坂本真綾「アジアの熱を感じた22年目
の初めて」を体現、初海外香港ツアー
レポート

2018.3.24(SAT)坂本真綾LIVE TOUR 2018 “ALL CLEAR” in Hong KongAsia World Expo 11ホール
初めての単独海外公演と聞いて、まず意外に思ってしまった。
キャリア20年を超える坂本真綾、単独としてはこれが初の海を超えてのライブとなる。海外にもファンの多い彼女のライブは現地となる台湾・香港でも話題となっているとのことで、その感触を確かめたく香港の地を踏んだ。
会場は香港国際空港から近くのAsia World Expo、香港最大のイベントスペースには早い時間から熱狂的なファンが詰めかけていた。現地のファンに聞くと、今回は「坂本真綾が香港に来る!」ということで、何はともあれ一回は生で見なければならない!というアニメファンも多数来場しているとの事。香港では『カードキャプターさくら』の人気が根強いらしい。地上波で放送されていたり、映画版の舞台が香港だったりと香港ファンには馴染みのある作品ということ。会場は2000人超満員。現地では来港公演の規模として通常1000人くらいの来場が普通らしく、今回の注目度が感じられる。
今回の『LIVE TOUR 2018 “ALL CLEAR”』は、新曲「CLEAR」をひっさげた約2年ぶりとなるライブツアー。2017年は比較的緩やか(とは言え、数々の作品に参加してはいたが)な活動だった彼女が久々にツアーで何を発信してくれるのか、会場の静かな期待は高まっていく。開演時間、会場の明かりが暗くなっていく中で、旅客機の管制室の声が響いてくる。「ALL CLEAR」全て問題ないというその言葉が聞こえた時、静かに彼女はステージに現れた。
一曲目は代表曲「プラチナ」からスタート。『カードキャプターさくら』主題歌である楽曲からの開幕に香港のファンは絶叫にも近い声援で応える。一番聴きたいと思っていたであろう曲が最初にやってきた喜びで会場の空気は熱くなる、二曲目は「走る」。たおやかな空気感の中、坂本真綾の声は伸び上がっていく。
「大家好!食左飯未?我係坂本真綾。終於來到香港喇!」(こんばんは!ご飯食べましたか?坂本真綾です。やっと香港に来れました!)流暢な広東語での挨拶に驚くと同時に歓声が上がる。練習してきたと言っていたが、筆者の耳にはまさに現地の人が語るように聞こえた。
「日本語使ってもいい?みんな来てくれてありがとう、楽しんでいってね」優しく語る坂本は国を飛び越えても自然体に見える。勿論本人からしてみたら緊張もあるのだろうが、いつ見ても坂本真綾はそのままだ。当たり前に喋り、楽しげにコロコロと笑い、どこまでも広がるように歌い続ける。

写真は東京公演
久々の披露となる「ハニー・カム」、初期の名曲の一つ「マメシバ」を歌い上げる彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、観客もまっすぐステージを見続けている。高い集中力がある空間だが、そこに緊張はない。あくまで会いたかった人に会えた喜びに満ち溢れているように思えた。駆け抜けるような明るさを感じさせたあとに持ってきたのは「夜」。一転して内面に訴えかけるような楽曲で香港のファンの心をつかむ。やはり坂本真綾の凄さは声だ。永年のキャリアや実力に支えられた「世界観を浮き彫りにさせる」その声の魅力は他の追従を許さない所まで来ている気がする。どんなに激しい曲を歌っていても言葉の一つ一つが朗読のように心に染み渡っていく。

新曲「レコード」を歌い上げた後のMCでは普段の、ほんとうにいつもの坂本真綾が見える。決して大げさなわけでも、自分を卑下するでもない。言いたいことを言うけれど、でも愛に溢れている彼女は優しく語りかける。
「你地開心嗎?我開心!」(みんな楽しんでますか?私は楽しい!)「……広東語上手?」その問いかけに観客は歓声で応える。「私香港は初めてなんです、ここでもこんな沢山の人達が知っていてくれて嬉しいです。昨日”中環“(セントラル)で”電車“(トラム)に乗りました。”菠蘿飽“(パイナップルケーキ)を食べました。”好好味“(美味しかった!)」と広東語を交えて楽しくトーク。
「みんなは私のこと何で知ってくれたのかな?『カードキャプターさくら』?『マクロスF』?私は『天空のエスカフローネ』という作品でデビューしました。その作品から生まれた曲を聞いてください」
そういうと「光の中へ」、続いて上海万博遣唐使船プロジェクトイメージソング「美しい人」を披露。深みある世界観の訴え方は万国共通で観客の心をとらえる。トライバルなドラムの演奏から奏でられた「奇跡の海」「ロードムービー」、その後奏を舞台に残したままそっと退場する坂本。残されたバンドからピアノの河野伸がアコギを手に取る、今堀恒雄と石成正人がギターをギタレレに持ち替え、静かに演奏されだしたのは「夜明けのオクターブ」。寓話的で言葉遊びにあふれているこの楽曲が素朴な演奏でインストとして奏でられ、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
写真は東京公演
衣装をチェンジして戻ってきた坂本は『あまんちゅ!』OPテーマ「Million Clouds」で一気に世界を広くようにのびのびと歌いあげる。そして「ロマーシカ」で語られる友情や恋の話。誰もがどこかで体験したような些細な出来事が、坂本真綾が表現することでなぜか希望を感じるものになる。
「知ってる曲ありました?この曲知らないなーと思っても、ニコニコしててね!」やはり日本のライブと比べて少しだけ現地のファンに気を使っているようなMC、どこかしら可愛く見えてしまうのは気のせいだろうか。
「えっと…えっと…我…我…鍾意你地(みんな大好きだよ)」という広東語のコメントが飛び出した時、会場はこの日一番の大歓声。「日本でもこんなこと言ったこと無いよ!」と照れ笑いを見せる坂本。見たことの無い姿に筆者も少し驚きを覚える。
初めて訪れる土地、初めて披露する音楽、それが受け入れられた嬉しさ、自分に置き換えればそれは人生で何度もない喜びだろう。最初に感じた「これが初めての海外公演って意外だ」という思いにまだ引きずられていた。20年を超えるキャリアの先にまだこれだけプリミティブな喜びを感じられる、彼女の人生はとても豊かだ。
写真は東京公演
『ラーゼフォン』オープニングテーマ「ヘミソフィア」でソリッドな楽曲を見せつけたかと思うと、その勢いのままに『Fate/Grand Order』から「逆光」を、そして“ALL CLEAR”メドレーとして「色彩」「トライアングラー」「Be mine!」「tune the rainbow」「指輪」「幸せについて私が知っている5つの方法」「マジックナンバー」を一気に歌い上げる。
そのエネルギーも見事だが、一曲一曲テーマも色合いも違う曲たちを瞬時に歌いこなす坂本真綾の技量に改めて感嘆する。特に「tune the rainbow」から「指輪」への世界観の変貌は心が締め付けられるようだった。
「本当に今日は来てくれてありがとう!今回はじめて海外でのツアーができて嬉しいです。『天空のエスカフローネ』の時16歳で、今年38歳になっちゃう!まだまだこれからも良い歌を歌っていきたいので、応援してね」
飾り気のない言葉は国境を超えてファンの心をつかむ、今回のタイトルにもなっている新曲「CLEAR」から「日本にはセットリストに入れてないんだけどね……」と前置きを置いてから奏でられたのはデビュー曲「約束はいらない」。
写真は東京公演
デビューから22年を経てもその透明感や輝きは衰えることもなく、なお一層春の木漏れ日のように降り注いでいる。なによりも坂本真綾はとても豊かな人だと感じる。決しておごらず、日々自分の足で行くべき方向に進んでいくその姿に憧れるファンが沢山いるのもよく分かる。我が国に坂本真綾が来てくれた!と会場に足を運んだアニメファンも、きっとこのキュートな生き方に触れてしまったら、ファンにならざるを得ないのではないだろうか。
「また香港で歌える時が来たらいいな」そう名残おしそうに語った彼女は、誰よりもこの海外ツアーを楽しみにしていたのではないだろうか。そして実際ライブではアジアのファンの熱量を受け、誰よりもはしゃいでいたように見える。会いたかった人と、来たかった人、相思相愛の想いはまだ発売されていない最新曲「ハロー、ハロー」で混じり合う。
ライブの最後に奏でられたのは「ポケットを空にして」。日本での公演では「シンガーソングライター」がライブの最後を飾っていたが、初めましての場所ではこの曲で締めるのがいい。「ポケットを空にして、さあ旅に出ようよ」という歌詞はまるでこの空間のようではないか。
写真は東京公演
以前インタビューで坂本は「「ポケットを空にして」を歌って、何かエネルギーを持って日常に帰って欲しい」と語っていた。これは特別な日じゃなくて、今日得たものは日常の中でもきっと感じられるはずだと思うと言っていた彼女の思いは、きっと香港のファンにも伝わっていただろう、暖かく優しい時間が永遠に続きますように、そして、また会えますように。「多謝,下次見!」(ありがとう、また会いましょう!)と叫んだ坂本真綾の初体験はこうして幕を閉じた。
余談だが、終演後坂本に少しだけ挨拶をした時に「台湾では「カモン!」って言っちゃったし、香港では愛してるよ、って言っちゃいました、日本でも言ったこと無いんですよ」と少し興奮気味に話してくれたのを見て、そのままの存在であるように見えた坂本真綾にも、まだ剥けるべき殻があるんだな、と感じたのを覚えている。ツアー最終の東京公演も見させてもらったが、そこでは海外で感じた熱を内包した、少しだけお茶目ではしゃいだ坂本真綾を見ることが出来たのを書き記しておく。日本でも「みんな愛してるよ!」と叫べるようになった坂本真綾のこれからの地図は、まだまだ未開拓の白紙で満たされている。
レポート・文:加東岳史

そして、ツアー終了後の坂本真綾にメールインタビューとして、海外と今回のツアーについてコメントを貰った。
ーーまずは『All Clear』ツアーお疲れ様でした。久々のツア―を終えて率直な感想をいただければ。
全6公演はあっという間でしたが、とっても内容の濃い、有意義なツアーになったと思います。今までのどのツアーとも違う、新しい感覚。20年以上やってきたけど、まだまだ成長できるかもと、自分自身に期待を持てるツアーになりました。今回も大好きな素晴らしいミュージシャンにサポートしてもらって幸せでしたし、あらためてライブの楽しさを実感しました。終わったばかりなのに、またすぐツアーがやりたいと思ってしまいます。
ーーその中で台湾・香港ツアーも行われました、初めての海外での単独ライブはいかがでしたか?
思っていた以上にホーム感があったというか、初めての地なのにすごく居心地がいいステージでした。
ーー端的に海外のファンはいかがでしたか?
アツい歓迎を受けて、本当に待っていてくれたことが伝わってきて、感動しました。曲のイントロが始まった瞬間に歓声が沸き起こったりすると、すごく気持ちがよかったです。日本語の歌詞でも一緒に歌ってくれて嬉しかったです。
ーー香港公演を拝見した際、とても広東語がお上手でした、かなり練習されたのですか?
広東語は、本番前日の夜、香港のスタッフさんとお食事をした席で教えてもらいました。アクセントが独特なので、録音させてもらって聴きながら覚えました。初めての外国語を覚えるのは楽しくて、あまり苦労せず覚えられました。
それより日本語が変だったって、あとでバンドのみんなに笑われました。お客様のほとんどは日本語をかなり理解できるけど、短いセンテンスにして喋ったほうが伝わりやすいと聞いていたんです。それで日本語をいつもよりゆっくり、短い文節で区切って喋っていたら、普段どうやって喋ってたかわからなくなっちゃって変な感じでした。

ーーツアー東京公演も拝見しましたが、やはり海外では少しはしゃがれていると言うか、とても楽しそうでした。そういう普段と違う国でのライブで感覚が違った部分はありますか?
初めての海外公演で、どんな感じなのか、やってみるまでわかりませんでした。
実際にステージに立ってみて、想像以上にお客様の反応があたたかく、おかげで私もすぐに心を開くことができたんです。今回の海外公演で得たものが多く、そのあとの東京でのステージにフィードバックできた気がしています。とても良い刺激をいただきました。
写真は東京公演
ーー比較的おとなしい活動だった昨年に比べて今年はアクティブに色々な発表がありそうです。今年はどのような年にしたいですか?
20周年記念イヤーが終わって少しゆっくりする時間をとって、リフレッシュすることができました。でもやっぱり忙しいほうが自分には合っているのかも、とも思いました。創作への意欲が湧き続けているので、ひとつひとつ形にしていきたいと思います。

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