックンロールにかけたタイトルも含め、すべてが最高にクール。

around the world

2001年発売、アルバム「Key of Love」収録。
Skoop On Somebodyとなって最初のアルバム「Key of Love」の3トラック目。流れるようなグルーヴが印象的なナンバーで、バンド時代のライブでは定番曲でした。イントロから圧倒的な力量を見せつけるベースは、元ORIGINAL LOVEでプロデューサーとしても実績がある小松秀行が担当。

Nice’n Slow

2001年発売、アルバム「Nice’n Slow Jam」収録。
彼らの真骨頂とも言えるメロウなソウルナンバー。エロい歌詞にも注目して聴いてもらえれば、さらに深く入り込めるでしょう。原曲はSKOOP時代のシングルで、リアレンジが施されています。原曲の無骨なアレンジもおすすめ。昔も今もライブではド定番の楽曲です。
余談ですが、こういう楽曲を歌う彼らのことを「メロウ」を文字って、「エロウ」と言います。

over there(feat. JIN)

2002年発売、シングル「a tomorrowsong」収録。
親交の深いRHYMESTERのDJ JINを迎えてのナンバー。爽やかだけど爽やかじゃない。ゴリゴリかと言われれば、そういうわけでもない。形容するのは難しいけれど、とにかくカッコいいナンバーが「over there」です。
彼らのあいだにはこんなエピソードも。当時旅行代理店勤務で、1週間後にシアトル支店長になることが決まっていたJIN。彼のラップを気に入り、TAKEはバンドに誘います。なんと翌日TAKEの前に現れたのは、会社を辞めたJINなのでした。

Skoop On Somebodyに現代ネオソウルの源流を見るはミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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