パソコン音楽クラブ、「未知との遭遇
」で開けた意識と次なる展望ーーフル
アルバム『FINE LINE』で挑戦したこ

大阪出身の柴⽥碧と⻄⼭真登で2015年に結成されたDTMユニット・パソコン音楽クラブが、4枚目のフルアルバム『FINE LINE』をリリースした。これまでの3枚のアルバム(『DREAM WALK』『Night Flow』『See-Voice』)が内省的だったのに対し、今作は自分以外の未知なるもの(=宇宙人)との出会いをテーマに落とし込み、ポップな方向に舵を切った。ゲストボーカルにはcheimico、MICO(GIRLS FIGHT CLUB/ex.SHE IS SUMMER)、林青空The Hair Kid(Milk Talk)、高橋芽以(LAUSBUB)が、ナレーションには小里誠a.k.a Francisが参加。彼らがこれまで積み上げてきたダンスミュージックの妙と、クライアントワークで培ったポップネスが絶妙に混ざり合った良盤が完成した。6月からはリリースパーティー『「FINE LINE」〜Green Boy Festival〜』も行う柴田と西山に、制作の経緯や裏話を聞いた。
⻄⼭真登
異なる価値観を持つ人との出会いと、音楽的アイデンティティーをミックス
ーー制作はいつ頃からスタートされたんですか。
西山:去年の7月、アルバムでは1番最初にリリースされた『KICK&GO feat.HAYASHI AOZORA』を作り始めた4月ぐらいから、アルバムの最初の取っかかりが始まってるかなと思います。
ーー「宇宙人がいる生活」がテーマということですが、その頃に屋形船で行われた誕生日会に呼ばれたんですか?
西山:屋形船はもうちょっと後です(笑)。前のアルバムの『See-Voice(2022年)』がどんどんメタというか、引きの視点で作るようになってたので、このままだと寂しくなっていく一方だなと思ってて。僕ら一応20代なので、もう少し若い感じでもいいかなって。ハッパをかける意味でも、身体的な音楽をやってみようかなと思ったんですね。それで、歌詞も含めてちょっと楽しい感じの曲を作ってみようと「KICK&GO」を出した後に、アルバムにするならどうしていくかという話をして。その中で知り合いに誘われた屋形船の誕生日会があって、コンセプトになるキッカケをもらいました。
柴田:僕らの作品は日記、と言うと語弊があるかもしれないですけど、実体験で身近に感じたことを音楽にしたいなと思っていて。そんな時に屋形船の話があったり、コロナで外に出る機会が減ったりして。ちょっとした些細な楽しみを大袈裟に捉えてみると、普段喋ってる友達も全然違う星の人やなと思うこともあって。身近な出来事を題材にしようと思った時に、宇宙人の例えは単純すぎるけどありやなって話になった感じですね。
柴田碧
ーー「宇宙人=社会的な価値観や通念が違うもの」と定義されていますね。
柴田:実は今回の『FINE LINE』は「紙一重」という意味なんですよ。ここ(西山と柴田)もそうなんですよね。
西山:どういうこと!?(笑)
柴田:考え方を持つ人という意味では、西山が宇宙人に見えることもあるし、逆もある。
西山:それはそうですね。
柴田:それがもっと象徴的に現れたのが屋形船ですね。
ーー屋形船で誕生日会をするという発想が自分の中にないものだったことに加えて、実際に屋形船で自分と違う考え方を持つ人たちと出会ったと。
柴田:僕は元々上京してたんですけど、去年は西山くんが東京に引っ越してきた年で、色んな人に会う機会が多くて、ビックリしたと言ってて。
西山:あと僕たちは2〜3年ほど作家仕事をやっていて。ポケモンの仕事などをきっかけに、編曲仕事も増えたんですね。そこでやってるポップスアレンジの曲とダンスミュージックって、一般的な感覚から見ると全然違う文化圏に見える。作り方もジャンルも、メタファーとして宇宙人的に映ると思った。だから1枚のアルバムの中に、ポップスアレンジの曲とダンスミュージックをうまく統一したコンセプトでまとめられたら、すごく今の自分たちらしいなと思ったんですよね。
ーーなるほど。
西山:そのまとめ方として、宇宙人というテーマが結構スッと入ってくるんじゃないかなと。人との出会いと、音楽ジャンルの自分たちのアイデンティティーを合わせて考えてみたいというのが、今回のアルバムの大きな主題かなと思います。
アルバム1枚を通して見えてくるストーリー
パソコン音楽クラブ 柴田碧
ーー今作は1枚を通して起承転結がありますね。
西山:当初はもう少しストーリー性を持たせようと思って、曲数も多めにして、ちゃんと終わりまで作ってみたんですよ。例えば7曲目の「Omitnak」で乗ってるナレーションを別で取り出して、違うBGMを乗せて、1曲としてスキットみたいに入れるという展開を作ってたんですけど、あまりストーリー性を出すと置いてけぼりになるというか。
柴田:架空のサントラだったりラジオドラマだったりと、別のものになっちゃう。
西山:アルバムとして若干音楽の比重が下がりすぎるなと思って、何となーくストーリーが感じられるバランスで、〆切の1ヶ月前に作り直して。だから最後の4〜5曲ぐらいが結構問題でした(笑)。
ーーちなみにどの曲ですか。
柴田:12曲目の僕らが歌ってる「Terminal」とか。元はボーカロイドに歌わせてるBPM速めの曲でした。「Day After Day feat.Mei Takahashi(LAUSBUB)」がすごくエンディング感があって、「Terminal」にもそういう雰囲気はあったんですよ。でも映画のめっちゃ感動的なエンディングで流れるのはイケるけど、音楽でそれをやっちゃうと「感情しつこ!」みたいになって(笑)。流れがあまり良くないからどないしようって。それで曲をめっちゃスロー再生にして、その上で2人で歌ったんですよね。誰かに頼む時間もなくて(笑)。
ーー6曲目の「Dog Fight」以降の畳みかけるような展開から、10曲目の「Phese-Shift(skit)」でテンポがゆっくりになって、最後の「Day After Day feat.Mei Takahashi(LAUSBUB)」へと、収束するシームレスな流れがすごく良かったです。
西山:ありがとうございます。曲間は気を遣った部分なので嬉しいです。
ーーサブスクで再生するのとCDで再生するのでは、聞こえ方も変わる気がしました。
柴田:そうですよね、多分印象が違うかも。
西山:「Omitnak」ぐらいから「宇宙人のDJプレイを家に聞きに行く」みたいなムードで作ったんですけど、DJって基本的に音を全部繋ぐので、なるべく無音で作りたいなと。8曲目の「Sport Cut」や9曲目の「UFO-mie(Album Mix)feat.The Hair Kid」辺りは繋いでいって、その後の「Phese-Shift(skit)」で現実に戻るような演出を作ろうと思ったんですけど、サブスクのサービスによっては切れちゃうので、感覚は違うかなと僕も聞いてて思いました。
新しいことに挑戦するのも楽しい人生なんやろうな、と思うようになった
パソコン音楽クラブ ⻄⼭真登
ーー歌詞を読んでいると、全体的に未知との遭遇をポジティブなものとして捉えていらっしゃるように感じましたが、いかがですか。
西山:どちらかというと「ポジティブなものとして考えようとして」いました。僕は色んなものに冷めちゃうんですよ。だからワクワクやドキドキがほんとになくて。大きいライブも気を抜くと「こなす」感じになっちゃうタイプの人間で、自分の感情にすごくリミッターがある。だから良くないなと思って(笑)。もっと夢中になった方が人生楽しいかもという気持ちは日々の生活の中で持っていたので、「未知のものや何が出てくるかわからないものをポジティブに捉えた方が楽しいかもね」って自分に言い聞かせる系の内容を入れてると思います。だからポジティブに映るのかな。
ーーなるほど。
西山:昔、僕らの先輩のtofubeatsさんが『POSITIVE(2015年)』というアルバムを作った時に、「本当にポジティブな人はポジティブって名前のものは作らない」という話をしていて、僕はそれに本当に共感して。自分が元気なら「元気になろう」みたいなことは言わなくていいので。
ーー確かにそうですね。
西山:だからこのアルバムがそう見えるなら、「そういうふうにしないとな」と思ってるってことだと思います(笑)。
ーー「そうしなきゃ」と思うのはしんどくないですか?
西山:ああ、使命感と義務感ではなくて、「そっちの方がきっと楽しいだろうな」という期待なので、しんどくはないですね。
ーー柴田さんはポジティブ思考ですか?
柴田:比較的(笑)。西山さんと比べるとポジティブな方かもしれないんですけど、自分は結構守りに入るというか、あまり新しいことに挑戦したいと思わないんです。友達にも「柴田くんってバンジージャンプしたい人生か、しない人生どっち?」と聞かれて、正直全然したくないなーと思ったんですけど、「でもした方が楽しい人生だよね」と言われて「はい」と(笑)。理屈には同意です。だから僕も自分にちょっと言い聞かせてる部分があって。このアルバムを作ってる中で、新しいことに挑戦するのも楽しい人生なんやろうなと思うようにはなりました。
ーーでは、『FINE LINE』が完成して、今挑戦してみたいことがあったりするんですか。
柴田:挑戦したいことは何でしょう。何でしょうね。
西山:意外とないね、柴田さん。
柴田:お化け屋敷とか行きたいです。
一同: (笑)。
柴田:アホの回答みたいになってますけど(笑)。
ーーいや、よくわかります。お化け屋敷に挑戦できる勇気というか、精神性というか。
柴田:小さいのしか入ったことないんで、富士急ハイランドとかにあるめっちゃ長いのとかはちょっとチャレンジしてみたい。「あんなん入ってもしゃあないやろ」と思ってたので。
ーー怖いとかではなくて?
柴田:怖いのもあります。まあ、アルバムとは関係ないかもしれないです(笑)。
西山:音楽の話をすると、海外進出ですかね。
ーー良いですね!
西山:国内で聞いてくれる人のことも意識して制作するのはあると思うんですけど、僕が好きな曲は海外の曲が多いので。ドメスティックな音楽をやりながら、海外の人が聞いてくれるような作品が作れたらなと思ってて。今回の『FINE LINE』も、英語圏の人が今までより聞いてくれてて。英語の歌も入ってますし、やっぱりインストは海外の人が聞いてくれると思う。日本人とは好みもルーツも違うので、海外に向けて曲を制作するのもすごく楽しいだろうなと思ったりします。
ーー今作で間口が広がったというか、届く範囲が広がった感覚はありますか?
西山:そうですね。
柴田:確かに開けた作品になったと思います。
コントロールを手放して、人の意識を入れる選択を
ーー歌詞はお2人でどうやって作っていらっしゃるんですか。
柴田:歌詞に関しては、今回は西山さんの比重が多いですね。
西山:「Terminal」は柴田くんが書いてくれたけど、英語でトークボックスで歌ってる「Ch.XXXX」は、日本語詞を柴田さんが書いて、The Hair Kidさんに翻訳してもらって。他はchelmicoがラップを書いてくださってるぐらいで、大体僕が書きました。書いた後柴田くんに見せて「どう思いますか」と聞いて「大丈夫です」と言ったら採用(笑)。
柴田:ハンコを押すみたいな役割(笑)。
ーーもう少し直してといった要望は?
西山:ある時もあります。ただ意味に関する修正はほぼなくて、子音や母音としての音楽的な発音の話になるかな。
ーーでは、曲で言いたいことはお互いに通じている?
西山:歌詞を書く前に相当話し合うので。
ーー「PUMP! feat.chelmico」の歌詞は、chelmicoにどのようにオファーをされたんですか。
西山:バース、サビ、Bメロ、ブリッジの部分を僕が書いた状態で渡して、「ラップの部分に歌詞を足してください。サビも全然変えてもらっても良くて、歌いやすくしたり、自分たちらしいと思うものにしてもらってもいいです」と伝えました。そこも結構今までと違ってて。もう自分たちのコントロールをしなくてもいいかなと。chelmicoには信用もあるし、今回は人の意識を入れてみたいと思ってたので。特に冒頭でRachelが<ドーンっ>という歌詞を書いてくれて、僕だと絶対書かない擬音から始まって。最初に入ってくる歌詞ってやっぱり重要じゃないですか。そういう重要な局面を他の人に書いてもらう選択は、自分たちにとっては今までと決定的に違うので、すごく良かったです。
足し引きではなく、掛け算の関係で新鮮に制作できた
ーーアルバムの最後は<そして今日もまた続く>という歌詞で終わっていきますが、これからパソコン音楽クラブはどんな場所に行くんだろうなと。
西山:今回の制作で色々ノウハウが溜まったし、使わなかった曲もあったので、技術的にも「次はこういうのをやれるな」と考えてるものはあります。あとインストのアプローチももっとやれる。インストだけのアルバムを作れるし、歌モノの幅も広がりました。chelmicoに歌ってもらった「PUMP! feat.chelmico」みたいな曲は今までなかったので、他の方と一緒にアルバムを制作できるようになったことで、選択肢が増えたと思います。
ーー柴田さんは今作、どんな作品になったと思われますか。
柴田:曲の作り方や関わる人数も本当に違いますし、僕らも発想を変えて作ったので、「よく意思疎通の取れる友達と新しいバンドを始めた」みたいな感覚。何かを始めた時の初期衝動じゃないですけど「うわー! 作ろう!」という感じがすごくあって。新鮮に取り組めて楽しかったですね。
ーー意思疎通が取れるのは重要ですよね。
柴田:例えば「こういう音にしたい」と言った時に「何でそういう音なのか」みたいなことや、音が悪くても「あ、その音の悪さね」と理解し合える感覚。付き合いの短い友達だとなかなか伝わらないし、説明を尽くさなあかんと思うんですよ。その作業だけで結構大変。もちろんお互いに違う意見はあっても、色んな前提がわかってるとかなり最短でやり取りできる。それはすごい話やなと思いますね。
ーー信頼の仲間ですね。
柴田:そう、信頼ですね。あとね、僕と西山さんは良い意味で性格が真逆なので、そこが多分良いんだと思います。
西山:僕は整理をしたいんですよ。この人はごちゃごちゃさせたいんです(笑)。でも今まで柴田くんが「わっ!」とやるものを片付ける感覚が強かったのが、今作は本当に矛盾せず曲が作れたなと。やっぱり長いことやってると塩梅がわかって、足し引きではなく掛け算みたいな感じが作れたなと思ってます。
ーー6月30日(金)に心斎橋SUNHALLで開催される大阪公演では、楽曲に参加されたゲストボーカルのお3方に加えて、ゲストアクトにin the blue shirtを呼ばれています。SNSを見ましたが、昨日有村(崚)くんと焼肉を食べておられましたね。
西山:家に泊めてもらいました。今日は有村くんの自宅から来てます。
ーーそうなんですね(笑)。彼をゲストに呼んだ理由は?
西山:昔tofubeatsさんがSUNHALLで『RUN(2018年)』のリリースパーティーをした時に、オープニングアクト2組が僕たちと有村くんで、tofuさんと3マンみたいになって、それが僕的には思い出深くて。次に自分たちがリリパする時に呼んで、もう1回あの感じをやってみたいなと思ってたんです。有村くんは僕らを初期からずっと見てくれてる人でもあるので、一緒にやったら単なる対バンではなくて、僕らのことをすごくわかってる内容を作ってきてくれるだろうなという信頼がありますね。
ーー東京公演もゲストアクトを呼ばれるんですか。
西山:東京は完全にワンマンで、ゲストボーカルだけ呼ぶ形にしようと思ってます。そこは違う感じにしたいなと。
ーークラブツアーも開催されますね。
柴田:そっちはダンサブルな曲を中心にできたらいいなと思ってて。SUNHALLやShibuya WWW Xは楽器演奏をメインでやってみて、クラブツアーはトラックやこれまで作ってきたものでマシンなどを使ってライブをやれたら楽しいですね。
取材・文=久保田瑛里、撮影=ハヤシマコ

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