【The 13th tailor インタビュー】
自分のアイデンティティーに
振りきった音楽を提示する場
反発するというのは
大事なことだと思っている
期間生産限定盤に収録されている美麗かつノスタルジックなピアノ曲の「Atelier」についてもお願いします。
僕は病気で倒れて以来、ずっと引きこもって音楽を作ってきたんです。その時はすごく孤独で、お金もないし、デートする余裕もなくて彼女もできなくて。そういう状況だったので、音楽で飯を食べるにはどうしたらいいのかと考えて、ひたすらに曲を作っていました。そんな孤独な時期があまりにも長すぎて、それを“スタジオ・アトリエ”という空間に例えて、自分はこういう気持ちで、独りで音楽と向き合ってきたというのをピアノで表現したのが「Atelier」なんです。
だから、入口は少し不安を感じさせるパッドが鳴っているんですね。
そうです。そこのパッドの音は、僕が初めて買ったシンセのソフトはオムニスフィアだったんですけど、オムニスフィアのテクスチャーの音を聴いたら、その音がめちゃくちゃ印象的で。「Atelier」は原点回帰の意味も込めてオムニスフィアのパッドの音をそのまま使っています。プロとしてやらないといけないことは、音を加工することじゃないですか。でも、僕の原点がここにあるということを伝えたくて、あえてそのままの音を使いました。
入口のパッドの音色は必聴といえますね。それに、この曲も美しい世界でいながらノイズが散りばめられていることも印象的です。
入れてしまうんです(笑)。あと、ピアノのピッチも普通は440とか441で、オーケストラだと446とかもありますけど、この曲は414くらいにピッチをずらしているんです。そうやって不協和音に聴こえるようにしました。だから、クラシックの人が聴いたら気持ち悪いと思いますよ。本当はもうちょっと不協和音にしようと思ったんですけど、統一できなかったんです。ピアノのみだったらやれるけど、シンセと統率が取れなくて414というところに落とし込みました。
もともとクラシック畑にいた方でいながら、ピッチを下げたりすることに抵抗がないというのも強みと言えますね。個人的には今回の「Gospelion in a classic love」を聴かせていただいて、羽柴さんが作られる音楽は上質なシルクのようだと思いました。
僕が作る音楽は完成して気付いたらそういうものになってますね。自分が好きな音楽を聴くのはノスタルジックな気持ちになっている時が多いというのがあって。それに、ゲームも好きなので、ファンタジックな匂いもあると思うんですよ。ファンタジーやSFも好きで、ちょっと現実離れした世界観ではあると思いますね。
非現実感が本当に魅力的です。処女作を完成させて、今はどんなことを感じていますか?
「Gospelion in a classic love」はレーベルの方たちがよくゴーサインを出してくれたなと思いますね。だって、構成も変わっているし、一般的なポップスと違ってサビが最後まで出てこないという。実は出したくなかったんですよ(笑)。なんならサビはいらないと思ったけど、『マジデス』はドラマチックな展開になると思うので、そういった意味でフィナーレが欲しくて、それで入れました…くらいな感じです。
しかも、サビのメロディーを歌うのは1回だけで、その後はフェイクになりますし。
そうそう(笑)。
“はい、サビです!”ということではなくて、展開としてサビにあたるパート…という。つまり、楽曲の構成という概念も壊していますよね。
壊したかったんです。イントロ→Aメロ→Bメロ→サビを繰り返すみたいなテンプレは絶対にやりたくなかった。必要であればやりますけど、ここでは必要なくて。僕は反発することは大事だと思っているんです。美術でもそうだと思いますけど、例えば、アンリ・マティスは写実主義に反発して獣派(フォーヴィスムという写実主義と決別して生まれたもの)という新しいアートのかたちを作ったんです。“もう写実はいいだろう。“見たものを忠実に”じゃなくて、感じたことを絵にしよう”というのが獣派なんですよ。そういうふうに反発の気持ちは大事だと思います。それを自分の音楽ではこれからも実践していきたいですね。
職業作家としてJ-POPというものを熟知した上で反発することで、すごく魅力的なものになる気がします。
十代の時というのは、ただの否定がすごく多かったんですよね。リスペクトもなく、“こんな曲はダセェよ!”みたいな感じで少し尖っていました。今は違っていて、J-POPやキャッチーな音楽をリスペクトした上で、否定ではなく“僕はこう思う”というのが考え方なんです。それが十代の頃とThe 13th tailorを立ち上げた時の大きな違いではあります。これからも今と同じ気持ちでずっと音楽を作っていきたいと思います。
取材:村上孝之