『ギア -GEAR-』はなぜロングラン公
演を実現させることができたのかーー
兵頭祐香と岡村渉が明かす「良い喧
嘩」の正体

2023年7月26日(水)の19時回で公演数4,000回を迎えたロングラン公演『ギア-GEAR-』。2012年4月より京都に専用劇場を構え、セリフや言葉に頼らない「ノンバーバルシアター」として、マイム、ブレイクダンス、マジック、ジャグリングなどの技を組み込みながら物語を表現し続けてきた。そんな『ギア』の立ち上げから携わっているのが、俳優の兵頭祐香(ドール役)とマイムの岡村渉(ロボロイド役)だ。京都の専用劇場で公演がスタートする前におこなわれていた各地での実験的公演「トライアウト公演」にも出演するなど、長年にわたって『ギア』の舞台に立ってきたふたりに、「これまで」と「これから」について話を訊いた。
ノンバーバルシアター『ギア-GEAR-』
――『ギア』がこれだけ長く続いている秘訣はなんだと思いますか。
兵頭:「良い喧嘩」をしていることだと思います。渉ならマイムを中心に活動しているといったように、ほかにもブレイクダンサー、マジシャン、ジャグラーという別ジャンルのメンバーがいて、それぞれに矜持がある。舞台上では「自分はこうしたい」というものがぶつかり合うんです。それを混ぜあわせて一つのものを作っていると、自然と新しいものが生まれるんです。ただ、そのために必要な喧嘩をたくさんしてきました。
岡村:むしろ「良い喧嘩」を起こすようにしています。「良いよね、良いよね」という空気になっていくときこそ、「ほんまに良いんかな」と疑うようにして。人って、周りの意見に飲みこまれたり、妥協したりすることがある。だからこそ意識的に波風を立てていかないと、自分たちも安心しすぎて刺激がなくなります。平和なムードになったタイミングこそ「そういえばあのときこんな課題があったけど」と、あえて気になっていたことを掘り返してみるとか。
兵頭:役者というカテゴリで話しても、どの舞台でも良い喧嘩は絶対にあるはず。むしろ上手に喧嘩ができる人たちの集まりじゃないと、新しいもの、おもしろいものはできない。だから『ギア』には馴れ合いがないんです。良い喧嘩ができるということは、リスペクトがあるということでもあるし。
兵頭祐香
――それでも、プロフェッショナルの集団であればあるほど、お互いの分野には干渉しづらくなるはず。
兵頭:そういう状況を乗り越えてきました。各地でのトライアウト公演を経て現在の京都の専用劇場へ移る時期は、それこそ「良い喧嘩」はできていませんでした。床の材質一つをとってみても「自分は滑る方が良い」「いや、そうじゃない方がやりやすい」とか、「この照明では無理だ」とか。だからこそ、お互いを知るところから始めていきました。そうするとお互いの「分からない」が「興味」へ変わっていった。「そうか、だからこのパフォーマーはこういうときにこれはできないのか」「だったら自分が手伝えないだろうか」と。いざこざがあったからこそ雨降って地が固まって、今は上手に喧嘩ができるんです。
岡村:自分のこだわりをアピールして、「そこは口を出されたくない」と貫くのはもちろん必要。でもそういう壁をなくしてまわりの意見に耳を傾けられるようになれると、本当にカッコ良い。いろんな意見を取り入れると成長速度は上がります。そういう空気感が間違いなく現在の『ギア』を作っていきました。
兵頭:あとお客様のご意見を取り入れることも、進化したり、新鮮さを保てたりする秘訣です。公演では紙のアンケートをお配りし、終演後は必ず読むようにしています。そして実現できそうなことに関しては、たとえば、その日にまだ夜公演が残っていたらすぐに取り入れることもあります。
岡村:お客様のご意見のなかで、自分にとってターニングポイントになったものもあるんです。それが劇中の水中に潜るような場面のマイム。僕のなかではそれまで「いろんなシチュエーションのなかの一つに水中がある」くらいの感覚でした。でもアンケートでは「水中の場面のパントマイムが印象に残った」という感想が多くて。「そうなんや、水の中のマイムってそんなにおもしろいんや」と、自分のパフォーマンス人生に関わるような発見があったんです。それからその場面は自分にとっても特別なものになりました。
兵頭:確かにそういうことは多々あります。お客様からの「このシーンで流れる涙がすごく温かく感じた」「音が聞こえた瞬間ってこんなに世界が広がるんだ」といった感想をいただいたとき、「みなさん、そういうふうにこの物語を捉えるんだ。だったらその場面のメッセージをこうやって表現していこう」と、従来のものをより掘り下げたり。つまり『ギア』はお客様も演出家なんです。
水中をマイムで表現する岡村渉
――そうなのですね。
兵頭:あと、私は『ギア』の舞台には900回以上立っていますが、それだけ数を重ねると逆に分からなくなるところも出てくるんです。「この形でメッセージは届いているのだろうか」と不安になります。
岡村:そうそう、意外に分からなくなることも増えますね。自分の場合は舞台数が増えるにつれてデータも蓄積され、「ここでウケた、ここはウケなかった」「じゃあそうなったときはこうしよう」といろいろ枝分かれする選択肢を、そのデータをもとに進めていきます。でも回数を重ねすぎてデータもすでにパンパンで、逆に選択肢に合った最適なカードが選べなくなったりもします。自分がもっとも憧れるのは、これまで集めたカードを全部捨てて新しいカードを引くこと。
兵頭:10年以上も公演を続けていると、時代が変わってきていることも実感します。テクノロジー、人間が生きる上の概念、美の基準、あと新型コロナもありましたし、いろんな価値観が変わってきました。楽しいこと、悲しいこと、ワクワクすること、それらをどうチョイスして作品として紡いで届けるか。データや選択肢があればあるほど混乱しちゃいますね。
岡村:なるほど、「時代が変わってきた」という話はおもしろい。『ギア』にはロボロイドというロボットが登場します。でもトライアウト公演など最初の頃は人間に近い感じで出てきていたんです。つまり見た目ではロボットだとは分からない。でも今の『ギア』ではすごく精密にロボットを表現しています。10年前は「こんなロボットがいれば良いな」でしたが、現代ではまさに人間と見間違うほどのロボットがありますよね。あとAIも進化していますし。そうなるとロボット表現というのは一体なんなんだろうと、改めて考えさせられるんです。一つ言えることは、かつて『ギア』でやっていたロボット表現を、現実が追い抜いていった。だからこそ『ギア』は「『ギア』としての世界観」でロボットを進化させていくべきかなと。そういうことも含めて今後、『ギア』が現実からはもっとかけ離れていくかもしれません。
岡村渉
――『ギア』を続けてきたなかで、おふたりの活動の幅も広がっていますね。
岡村:僕の場合は『TAROMAN岡本太郎式特撮活劇』(2022年/NHK)で、顔を出さずにTAROMANを演じたことがおもしろかったです。というのも、普段のパフォーマンスではやっぱり表情に頼った演技に重きを置いてしまう。表情で多くの感情が語れますし。しかも声を出さなくても伝えられる。でもTAROMANは、声どころか顔も出していない。フォルムと動きでしか勝負ができない。そういう経験をしたことで、「自分が次に進むべき表現はここかも」と感じました。難易度が高く、これまでとはまた違うテクニックが必要になる。これまで蓄えた表現手段を削いでいくことで、自分の新たな可能性と出あえそうなんです。
兵頭:私は舞台『刀剣乱舞』禺伝 矛盾源氏物語(2023年)が特に印象的です。私が演じた小少将の君は、あの作品のなかでも珍しいコメディリリーフで、笑いをとるんです。そういった役どころに就くことで、学べるものもたくさんありました。あと、『ギア』で私のことを知ってくださったお客様は「祐香さんが舞台で喋ってる!」となったそうで(笑)。
兵頭祐香
――そうやっておふたりとも仕事に広がりが出てきていますね。そこであえて踏み込んだ質問をしたいのですが、岡村さん、兵頭さんは『ギア』の一員として現在、発展途上なのか、それとも実は最終章に入っているのか、どちらなのかお聞きしたいです。
岡村:僕は発展途上です。ここまでの自分はなんとなく想像ができていました。でもこの先はきっと、年齢に応じて体力や瞬発力が衰えていくはず。出来なくなることが増えるんです。そうやって徐々に動けなくなっていくなかで、どうスキルでカバーできるか、もしくはなにを削ぎ落としてなにを残して見せていくかが鍵になっていく。そういう姿はまったく想像ができません。ここからがおもしろくなるな、と。だから僕の『ギア』はまだまだ続きます。
兵頭:私は実は自分自身『ギア』においては最終章に入っていると考えています。 もちろんまだまだやりたいですし、やれることもたくさんある。その一方で、 この先ずっと自分がドール役を演じている姿は想像できないのです。 自分は『ギア』のドールを生み出す瞬間からこの作品に関わり、この役と共に育ってきたという自負がありますが、今やドール役は私だけのものではありません。『ギア』が5,000回、10,000回とロングランを続けていく上でも、カンパニーがこの先この作品を守っていく上でも、これまで積み上げてきたものを継承していく後進を育てることの重要性を実感して います。そのためにもドール役としての私は意気楊々と最終章に突入してドールの完成形を形づくりたいと思っています。
取材・文=田辺ユウキ 

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