瀧川ありさ『東京』にみる等身大の自
分 本当の心の話をしよう

東京に生まれ育った瀧川ありさは、『東
京』をどう眺める? 「豊洲はトレンデ
ィ」「アルバムのイメージは、SNSより
も、ウェブ日記」

瀧川ありさがミニアルバム『東京』をリリースした。東京生まれ東京育ちの彼女が綴ったコンセプトアルバムには、これまでの作品には見られなかった等身大の瀧川ありさが描かれている。そういう意味で、本作は瀧川ありさの私小説的な作品でもある。かつては「わたしの話を聞いて何が面白いんだろう?」と思っていた彼女が、今は「もっともっと共有したい」と言う。そのような変化に至ったのはなぜなのか? なぜ自分の出自にフォーカスしたかったのか? アルバムとインタビューを通して、瀧川ありさと本当の「心の話」をしよう。

Photography_Reiji Yamazaki
Text_Sotaro Yamada
Edit_Kenta Baba
(瀧川ありさ『東京』MV)

瀧川ありさってどんな人間?

――今回のミニアルバム『東京』は、東京をテーマに描きおろした作品ですね。東京生まれ東京育ちの瀧川さんが東京をテーマにしようと思ったのはなぜでしょう? 東京というテーマは、地方出身者に選ばれる傾向にあると思うのですが。

瀧川 : まさにその通りで、東京というテーマは上京した方のためにあるという先入観があって、自分が東京の曲を書くとは思ってもみませんでした。でも、これまで歌詞や曲を書くたび、千駄ヶ谷に生まれ東京のど真ん中で育ったからこそこういう自分になったんだろうなと思うことがたくさんあったんです。今回のアルバムはより自分のアイデンティティを伝えられる作品にしたかったし、じゃあ、いっそテーマを東京にしてみたら良いんじゃないかと。東京がブランド化されていることに対する疑問もあったし、東京に幻想を抱いていないわたしだからこそ書ける曲があるんじゃないか。自分の出自に一度スポットライトを当ててみたら、自分の内面とより向き合えるんじゃないかと思ったんです。
――では、アイデンティティをより強く出したいと思ったのはなぜでしょう?

瀧川 : これまでの作品では、風景や四季をモチーフに取り入れたり、タイアップでその作品に寄り添ったりしてきました。でも、自分の話はあまりしてこなかったんですよね。これからもっと広く自分を知ってもらうためには、「瀧川ありさってどんな人間なんだろう?」ということを出していくべきだなと感じたんです。「会って話すと印象が違う」ともよく言われていたし、そのズレを一致させたかった。

――たしかに『ありさんぽ』などで見る瀧川さんは、これまでのアー写やMVとは印象がちがうなと思っていました。こうして実際にお会いすると『ありさんぽ』の、自然体な瀧川さんです。なんだか安心します。
(瀧川ありさのありさんぽ Vol.6 中目黒・代官山 散歩編)

瀧川 : えーやっぱりそうですか。その自覚が、最近まで全くなくて(笑)。人間臭さをもうちょっと出したくなったんですよね。

――ちなみにお酒は好きですか? なんとなく、強そうですけど。

瀧川 : 強くて全然酔えないので、飲まないです。酔ったことが一度もないんですよね。

――ええっ、一度も?
瀧川 : 楽しい気持ちになることはあるけど、記憶がなくなるくらいの本気酔いをしたことがなくて。二日酔いもないんです。なんでなんでしょう? 両親もお酒が強いのでそういう体質なんだと思います。テキーラ飲んでも何も変わらないし。ちょっと寂しいです。もちろん吐いたこともないですし。

――うらやましい……。

瀧川 : いや逆ですよ。わたしも大人になりたいです。「ほろ酔い」という気分を味わってみたい。ジンジャーエールで楽しめてしまうので(笑)。

「東京で生き抜くためには真顔を貫き通
さなきゃいけないと思っていた」

――これまで作品のなかで自分の話をしてこなかったということですが、そのことについて、コンプレックスのようなものがあったのでしょうか。
瀧川 : ありました。シンガーソングライターって、自分の意思をしっかり表現する人が多いじゃないですか。わたしは普段の自分が苦手で、自信がない。違うフィルターを通すことでやっと人並みになれるというところから音楽を始めたんです。何もせずにありのままの自分でいられるなら、別に音楽をやる必要はないと思っていた。でも、本当の自分を伝えないと、音楽ってちゃんと伝わらないのかなと思うこともたくさんありました。昔は作品だけを楽しんでもらえれば良いと思っていたんです。その先にある瀧川ありさに興味を持ってもらえなくても良かった。でも、自分と作品が乖離していくと感じることがあって、それがストレスでした。自己表現できる人って、ちゃんと自分を愛せているんだと思います。「自分が嫌いだ」と言っている自分のことを信じている人なんじゃないかなって。わたしは今まで自分のことを信じきれていなかった。だけどまずは自分を信じきれないと、そこにいるオーディエンスを信じきることもできないですよね。これまではお客さんに助けてもらうことが多かったけど、自分もちゃんと開いていかなきゃと。徐々にそういう曲を書こうと思えるようになっていきました。

――そう思うようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

瀧川 : わかりやすいきっかけがあったわけではなく、徐々にですね。新曲のリリースがあるわけでもないのにライブに来てくれる方や、地方に行っても観に来てくれる方がいる。そういう方への恩返し……という言葉を使うと凡庸になるけど、純粋にそう思ったんです。それに、ファンの方々が「もっと瀧川ありさを他の人に知ってもらいたい」って言ってくれるんです。そう思わせちゃってることをもどかしく感じていて……。

――なるほど。ライブやツアーを通したお客さんとのやり取りで変わって来たんですね。
瀧川 : ひとりっ子だったせいか、誰かと共有するという文化が自分にはなかったんです。「わたしこれ好きなんだ」「わたしも」っていう普通の会話に対して、「え、すごいな」と思っていた時期があった。自分の好きなものを人に言いたい、という欲求がなくて。人と繋がりたくて音楽をやっているのにひとりが好きって、なんだか矛盾している気がしますが、結局は強がっていたんだと思います。本当は寂しいのに。もっと自分とお客さんを信用すればいいのに。

――自分を信じられないのは、なぜだと思いますか。

瀧川 : もともと、自己肯定感が低いんです。それは病んでいるのとは違って、もう少しフラットなものです。小さい頃からずっとそうでした。たぶん、傷つかないように平常心を保たなきゃいけないと思っていたんだと思う。たとえば東京で電車に乗ると、イライラを他人にまでぶつける人がいます。そういう人に出くわすたびに落ち込んでいたら、きっと東京では生きていけないですよね。この街で生き抜くためには真顔を貫き通さなきゃいけない、ということに慣れてしまっていたのかもしれない。小さい頃から人を警戒していたんだと思います。

創造と破壊を繰り返す街・東京と等身大
のわたし

――今回は初めて作品に瀧川さんの等身大を込めたわけですよね。それって、大変な作業だったんじゃないですか。

瀧川 : そうですね。特に『東京』という曲は、「これに誰が共感してくれるかな……」という不安がありました。でもふたを開けてみればたくさんの人が共感してくれたし、電車で聴きたいと言ってくれる人もいました。そう言ってもらえると、自己肯定もできるのだとわかりました。

――反響が良かったということは、やっぱりみんな瀧川さん自身の考えや話が聞きたかった!ということですよね。
瀧川 : そうだと嬉しいですね。ただどうしても、今までにないむず痒さがありましたね。今の時代って、望まなくても人のタイムラインがどんどん目に入っちゃうじゃないですか。それがすごく苦手で、流されていくことが悲しいんです。SNSが一般化する前は、誰が見てるんだろうと思うようなウェブ日記が結構ありましたよね。ああいうものをつくりたかった。その人のことを知りたくてわざわざそのページを見に行く、みたいな感覚が好きで。本当にわたしの内面を知りたい人だけが訪れるホームページみたいな感覚でつくりました。

――『東京』の歌詞には「東京はそういうんじゃない」とありますね。「そういうん」って、「どういうん」ですか?

瀧川 : 言い切れないんですよね。そう返されると「ぐぬぬ……」となってしまう……ということを言いたかったんです。聴いた人に想像してもらえる余白を残したかった。

――ジャケット写真にはどういう意味があるんでしょうか。背景のビル、工事中の道、強い印象を与える矢印。そして瀧川さんは矢印の逆を向いています。この写真は、現代の東京で生きることを象徴的に表しているような気がしましたが。

瀧川 : これは豊洲をふらふら歩きながら撮ったものですね。わざとらしいものはつまらないので、初めはこの構図を意図したわけではありませんでした。でも写真を見た時に、これにはいろんな意味が含まれるなと。振り返っているのか、逆に行こうとしているのかよくわからない。どっちつかずの感じがすごく良い。わたしはあまのじゃくな性格なので、自分に合っていると思いました。
――豊洲で撮影しようと思ったのはなぜですか?

瀧川 : 豊洲ってなんか不思議な場所じゃないですか? 数年前までは更地だったのに急に開発されて栄えて、タワーマンションができたり豊洲PITができたり。あのへんの橋のあたりに行くと安心するんです。都会の喧騒をちょっと忘れられるから。トレンディな気持ちにもなって落ち着きます。東京って、すぐ街並みが入れ替わっちゃいますよね。豊洲の工事現場はそれを象徴していると思うんです。常に創造と破壊を繰り返して変化している。それは自分の音楽とも重なります。わたしもこれまでの自分を良い意味で破壊していかなきゃいけないと思っていたので、オリンピックに向けて移り変わっていく豊洲と自分の心情がちょうど重なりました。

――まさにこれしかない、というジャケ写ですね。ただ、この東京はやはり、地方の人がイメージする東京ではないと思います。渋谷や新宿ではなく工事中の豊洲に東京を見出すところが、東京の人という感じがする。

瀧川 : たしかにそうかも。

――あと、豊洲がトレンディだというのも斬新な観点ですね。

瀧川 : 小さい頃からずーっとテレビっ子で、トレンディドラマも大好きでよく観ていたんです。なので、家からも近いのに代官山などに行くと「あのドラマのあの街で暮らしてるんだよなあ」って不思議になって。だから私にとって東京は生まれ育った土地でもあるし、「ドラマで人間模様が映し出される」というふたつの目線が常に入り混じっているような気がします。

「人生には休憩する勇気も必要」

――瀧川さんにとって「電車」も重要なモチーフですよね。『東京』に限らず、いろんな曲に電車が出てくる。

瀧川 : 小学一年生の頃から電車通学をしていたことが大きいと思います。電車って自分にとって東京の象徴でもあって、言いたいことが重なるんですね。好きでもあり嫌いでもある。こんなにたくさんの人生がひとつの車両にまとまって揺れている東京って、なんかヘンテコだなと思って。それでいて、電車というだけで自分のストーリーにも置き換えられる。
――電車といえば、『銀河鉄道の降り方』(’15)という曲では、電車は進んで行くけど自分は降りないという状況でした。自分だけが止まっている。でも『東京』のジャケット写真は、自ら止まった画だと考えることができる。能動的に止まるというアクションであり、自分の意志で方向を変えることでもある。

瀧川 : 止まる勇気ですよね。東京で止まるのは怖いことでもあります。進まないことを許容してくれない雰囲気があって、それがまるで悪いことかのように語られてしまう。なんでボケーっとさせてくれないんだろうって思います。ぼうっとする時間の尊さが軽視されているんじゃないか。ラジオなどでお悩み相談を受けても、止まることへの恐怖を抱いている人が多いんです。でも、人生には休憩する勇気も必要だと思う。

――『東京』は、止まったからこそできた作品ですもんね。

瀧川 : そう思います。止まらないとわからないことがたくさんありますよね。

「心の話をして、共有したい」

――これまでの瀧川さんの歌詞には、太陽のモチーフがよく登場していた気がします(『Sugar』『Again』など)。でも『東京』には太陽もないし、空もほとんど曇っているか、もしくは夜です。

瀧川 : 太陽を感じるのって、新幹線に乗ってどこかに行った時なんですよね。東京で太陽が燦々としていることってあまりないような気がするし、少なくともそういう気持ちにはならない。それに、日中あんまり外に出ないし。
――もしかしたら、瀧川さんの東京には朝や昼がないのかもしれない、と思いました。夜に生きている感じがアルバムに出ていて、夜に聴きたくなる曲が多かったです。

瀧川 : 東京=夜というのは無意識でしたけど、たしかにそうかもしれない。『night light』から始まってほとんど夜の曲だし、ジャケ写も夜だし。夜や夜景が落ち着くのかもしれない。
(瀧川ありさ『night light』MV)

――歌詞の一人称がすべて「僕」なのはなぜでしょう? もしこれらの作品が私小説的な作品だとしたら、「わたし」という選択肢もあったと思います。

瀧川 : 本当はどっちでも良いんですけど、「僕」という気持ちになることが多いんですよね。東京で女性でいることって結構つらくて、そこから逃げたいと思っていた時期もありました。女性を捨てるという意味ではなく、性別から自由になりたいというニュアンスです。歌詞のなかで「わたし」という言葉を使ってしまうと、そこに何か意味が乗っかる気がして。「僕」だと、そういうものをとっぱらって歌える気がする。「わたし」は自分という容れ物を含めて話している感覚、「僕」は魂のレベルで話している感覚。心の話がしやすい気がするんです。
――だとしたら『東京』は、瀧川さんが心の話をしようとした作品だとも言えるわけですね。

瀧川 : はじめに「わたしには共有する文化がない」という話をしましたけど、最近はその考えが変わってきました。人として生きることって、誰かと何かを共有することなんだなって感じられるようになった。昔のわたしは人間らしくなかったのかな(笑)。こうやって誰かと話して初めて自分が浮き彫りになっていく。ひとりぼっちでいても自分のことはわからない。今は、もっともっと共有していきたいという気持ちです。

<最新アルバムリリース情報>

瀧川ありさ
コンセプト・ミニ・アルバム『東京』
2018.06.27 ON SALE

【初回生産限定盤】(CD+DVD+リリック・ポストカード)
SECL-2182~3/¥2,315(税別)
※トール・サイズ・ジャケット仕様

【通常盤】(CD)
SECL-2184/¥1,667(税別)

1. night light
2. Gentle rain
3. snow train
4. FRIENDS
5. only one
6. 東京

[DVD] ※初回生産限定盤のみ
1. 「night light」レコーディング・ドキュメンタリー映像
2. ジャケット写真撮影、MusicVideo撮影 ドキュメンタリー映像
3. 「東京」Music Video Lip Scene Only ver.


瀧川ありさ
オフィシャルサイト
Twitter
Instagram
LINE BLOG
YouTube

瀧川ありさ『東京』にみる等身大の自分 本当の心の話をしようはミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」