松下洸平、『闇に咲く花』で井上ひさ
し戯曲に初挑戦「なんて優しい青年な
んだと、自分が演じることも忘れて泣
いてしまった」

井上ひさしによる「昭和庶民伝三部作」の第二弾として1987年に初演され、何度も再演を重ねる『闇に咲く花』が、こまつ座40周年の節目に登場。8月4日(金)から30日(水)まで紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAで上演後、愛知公演を経て、大阪の新歌舞伎座で9月6日(水)から10日(日)まで上演される(福岡公演もあり)。主演を務める松下洸平は、同作で何を伝えるのか。
敗戦から2年後、愛敬稲荷神社の神主・牛木公麿のもとに、戦死したはずの一人息子の健太郎が帰還。記憶を失っていた健太郎は、かつてエースとして活躍していた野球をきっかけに記憶を取り戻し、父たちと再会を果たすが、彼にGHQの影が忍び寄る――。戦争という重厚なテーマを内包しつつ、「記憶」をめぐって展開する笑いあり涙ありの物語だ。
演出は初演から変わらず栗山民也、健太郎役を演じるのは松下洸平。こまつ座の『母と暮せば』(井上ひさし原案)で、『第26回読売演劇大賞』杉村春子賞・優秀男優賞や、『平成30年度(第73回)文化庁芸術祭』演劇部門新人賞を受賞した松下が、満を持して井上ひさしの戯曲に初めて挑む。大阪で取材会を行った松下が、作品への想いなどを語った。
松下洸平
――松下さんが初めてご覧になった井上ひさしさんの戯曲は?
舞台の仕事を始めたばかりの頃に、「栗山民也さん(演出)の作品は観た方がいい」と色々な人に言われて足を運んだ、こまつ座の『きらめく星座』です。客席で大笑いし、最後にわんわん泣いた記憶があります。井上ひさしさんの戯曲に登場する人たちは、戦中戦後の辛い状況のなかでも、みんな本当に明るいんです。だからこそ余計に胸が苦しくなる。悲しいことを明るく書かれているからこそ、戦争というものを知らなければという気持ちが芽生えます。
――こまつ座公演には『木の上の軍隊』(2016年、2019年)、『母と暮せば』(2018年、2021年)と出演されていますが、井上さんが書かれた戯曲の舞台には初出演となります。
今はとても緊張しています。台本をいただいても、なかなかページを開く勇気が出なかった。生半可な気持ちではトライできない、大事な作品です。台本を読み進めると、ひと言ひと言がとても重く、コミカルなところは存分にコミカルで、ゲラゲラ笑ったりもして。言葉のひとつひとつに井上さんの想いが詰まった台本だなと思いました。今はやっと勇気が出て、台詞を覚えているところです。
松下洸平
――演じられる牛木健太郎役について教えてください。
アメリカで捕虜となり記憶を失ってしまったのですが、野球を通して記憶が呼び起こされ、故郷である東京の愛敬稲荷神社に戻って来ます。健太郎はとても明るく、自分の意思をしっかり持った、野球が大好きな青年。神社で育ったからなのか正義感が強く、人好きで、山西惇さん演じる父親のことも大好き。神社で生計を立てている庶民の皆さんともいい関係を築いています。辛い時代を生き抜いた青年の象徴のような存在なのかもしれないな、と思います。
――健太郎とご自身がリンクするところはありますか?
自分が正しいと思ったことに対して、僕自身も健太郎もすごく頑固なところです。健太郎はどんな相手であろうと、どんな状況であろうと心が折れることなく、曲げずに思いを伝え続ける人。僕は健太郎ほど強くはないですが、ある程度の頑固さは必要だと思っているので、台本を読みながら「分かるな」と思うところがあります。
――健太郎を演じるうえで何か心掛けたいことは?
神社は都会とは違うツーンとした空気が流れていると思うんですね。実際近所の神社に行ってみて、そういう空気を吸い、身体の中に入れておくことも大事かなと思っています。そういった記憶が、舞台上で役に立つ瞬間があるんです。お客様の方を向きながら「自分は何を見ているんだろう」と思った時に、「あの時見たあの景色を想像しよう」と。それは山西さんや浅利(陽介)くんなど、共演者の皆さんと共有することも大切だなと思って。「客席の向こうに何が見えている?」と話し合うのも楽しい時間ですし、そうやって足りないところを埋めていきたいです。
松下洸平
――栗山民也さんとはこまつ座の公演や、ミュージカル『スリル・ミー』など、多くの舞台でご一緒されていますが、どのようなお話をされましたか?
僕は23歳の時に栗山さんと初めてお仕事をさせていただいてから、毎年と言うと大げさですが、それに近い形で栗山さんとご一緒していて、栗山さんは「いつか井上ひさしさんの戯曲をやってほしい」とずっと仰ってくださっていました。僕にとっても夢だったその願いがい、すごく嬉しいです。
――これまでの栗山さんとの舞台で、特に印象に残っている言葉やアドバイスがあれば教えてください。
栗山さん、言葉数は少ないのですが、ダメ出しの時間はめちゃくちゃ長い。初日の幕が開く直前まで、本当に細かいところまでこだわって作られるんです。そのダメ出しの中で、きっと今回の稽古でも言われるだろうなと思うのが、「今の若い俳優にとって一番体現できないのが飢えだ」という言葉。これは『木の上の軍隊』でも『母と暮せば』でも言われ、2日くらい食事を抜いて稽古場に行ったら、お腹が空きすぎて声が出ず怒られました(苦笑)。栗山さんが求める、当時の人たちが抱える「飢え」とは、一週間ご飯を食べてないとかではなく、何カ月もお風呂に入っていないとか、何年も家族に会えていないとか、そういう豊かな生活とはかけ離れた「飢え」なんです。それを、僕たちがどこまで体現できるか、本当に勝負だなと思います。
松下洸平
――この作品は「記憶」というテーマもありますね。
僕が初めて台本を読んで涙したのは、大切なことを忘れた健太郎の姿というより、記憶を取り戻していく過程での健太郎の強さでした。戦後の苦しい時代の中で、「こう生きたい!」ではなく、「神社は今を生きる人にとっての花であるべきだ」という彼の想い。記憶を取り戻した瞬間にそうやって誰かを想う気持ちが出てくる健太郎は、なんて優しい青年なんだと、自分が演じることも忘れておいおい泣いてしまいました。そして改めてこの役を演じるんだと思うと、ぞっとしたのですが……! 実は『母と暮せば』での母を想う優しさと愛、『木の上の軍隊』での生まれ育った島を想う強さにも、同じようなことを感じました。この2作品で得られたものがたくさんあるので、その時の記憶を呼び戻し、今回の作品に活かしていきたいです。目に見えない戦争、争いに対する怒りと、自分の生まれ育った神社を想う、痛いくらいの優しさが、僕にどこまで出せるかが重要なのではと思っています。
――ところで健太郎は伝説のエース投手でもありますが、松下さんご自身野球は好きですか?
僕は球技全般NGなので……(苦笑)。浅利くんは野球やバスケットボールが上手で、この(ポスターの)ボールの持ち方も浅利くんに教えてもらいました。投球シーンはないのですが、稽古場では台詞の確認をする前に、まずは浅利くんとキャッチボールをするのが日課になると思います。
松下洸平
――最後に改めて作品への意気込みをお聞かせください。
『闇に咲く花』は1987年が初演で、それから再演を繰り返し、自分もそのバトンを受け取ったのだと思うと、精一杯この役を務めて次に渡していかなければと思います。栗山さんはこの作品を「今やるべきだ!」と。その意味を僕も考えましたし、この作品と今の日本が抱える問題、その両方を考えながら取り組みたいです。あくまで俳優の僕たちは、社会的に大それたことを言うのではなく、ここに描かれる庶民の声を借りて、当時のことを伝えること。ご覧になってくださる方に、「今の日本はどうなのだろう」と考える小さなキッカケを届けられたらと思います。
取材・文=小野寺亜紀 撮影=高村直希

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