「今、6割ぐらい‟終わっている”か
な」 中井貴一&キムラ緑子がリーデ
ィングドラマ『終わった人』に挑む【
取材会レポート】

内館牧子が定年退職後の家庭を描いた小説『終わった人』。本作を原作としたリーディングドラマが2023年8月から上演されることになった。
50歳で窓際部署に飛ばされ、そのまま定年退職を迎えた主人公・田代壮介を中井貴一、そして愛人にしようとするがどこまでいっても“メシだけオヤジ”を卒業させてくれない久里、すべてを見通している娘・道子、カッコイイバーのマダム・美砂子、さらに牢獄の番人となる妻・千草をすべてキムラ緑子が演じる。
本作の取材会が3月上旬に行われ、原作者の内館牧子、出演者の中井貴一、キムラ緑子が登壇。その様子をレポートする。
中井貴一「お客様の妄想力を掻き立てられるか」
中井貴一、キムラ緑子(左から)
ーー今回、リーディングドラマとして上演される『終わった人』。まずはどんなお話なのかを教えていただけますか。
内館牧子(以下、内館):勤めている人なら誰もが経験すると思うんですけれども、サラリーマンには定年というのがあります。 それまでどんなにいい仕事をして、華々しく最前線にいようとも、外から「もう終わりですよ、辞めていただきますよ、次の人に譲ってください」と言われる。口には出されないんですけれどもね、そういうことを言われる。で、辞めざるを得ない。そういう人たちは、本当はもっと仕事がしたかった、もっと人の役に立ちたかった、俺はまだできると思っているのに、もう世の中的には『終わった人』になってしまう。そこの悲哀を書きたいと思ったのがきっかけです。
中井さんが演じてくださる主人公は、 東大の法学部を出た超エリート。東大の超エリートであろうが、超エリートでなかろうが、行きつくところは、みんな大差ない。そこも書きたくて、書きました。それから妻。妻は夫がずっと家にいるようになっても、きちんと自分の将来を見越して生きているところがありますから、夫はショボショボしていても、妻は溌剌としている。その辺りも書きたいと思って。......そういう物語です。
ーー中井さんとキムラさんは、台本を読まれたときにどんな感想を持たれましたか?
中井貴一(以下、中井):とっても面白く拝読しました。ちょうど僕と緑子さんは同級生。ま、ここでは年齢は言わないようにしますけど(笑)、ちょうど同級生たちが定年を迎えたり、『終わった人』と言われたりする時期なんですね。時々友人から電話かかってくると、役員になってる人間たちは「ちょっと延長して……」なんて言いつつ「あと2年で俺も終わりだよ」と言う。「終わり」という言葉を使うような年齢になったんだなと思うわけです。
僕たちの商売は終わりがない商売だから、友人から「終わり」を告げられる/教えられるという感じですが、この年代の悲哀を伝えつつ、友人たちに向けてのエールとして、この朗読劇ができたら面白いんじゃないかなと思って。非常に興味深く、お引き受けしました。
中井貴一
キムラ緑子(以下、キムラ):すごく心に染みました。何度もこの本を読んで、いろんな箇所で涙を流してしまいました。今、中井さんが仰られたように、私たちの仕事は自分で「終わります」と言わない限り終わらない。今、私自身が終わっているのか、はたまた始まっているのかさえも分からない状況で……でもこうやって取材会に来られる機会が与えられたら「私、まだ終わってないんだ」と思ったりもして……。内館さんの本を読んだとき、自分の父親のことに思いが至ったり、自分もこれから先どうやって生きていくんだろう、終わりはどこにあるんだろう、自分はどこで終わるんだろうと考えさせられたりしました。
ーー小説にはいろいろな登場人物が出てきますが、今回のリーディングドラマはお二人だけの出演ですね。改めて朗読劇の難しさや面白さはどのあたりに感じていらっしゃいますか?
中井:朗読劇なので、我々の声でお客様にいかに想像していただくか、いかに世界観を作るかということが大切だと思います。具体的に肉体を使って具体的に表現するのではないので、お客様の妄想力を掻き立てるような読み方ができるかどうかという部分が大切になってくるだろうなと思いますけど、基本的に今回大変なのは、(たくさんの役を演じる)緑子さんだから(笑)。
キムラ:もうどうしようかと思っています(笑)。普通のお芝居や舞台の場合、「その役に自分がなる」という形で稽古を続けていきますけど、朗読劇は「言葉で、観てくださる方にこの世界に行っていただく」という形になるので、どうしたらいいんだろう……。まだ稽古が始まっていないので、どうなるのかよく分からないんですけど、 きっと難しいことなんだろうなと思います。内館さんがお書きになった行間や情景がものすごく身に、そして心に染みたので、その部分をどう出していくのか……。正直、まだ悩んでいるところです。
中井貴一からキムラ緑子へ熱烈なオファー?
キムラ緑子
ーー内館さんは『終わった人』が朗読劇になるということに関しては、どういう感想をお持ちですか?
内館:原稿を書いているときに、これが朗読劇になるとか、映画になるとか、舞台になるとか、一切考えてないんですね。特に『終わった人』に関して言えば、もうとにかく自分でもガンガン書いていたものですから(笑)、今回の朗読劇のお話をいただいて、正直嬉しかったですね。私が向こう見ずに書いたことをお二人がどうやってくれるのか、すごく楽しみ。朗読劇そのものは、やっぱり力のある俳優さんじゃないとできないと思うし、その意味でもすごく幸せに思っています。
ーーそのお話を聞いて、キムラさんどうですか?
キムラ:私は本当に感動したお話なので、もうどうしたらいいんだろうと思いながらここにいますが、できることを精一杯やるしかないですね。この素晴らしい世界をなんとか皆さんにお届けしたいという気持ちで、今はいっぱいです。
ーーそのキムラさんをぜひとラブコールを送られたのが、中井さんだと伺っています。
中井:僕はドラマでもそうなんですけど、お仕事のお話をいただくときに「奥さん役はどなたがいいですか」と質問をされることが多々あるんですね。で、その時僕は「キムラ緑子」と返す癖がついているんです(笑)。特に今回の場合は、本を読ませていただいたときに「これができるのは、あのキムラさんしかいない」と本当に思って。いろいろな方を想像してみるんだけど、これだけ瞬時に気持ちを変化できるのは、自分が知っている中ではキムラさんしかいないと思って、なんとしても……
キムラ:(照れを隠すように)ありがとうございました!!!
中井:いつもドラマのときは「ダメだったらいいです」と言うんだけど、今回は強めのお願いをしましてね。この舞台の成功はキムラ緑子さんにかかっていると言っても過言ではないと思います(笑)。
中井貴一
ーーなぜいつも「キムラさんを」と?彼女のどんなところが魅力的ですか?
中井:七変化するというか、マインドの変え方がいつも絶妙でいらっしゃるんです。格好は一緒でも全然違う人格になって出てきてくれるので、本当にご一緒する楽しくて。ましてや、今回は声だけということですから、そのマインドを変える必要があるなと思って。
キムラ:本当に本当ありがとうございます。もう心臓が止まりそうなんですけど、頑張ります。貴一さんはずっとそうやって、私を引き上げてくださるんですが、あまり共演していないということは……?(笑)
中井:いやいや、それはキムラさんのスケジュールに空きがないことが多々あるということです。「キムラ緑子が嫌だ」というプロデューサーがいるわけでは決してないので、そこはご心配なく(笑)。
キムラ:よかった(笑)。……今思い出したんですが、内館さんの本の中で、日本にも世界にもいろいろな人がいるけど、出会った人やすれ違った人でも縁があるから、その縁を断ち切らないこと、というような文章がありましたよね。私はあそこで泣いてしまったんですけど、貴一さんは縁を断ち切らない。キムラと一緒にやったときのことを覚えてくださっていて、それでまた縁を繋いでいこうとしてもらっている。……ああ、また泣きそうになりました。
キムラ緑子
ーーでは、キムラさんから見た中井さんの魅力を教えてください。
キムラ:いや、もうそんなの皆さんお分かりでしょう?(笑)。以前、私が一緒に舞台をやらせてもらったときに、 同世代でこんな素敵な方がこの世にいるんだなと思ったんですよ。今隣にいるので、なんだか改めて口にするのは恥ずかしいですが(笑)。
人間としての経験値が違うんですよね。人を引きつける力や、人をまとめる力、説得する力があって、 本当に素晴らしい方。そのときのチームが、今でもあのチームを超えることはないと思うぐらい、すごく仲良いチームだったんです。中井さんはいつも「お客様に感謝を」「お客様に愛を」という言葉を言ってくださって……私はその言葉をまるで自分が考えたかのように後輩に伝えていますが、本当は中井さんからもらった言葉なんです。
ーーすでにご夫婦のような雰囲気ですね。
内館:そうですね。私は1回も夫婦をやったことないんですけれども、夫婦の形って、結婚してから『終わった人』になるまでの間、いろいろな形で変わってくるだろうと思うんですね。それはどうしようもないことなんです。お互いに慣れてこないと、ずっと一緒に暮らすのは無理だし、でも慣れる過程で、ふてぶてしくもなったり、自分勝手にもなったりする。それは夫の側でも妻の側でも。そういう年代とともにやってくる変化が、この2人なら十分にじみ出る気がいたしました(笑)。
内館牧子「俺がモデルだろうと言われました」
内館牧子
ーーさて、原作についてもお話を掘り下げていきたいと思うのですが、小説の中で描かれる徹底的にリアルなセリフは内館さんの本音であられるのでしょうか?
内館:はい。この本が出版されたときに、 全国各地の行ったこともない地域の人から「俺がモデルだろう」と言われましたが、実はモデルは全くいません。主人公も妻も娘も全部私の作り物なんです。もしこの作り物に「リアリティがある」と感じていただけたのならば、それは私が結婚至上主義の昭和40年代半ばから、大きな企業に何にもできない新卒として入って、約13年間働いたことがすごく大きかったと思います。何かで学ぶとか、調べるとかではなくて、もう身をもって感じたことでしたから。会話の一つ一つはあまり覚えていなくても、「ああいうことされた」「こういうことをやられた」「あのとき、私はこう考えた」とあのときのことは結構覚えていて。それに沿ってキャラクターのセリフを書いたんです。だからそこにリアリティを感じていただけたかもしれませんね。
ーー書いている最中は「面白くて面白くて仕方がなかった」と仰っていました。
内館:そうですね。私は会社で社内報の編集をやっていて。定年で辞める人たち――大きい企業でしたから毎回80人とか100人とか人数がいるんですけど、一言のインタビューをするんです。「これからどういう人生を送りたいですか」と。そして後で気がついたんです。あの人たちは「孫と遊ぶ」とか「好きなことをやる」とか「通勤ラッシュにのまれずにすむ」とか「妻と温泉に行く」とか楽しいことばかりを言っていたと。私も若かったからそれを信じてましたけれども、だんだん自分も年齢を重ねてきて『終わった人』に近くになってくると、あれは見栄だったんじゃないかなと。実はもっと会社にいたかったんじゃないかと。「妻と温泉」と言ったって、妻は友達と行きますよ(笑)。孫はすぐ大きくなってしまうしね(笑)。こういうことに後で気がついたんです。だからこの本で、元気ぶって辞めていった人たちの恨みを晴らしたいという思いもありました。
改めて『終わった人』とは
中井貴一
ーー『終わった人』という言葉から、中井さんとキムラさんのお二人はどういうイメージを持たれましたか?
中井:人は2度死ぬとよく言いますね。肉体的に滅びるときと、みんなの記憶からいなくなる時とき。この「終わった」ということも2段階あるような気がしていて。実務的に会社が終わるときに加えて、自分の欲や夢がなくなって終わるときがあると思うんです。僕たちの世代は実務的に終わるんだけど、人それぞれ、ここから先にどういう風な欲を持ち続けることができるかを考えると思う。それは学習もそうでしょうし、セカンドライフもそうでしょう。俺の友達なんかちょっと早めの55歳ぐらいからリタイアした後のことを意識しているやつが多くて。逆に、僕たちみたいに「終わらない」と思ってる人間が、終わったときが怖い。そこが心配だなと思っています。
キムラ:そうそう、「終わった人」って、本当に難しい。さっきも言いましたけど、私は「終わっているのかもしれない」とつくづく思ったり、「いや、まだ終わっていないのかもしれない」と思ったりしています。この本がすごいなと思うのは『終わった人』という強烈な題名だけど、最後は明るい気持ちになれるんですよね。終わってまた始まって、また終わってまた始まって……その繰り返しで、死ぬときに本当に終わる。だから『終わった人』というのは、もがかなくなった人を言うのかな。でも、もがかなくなった方がいいのかな。それも分からない。答えがないんです。
キムラ緑子
内館:でも、自分のことを考えると、中井さんやキムラさんの60代は全然終わっていないですよ。いくらでも仕事できるし、体力もある。現実に私が『終わった人』を書いて、『すぐ死ぬんだから』を書いて、『今度生まれたら』を書いて、『老害の人』を書いて。それは、全部60代。 終わってなかったんですよ!
キムラ:は〜……私も頑張っていきたいと思います!でも、ちょっとずつ終わっている感じがあるんです。今6割ぐらい終わっているかな。「終わり」に割合がある感じがする。例えば、リハーサルのときも老眼だから台本を持てなかったり、山登りがきつくなってきたり。そういう終わっている部分は受け入れていかなくてはどうしようもない。少しずつ受け入れながら、終わりに近づいてる感じしょうか。
中井:今までそんなこと考えたことなかったんですけど、同級生から言われると、考えなきゃいけないのかと思いますよね。この『終わった人』という本は、いわゆる団塊の世代と言われる人たちが卒業なさっていく姿を描いていますよね。団塊の世代の人たちの持っている「仕事観」や「会社観」がベースにある。一方で、今はだいぶ様相が転じたような気もするんですね。だから内館さんには頑張っていただいて、今の世代の『終わった人』を書いてみてほしい。それから女性目線の『終わった人』も読んでみたいなと思っています。
「このタイトルを見て観にきた20代がいたら、褒めてあげたい」
ーー最後に今回の舞台をどんな方に観てほしいか、教えてください。
内館:自分が「終わった」と思っている人に、それから「まだ終わってないつもりなのに、定年などで機械的に終わらされた人」にまず観ていただきたい。そしてできれば、ご夫婦で来てほしいなと思うんです。今回のドラマの舞台は岩手県の盛岡なのですが、どうも年齢とともに男の人は望郷がつのるんですね。「故郷に帰りたい」とか「故郷に住みたい」とか。一方で妻は仕方がないからついていく人もいますけれども、ついていかない人たちもいる。その辺りの「卒婚」も書いています。あと、まだ働けるのに定年で「毎日が大型連休」で切ない、「俺、社会からもう必要とされていないんだな」と思っている人たちには、ぜひとも観てほしい。ご夫婦で観てほしいなと思います。奥さんはめんどくさがるかもしれないけど(笑)。
中井:このタイトルを見て、観に来た20代がいたら褒めてあげたいですね(笑)。「君は偉いね」と舞台の上から一言言ってから朗読を始めたいです(笑)。
生活の便利度合いみたいなものはどんどん進化していますよね。手で洗濯をしてた時代から、全自動洗濯機になって。僕はこのぐらいがちょうどいい進化だと思っているんです。ここから先の例えば「目つぶったら動き出す」みたいな変化は要らないと思っている。要するに、ちょうど俺らがガキの頃にテレビが白黒からカラーになり、真空管から変わっていったわけですが、このぐらいの文明の変化を共に過ごした人に観にきてほしいと思います。
キムラ:私はもう本当に全ての方に観てもらいたいと思うばかりです。登場人物のみんなは性別も年齢も違うんですけど、それぞれにドラマがあります。どこかに自分が焦点を当てて観ることができる作品だと思うので、みなさんがどこを拾って、何を感じるのとるのか、皆さんに聞いてみたいぐらいですよ。いろいろな方に観てもらいたいなと思っています。
取材・文・撮影=五月女菜穂

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